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田上昇一のアパートは志木市にあった。窓を開けると、すぐ裏が林で、大きなクヌギの枝が手の届きそうな距離にあった。
内藤聡美は田上が出してくれた古い座布団の上に座り、室内を見回した。四畳半と六畳の和室のほか、床が板張りの小さな台所がついていた。壁には、少し前に人気のあった女性アイドルタレントのポスターが貼られ、本棚にはテレビアニメを録画したらしいビデオテープが、ずらりと並んでいた。
「口に合うかどうかわからないけど」そういいながら、田上が紅茶とケーキをトレイに載せて運んできた。
「おいしそうね」
「まだいっぱい買ってあるんだ。だから遠慮しないで」
「ありがとう」
「いやあ、でも、うれしいなあ。聡美ちゃんが、この部屋に来てくれるなんてさ。なんか、所帯を持っちゃったみたいだね」
田上の台詞に、一瞬にして鳥肌が立ったが、聡美は愛想笑いを続けた。
ゆっくり話をしたいから、明日あなたの部屋に行っていい?――昨日、『キュリアス』に来た田上に、聡美のほうからこういったのだった。
もちろん理由はある。その前に田上から、厄介なことを聞かされていたのだ。
「聡美ちゃん、聞いたよ。高崎邦夫はこの店の常連だったそうじゃないか。しかも君を贔屓《ひいき》にしていたんだろ。となると、やっぱりあれは君がやったこと――そうだろ?」
ここまで知られている以上、ごまかすのは困難だった。また下手に無視して、警察にしゃべられたりしたら、もっとまずかった。そこで一気にけりをつけるため、今日、彼の部屋で会うことにしたのだった。
「ねえ、あれは持ってきてくれた?」ティーカップを持ち、聡美は訊いた。
「あれ?」
「あれよ。ほら……」
「ああ」田上は頷き、立ち上がった、そして玄関のほうへ歩いた。
聡美は隠し持っていた睡眠薬の袋を開封し、素早く田上のカップに入れた。白い粉はすぐに沈んでいった。それは店によく来る客から貰った薬だった。
「ちゃんと持ってきたよ。ほら」田上は大きなスポーツバッグを持って戻ってきた。
「今朝早く工場に行って、こっそり持ち出してきたんだ」
「わざわざごめんなさい」
「いいんだよ。でも、何を確認したいの? 心配しなくても、警察だってこれが凶器だとは思わないよ」田上は上機嫌だった。
「だといいんだけど」
「大丈夫だよ。僕さえばらさなきゃ、絶対平気だ。そして僕は聡美ちゃんの味方だよ。君を苦しめる奴なんか、死ねばいいと思っている。そいつだって、悪い奴だったんだろう」
「まあね」
「そういう男は死んで当然なんだ。心の中が腐ってるんだから、皮膚も腐らせて殺せばいいんだ」そういって田上は紅茶をがぶりと飲んだ。