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時をかける少女06
日期:2017-12-30 13:46  点击:319
  くるった火曜日
 
 
 その日、和《かず》子《こ》はちっとも授業に身がはいらなかった。もっとも、どの授業もいちど教わったことばかりだったのだが……
 家に帰ってからも、和子は、ゆうべからのふしぎな事件を、なんとか理解しょうと考えつづけた。だが、考えれば考えるほど、わけがわからなくなることばかりだった。
 けっきょく、時間が一日だけ逆もどりしたのだろうか? 十九日の朝が突然十八日の朝にもどってしまったのか? いやいや、そうじゃなさそうだ。だって、外の人たちはみんなひとりとして逆もどりに気がついていないではないか――。和子はひとり頭を痛めながら、考えつづけた――。するとこのわたしだけ、時間が一日だけ逆もどりしたところにいるというのかしら? そうだ。それならすべてのことに説明がつく。とはいっても、なぜそんなことになってしまったのだろう。
 そこまで考えて、和子ははっ[#「はっ」に傍点]とした。
 たいへんだ。もしもきょうがきのうなら――つまりきょうが十八日なら、地震が起こるのは今夜ではないか? そして浅倉《あさくら》吾《ご》朗《ろう》の家が火事になりそうになるのも……。和子はもういても立ってもいられぬ気持ちになってしまった。やりかけた宿題を投げ出した。それさえ、すでに一度やった宿題なのだ。もう、宿題なんか、どうでもいいわ――和子はそう思い、家をさまよい出た。
 どこへ行くというあてもなかった。ただ、このことをだれかに話したかったのである。最初、吾朗に会おうかと思った。しかし吾朗は、むこう意気だけは強くてしっかりしているようにみえるが、じつはたいへん気が弱くて、しかもそそっかし屋だということを和子は知っている。むしろ深町《ふかまち》一《かず》夫《お》のほうが、ぼんやりしているようだが、ほんとは落ち着いていて頭がいい。
 和子は、一夫の家のほうへと歩き出した。
 一夫の家は、しゃれた西洋ふうの二階建ての家である。玄関をはいると、右手の庭には温室があり、いつも珍しい花が咲いている。和子はふと、甘いにおいがあたりに立ちこめているのに気づいた。ラベンダーのかおりである。
「ああ、ここにもラベンダーが……」
 和子はそうつぶやき、その甘いかおりを胸いっぱいに吸いこんだ。一夫の父が温室の中で育てているのだ。以前この家へ遊びにきたとき、和子は一夫の父に温室の中を見せてもらったことがあった。
 ラベンダーというのは、一年じゅう緑色をした、背の低いシソ科の木である。南ヨーロッパ産のその木には、うすむらさき色のにおいのよい花が咲いていて、香水の原料になるのはその花だよと、一夫の父が教えてくれた。
 理科実験室でかいだあのにおいは、これと同じにおいだった。なにか思い出があるとあのときに思ったのは、ここの家のことだったのかしら――。和子がそんなことをぼんやり思いながら、玄関さきでたたずんでいると、一夫のへやの窓があき、一夫と吾朗の顔があらわれた。
「なあんだ、芳山《よしやま》君だよ」
 吾朗も遊びにきていたのだ。
「どうしたんだい? そんなとこに立ってないで、はいっておいでよ。いま家にはだれもいないんだ」
 一夫のことばに和子はうなずき、二、三度きたことのある一夫の勉強べやにあがりこんだ。一夫はひとりっ子なのである。
 吾朗と一夫は、はいってきた和子のただならない顔色にすぐ気づいて、心配そうにたずねた。
「どうしたの、何か心配ごとかい?」
「心配ごとなら、ぼくも相談にのるよ」
 吾朗はそういって、たくましげに自分でうなずいて見せた。
「お話があるの」
 和子はそういって、ふたりの前にきちんとすわった。一夫と吾朗も、ああててきちんとすわりなおした。
 
「なんだい? そんなに、あらたまって……」
 話そうかどうしようかと、和子は少しまよった。――信じてくれるかしらん? おそらく信じてくれないだろう。しかし、話さないことには、いつまでも自分ひとりでなやみつづけることになる。それではたまらない――。和子は思いきって話しだした。
「とても、ほんとうとは思えないようなことなのよ。うまく話せるかどうか……。でも、笑わないで、最後まで聞いてちょうだいね」
 和子は、ゆうべの地震のことから話しだし、きょうの授業のときに知った時間の逆もどりの説明で話し終わった。
 一夫も吾朗も、和子の話のあまりのきみょうさに、笑ったりするどころではなく、息をのんで耳をすましていた。
 和子は話し終わると、ほっと息をついていった。
「信じても信じなくてもいいわ。だって、話だけ聞いたのじゃ、わたし自身にだって信じられないようなことなんですものね。でも、わたしはほんとに、いま話したとおりのことを経験したのよ。ぜったいに夢じゃない。それははっきりいえるわ」
「ふうん……」
 一夫と吾朗は考えこんでしまった。和子をでたらめと思うには、かの女の顔はあまりにも真剣そのものである。
「信じたいんだけど……」
 吾朗が、ゆっくりといった。
「芳山君のいうことだから、信じたいんだけど……でも、やっぱりなにかのまちがいだと思う」
 ――やっぱりだめだったわ。和子はがっかりした。吾朗は弁解するようにいった。
「だ、だってそうだろう? 時間が一日逆もどりしたなんて、そんな……」
「まちたまえ、浅倉君」
 一夫が、顔をまっかにしてりきんでいる吾朗をとどめて、和子にいった。
「君はひょっとすると、超《ちょう》能《のう》力《りょく》をもっているのかもしれない」
「なあに、超能力って?」
「ううん。ぼくもよく知らないけど、本で読んだことがあるんだ。世の中にはときどき、超能力のある人がいて、その人は、自分の思った場所へ、瞬間に移動することができるんだってさ。テレポーテーション(身体移動)っていうんだそうだ。君はきっと、トラックにひかれそうになったとき、君自身も知らなかった君の能力を使って、時間と空間を移動したんじゃないだろうか?」
「う、うそだ! そんなこと、でたらめだ」
 吾朗は、はげしく首をふった。
「そんなばかなこと、あっていいはずがないじゃないか? 科学的じゃない! 常識に反している!」
「でも、常識ではわりきれないようなできごとだって、世の中にはいくらでも起こっているんだぜ」
 一夫のことばに、吾朗はかれのほうに向きなおり、つっかかるような調子で叫んだ。
「証拠がなにもないじゃないか! 証明できるかい?」
「できるわ」
 和子は横から口をはさんだ。
「今夜、地震があるわ。それから浅倉君。あなたのおうちが火事になりかけるのよ」
「え、えんぎ[#「えんぎ」に傍点]でもない!」
 吾朗は目をまるくした。そして、背の低い、横にはみたしたからだをぶるっと大きくふるわした。

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