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時をかける少女14
日期:2017-12-30 13:51  点击:354
  きのうへの旅、おとといへの旅
 
 
 ――ああ……。
 和子は、ほっと安心の吐息をもらした。ベッドには、だれも寝ていなかった。もうひとりの和子が寝ているなどということはなかった。同時にふたりの同じ人間が存在するなどという矛盾は、起こらなかったのだ。ただかの女のベッドは、ついいましがたまでだれかが寝ていたかのように、ふとんが乱れていた。
 
※[#挿絵画像 01_079]|挿絵《P.79》
 
 一度は安心したものの、また和子は困って考えこんでしまった。家の中へはいれないのだ。窓には内側からカギがかかっていた。玄関もしまっているし、台所もおそらくジョウがおりているだろう。和子の母は戸じまりにはうるさい。
 どうしよう――と和子は思った。
 呼びリンをおして、母を起こし、玄関をあけてもらうなどということはとてもできなかった。母はおそらく、とっくに和子が寝たと思っているだろうから、帰ってきた和子を見たら、びっくりして、貧血を起こしてしまうかもしれないのだ。ますます寒くなってきて、和子の足はガクガクとふるえ、歯がガチガチと鳴った。へやの中はあたたかそうだった。石油ストーブの上には、湯わかしがのっかっている。その蒸気が窓ガラスをくもらせ、水滴をつくっていた。
 ――へやの中へはいりたい……。和子は今度こそ、切実にそう思った。――でないと、わたしはここで、このままこおりついてしまう!
 そのとき和子は、自分のからだがふわりと宙に浮いたように感じた。あっ、と思った。これはさっき、あの工事現場の横で感じたのと、同じような感覚ではないか――。そうだ、
 わたしはいま、自分だけの力で、自分の意志、自分の精神力だけで、リープしようとしているんだわ!
 からだが浮きあがるような気分は、ますます強くなった。和子はけんめいになって、へやの中へ精神を集中しようとした。とつぜんさっきと同じように目の前が暗くなり、耳がジーンと鳴った。和子は、意識して、さっきと同じ状態をつくるために手足に力を入れた。
 つぎの瞬間、和子はあたりの明るさに目がクラクラした。和子はへやの中に立っていた。窓ガラス越しには、明るい真昼の陽光がさしこんできていた。
「昼間だわ!」
 和子は、おどろいて叫んだ。
「ああ、わたしはタイム・リープができるようになった! 自分だけの力で! だれの助けも借りずに!」
 うれしさのあまり、和子はそう叫んでしまってから、はっとしてロをおさえた。
 ――いけない! おかあさんに聞かれたらたいへんだわ! それに、いまは昼間の何時ごろなのか、それさえわかっていないじゃないの! 午前なのか、午後なのかさえわかっていないのだし……もしも学校で授業している時間だったとしたら……おかあさんにしかられてしまう! 説明したって、とてもじゃないけどわかってもらえないだろうし……。
 和子はそう思い、耳をすませた。家の中はしん[#「しん」に傍点]としていた。どうやら、母も妹もいないらしかった。和子はほっ[#「ほっ」に傍点]とした。
 ――そうだ、きっとまた、過去へやってきたのにきまっている。それにしてもきょうはいったいなん日だろう? それをたしかめておかないと、とんでもないまちがいを起こしそうだ。――和子は、あわてて、まだだきしめていたカバンをあけ、ふたたびノートをとり出した。
 ノートには、十四日の金曜日に教わった授業の内容が書かれていた。それからあとの日づけはなかった。白紙だった。
 じゃあ、きょうは金曜日の午後なんだわ、――和子は、ほっとした。――わたしは、こんどは三日前にまでリープしたんだわ。だけど、――和子ははっ[#「はっ」に傍点]とした。きょうが金曜日の放課後と、きめてしまっていいだろうか? いまはたしかに、十四日の午後なんだろうか? いや、土曜日の午前中ということも考えられる? いま、わたしは学校に行かずに家にいる。だからノートに、土曜日の授業の内容が書かれていないのかもしれないではないか!
 
 ああ――。和子は、えたいの知れないあせり[#「あせり」に傍点]におそわれた。どうすればそれがわかるのだろう? きょうは金曜日か? 土曜日か? 和子は考えあぐねた。カレンダーを見てもわからなかった。へやに、とけいはなかった。
 和子は、そっとへやから廊下へしのび出た。だれも家にいませんように……そういのりながら、かの女は茶の間に近づいた。茶の間には柱どけいがかかっているのだ。
 そっと茶の間の障子をあけた。だれもいなかった。とけいだけが、小さくコチコチと鳴りながら時をきざんでいた。時刻は十時三十分だった。
 ――午前十時三十分だ。学校では、三時閉めの授業のさいちゅうだわ――和子はすぐに自分のへやにひき返し、カバンをとりあげた。
 学校へ行かなくてはならなかった。
 なぜなら、きょうは土曜日だからである。
 土曜日の放課後、和子は、そもそも自分がこんな事件にまきこまれる原因となった、あのあやしい人影を見たのである。そして、その人間に会うために、苦心してここまで時間をさかのぼり、もどってきたのではないか。
 かの女はもう一度、事件のあった時間に、現場まで行かなければならなかった。そして和子の目の前で消えた、あのあやしい人物に会わなければならなかった。
 カバンをだき、そっと家を出た。途中の道で、知っている人に会いませんように――そう念じながら、かの女は学校へといそいだ。

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