ふたたび現場にきた
学校へ着くと、ちょうど第三時限と第四時限の間の、十分間の休憩時間だった。
授業ちゅうに教室へはいっていって、先生にとがめられたら、どういっていいわけしようかと考えていた和《かず》子《こ》は、少しほっとした。しかし、かの女が教室へはいっていくと、級友たちはおどろいて、わっと和子をとりかこんでしまった。
「芳山《よしやま》さん、どこへ行ってたの?」
和子の隣の席の神《かみ》谷《や》真《ま》理《り》子《こ》が、するどい口調でたずねた。かの女の顔色があおざめているので、和子はちょっとびっくりした。
「どこへって?」
と、たずね返すと、真理子はますます高い声を出して、叫ぶようにいった。
「じょうだんじゃないわよ! あなた。三時間めの授業ちゅうに、いきなり消えちゃったじゃないの!」
「消えた?」
「そうだよ」
横から、浅倉《あさくら》吾《ご》朗《ろう》がいった。
「君があんなふうに、教室からこっそり[#「こっそり」に傍点]抜け出したものだから、みんなすごく心配したんだぞ。だって、教室の中のだあれも君が教室から出て行くのを見たものはいないんだ。教壇の上の先生さえ、君が立ちあがったところを見なかったっていうし、ドアを開く音さえ、だれも聞かなかったんだ」
「そうなのよ」
また、真理子がキイキイ声でいった。
「隣のわたしさえ、いついなくなったのか、知らないのよ!」
深町《ふかまち》一《かず》夫《お》が、吾朗のうしろから、例のぼんやりした表情でうなずいて、ロをはさんだ。
「芳山君は、まるで魔法使いだなあ! まったく煙のようにドロンと消えちゃったんだものね!」
みんなのいうことが、しだいに和子にはのみこめてきた。
二《に》重《じゅう》存在《そんざい》の矛盾は、未来の和子――つまり帰ってきた和子がこの時間に現われると同時に、もうひとりの和子の姿を消すことによって、解決されるのだ。
教室にいた和子が、ふいに消えたその時間は、未来からタイム・リープによってもどってきた和子が、自分のへやに現われたのと同じ時間なのである。
――でも、そんなことを、どういって説明したらいいのだろう? 和子は困ってしまった。そっと、深町一夫や浅倉吾朗の顔を見たものの、かれらだって信じないにきまっているのだ。かれらにすべてをうちあけたのは、ずっとあと[#「あと」に傍点]なのだし、うちあける原因になった事件そのものがまだ起こっていないのである。
「ねえ、どこへ行ってたのよ、いったい?」
また真理子が、ヒステリックに叫んだ。かの女は、自分にわけのわからない事件が目の前で起こって、いらいらしているのだ。
「ちょっと、気分が悪くなったものだから、トイレへ……」
和子は、そういってごまかそうとした。だが真理子は、しょうちしなかった。
「トイレですって? カバンを持って?」
真理子は、うたがい深そうな目で、和子がまだしっかりかかえているカバンを見て、そういった。
ぐあいのいいことに、ちょうどそのとき、小《こ》松《まつ》先生が教室へはいってきたので、級友たちはおしゃべりをやめ、それぞれの席へひき返した。和子もカバンから教科書とノートを出した。その授業も、和子にとっては、すでに教わった内容だった。
真理子も、級友たちも、それっきり和子のことは忘れたらしく、放課後まで、それ以上うるさくたずねようとはしなかったので、かの女はほっ[#「ほっ」に傍点]とした。
だが、放課後がやってきた。
和子と、吾朗と、一夫の三人が福島《ふくしま》先生から理科教室のそうじを命じられたのも、やはり前と同じだった。
三人がそうじを終わったとき、校舎はひっそりとしていた。ときどき、どこかの教室のとびらのあけしめされる音がうつろにひびいて――そしてだれかが、講堂のピアノでショパンのポロネーズをひいていた。
「もういいわ。ゴミはわたしが捨ててくるから、あなたたち、手を洗っていらっしゃい」
「そうかい、すまないなあ」
和子にいわれて、一夫と吾朗は並んで手洗い場へ行った。和子はすぐ、隣の理科実験室にはいった。トイレットでは、吾朗と一夫が手を洗いながら話しあっていた。吾朗がいった。
「芳山君は、まるでぼくたちを、赤んばうみたいに思ってるようだぜ。ふん! 手を洗っていらっしゃい、だとさ!」
「そうかなあ……」
一夫は、夢みるような目つきのまま、ぼんやりとそういって手を洗いつづけた。
トイレから出てきて、吾朗はカバンをとりに教室へ、一夫はそうじが終わったことを報告しに、職員室へ行った。
和子は理科実験室の、ついたてのうしろに身をひそめ、あのあやしい人物がやってくるのを、胸をときめかせながら待っていた。
さあ、いよいよやってくるわ! しっかりしなくちゃ! 和子がぐっ[#「ぐっ」に傍点]と胸をそらし、手足に力を入れたとき、理科教室との間のドアがあき、だれかが、ゆっくりとはいってきた。
――きたわ……。