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時をかける少女16
日期:2017-12-30 13:52  点击:280
  侵入者はだれか?
 
 
 和子は、しばらくは自分の姿を敵に見せるまいと思った。
 敵――。敵といっても、自分に害意をもっている者なのかどうかはまだわからない。男なのか女なのか、それさえわからない。しかし、和子がついたてのうしろに身をひそめている、この理科実験室へ、今そっとしのびこんできたその「だれか」は、あきらかに和子に迷惑をかけた人間なのである。この人間のために和子は苦しみ、人間ばなれのした経験をしなくてはならなかったのだ。
 侵入者は、実験室の薬品戸だなをあけ、中をさぐっているらしく、薬びんや試験管などのガラス容器がたてるカチャカチャという音が、和子にも聞こえてきた。
 ――もう少し待とう。やがてかれは、テーブルの上であの奇妙な薬品を調合しはじめるだろう。証拠品ができあがったころに出ていき、犯人を問いつめたほうがいい。――和子はそう思ったのである。
 だが、和子は出ていくのが恐ろしかった。もしも相手が、狂暴な人間だったらどうしよう? 自分の秘密を見られ、おこってとびかかってくるようなことはないだろうか? もしそんなことになれば、わたしは女だ、とてもかなわない――。和子は手足がすくんだ。
 やはり、だれかに話して、いっしょにきてもらったほうがよかったかもしれないと、和子は思った。しかし、今さらどうなるものでもないし、話したとしても、だれも信じてはくれなかっただろう。やはり和子ひとりで犯人と対決するより、しかたがなかったのだ。
 和子にあのような奇妙な能カ――タイム・リープだとかテレポーテーションだとかいう、非現実的な超《ちょう》能《のう》力《りょく》をあたえた、不思議な薬品を作ることのできる人間なのだ。相手は天才か? 犯人か? または、とんでもない怪人か?
 しかし、たとえ相手がだれであれ、和子はその人間に会わねばならなかった。かの女は、自分が持つことになった、その超能力というものが、うとましかった。友だちから、自分が他の人間と違っているように見られるのが、いやだった。だからかの女はその人間に会い、自分をもとどおりにもどしてくれと頼まなければならない――あるいは、おどかしたり、すかしたりしなければならないかもしれない。だが和子は、自分にそんなことができるだろうかと思った。なんとなく、自信がなかった。
 それに、自分がいくら頼んでも、その人間が、いうことをきいてくれないという場合も考えられる。また、その人間の力では、和子をもとへもどすことは不可能なのかもしれない。――そんなことになったらどうしよう――和子は、気が気ではなかった。
 実験室の中は、少し静かになった。もう、薬の調合を始めているらしい。出て行くのは今だ。――和子はそう思ったものの、足がすくんで動けなかった。いよいよ、問題の人物と対決するのだという緊張が、和子のからだの自由を奪ってしまっていたのである。
 ――こんなことで、どうするのだ! なんのために苦労してここまでやってきたのか!出て行って、あの人物に会わなければ、なんにもならない。ここへきた意味がないではないか!
 和子は、せいいっぱい、自分を励まそうとした。しかし、そう思えば思うほど、かの女の四肢《しし》はすくみ、寒くもないのにがくがくと震えるのだった。
 いくじなし! あんたはいくじなしだわ! 和子が胸で、そう自分の弱気をののしった時だった。
「さあ、芳山君、もう出てきてもいいよ。きみがさっきから、そこに隠れていることぐらい、ちゃんと知っているんだから」
 ――あの声! あの声は! あまりの意外さに、和子は自分の耳を信じることができなかった。その声の主――その人は和子にとって、あまりにも身近な人物だったのである。
 
 ――まさか……まさか、かれが……
 和子は、ついたてのうしろから、おそるおそる実験室の中に出た。薬品戸だなの前に立ち、微笑して和子のほうを見ている、問題の人物――それは……。
「深町君……」
 和子のロから、驚きの安《あん》堵《ど》の吐息がもれた。いつもと同じように、目に夢みるような色をたたえ、ぼんやりとした顔つきで和子をながめていたのは、同級生の深町一夫だった。
 私の追ってきた人物がかれ――。ずっとわたしといっしょにいた深町一夫が、問題の人物……。和子にはそれが、なかなか信じられなかった。しかし、今さらかれが犯人であることを疑ったところで、どうなるものではない。事実は事実として受けとるはかないのだ。いや、まずその前に、かれがほんとうに和子をこんな窮地に陥《おとしい》れた犯人であるのかどうかを確かめなければならない。かれの口から、そう白状させなければならない――和子はそう思った。
「じゃあ、あなただったのね? あのおかしな薬を作って、わたしに変な力を持たせたのは」
 自分の苦しみをずっとそばで見ていたくせに、今まで知らん顔をしつづけていた一夫が急に憎らしくなり、和子は恨みをこめた目つきでかれを見た。そして訴えるようにそういった。
「うん、そうだ。でも、もともときみを困らせるためにやったことじゃないんだよ。きみがあんな超能力を持つようになったのは、ほんの偶然なんだ。悪気があったんじゃない。今まで黙っていたことだってこれから説明するけれど、ほんとに、きみのためを思ってやったことなんだ。信じておくれよ」
 一夫は、和子の目つきにとまどった[#「とまどった」に傍点]様子で、ちょっともじもじしながら、弁解するようにそう答えた。
「でも……でも……」
 和子は、とっさにはかれを詰問《きつもん》するなんのことばも出てこなかった。質問すること、聞きたいことが、あまりにもたくさんありすぎたのだ。かの女は、また嘆息した。
「まだ、信じられないわ。あなたが、どうして……」
 一夫は、ちらと和子を哀れむような表情を浮かべて微笑した。その笑いの中に、和子ははっとするようなおとなっぽさを見つけた。それは、同級生たちがよくおとなたちのまねをしてポーズする、あの見せかけのおとなっぽさとは、はっきり異なったものだった。
 ――この人は、ただの子じゃない、少なくともわたしたちとは違っている! 和子はそう直感した。この人は、おとななのだ……。
「あなたは……あなたはだれなの!」

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