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時をかける少女22
日期:2017-12-30 13:56  点击:376
  消された記憶
 
 
 和子は驚き、目をみはった。
「じゃ、あなたは、未来へ帰る前に、わたしの頭の中から、あなたに関する記憶を消してしまうっていうの?」
 一夫は、悲しげにうなずいた。
「しかたがないんだ。ぼくが帰ってしまったあと、きみがぼくのことを忘れてしまうなんて、とても悲しいんだけどなあ。だけど、そうしないとぼくは、ぼくの時代で罰せられることになるんだ」
「そんなこと、いやよ!」
 和子は、はげしくかぶりを振った。一夫に関係した記憶を、ぜんぶ消されたとしたら、楽しくかれと話しあったことも、また今、かれから愛をうちあけられたことも、ぜんぶ忘れてしまうことになるのだ。いや、それどころではない。一夫の顔さえ、思い出すことはなくなってしまうのだ。
「つらかったけど、今までのことは、わたしにとって、貴重な経験だったわ。わたし、忘れたくないの。だって、あなたのほうは、わたしのこと、覚えているんでしょう? ずっと……。わたしだけが、あなたのことを、忘れてしまわなければならないの?」
「きみだけじゃないさ。この時代の人で、ぼくに関係のあるすべての人の心から、ぼくの記憶を消していくんだ」
 和子は、ふっ[#「ふっ」に傍点]と不安になった。
「で、あなたは、いつ未来へ帰るつもりなの?」
「今すぐだ」
「まあ、そんなに早く……」
「そりゃ、いつまでもいたい。この時代で、きみや吾朗君たちと、楽しく暮らしていたいよ。でも、ぼくには仕事がある。薬の研究を完成させたいんだ」
 和子はうなだれた。
「やはりあなたは、未来人なのね。この時代よりは、未来のほうがいいのね?」
 恨みっぽい和子の問いに、一夫ははっきり[#「はっきり」に傍点]と答えた。
「ぼくは未来より、この時代のほうが好きだ。のんびりしていて、あたたかい心を持った人ばかりで、家庭的だ。ずっと住みやすい。未来の人たちよりは、この時代の人たちのほうが好きだ。きみも大好きだ。吾朗君も、すてきな子だし、福島先生も、いい人だ。でもぼくはやはり、この時代と、ぼくの研究のどちらをとるかといわれれば、仕事のほうをとる。薬の研究は、ぼくの生きがいなんだ」
 一夫のことばは、和子にはドライに感じられた。しかしその乾いた口調は、ますます和子の心をかれにひきつけるのだ。和子は夢中で、一夫に頼んだ。
「ねえ、お願い。わたしの記憶を消さないで! わたし、このことは、だれにも話さないから! 約束するわ。あなたのことを、ずっと胸の中に秘めておきたいの。あなたの思い出が、ぜんぶなくなってしまうなんて、がまんできない。たまらないわ!」
 和子の訴えることばに、一夫も苦しげにまゆをくもらせた。だがかれは、低い声で、しかもはっきりと答えた。
「それはだめなんだ。わかっておくれよ」
 そうだ。かれに、ものわかりの悪い女の子とは思われたくない――和子は黙りこんだ。かの女は、自分のほおに、涙が、流れ落ちているのを知り、あわててハンカチを出してふいた。あんなに、われを忘れてかれに頼んだりしたことが、自分で、ひどくはしたなく思えた。
「……そうだったわね――」
 和子は、そうつぶやいた。胸がいっぱいだった。
「じゃ、お別れだね」
 一夫は、ゆっくりと立ちあがり、そういった。
 和子は、はっ[#「はっ」に傍点]と顔をあげ、じっと一夫の顔を見つめた。――もうこの人の顔を、二度と見ることはないのだ。でも……。
「もう、行くの?」
 一夫はうなずいた。
 和子は立ちあがり、一夫に近づいた。
「ねえ、ひとつだけ教えて。あなたはもう、この時代へは、こないの? 二度と、わたしの前に姿を見せることはないの?」
「おそらく、くるだろうね。いつか……」
 一夫はそういいながら、かたわらの机の上のあのトランジスター・ラジオに似た装置をとりあげ、アンテナをしまいこんだ。
「でも、それはいつ……?」
「いつかわからない。おそらく、ぼくのあの薬の研究が完成した時だろう」
 周囲の時間が、ふたたび、流れはじめたらしかった。国道のほうから、車の警笛や、商店のざわめきが、かすかに聞こえてきていた。
「じゃ、またわたしに、会いにきてくれる?」
 しだいにぼう[#「ぼう」に傍点]とかすんでくる一夫の姿に、けんめいに目をこらしながら、和子はたずねた。バリヤーがのぞかれたため、あのラベンダーのかおりが、立ちのぼる薬の白い湯気となって、和子をとりまいていた。
「きっと、会いにくるよ。でも、その時はもう、深町一夫としてじゃなく、きみにとっては、新しい、まったくの別の人間として……」
 和子の意識は、しだいに薄れていった。だがかの女はけんめいに、かぶりを振ろうと努力した。
「いいえ、わたしにはわかるわ……きっと。それが、あなただということが……」
 目の前が暗くなった。ゆっくりと床にくずれおちる和子の耳に、かすかに一夫の声が、遠ざかりながら聞こえていた。
「さようなら……さようなら……」

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