エム博士の研究所は、静かな林のなかにあった。博士はそこにひとりで住んでいる。町から遠くはなれているので、だれもめったにたずねてこない。
しかし、ある日、あまり人相のよくない男がやってきた。
「どなたでしょうか」
と博士が聞くと、男はポケットから拳銃を出し、それをつきつけながら言った。
「強盗だ。おとなしく金を出せ」
「とんでもない。わたしは貧乏な、ただの学者だ。もっとも、長いあいだの研究がやっと完成したから、まもなく景気がよくなるだろう。しかし、いまのところは、金などない」
こうエム博士は答えたが、そんなことで、強盗は引きさがりはしない。
「では、その研究の試作品をよこせ。どこかの会社に持ちこんだら、高い金で買いとってくれるだろう」
「だめだ。渡さない。ひとの研究を横取りしようというのは、よくない精神だぞ」
「それなら、ひとりで探し出してみせる」
強盗は、逃げ出さないようにと、博士の手を引っぱって、研究所のなかを調べまわった。しかし、試作品らしいものは、どこにも見あたらない。
最後に小さな地下室をのぞいた。なかはがらんとしていて、机とイスが置いてあるだけだった。強盗は博士に言った。
「どうしても渡さない気なら、ただではすまないぞ」
「拳銃の引金をひくつもりなのか」
「いや、殺してしまっては、品物が手に入らない。いやでも渡す気になる方法を、考えついたのだ。さあ、この地下室に入れ」
「いったい、わたしをどうしようというのだ」
「あなたを、このなかにとじこめる。おれは、入口でがんばることにする。そのうち、空腹のため悲鳴をあげるだろう。品物を渡す気になったら、すぐに出してやる」
「ひどいことを思いついたな。だが、そんな目にあわされても、決して渡さないぞ」
博士はあくまでことわり、ついに地下室に押しこまれてしまった。
かくして、一日がたった。強盗は入口の戸のそとから、声をかけた。
「さぞ、おなかがすいたことだろう。いいかげんで、あきらめたらどうだ。こっちは食料があるから、当分は大丈夫だ」
「いや、わたしは絶対に負けないぞ」
「やせがまんをするなよ」
しかし、その次の日も、そのまた次の日も同じことだった。声をかけると、なかで博士が元気に答える。時には、のんきに歌う声も聞こえてくる。
一週間たち、十日が過ぎた。
まだ博士は降参しない。そのころになると、強盗のほうが弱ってきた。手持ちの食料もなくなりかけてきたし、戸のそとでがんばっているのにも、あきた。それに、なにも食べないでいるはずなのに、あいかわらず元気な博士が、うすきみ悪く思えてきたのだ。
「もうあきらめた。いつまでいても、きりがなさそうだ。引きあげることにするよ」
強盗は、すごすごと帰っていった。エム博士は地下室から出てきて、ほっとため息をついた。それから、こうつぶやいた。
「やれやれ、やっと助かった。試作品が地下室にあったとは、強盗も気がつかなかったようだ。わたしの完成した研究とは、食べることのできる机やイスを作ることだったのだ。おかげで、その作用を自分でたしかめることになってしまった。栄養の点はいいが、もう少し味をよくする必要もあるな。きっと将来は、宇宙船内や惑星基地での机やイスには、すべてこれが使われるようになるだろう。そして、万一の場合には、大いに役に立つにちがいない」