だれもやってこない、山奥の森。そこに小屋をたてて、ひとりの男が住んでいた。郵便も新聞も配達されないし、電気がないから、テレビやラジオを楽しむこともできない。しかし、その男は「さびしい」とも「たいくつだ」とも言わず、ずっと鳥たちを相手にくらしていた。
しかし、静かな生活を、のんびりと味わっているのではない。じつは、悪いことをたくらんでいたのだ。
男が飼っていたのは、たくさんの九官鳥だった。研究して特別に作ったエサをやって育てたため、普通のにくらべて頭もよく、飛ぶ力も強かった。その鳥たちに毎日、男は熱心に訓練をほどこした。それは、こんなぐあいだった。
「いいか。教えた通り、一羽ずつ順番にやってみせろ」
と男は命令し、小屋のなかで待つ。すると、まもなくドアにコツコツと音がする。鳥がやってきて、くちばしの先でたたいたためだ。ドアをあけると、鳥はなかへ入ってきて、こう言う。
「さあ、おとなしくダイヤモンドを渡せ。そして、おれの左足につけてある袋に入れろ。手むかいしたり、つかまえようと考えたりするな。そんなことをしたら、右足につけてある小型爆弾を投げるぞ。そうなれば、おまえたちは、こっぱみじんだ」
なんども練習をくりかえすうちに、九官鳥たちはしだいに上達してきた。男は、満足そうにうなずいた。
「うまくなったぞ。町の家々に飛んでいって、その通りにやればいいのだ。さあ、行け。そして、またここへ戻ってこい」
この命令で、何羽もの九官鳥は、町のほうへと飛びたっていった。それを見送りながら、男はつぶやいた。
「町の連中は、さぞ驚くことだろう。なにしろ、まっ黒な鳥の強盗が、とつぜんあらわれるのだから。この作戦を防ぐ方法は、ないにきまっている。パトカーは道のあるところしか走れないから、追いつけっこない。ヘリコプターの音を聞いたら木の枝にかくれるよう、鳥たちに教えてある。レーダーでは、ほかの鳥との見わけがつかないはずだ」
胸をおどらせて待っていると、九官鳥たちはつぎつぎに帰ってきた。足につけた袋を調べると、どれにも光り輝く大粒のダイヤが入っている。みごとに成功したのだ。
すべては順調だった。しばらくつづけると、大きなカバンはダイヤでいっぱいになった。男は大喜びだった。
「ああ、こんな山奥で、長いあいだ苦心したかいがあったというものだ。これで、おれも大金持ちになれる。これからは、どんなぜいたくな生活もできるのだ。さて、町へ出かけてダイヤを売るとしよう」
男は九官鳥たちを逃がしてやり、笑いながら山をおりた。そして、昔の仲間をたずねて相談した。
「ダイヤを処分したいのだが、手伝ってくれないか」
「ダイヤですって。まさか、ふざけているんじゃないでしょうね」
「もちろんだとも。ほら、こんなにある。うまく売りさばいてくれたら、わけ前をやるよ」
と男はカバンをあけ、とくいがった。だが、その仲間はなぜか首を振った。
「しかし、どうもね……」
「どうしたんだ。そんな気のりのしない顔をして」
「あなたは、どこにいってたんです。ニュースを知らないんですか。しばらく前に、ダイヤは人工で大量生産できるようになりました。それで作りすぎて、ねだんも安くなり、いまではこどものオモチャぐらいにしか、売れ口はないのですよ」
山奥でくらしていた男は、そのことを少しも知らなかったのだ。