エス氏は、不景気な生活をつづけていた。だが、あまり働こうともせず、ひまさえあれば自分のへやにとじこもっていた。室内には設計図だとか、計算に使った紙とか、機械の部品などが散らかっている。
ある日、たずねてきた友人が話しかけた。
「あいかわらず、機械いじりに熱心ですね。いつまで、そんなことをやっているつもりなのです。まともに働いたほうが、いいように思いますがね」
「いや、もうこれで終りです。やっと完成しました」
と、エス氏はとくいそうに、そばの装置を指さした。ランドセルぐらいの大きさで、アンテナが何本か出ていて、スイッチもついている。友人は、それをながめながら言った。
「それはけっこうでした。しかし、どんな働きをする装置なのですか」
「いま、ごらんにいれましょう」
エス氏はへやのすみにあるテレビをつけた。番組は野球の中継だった。それからエス氏は、そのそばに装置を運び、スイッチを入れて友人のそばにもどってきた。友人は目を丸くした。
「これはふしぎだ。テレビの音が急に聞えなくなった。画面のほうは、なんともないのに。どういうわけなのです」
「それが装置の働きです。つまり、装置のそばでは、物音はすべて消えてしまうのです。音だけをさえぎる壁ができ、まわりを包んでいるとでもいったらいいでしょう」
エス氏はそばにあったガラスのビンを手にし、装置の近くをめがけて投げた。ビンは床に当って割れたが、音はすこしもしなかった。しかし、装置からはなれた場所にビンを投げると、それはガチャンと音をひびかせた。友人は感心した。
「どんなしかけになっているのか知りませんが、妙なものを発明しましたね。しかし、これがなにかの役に立つのですか」
「立ちますとも。たちまち、わたしは大金持ちになりますよ」
「どんな方面に売り込むのですか」
「それはまだ秘密です」
利用法をひとに話せないのも、むりはなかった。エス氏は悪いことに使おうと思って、これを作ったのだった。
その夜、人びとが寝しずまったころ、エス氏は装置を背中にしょって外出した。そして、前からねらっていたビルに忍びこんだ。忍びこむといっても、窓ガラスをたたき割って、そこからはいりこんだのだ。だが、装置の作用で、物音は少しもたたない。
それから、大きな金庫を開けにかかった。合カギもなければ、ダイヤルの番号も知らないので、ドリルで穴をあけてこわす以外にない。乱暴な方法だが、音の心配はしなくてよかった。
やがて、金庫をこじあけることができ、なかにあった大金を、エス氏は用意のカバンにつめこんだ。しかし、ゆうゆうと窓からそとに出たとたん、やってきた警官にあっさりとつかまってしまったのだ。
がっかりしたエス氏は、装置のスイッチを切ってつぶやいた。
「わけがわからない。うまくゆくはずだったのに、なぜ失敗したのだろう」
警官のほうも首をかしげながら言った。
「こっちも、わけがわからない。このビルは、窓ガラスが割れると、非常ベルが鳴りひびくようになっている。管理人がすぐ電話してきたので、パトロール・カーがサイレンの音をたててかけつけた。そんなさわぎにもかかわらず、逃げもしないでつかまってしまう泥棒など、はじめてだ」
装置の作用は、そとからの音もさえぎり、エス氏にはなにも聞えなかったのだ。