エヌ博士は、ひとつのロボットを作りあげた。それからは、家にいる時も研究所にいる時も、いつもそばに置いておく。通勤の途中はもちろん、休日にどこかへ遊びにゆく時も、必ずいっしょだった。
博士のあとを、ロボットがひとりでに、ついてゆくのだ。ちょうど、影ぼうしのようだった。あまり大きくはなく、やせた形のロボットなので、乗物のなかでも、そうじゃまにならない。しかし、これがどんな働きをするのかは、博士のほかにはだれも知らなかった。
ある日、エヌ博士の家にやってきた友人が聞いた。
「いつも、ロボットといっしょなのですね」
「そうです。わたしには、なくてはならないものですから」
「しかし、いつうかがっても、このロボットの働いているのを見たことがありません。お茶を運んでもこなければ、へやや庭のそうじもしないようですね」
「そんなことのために作ったのではありません」
「いったい、なんの役に立つのですか」
「たいしたことでは、ありませんよ。それに、ほかの人には関係のないことです」
エヌ博士は教えようとしない。そこで、友人はロボットのほうに聞いてみることにした。
「おまえは、どんなことをするロボットなんだい」
ロボットなら、うそをつかないだろうと考えたからだ。だが、なんど聞いても答えない。友人は、またエヌ博士に質問した。
「このロボットは、耳が聞えないのですか」
「そんなことはありません」
「では、口がきけないのですか」
「そうです。その必要がないからですよ」
しかし、これだけの説明では、なぞは少しもとけない。
友人は、ますます気になってならなかった。つぎの日、エヌ博士が外出するのを待ちかまえ、そっとあとをつけてみた。
だが、ロボットは博士のあとに従って歩くだけで、なんにもしない。カバンを持ってあげようともせず、博士がハンケチを落しても、注意したり拾ったりもしない。
ついに、友人はある作戦を思いついた。犬をけしかけてみることにしたのだ。いくらなんでも、ぼんやり立ったままということはないだろう。
犬は勢いよく、エヌ博士にほえついた。おどろいた博士はあわてて逃げまわったが、ロボットはそれを助けようとしない。それどころか、いっしょになって逃げるだけだ。このようすを、友人は物かげから見てつぶやいた。
「なさけないロボットだな。本当に役に立たないらしい。へんなものを作ったものだな。わけがわからん」
さらに、研究室へもしのびこんで、のぞいてもみた。だが、ここでも同じように、ロボットは博士のそばにじっと立っているだけだ。友人はこれ以上つづけてもむだだと、調べるのをあきらめた。
夕方になると、エヌ博士は自分の家に帰る。そして、夜になり眠る時間になると、博士は短く命令するのだ。
「さあ、たのむよ」
それによって、ロボットはやっと、ちょっとのあいだ仕事をする。机にむかってノートをひろげ、日記をつけはじめるのだ。たとえば、外出してハンケチをなくしたことや、犬にほえられたけれど、あやうく逃げたことなどを……。
エヌ博士はベッドのなかからそれをながめて、笑いながらひとりごとを言った。
「わたしは日記をつけるのが、めんどくさくてならない。そのため、このロボットを作ったのだ。しかし、こんなことはみっともなくて、とても他人に話すわけにはいかない」