研究室のなかで博士は熱心に薬を作っていたが、やがて、うれしそうにつぶやいた。
「さあ、できたぞ。ききめを調べてみることにしよう」
それから、ネコをかかえて、犬を入れてあるオリのそばへ行った。強そうな犬で、ネコを見てうなっている。ネコのほうは、こわそうにふるえはじめた。
博士はいまの薬をネコの頭にぬり、オリのなかに押しこんだ。普通なら、たちまちやられてしまうところだ。しかし、薬のききめのためか、なにごともおこらなかった。それどころか、犬はネコの子分のように、おとなしくなってしまった。
「これでよし。みごとに成功だ」
と博士は満足そうにうなずいた。
この光景を、遊びに来ていたとなりの家の子、ユキコちゃんが物かげからすっかり見ていた。そして、こう思った。
「すごいお薬ね。あんなに簡単に、相手を恐れいらせてしまう作用があるなんて。あたしも使ってみたいな」
ユキコちゃんは、おとなしい性質だった。だから、時々友だちにいじめられる。それが、くやしくてならなかったのだ。
目を輝かしてうらやましそうにながめていると、博士は用事でも思い出したらしく、部屋から出ていった。
「いまのうちだわ。ちょっとだけ、使わせてもらおうっと」
ユキコちゃんはすばやく机の上のびんを取り、頭につけてみた。自分ではとくに強くなったような気はしなかったが、ききめのあることはたしかだ。いま、この目で見たばかりだもの。
その薬からは、甘いようなにおいがした。このにおいが相手を恐れいらせるのだろう。
そとへ出て、あたりを散歩した。そのうち、めざす相手を見つけた。ユキコちゃんは思いきって呼びかけた。
「ねえ。いつかはよくも、あたしをいじめたわね」
はたして、ききめはあるのだろうか。反対にやっつけられてしまうのではないかと、なんだかこわくなった。しかし、心配することはなかった。ふりむいた男の子は青い顔になり、ふるえ声で言った。
「ぼくが悪かった。あやまるよ」
いつもはいばっているのに、うそのような変り方だった。このすばらしい効果に力を得て、ユキコちゃんはさらに言った。
「そんなこと言わずに、かかってきたらどうなの」
「ごめん、ごめん」
男の子は泣きそうな声を出して、逃げていった。ユキコちゃんは、すっかり面白くなってしまった。
うたを歌いながら道をまがったり、公園へ行ったりして、いじわるな男の子たちを見つけては声をかけた。
「さあ、しかえしにきたわよ」
「もういじめたりしないから、かんべんしてよ」
どの男の子も、みんな恐れいって逃げてゆく。おとなのなかにも、こわごわ道をよけるのがいた。これでいつものかたきうちができ、ユキコちゃんは大喜びで家へ帰ってきた。
玄関を入って、ドアをしめようとふりむいて驚いた。たくさんの犬が、ぞろぞろとついてきている。大きな悲鳴をあげると、となりから博士がやってきて、わけを話してくれた。
あの薬は強い相手を恐れいらす薬ではなく、犬をなつかせるにおいを持つ薬だったのだ。そのかんちがいだった。しかし、男の子たちは犬を引きつれているユキコちゃんを見て、みなこわがってしまったのだ。
なにもかもかんちがいではあったが、その日から、だれもユキコちゃんをいじめたり、からかったりしなくなった。