ハナコちゃんは、花が大好きだった。女の子はだれでも花が好きだが、ハナコちゃんは、とくに花が好きだったのだ。キクやチューリップのような草花も、サクラやツバキのように木に咲く花も好きだった。いつも世界じゅうが花でいっぱいになるといいな、と思っていた。
天気のいい、ある日のこと、ハナコちゃんは野原にでかけた。花を写生するためだった。いろいろな草花の絵を紙にかきながら、ふと、こんなことを考えた。
モグラをならすことができたら、きっと、おもしろいだろうな。モグラたちに地面の下を動きまわらせて、草や木のせわをさせるのよ。草や木はよろこんで、きれいな花を、たくさん咲かせてくれるでしょう。
ハナコちゃんは、その思いつきを、じぶんの絵にかきくわえた。
そのとき、風が吹いてきて、せっかくのその絵を飛ばしてしまった。
「あら、大変だわ」
ハナコちゃんは、あわてて追いかけた。だけど、手がとどかない。みるみるうちに、絵は風にのって、高く高くあがってしまった。糸の切れたタコのように。
もう、あきらめなければならなかった。
絵は雲のうえで、お日さまの光をあびながら、たのしくおどりつづけた。そして、流れつづけていった。通りがかった渡り鳥たちが、
「なんだろう」
と、近よってきて、ながめたこともあった。そのうち、風のないところにきて、絵はゆっくりと落ちはじめた。下は青い海。絵は波にのまれ、海にしずんでしまうのだろうか。
しかし、カモメがそれを見つけた。そのカモメは白い紙を、けがをしたなかまかと思ったのだ。海に落ちるすこしまえに、口にくわえ、空へと運びあげた。
「なあんだ。ただの紙きれじゃないか。飛行機がすてたのかな」
カモメは絵をはなした。また、ひらひらと落ちてゆく。しかし、こんどは海ではなかった。
小さな島があった。人が住んでいる、そこには建物がいくつもあった。ある国が作った、ひみつの研究所だったのだ。このような場所でなら、ほかの国に知られることなく、どんな研究でもできる。
空から落ちてきた絵は、その窓のひとつに、飛びこんでいった。
へやに入ってきた研究所長は、机の上にのっている絵に気がついた。そして、本国から送られてきた、命令書と思いこんでしまった。所長は、部下のひとりを呼んで相談した。
「本国から、こんな図面がとどいた。草や木のせわをする、モグラの絵がかいてある。こんなものを、なんのために、作らなければならないのだろう」
もちろん、その部下にも、わかるはずがない。
「それは、きっと、なにかわけがあるからでしょう」
「あまりにも、みょうな計画だ。くわしく、といあわせてみるとしようか」
「よしたほうがいいと思います。まえにも、なにかをといあわせて、おこられたことがありました。研究所は、研究して作りあげさえすればいいのだ、と。本国からの命令には、そのまま従ったほうがいいでしょう」
所長は、研究所の学者たちを集めて言った。
「本国からの命令だが、モグラを訓練し、仕事をさせるまでにするのは、大変なことだ。モグラは、犬や馬のように利口な動物ではない」
所長は困った顔をした。そのとき、ひとりの学者が言った。
「いい考えがあります。それと同じ働きをする、ロボットのモグラを作ったらどうでしょう」
「うむ。そのほうが、簡単かもしれない。それにきめよう」
島の研究所は、ロボットのモグラを作るのに全力をあげた。まず、いろいろな設計図がかかれ、いちばんいい形がきめられた。そとがわのおおいは、決してさびない、銀色をした金属。なかには、高性能のモーターが入れられた。強力な電源で、いつまでも動きつづける。なにもかも自動的にはたらくのだ。
大きなウエキバチのなかで、その実験がおこなわれた。ロボットのモグラは、地面のなかにもぐり、動きまわった。こえた土をよそから運んできて、根のまわりのとおきかえる。また、水分がたりないと、水の多いところから持ってくる。草や木の育ちやすいようにつくすのだ。
地面に落ちたよぶんなタネは、からだのなかにしまい、べつな場所にまいてくれる。やくにたたない雑草をみわけ、その根をかんで枯らせてしまう。
「よし、成功だ」
「ばんざい」
みなは大よろこびだった。
研究が完成したというしらせで、飛行機にのって、本国から大臣がやってきた。
そして、
「早く見せてくれ」
と言った。研究所長はロボットのモグラを出し、とくいそうに答えた。
「はい、この通りです。本物のモグラを訓練しても、こううまくは動きません。とりあえず、五百匹ほど作りました」
それを見て、大臣はびっくりした。
「ロボットのモグラだと。だれがこんなものを作れと言ったか」
「はい、命令の図面にございました」
「そんな命令は出さなかった。たいせつな研究所で、こんなくだらないものを作るとは。おまえたちは、なんというばかなやつだ。仕事をまかせておくわけにいかない。みな、くびだ」
ほめられるどころか、島の研究所は、とりこわしになってしまった。人びともいなくなってしまったが、残された五百匹のロボットのモグラたちは、島の地面の下ではたらきつづけた。
まもなく、島は花でいっぱいになってしまった。しかし、人間とちがって、ロボットのモグラは休むことを知らない。それぞれ、陸をめざして移っていった。
ロボットのモグラは泳ぐことができない。海の底の地面の下を通っていったのだ。だから、海の魚たちは、少しも気がつかなかったにちがいない。
それからずっと、ロボットのモグラたちは、どこかで、あたえられた仕事をやりつづけているのだ。しかし、私たちの目にふれることはない。それに、世界じゅうに五百匹では、あまりめだたない数なのだ。
ハナコちゃんは、ある時、お庭のすみで咲いていた花をみつけて、驚いてしまった。
「タネもまかないのに、どうして草花があらわれたのかしら。ふしぎねえ」
もしかしたら、それはロボットのモグラのやったことだったかもしれない。
また、みなさんのなかにも、枯れかかっていた花が、急に元気をとりもどすのを見たりして、ふしぎに思ったことのある人はいないだろうか。