煙が立ちのぼったかと思うと、悪魔は音もなく出現した。時どき世の中にあらわれ、人びとのあいだに悪いことをひろめるのが仕事なのだ。
悪魔は、あたりを見まわした。静かな夜であり、近くに小さな家があった。近づいてのぞいてみると、なかに男がひとりいる。悪魔はしっぽをかくし、玄関の戸をたたいた。
「こんばんは」
驚かれては困るので、できるだけやさしい声を出した。出てきた相手は言った。
「なんでしょうか。わたしは、ただの留守番ですが」
「じつは、あなたにすばらしいプレゼントをさしあげようと思って、やってきた者です」
「そのようなお話でしたら、よその家へいらっしゃったらいいでしょう。わたしは欲ばりではありません」
と、ことわられたが、悪魔はていねいな口調で話しつづけた。
「遠慮ぶかいかたですね。そのような人こそ、わたしのプレゼントを受けるにふさわしいのですよ」
「いったい、なんなのですか」
「どんな勝負ごとにも、勝てるという力です」
「そんな力は、欲しいと思いません」
「しかし、持っていても、損はないでしょう。ぜひ、もらって下さい」
「ご命令とあれば、いただきましょう」
「そうですよ。では……」
と、悪魔は相手の胸を指さし、なにやら口のなかで文句をとなえた。そして言った。
「さあ、これですみました。ためしに、サイコロをころがしてごらんなさい。一を出そうとすれば、かならずそれが出ますよ」
「はい。やってみます」
サイコロは十回もつづけて一の目が出た。
「どうです。うれしいでしょう」
「べつに、うれしくもありません」
「いや、そのうち、ありがたみがわかりますよ。この力をうまく使えば、好きなだけ、お金がもうかるではありませんか……」
悪魔は笑い顔になった。どんなまじめな人でも、この力を使ってみたくなる。そして、安易にもうけた金は、安易に使うにきまっている。ほかの人たちはそれを見て、まともに働くのがばかばかしくなってくる。つまり、悪がひろまるというわけだ。悪魔は、さらに言いたした。
「これだけのものをさしあげたのですから、わたしのお願いも聞いて下さい」
「なんでしょうか。おっしゃって下さい」
「あなたが死ぬ時には、魂を下さるという約束をして下さい」
だが、相手は気の毒そうに言った。
「魂など、ありません」
「あなたがそうお考えになっているだけのことです。ぜひ、約束をお願いします」
「そんなにおっしゃるのなら、お気に召すようにいたしましょう。お約束します」
「これで、話はきまりました。さよなら」
悪魔は相手の気の変らないうちにと、すばやく姿を消し、自分の国へと戻っていった。
つぎの朝。その家にエフ博士が友人を連れて帰ってきた。そして、こう説明した。
「これが、わたしの作ったロボットだ。命令にはすなおに従うし、よく留守番をしてくれる」
「人間そっくりですね」
と感心する友人に、博士はすすめた。
「どうだ。これを相手にトランプでもやってみないか」
「いやですよ。精巧な電子頭脳をそなえたロボットが相手では、なにをやっても負けるにきまっています。やろうとする人など、あるわけがありませんよ」
これを知ったら、悪魔はさぞくやしがるだろう。ロボットが勝負ごとで勝ったからといって、悪はひろまらない。また、魂の手に入るのを待っていても、ロボットは死なない。かりに死んだとしても、魂の残るわけがない。