ひとりの科学者があった。エフ博士という。学問にも、勝負事と同じように人の脳神経の一部を|麻《ま》|痺《ひ》させる作用があるらしく、博士はそのとりことなった。世の中にはほかに面白いことがないかのごとく、実験をし文献を読み、それだけの日常をくりかえしつづけた。こちとらにはなにが面白いのか、ちっともわからねえ。
ようするに彼は研究熱心だったのだ。熱心すぎた。歳月のほうもまた熱心に流れ、ある朝、博士は鏡にうつる自分の顔をのぞいて、ふと気がついた。李白だと〈知ラズ明鏡ノ裏、|何《イズ》レノ|処《トコロ》ヨリカ|秋霜《シュウソウ》ヲ得シ〉と言うところだが、博士はこうつぶやいた。
「いつのまにか、わたしも中年男になってしまった。一般に中年男といえば、社会の中堅、人生の悲哀、家庭の重荷、浮気心など、とりようによってはなにやら人間的ムードの語感がある。しかし、わたしの場合は、ムードなしの中年男で、まだ独身。かっこうがつかない。人生に無縁のまま、子供がそのまま中年になったような顔つきだ。考えてみると、青春という貴重な時期を、わたしはくだらぬことのために空費してしまったようだ。とりかえしがつかない……」
全財産を勝負事に熱中してすってしまい、没落して反省する人と同じようなことを言う。しかし、その先の言葉は、いくらかちがっていた。
「くやしがっていても解決にはならぬ。わたしはこれから、青春のすばらしさを味わい、意地でもそれを取りかえしてやる。燃えるような恋をするのだ。しかしだ、この鏡にうつる顔つきでは若い女が夢中になってくれそうにない。といって、女をくどく絶妙な手腕が自分にあるわけがない。さて、どうするか……」
科学者だけあって、彼の思考経路はいささか理屈っぽい。そして、結論へ進む。
「このギャップを埋めるに適当な、科学的方法があるはずだ。なければならんのだ。それはだな……」
博士は考えつづけ、やがてひざをたたいた。
「……あった。それはだな、ほれ薬。|媚《び》|薬《やく》というやつだ。相手にふりかければ、自動的にこっちに夢中になるという作用の薬だ。それができれば、万事うまくゆくわけだし、わたしにはそれを作る才能があるようだ……」
かくして、博士はまた研究の日常をつづけることとなった。だが、こんどは研究のための研究ではなく、趣味と実益と目標と生きがいをかねている。だから能率があがった。
マタタビという薬草は、ネコを魔法のごとく引きよせる。これを逆にしたような薬品はどうであろう。それをふりかけることで、相手の|嗅覚《きゅうかく》と感情とのあいだに神経の回路ができ、博士の持つ特有の体臭に引きつけられる……。
そのような発想をとっかかりに、エフ博士はさまざまな実験をくりかえした。もともと研究熱心な性質。作るからには完全にして万能、しかも強力にして持続性あるものでなくてはならない。電気、磁気、放射線、特殊空間といった物理学の知識と理論とをつぎつぎに盛りこみ、他人にいわせれば妙な薬、博士にとっては理想に近いものができていった。彼はさらに熱中し、夢うつつのなかで改艮へのアイデアを得たりし、完成の日を迎えた。
「やっとできた。ばんざい。これでよしだ。どのような面から検討しても、これは完全なものだ」
博士はちょっと作用の実験をしてみたかったが、それはやめた。この媚薬、作用は強烈で、しかも半年はそれがつづく。つまり、変な女にこころみたら、半年間はそれにつきまとわれることになる。その段階は省略し、ただちに理想的で実用的な目標に使うべきものなのだ。
それは液体で、ピンク色をしており、その作用にふさわしい感じだった。博士は注意ぶかくアンプル状の容器に移した。それを胸のポケットにおさめる。なんとなく、からだの奥に自信がわいてきたような気持ちだ。いまや、いかなる相手をもなびかせる力がそなわっているのだ。
「では、美人さがしに出かけるとするか」
博士は自動車を運転し、街に出た。むかしの殿さまも、こんな気分だったろう。見つけ出し、あれがいいときめればいいのだ。
美人は時どき目にとまる。しかし、万能の力があるとなると慎重になるし、目うつりもする。軽率に使用すると、あとで後悔することになる。あれこれ迷いながら、彼は車を走らせつづけた。
そのうち、はっとするような美女が目にとまった。博士ははっとし、反射的にはっとブレーキをふんだ。そこまではよかったのだが、あまりにも急にブレーキをかけすぎた。胸のポケットからアンプルが飛び出し、前面のガラスにぶつかって割れ、大切な薬液は車内に飛び散ってしまった。
「やれやれ、なんということだ。みすみす美女を見のがさなくてはならない。しかし、長いあいだの苦心も水の泡というわけではない。薬の作り方はメモに書いてとってある。作ろうと思えば、また作れるのだ。あらためて出なおすことにしよう」
エフ博士はさほど落胆もせず、いちおう帰宅することにした。
異変はその途中で起りはじめた。車内には博士ひとりなのだが、だれかもうひとりいるような気分になってきた。運転席のシートが、からだにまとわりついてくるような感じ。だれかがうしろから抱きかかえている、といった感じがしはじめたのだ。
また、ハンドルへの手ざわりもおかしかった。ただの物品とちがった、あたたかく、生きているような感じがする。どうも薄気味わるい。媚薬を吸った副作用かな。帰宅した博士は、大急ぎで車からおりる。
しかし、家へ入ろうとしたとたん、背後で車のクラクションが鳴り出した。だれもいないのに、ひとりでに鳴り出した。そして、その音色がいつもと変っていた。なまめかしい音、だだをこねているような、すねてるような音、博士を呼びかえそうとするような音。そんなたぐいの感情のこもった音だ。とてもただの機械のたてる音とは思えない。
博士は故障個所を調べようとしたが、どこがどうなったためなのか、いっこうにわからない。ドアをあけて車内に入り、シートに腰をおろすと、音はやんだ。シートはうしろから抱きついてくる。彼はふと、魅力的なにおいをかいだような気がした。
計器のライトが、ウインクをするかのようにまたたきはじめた。その点滅を見つめていると、妙な気分になってくる。そればかりではない。スイッチも入れないのに、カーラジオが鳴りはじめた。甘ったるい恋の歌。
「これはどうしたことだ」
博士はべつな局に切換えようとラジオをいじくったが、どうやってもその恋の歌は鳴りつづけている。やがて、もっとすごいことがはじまった。歌につづき、恋の言葉も流れ出した。
「ねえ、あたしから離れちゃいやよ。いつまでもいっしょにいてね。そばにあなたがいらっしゃらないと、あたし寂しいの……」
という愚にもつかない文句が、とめどなくくりかえされるのだ。それに連動しているかのように、シートが抱きついてくる。事態はいよいよ、ただごとでない。博士はつぶやく。
「おかしなことになったな。あの媚薬が自動車に作用したとしか、考えられない。驚いたな。生物ばかりか車にも効力を発揮するとは、予想以上のすごさだ。わたしの理論の正しさは、これで実証された。とはいうものの、ちょっと困ったことだな……」
博士は車からおりる。すると、またもクラクションが鳴りはじめるのだ。
「ねえ、ここにいらっしゃってよ。あなたとお別れしたくないのよ」
とでも言うように、悲しげな音をたてる。このままでは近所から文句がくる。博士はガレージを大急ぎで防音式に改造し、なんとかひと息ついた。
いったい、あの色気づいた自動車め、いつまであれがつづくのだろう。博士は思い出す。あの媚薬の効果は半年間だったということを。こりゃあ、たまったものじゃないぞ。
時どき、友人がやってきて博士に言う。
「ちょっと車を貸してくれないか」
「いいとも、ずっと貸してあげる。なんなら返さなくたっていいぜ」
博士の気前のいい言葉に、友人は喜んで乗ろうとするが、そうはいかないのだ。第一、ドアがなかなか開かない。むりやりにあけて乗りこむと、カーラジオが勝手に鳴り出し、聞くにたえないことをわめき出す。かりにそれをがまんしたとしても、決して動こうとはしないのだ。
乗ろうとしたのが女性だったりすると、もっとひどいことになる。シートからチクチクしたものがおしりを突ついたり、どこからともなく電流が流れ、びりびりとくる。いたたまれなくしてしまうのだ。というわけで、博士以外の者は車に乗ることができない。
中古車業者に売り渡そうとすると、クラクションが悲鳴をあげつづけ、買手は気味わるがって帰ってしまう。処分もできない。別に一台を購入しようかとも思ったが、そうしたら体当りするかなにかして、こわすか追い返すかするだろう。
手のつけようがないのだ。こうなると、媚薬の効力の切れるのを待つ以外にない。博士は覚悟をきめた。自動車が凶暴になったり吸血鬼になったのだったら大変だが、こっちを愛してくれているのだ。がまんできないこともあるまい。それに、愛してくれているのなら、事故を起すこともなく、安全保証つきともいえるだろう。
博士は車でドライブに出かけたりもした。いそいそという形容が、ぴったりの走り方をする。乗っていると、からだがむずむずするような妙な気分だが、なれてくるとそう悪いものではない。こんな体験をしているのは、世の中で自分だけだろう。そのうち、博士のほうも、しだいに自動車に愛情を感じはじめ……。
となったころ、半年がたち、媚薬の効力がきれた。自動車はもとの状態にもどる。なんということのない、ただの車だ。クラクションのなまめかしい声をあげなくなる。しかし、博士はそう残念とも思わなかった。車に愛されるのも悪くないが、やはり人間の美女のほうがいいというものだ。
博士はメモによって、また媚薬を作りあげた。こんどこそ、うまくやるぞ。うまく使ってこそ媚薬だ。使いそこなったら、やっかい薬。彼は薬液をアンプルに入れ、ポケットにおさめる。しかし、こんどは車を使わない。注意するに越したことはない。
ラッシュアワーをさけ、街に出る。どこかに美女はいないかな。きょろきょろしながら通りを歩いているうち、むこうから美女がやってきた。美しいばかりでなく、しとやかで品がある。これにきめよう。
すれちがった美女のあとを、博士は追いかける。歩きながらアンプルの口を切る。あとは、この薬をかけるだけ。そうすれば、あの美女が、たちまちこっちに飛びついてくるのだ。それから……。
その興奮で手がふるえたためか、夢ごこちでねらいが狂ったためか、なにかにその時つまずいたためか、媚薬の液は方角がそれ、女にかからなかった。そのかわり、そばの店のなかに飛びこんだ。そして、そこはウナギ屋。料理人の手につかまれ、カバヤキにされようという寸前の大きなウナギ。
液のかかったウナギは、身をよじってその手をすり抜け、道へ飛び出し、エフ博士のあとを追いかける。博士はあわてて逃げだすが、ウナギは追いかけるのをやめない。通行人がそれに気づき興味をもってながめ、大笑い。さっき目標とした美女も、いっしょになって笑っている。
「またまた、ひどいことになったようだ」
これ以上の人目をひかないようにと、博士は立ちどまる。ウナギはうれしげにすり寄ってきて、ズボンのすそから入って足にまとわりつき、上へとのぼってくる。なんとも形容できない感触だが、媚薬の効力の強烈さは、博士もよく知っている。簡単に追っぱらうことはできないのだ。
手をあげてタクシーをとめて乗り、一刻も早く帰宅することにした。座席にかけていると、ウナギはズボンから腹のほうにのぼってきた。くすぐったくてならない。思わず笑い声をあげると、タクシーの運転手が妙な顔で聞く。
「お客さん、どうかなさいましたか」
「いや、うふふ。なんでもないよ。うふふ、急いでくれ」
「変な笑いかたですよ。いい気持ちじゃありませんな」
「こっちだってそうさ、うふふ」
なんとか帰りついたものの、博士もこのウナギの処置には手を焼いた。つかまえてどうかしようにも、しろうとの手におえるしろものではない。博士は悪戦苦闘する。ウナギのほうは大喜び。にょろにょろと巻きつき、楽しげにたわむれている。
退治しようと近所のウナギ屋から本職を呼んだが、媚薬のきいているウナギは、愛する人のために死ぬわけにはいかないといったふうに、巧みに逃げまわる。博士はいじらしくなり、ウナギ退治は中止となった。
「こんなのにつきまとわれるくらいなら、まだしも自動車のほうがよかったかな。しかし、もはや手おくれ。また半年を、こいつ相手に苦しまなければならぬわけか……」
またも妙な日々がはじまった。姿が見えなくなったからといって、安心してはいられない。朝おきて水道の|蛇《じゃ》|口《ぐち》をひねったとたん、そこからにょろりと出てきて、おはようと言いたげな身ぶりをする。ウナギに発声器官がないことを、博士は神に感謝した。なまめかしい声をあげたりされたら、たまったものじゃない。
トイレの水洗の水とともに出てくることもある。水とともに下水へ流れ去ったかと安心していると、どこをどう戻ってくるのか、いつのまにか花びんのなかから出現してくる。すべて博士の気をひかんがための、愛情の表現というわけなのだろう。そして、なれなれしくまとわりついてくる。
博士は媚薬の効力を消す作用の薬の研究をしようと決心したが、この日常では、とてもそんなひまはない。ウナギと|同《どう》|棲《せい》していて、冷静に頭が働くわけがない。
ウナギからはなれようと、博士はあつい風呂に入ったりもしてみた。しかし、ウナギはあつさもものともせず、いっしょに入ってくる。恋はなによりも強い。媚薬のきいているあいだは、不死身になるのかもしれない。完全な媚薬なら、死んではならないわけだ。
風呂場のウナギは、博士の背中を流してくれる。つまり、石けんを器用にくわえ、こすりつけてくれるのだ。石けんのぬるぬると、ウナギのにょろにょろが背中をはいまわり、博士はくすぐったがってのたうちまわり、それとともにウナギも喜ぶ。
たとえいかに異常でも、この環境に適応しなければならないのだ。逃げようとあがいたって逃げきれず、かえって頭がおかしくなってしまう。博士はこのウナギをかわいがってやることにした。いっしょに風呂からあがったら、オーデコロンをふりかけてやり、酒を飲ませてやり、特別に作ってやったベッドの上でねかせつける。ウナギの寝床というものが、ここでこういう形で実現するとは、さすがの博士も予想しないことだった。
なにもそうまでしてやることもあるまい、と思う人もあるかもしれない。しかし、ウナギがこっちのベッドに入ってくるのより、はるかにいい。ウナギに一晩中、|肌《はだ》の上をはいまわられては、眠ることもできず体力がつきてしまう。ウナギのほうは精力があるかもしれないが、こっちは人間というひよわな生物なのだ。
早く半年がすぎてくれるようにと、博士はただそれだけを祈る。
かくのごとく、媚薬の成果は二回ともあがらなかった。いや、二回にとどまることなく、その後もまた同様だった。これだけ効力がはっきりしているものを、なんで二回の失敗で中止する気になれよう。
三回目は動物園。そこで美女をみつけた。しかし、その時も手もとが狂い、媚薬はハゲタカにかかった。オリのなかだから大丈夫だろうと思ったが、つぎの日になると、恋の一念、どうやって脱出したのか、博士の家へと飛んできた。
朝、ガラスをたたく音で博士が目ざめ、カーテンをあけると窓のそとにハゲタカがにっこり笑っていたというしだい。こんなのになつかれては、ぞっとせざるをえない。いまにもこっちが死ぬんじゃないかとの予感におそわれるが、それが愛情の表現なのだから、複雑なものだ。
またも博士は外出できなくなった。家から出ると、頭の上を舞いながらついてくる。他人はそれを気味わるそうに眺め、ささやきあう。どんな遠くへも飛んでくるので、旅行もできない。
もっとも、ウナギとちがって鳥類のため、夜には眠ってくれるのでありがたかった。買物や散歩は、夜のうちにやる。そして、ただ早いところ半年たつよう祈るばかり。
四回目には、みごと人間に媚薬がかかった。しかし、成功とはいえなかった。博士が美女のうしろから媚薬をかけようとした時、その手を警官につかまれた。
「やい、硫酸魔だな……」
液はその声をあげた警官にひっかかった。硫酸でないことはすぐにわかり、刑にもならなかったが、それ以上のひどいことになってしまった。警官が博士になついてしまったのだ。
その警官は自分の家に帰らず、博士の家に泊りこむようになった。しかし、このころになると、博士はいかなる異様なことにも驚かなくなっていた。ただで守衛をやとっているようなもので、便利じゃないか……。
だが、そのうち警官の妻がこのことをつきとめ、博士の家にどなりこんできた。
「どこへ行ったのかと思ったら、こんなところにいつづけだったのね。よくも、あたしの亭主を誘惑したわね。この変態で頭のおかしな科学者……」
博士がなにか言おうとする前に、警官が妻をなぐる。
「だまっていろ。おれは、このかたの魅力にひかれ、自分からここに来たのだ」
争いのあげく、|拳銃《けんじゅう》をふりまわす。まるで漫画にでもありそうなさわぎ。博士は二人をなだめる。
「まあまあ、こんなことになったのもなにかのご縁でしょう。半年ほどです。しんぼうしましょう」
警官の妻もその日以後、博士の家に泊りこみ、連日のごとく夫婦げんかをくりかえす。そのさわぎで、警官の妻はそうとは知らずに、媚薬のアンプルを投げた。それがたまたま玄関に来ていた女性の保険勧誘員に当り、彼女はたちまち警官の妻に熱をあげた。やがて、その亭主が乗りこんできて、言い争いになる……。
何角関係やらわからないほどの大混乱。これが媚薬の効力期間中、すなわち半年つづくのだった。
やっとそれが終ったが、博士は疲れはてた。媚薬の残りはあれど、もう使う気がしなくなった。何回こころみてもうまくいかなかった。媚薬という、自然の法則に反したものを作ったのがいけなくて、ばちが当ったのだろうか。あるいは、最初に作った時、目には見えないが、そばに幸運の女神ならぬ不運の女神でもいて、それに媚薬がかかったのかもしれない。まあ、せんさくはどうでもいい。こう毎回だめだったということは、これからもうまくいかないとの意味だろう。
「ろくなことはない。媚薬はもうやめだ。終止符をうつとしよう」
博士はメモを燃やした。それから、川にでも投げこもうと、媚薬の入った残りのびんを持ち、外出した。しかし、途中で公園のベンチにかけ、考える。いや、川に捨てるのも考えものだ。魚にかかるかもしれない。ボウフラにかかるかもしれない。万一、カッパでもいたらことだ。捨てるにも苦労することになろうとは……。
博士が頭をかかえて立ちあがると、そばで声がした。
「もしもし、なにか忘れ物ですよ」
老婦人がびんを指さしている。
「あ、それでしたら、いらない物なんです。忘れてったほうがいい品です」
「でも、なにか大事そうなもののように見えますけど……」
「媚薬の残りが入ってるんですが、いらないんです。ろくなことはない」
「媚薬ですって。本当なんですの」
と老婦人は関心を示した。博士は言う。
「本当ですよ」
「いらないのでしたら、ちょうだいしてもかまいませんでしょうか」
「どうぞご自由に。相手にかければいいんです。お使いになるのは勝手ですが、そのかわり、どうなっても責任は負いませんよ」
それを聞き、老婦人はうれしげにびんを手にし、せんをはずし、なかの液を博士にふりかけた。