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古代の神々
日期:2017-12-30 17:41  点击:501
 あけがたちかくに、その青年は夢を見た。少しはなれたところの地面の下から、なにかが呼びかけている夢だ。この夢はこのところ時どき見る。見はじめのころはばくぜんとしたけはいだけで、どこからなにを訴えてくるのかわからなかった。
 しかし、何回も見るうちに、ベールが一枚ずつはがされてゆくように明瞭になった。場所もはっきりした。また語りかけてくる言葉も。それはこうだった。「五千年がたった。掘り出してくれ。五千年がたった……」
 多くの人びとの願いがこりかたまり、執念となって放射し、たのんでいるようだった。
 朝、青年は目ざめてから、頭をふりながら考えた。なんのことなのだろう。神のおつげみたいだ。しかし、それにしても変な夢だったなあ。
「どうかしたのかい。元気がないよ。神殿に行ってみていただいたら……」
 青年の母親が声をかけた。夫婦と息子ひとり。彼らは小さな一軒の家に住んでいた。家のまわりには農地がひろがっている。彼らの職業は農業。もっとも、大部分の人が農業なのだ。ほかには、家を建てる人と運送業の人がいくらかいるていどだ。
 青年は夢の話をした。父親はラジオで〈きょうの午後は一時間だけ雨が降ります。種まきはその前におやり下さい〉との天気情報を聞いていたが、息子のほうを向いて言った。
「気のせいさ。おとなになりかかりの時は、妙な夢を見るものだ。おまえは十七歳になったんだな。いや、十八だったかな……」
 壁のカレンダーにはAC四九〇〇年と印刷されてある。父親はそれに目をやったが思い出せない。彼は息子のうまれた年を忘れてしまっているのだ。おぼえておく必要もべつになかった。
「十七歳ですよ。ねえ、ただの気のせいじゃないんです。普通の夢じゃないんですよ。その場所を掘ってみてもいいでしょ」
 とりたてて反対する理由もなく、父と子は農具をかついでそとへ出た。すみきった空、光にみちたすがすがしい風が肌をなでる。しかし、これは彼らにとってなんの喜びももたらさない。日常的な当然のことなのだ。
 麦畑のなかほどで青年はとまり、掘りはじめた。確信ある動作。やがて、なにかがあらわれた。小さな塔のようなものだった。さらに掘ってゆくと、コンクリートの破片のなかから、径一メートルほどの金属製の丸い物体が出現した。青年は言う。
「なかになにかが入っている感じですが、人びとの力を借りないと開けられないようです。それにしても、なんでしょうねえ」
「塔に字が書いてある。わしは文字が苦手だが、五〇〇〇という数字だけはわかる。年を示すような気がするが、ACとはついていない」
「ぼくの夢のなかの声も、五千年たったと呼びかけていました。五千年前に埋められたもののようです。しかし、今年はAC四九〇〇年。とすると、これはBC一〇〇に埋められたということになりますよ。あ、すごい。これは神々の埋めたものなのだ。アフター・コンピューター(AC=以後)でなく、ビフォー・コンピューター(BC=以前)の時代のものなんだ」
 青年は大声をあげ、かけていった。このように興奮したのははじめてだった。コンピューターという言葉で、父親は小高い丘のほうをながめた。そのいただきには立派な神殿があり、けっしてさびることのない白金製の屋根が、午前の陽の光を受けて輝いている。なかにはコンピューターという名の、ありがたい神がましますのだ。
 そこへ行けば、食べ物でも薬でも服でも、なんでも与えてくださる。また不要品を持っていけば処理してくださる。天気情報もそこから送られてくるのだし、ラジオの音楽もそこからだ。人びとの生存をつかさどる万能の神だ。
 父親は考えた。いままで考えもしなかったことだ。あのコンピューター神殿をお作りになられた、さらに古代のすばらしい神々。それはどんなかただったのだろう。本当に存在なさったのだろうか……。
 
 西暦一九七〇年、万国博を記念してタイムカプセルが埋められた。五千年後への祈りと期待をこめ、さまざまな品を収納して眠りについた。地上の緊迫から切りはなされて。
 しかし、当時の世界は多くの問題を持てあまし、そんな行事だけで一挙に片がつくどころではなかった。幻のようなきれいごとの理想論があるかと思えば、みぐるしいが切実な現実論が一方にある。人種間がごたつき、国は対立し、人は金銭をめぐって争い、核兵器は何回も爆発寸前まで行き、人口はすでに爆発をはじめ、事故はふえ、公害は世界的な規模にとめどなくひろがり……。
 破滅にむかっているのはあきらかだった。それが極度に頭の悪い者の目にもはっきりしてきた時、人類はやっとこれではだめだと気がついた。長期安定計画がたてられ、それがなしとげられた。
 安定を唯一最高の目標とし、それ以外のことは押え、高性能のコンピューターにすべてをまかせようというのだ。コンピューターが全世界に点在し、それが電波でひとつに結ばれ、有機的に連絡しているという態勢が確立した。タイムカプセルが埋められてから百年後。すなわちAC元年であった。
 コンピューターはその目的のために働きつづけた。休むことなく、自己修理機能をそなえているから、故障することもない。動力は地下の放射能物質をみずから掘っておぎなう。人びとの使った製品の廃品を回収し、新品に作りなおして提供する。天候をコントロールし、それを知らせる。ラジオ番組を放送する。
 番組の製作をやるのではない。ストックされた音楽番組を毎年くりかえし流しつづけるのだ。ニュースはない。事件というものがなくなったからだ。
 それと同時に、コンピューターによる地下工場から出てくる日用品の型も変わることがなかった。いつも同じ品が出てくる。十年たっても、百年たっても、千年たっても……。
 当初は不満の感情を抱く者もあったが、仕方ないとのあきらめがそれを押えた。破滅よりどれだけいいかわからない。ほかによりよい方法があったか。なかったのだ。
 AC二〇〇年ごろになると、すべては平穏になった。コンピューターは正しく動きつづけ、その指示のもとで人びとは不平を持たなくなった。ビルは風化して崩れたが、再建されないまま土に帰っていった。かつての多種な品物も、新しく作られないまま、それぞれの寿命を終えていった。
 人口は適当な数におさまり、公害は消え、生存をおびやかすものはなかった。国境も消え、争いも消えた。すべての人種はまざりあう。人びとは平等であり、人は自然と調和した。
 人は大地から食料を作り、収穫したら神殿におさめ、必要な時には神殿からもらえばいいのだ。いやなら食料を作らなくてもいいのだが、働くことは運動になってからだにいいのだ。犯罪的傾向のある者は、コンピューターの指示で|矯正《きょうせい》されていった。
 そして、時は流れるのをやめたかのようだった。十年前、今日、十年後、そこにはなんの差異もないのだから。
 AC二〇〇〇年代も、AC三〇〇〇年代もちがいはなかった。あるものは安定、おだやかさ、安心感といったものだけ。好奇心もめばえない。このような環境で、なぜそんなものを持つ必要があるのか。
 むりに差異を見いだそうとすれば、混血が進んで肌の色がさらに均一化してゆくこと、人びとの表情がさらにのんびりとしたものになってゆくことぐらい。それと、神殿のなかのコンピューターへの信頼がより厚くなってゆくこと……。
 
 青年が数名の人びとを連れて戻ってきた。いつもは泰然とした表情の人たちだが、青年の話と目の前の物体によって、さすがに目を輝かした。あのコンピューター神殿をお作りになられた、遠い古代の神々に関連のあるものが、いまここに存在する。
 まわりの土をおとすと、金属は少しもさびていなかった。
「なにが入っているのだろう」
「早くのぞいてみたい。開けてみよう」
 しかし、それは簡単にはいかなかった。どんな道具を使っていいのかわからないのだ。爆薬についての知識は、人びとの頭からとうに消えてしまっている。たとえ知っていたとしても、コンピューター神殿はそのようなぶっそうなものを出してはくれない。生活必要品しか与えて下さらないのだ。
 ハンマーを持っていた男がひっぱたいた。物体の外側に書いてある文字の、わかる部分を拾い読みし、ああしたらどうだろう、こうしたらどうだろうとその作業に熱中した。途中で一時間だけ雨が降ったが、その時も休もうとしなかった。ちょっと手を休め、耳を押しつけ、なかの音を聞こうとする者もあったりした。だが、音はしない。
 やがて、ふたが開いた。
「おい、開いたぞ。神々の品だ。もしかしたら、神々のお姿を描いたものがあるかもしれない。そっと調べよう」
 そっと調べようと注意しなくても、われがちに飛びつく者はひとりもいなかった。そのようなあさましい習性は、とっくのむかしに失われていたのだ。
 のぞきこみながら、ひとつずつ品物をとりだす。それは明るい日の光の下に並べられていった。
 いろいろな金属や合金のサンプルがあった。だが、なんのための品かだれにもわからなかった。LSI(集合集積回路)やIC(集積回路)もあった。だが、これが神殿のなかのコンピューターの部品とはだれも知らなかった。
 繊維製品も出てきた。服、シャツ、ズボン、下着、靴下などだ。これは想像がついた。
「身につけるもののようだ。神々がおめしになったものだろうか。これから察すると、神々はわれわれとそうちがいのない体格だったようだな」
「古代の神々について、あまり軽々しい口はきかないほうがいいぞ」
 しかし、みなが身につけているのとはずいぶんちがっていた。みなはだれも同じ、ゆるやかな着物をまとっている。だれも同じなのはコンピューターが作る規格品のためであり、ゆるやかなのは活動的である必要がないからだ。
 通りがかった女がネックレスを手にし、本能的に首に巻いたが、すぐにそれをもどした。コンピューターの指示による生活は、虚栄心を消し去っている。不平等と争いのもととなるからだ。
 医療器具がひとそろい出てきたが、これまたまるで見当がつかなかった。病気になれば、神殿に行けばいいのだ。なおる病気はそこでなおり、そこでだめならなおらない。そういうことになっているのだ。
 薬品のサンプルが何種類か出てきた。みなはそれを見て、病気の時に神殿でいただくのに似ているなと思い、そう思っただけだった。
 入歯や眼鏡が出てきた。みなは首をかしげ、異様さにちょっとふるえた。この健康な環境、コンピューター神殿の指示による生活。だれの歯も眼も健全そのものだったのだ。
 経口避妊薬も同様、あまり興味をひかなかった。同じ成分が、神殿からもらう食料に配合され、人口が適度に保たれている原因がそれだとは、だれも知らない。神殿のコンピューターは時に性欲刺激剤を配合することもある。人口に減少の傾向がみえた時にだ。
 肥料もそうだった。神殿が畠にまけと告げて出して下さるものに似ていると感じた。だれかがなめてみて、顔をしかめてぺっと吐き出す。やっぱり好奇心はいい結果をもたらさない。そのあとは、だれもなめてみようとはしなかった。糖分やグルタミン酸ソーダなども出てきたのだが。
 やがて写真が出てきた。宇宙船の写真、月の近接写真があった。だが、みなはそれをオモチャのたぐいだろうと思った。また近接写真では、それが夜の空の月の表面とはとても理解できなかった。原爆被災物も出てきた。高熱でとけたガラスや炭化した木片。みなはのんびりとした表情の首を少しだけかしげた。
 物体のなかには、字を書きこんだものがたくさんあった。各種の記録、論文、文学のたぐいだが、だれの関心もひかなかった。さっきはカプセルの外側の文字を、なかを早くのぞきたい一心でやっと拾い読みはした。しかし、開けたあとは、その気力もない。読みかけた者もあったが、一行にもならないうちにあきらめる。彼らにわかるようなやさしい文章ではなかったのだ。
「つまらないものばかりだな。やめようか」
「いや、もう少し出してみろ」
 白い布に赤い丸を描いたものが出てきた。しかし、みなの頭に国の概念がなく、それが国旗とはわからなかった。貨幣や紙幣が出てきた。小切手や手形もあった。しかし、みなは金銭不要の生活をしているのだ。選挙の投票用紙が出てきた。だが、そんな行事はAC元年になくなっていた。サイコロが出てきたが、なぜかしらず、みなは邪悪のもとのように感じ、あわててもとにもどした。
 録音テープがたくさんあったが、どうすれば音になるのかわからず、再生装置がどれかもわからず、彼らにとってなんの意味もなかった。
「おお、おお……」
 みなが指さしあい、最も興味をひかれたのは、ままごと遊びの道具一式だった。こんなに小さな食器。コンピューター神殿は、われわれにこんなのを一度も出したことはない。古代の神々は、これぐらいの食事しかなさらなかったのだろうか。やはりわれわれとはちがう。みなの心には尊敬の念のようなものがわいた。時のたつのを忘れ、見つめ、手にとっていじるのだった。
「わっ……」
 とつぜん、人びとが悲鳴をあげた。びっくり箱のふたがあいたのだ。驚かしたこともなく、驚かされたこともない人たち、ショックは強かった。ひとりは気を失って倒れた。抱きかかえて丘の上の神殿へと運ぶ。コンピューターは正確に診断し、薬を出し、手当てのやりかたを指示した。やっとおちつきがもどる。
 みなはまたカプセルのそばへひきかえしてきた。しかし、びっくり箱以上の驚きがあらわれた。人物の写真がいくつも出てきたのだ。その表情のなんと恐ろしいこと。みつめるみなののんびりした表情とにくらべ、それは深刻で、ずるさにみち、不健康で、なかには狂気をおびているようなのさえあった。
 貧困の写真、大ぜいが目をつりあげてわめいている写真、なぐりあうスポーツ、キャバレー、殺意あふれる戦争の写真。それらの顔つきはながめるだけで身ぶるいがしてくる。
「いやだな、胸がむかむかして吐気がしてきた」
 だれかが言った。
「これが古代の神々なのかな。これがあのありがたい神殿を作り、われわれに永久の安泰をもたらしてくれたかたとは思えない。もしかしたら、BC年代にはびこり、古代の神々に一掃された悪魔たちかもしれない。もう、これ以上さわるな」
「もとの丸いものにもどそう。そして、神殿にはこび、その指示をあおごう」
 けっこう重かったが、みなは力をあわせて神殿へと運び、台の上にのせた。地下からこのようなものが出ました。どういたしましょう。
 台は動き、カプセルは穴の奥へと消えていった。コンピューターは規格外の品なので、あつかいに困り、地下の自動工場のさらに下、特別貯蔵倉庫のなかにしまいこむだろう。あるいは、コンピューターはなにもかも知っていて、いまの人類には見せないほうがいいと判定するかもしれない。
 倉庫のなかで、さらに未来までカプセルはふたたび眠りつづけるのだ。つぎに開けられる時が来るかどうかはわからないが……。
 夕暮になり、青年は家に帰って両親に言った。
「きょうはとうとう、農場の手入れをするひまがなかったね」
「あしたでもいいさ。そうそう、夕食の調味料はどうしたね。セッケンがなくなり、電球がひとつつかなくなっていたが……」
「忘れてはいないよ。ぼく、神殿に行ったついでに、お願いしてみんないただいてきたよ。ほら……」
 青年は持ってきた品を机の上に置いた。四千九百年間ずっと変ってない品を。それから、ふとつけ加えた。
「……でも、あの神殿の奥って、どうなっているんだろうな」
「そんなこと、なぜ知りたいんだね。知る必要があるかい」
「ないなあ、ただ、ちょっとそう思っただけさ」
 青年はすなおだった。だれもがすなおだった。疑惑とか破壊とかの念はどこにもない。
 やがて、夕食がすみ、夜になり、青年は粗末なベッドの上に横たわる。その時、ポケットからそっと紙を出す。さっきカプセルを神殿に運んだが、そのあとに落ちていたのだ。しまう時にやぶけて飛んだのだろう。
 青年はそれを見る。〈五千年後の人へのメッセージ〉と書いてある。だが、その文字すらほとんど読めない。印刷ははっきりしているのだが、彼の生活に活字は無縁なのだ。
〈平和〉〈平和〉という文字がほうぼうに出てくる。なにか大切な、非常に大切なことのような感じがする。古代の神々だか悪魔だかしらないが、必死になって呼びかけているようだ。
 これがどんなことなのかわかったらなあ、と青年は思う。だが、それだけは無理なのだ。人種がなく、国がなく、個人の差がなく、なんの対立もない。そんな状態の者にわかるはずのないことなのだ。
 だが、青年の頭にちょっとひらめく。いまのこの生活が〈平和〉なのだろうか。どうなのかなあ。もしそうだとしたら、そして、古代の神々がこのことを知ったとしたら、どうお考えになるだろう。喜んでくださるだろうか。しかし、青年はすぐに打ち消す。さっきの写真のたくさんの顔が目の前に浮かんでくるのだ。
 たぶん喜んではくださらないだろうな。大部分の顔つきは、ほどほどとか満ちたりるということを知らず、過去をのろい、現在に絶望し、未来に|嫉《しっ》|妬《と》しているような感じだった。やつあたりが好きで、どんなことにもけちをつけなければ気がすまぬような……。
 青年は紙を捨て、電気を消して眠った。どこからか花のかおりが流れてくる。静かな、のびのびとした、きよらかな、不安も恐怖もいらだちもない夜。それはこの夜だけではない。きのうもそうだった。そして、十年後の夜も、百年後の夜も、千年後の夜も……。

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