「おい、おきろ。戦争だ……」
耳もとで声がした。幻聴ではない。昼ちかい時刻、私がいい気分で眠っているとベッドのそばの電話が鳴り、手にとった受話器から流れ出た声。上役かららしい。
私は民放テレビ局につとめている。高遠な理想も主義もないかわり、どちらかというと器用なほうなので、たいていのことは一応そつなく仕上げる。企業にとってはいい社員だ。このところ爆笑クイズ番組を担当し、まあまあの視聴率をあげている。人びとを楽しませるのはいいことだ。しかし、なんでいまごろ上役が電話を。先日の番組にミスがあったのだろうか。私はねぼけ声を出す。
「はあ、戦争がどうかしましたか」
「番組編成の緊急会議を開いた。スポンサーの了解もとった。いまきみが担当しているのを特別報道番組のシリーズに変更する。好評なら毎日やる。テーマは戦争だ」
「どんな戦争です」
戦争が邪悪と見なされている限り、それは魅力を失わない。卑俗と見なされる時、人気を失うであろう。オスカー・ワイルドの言葉。いまさら交通戦争をとりあげるのも新鮮さがない。公害戦争だろうか、進学戦争、企業戦争、住宅戦争。戦争が多すぎ卑俗そのものだ。なんの刺激もない。なにか新しいアイデアでも出たのだろうか。うん、求婚戦争なんてのはユーモラスでいいかもしれない。アル中戦争、スキャンダル戦争なんていうのもどうだろう。なにがどう戦争なのかわからないが。私が眠い頭であれこれ考えていると、上役が言った。
「本物の戦争だ……」
「だけど、第二次大戦をあつかったものは、よその局ではけっこうやりましたよ」
「しっかりしてくれ。宣戦布告なんだ」
「えっ、ついにはじまりましたか。どこです……」
私は身を起した。眠けが消えてゆく。中近東あたりなのだろうか。上役は言う。
「日本だ」
「ばかばかしい……」
受話器をにぎったまま、私はベッドに横になる。たちの悪い冗談だ。立派な平和憲法。それをふみにじってまで戦争をするほどわれわれはばかではないし、それをふみにじってまで戦争をするほど利口でもない。
「おい、眠るな。日本に対して宣戦布告がなされたのだ」
「まさか。いったい、どこの国です……」
私はまたベッドから飛び出す。からだじゅうにいやな感じが走る。
核弾頭、ミサイル、焼野原、すべての死。時計に目をやる。ミサイルの飛来まであと何分ぐらいあるだろう。思い切り酒を飲まねばならぬ。結婚もしなければならぬ。いやな上役や同僚をぶんなぐらなければならぬ。買っておいた本を読まねばならぬ。
遺書を書いて地下に埋め、戦争のおろかさを後世に伝えねばならぬ。いや、その前に銀行から貯金を全部おろしてこなければならぬ。エビフライをもう一回たべたい。まだ富士山に登っていなかった。死ぬ前に外国旅行もしたい。LSDも……。
「アフリカの小国、パギジア共和国だ。しばらく前に独立した国らしい」
「ほっとしました。どきりとさせないで下さいよ。ユーモアならユーモアと……」
私がベッドにもどろうとするのを、電話のむこうの上司の声がひきもどした。
「ユーモアではない。本当に日本に対し宣戦布告をやったのだ。すでにパギジア国の連合艦隊が港を出撃した」
「そうとしたら大変だ。どんな編制です。空母ですか。原子力潜水艦ですか」
「米軍払下げの小さな船が二隻らしい。漁船の大きいものといった程度のようだ。わが本土に到着するまで四十日はかかるらしい」
「なあんだ、といった感想ですよ」
「しかし、これはあきらかに戦争なのだ。しかも、いまのところこれはわが局の特ダネ。早いところ手を打ち、この報道の独占態勢をかためなければならぬ。すぐ来てくれ」
「だんだんわかってきましたよ。うまくやれば視聴率獲得戦争に勝てそうですね」
局に出かけてみると、一室でなにやら秘密の会議がつづいていた。私は聞く。
「なぜわが局の特ダネになったのですか」
「パギジア国は独立したてで、わが国の在外公館はまだできていない。日本への宣戦文書をどこへ持ってったらいいかと、外国からの旅行者に聞きまわっていた。それを耳にしたベルギー人の旅行者が、かつて出演したことがある縁で、ここへ電報で知らせてきた。ニュース源であかせるのは、まあこのていどだ」
「そんな国、どこにあるのです」
質問すると、壁の地図を指さして、ひとりが私に示した。アフリカの西部、宅地分譲の不動産屋の広告の図のごとく、こまかく仕切られてごちゃごちゃしている。
「このへんだ。まだ地図には国名がのっていない。米ソの新興国援助合戦をあてにし、いいことがあるかと独立してみた。だが、アメリカのくれたのは、ぼろ船二隻。ソ連のくれたのは機関銃十|挺《ちょう》。このごろは米ソも昔ほど甘くない」
「なんで、日本に宣戦など……」
「やつあたりかもしれない。米ソのけちに腹を立て、国内の不満がおさまらない。そのはけ口がこうなったのかとも推察される。しかし、くわしいことはまるでわからない」
「まるで気ちがいだ」
「戦争は狂気の産物。この原則は変りない。それはともかく、この報道で他局を出し抜かなければならぬ。さあ、打合せだ……」
この国の国情にくわしいのは、わが国に一人しかいないそうで、そいつは手回しよくさがし出して、独占契約でホテルにかんづめにしてあるという。もっとも、小さな貿易商社の社員で、雑貨を売りに一回だけ訪れたことがあるという人物だが……。
米国払下げのぼろ船、すなわちパギジア連合艦隊のと同じ型の船の写真もあった。これだけの材料で、夕方までに三十分番組を作れという。むちゃと思うが、指示ともなれば仕方がない。私は入社したての部下をせきたて、秘密がもれないように注意しながら、手配にとりかかった。
なんとか間にあう。オン・エア。
〈本日より新番組。特別報道シリーズの開始です。わが国の命運にかかわる、緊急非常事態に関するものです。ではその前に、まずスポンサーからのお知らせを……〉
コマーシャルになった。スポンサーはレジャー産業。このところボーリング場、ヨット・ハーバー、別荘分譲と多角的に発展めざましい会社だ。CMが終る。
〈敵は幾万〉のメロディを流す。局の廊下をうろついていたミリタリー・ルックのグループ・サウンズを引っぱってきて演奏させた。新人でへたなうえに、曲をよく知らないとくる。だが、緊急事態だからまあ仕方のないことだ。アナウンサーがおごそかきわまる声で言う。
〈これは演習ではありません。本日の早朝、パギジア国がわが国に対し宣戦を布告いたしました。くりかえします。これは演習ではありません。お笑いの冗談でもありません。厳粛な事実。これは戦争なのです。現在までに判明したわがほうの損害、皆無……〉
特撮のフィルムがやっとまにあった。写真をもとに作ったパギジア連合艦隊が波をけたてて進む場面だ。国旗のマークがよくわからず、そこは風になびかせてうまく処理した。だが、なんたることだ。音楽係め、伴奏に軍艦マーチを入れやがった。ディレクター室で冷汗を流していると、電話が鳴りはじめる。視聴者からの抗議だろう。しかし、中年の男性の感激した声の言葉。
「なつかしい。心がひきしまり、じんとしました。血潮がうずきます。万歳」
なにいってやがる。あれをわが国の海上自衛隊と思ったらしい。まったく軍事知識のないことおびただしい。
座談会にうつる。わが国唯一のパギジア国通の商社員、軍事評論家なる人物、むりやり連れてきた外務省の役人。司会はわが局のアナウンサーという構成だ。
「大変なことになりましたねえ。政府としてはどう対処なさるおつもりですか」
身だしなみのいいスマートな外務省の役人は、にこりともせずに答えた。
「はい。まだ報告は受けていない。事実とすれば大変だ。まことに遺憾に存じます。さっそく調べて善処する。いま私として申しあげられるのは、これだけでございます」
商社員は壁の地図を指さして説明した。
「ここがその国です。いや、暑い国でしてねえ。熱帯樹がいっぱい茂っておりまして……」
「経済状態はどうでしょうか」
「日本製のライターを、百ダース売り込もうとしたのですが、三十ダースでいい、もっとまけろとねばられましてねえ……」
なにが事情通だ。司会者は軍事評論家に聞く。
「近代戦の実体と、日本防衛態勢についてのご意見をひとつ」
ここで売込もうと、評論家はあいそのいい笑い顔。
「驚きましたねえ。とっても驚きましたねえ。いまや科学の時代、相手の連合艦隊の装備についての資料が不足だと申しあげにくくて残念ですねえ。しかし、こちらには世界最強の極東米軍の協力がありますので……」
なんとかなるだろうとの口ぶりだったが、商社員が口をはさんだ。
「あ、思い出しました。ライターの商談がまとまった夜、大変なお祭りがありました。商談成立のお祝いかと思ったら、米国との中立条約成立のお祭りだとかで……」
「そうなるとことですねえ。かつて日独は同盟し、ドイツが、ソ連を攻撃しましたが、わが国は日ソ中立条約をまもって参戦しなかった。米国も日本に手を貸せないということになります。となると、国連に仲介をたのむ以外には……」
「まだ国連に加入してない国のようです」
要領をえない話ばかり。私は座談会をうちきり景気よく軍歌を演奏しろと指示した。だが〈|万《ばん》|朶《だ》の桜か|襟《えり》の色〉と〈天にかわりて不義を討つ〉とがごっちゃになり、奇妙なさわぎ。ちがうと手を振ると、アメリカの反戦ソングをはじめやがった。はらはらしているうちに、新しいニュースが入ってくれた。アナウンサーが読む。
「ただいま入りました戦争ニュース。パギジア国連合艦隊がいずれに進路をとるか判明しました。南米のホーン岬をまわらず、喜望峰をまわり、インド洋経由で日本侵攻作戦を展開するもようです。日本の沿岸に近接するのは約四十日後と予想されます……」
天気予報を読むような口調だった。終ってコマーシャルに入ると、また電話がどんどん鳴り出した。鳴り通しだった。近くにいた者が手わけして応答する。簡単なことだ。「本当か」との質問には「はい」と答えればいい。「あとはどうなった」というのには「こんごのニュースと、あしたのこの番組でどうぞ」と答えればいい。驚異的な反響だった。この報道に関しては、完全に他局に差をつけることができた。
こうなるとゲストも呼びやすく、なにかと便利だ。つぎの日からは政治家、役人、専門家を出し、座談会とニュースで構成すればよかった。だれもが聞きたいのは政府の方針だが、それはうやむや。
「わが国は平和国家でごさいまして……まことに遺憾……外交交渉により……誤解かもしれませず……したがいまして……報告をもとに慎重に検討……世論というものもございまして……早急に……なかなか……軽率な行動は厳に……かように考えておるしだいでございます」
「インド洋上で撃退するということは」
「いや、さようなことは、微妙な国際問題ということもございまして……」
「沿岸に来てからやっつけるのとは大差ないでしょうに。それとも、国土が侵略されてもかまわないとおっしゃるのですか」
「いや、そのようなことは、断じてあってはならない。これは不動の方針でございます」
「いったい、どう対処なさるのです」
「個人的見解を申しあげますれば、心臓移植ができ、月へ人類が進出しようという時代だというわけでございまして……」
なぜ月と関連があるのかわからないが、尻尾をつかまれ政治的生命を失わないようにするには、こう言う以外にないのだろう。もやもやの残るところがいいのだ。すぱりと割り切らないのが連続番組のこつ。
宣戦の理由は依然としてわからない。もよりの領事館員がジープで二日がかりの旅をして乗りこんだが、捕虜になって消息不明。敵国人をつかまえるのは、国際法によって許されているという。
いろいろの推測がなされた。日本からの海外旅行者のせいではないか。このところ旅の恥はかき捨て主義者の、目にあまる行動が多い。パギジア国の宝物殿を便所とまちがえるとか、便所を神殿とまちがえるとか、神殿を娼家とまちがえるとか、胴巻きから金を出すとか、なにか相手に屈辱的な印象を与えることをしでかしたにちがいない。よくあることだ。
あるいは第三国のデマのせいかもしれない。日本人は犬を殺して食っているとか、武士が町人を刀で斬っているとか、政治家の|収賄《しゅうわい》が横行しているとか、男女混浴だとか、事実無根の情報が意識的に流されたのかもしれない。
商社員はそのたびに質問を受ける。
「原因はなんでしょう。いいかげんな貿易会社が粗悪品のライターを売りつけたのでは……」
「とんでもありません。ロンソンの模造品ではありますが、はるかに優秀です。私がライターで火をつけたなんて、ぬれぎぬです。おそらく、|祈《き》|祷《とう》|師《し》が二日酔の頭で神のおつげを聞いたかなにかで……」
たよりないが、どうしようもない。ほかに事情通はいないのだ。商社員はぜいたくになり、ホテルにかんづめの生活にはあきた、美人を世話しろと言いだす。他の局にとられてはと、その要求もいれてやらねばならぬ。
防衛庁の人を番組に引っぱり出したこともあった。
「どうなさるおつもりです」
「われわれは国民のための存在です。命令があれば祖国防衛のため、血と汗と涙とをささげて戦います。しかし、まだ命令はなく、自分たちで勝手な行動をとるのは許されておりません。もっとも、軍楽隊だけはべつでごさいます」
なんということもない。外務省も同様。あれはアフリカ部門の担当だと言い、その係は国連の部局の担当だと言う。目的地がアジアだからその部局の責任だという声。本土侵攻なら国内問題だ。不法入国はまず法務省だろう。水上警察ですむのではないか。大蔵省がどこに金を出すかだ。災害とみなせば建設省かもしれぬ。貿易のごたごたの処理なら通産省がやるべきだ。学術会議に意見を出させろ。どこも自分のところにしょいこみたくないのだ。各省大臣は、まだ報告は受けてない、をくりかえすばかり。
首相に問いつめると、国会の意向を尊重するという。その国会もまた、てんでんばらばら。それでも、やがて野党がやっと見解なるものをまとめる。
「これは政府および与党の陰謀である。日本の軍備強化のため、ひそかにしくんだ芝居にちがいない。|欺《ぎ》|瞞《まん》だ。死の商人にあやつられたナチ・ファシストの残党が裏で暗躍しているとのうわさがある。全貌を公表せよ」
政府は恐縮し、そのような情報や証拠をお持ちならご教示いただきたいと聞きかえす。野党は沈黙。死の商人がどこでいくらもうけられるのか計算がたたない。ひとつ説がでると、その裏がえしや、バリエーションが続出する。
「ゲバラの派手な名声に|嫉《しっ》|妬《と》した無政府主義的トロツキストが、アフリカに潜入し、最もすきの多い日本をねらったとの説がある」
「ケネディ元大統領の暗殺の黒幕が、第二の大陰謀にとりかかったと推理できる」
「世界の目をこれにひきつけておき、そのすきに真の陰謀が進行するのである」
ひとりが口を開くたびに、ひとつの新説が出る。スポンサーがこれに目をつけ、懸賞募集をした。後日、正解と判明した説には、別荘ひとつ進呈というものだ。視聴者の番組への参加。
どっと応募がある。類似のアイデアを落し、先着をきめるためにコンピューターがスタジオにすえつけられた。〈流行病による集団発狂である。だから、あとで戦争裁判にかけても精神鑑定で無罪になる〉とか〈インベーダー星からの宇宙人のしわざである〉とか〈あの艦艇は呪われた船で、乗員はその意のままにあやつられているのだ〉
〈戦争の原因は名誉と退屈のうちにある〉とアランの言葉の盗用を書いてくるやつもある。また〈東のはてにはジパングという黄金にみちた国があり、最近の地震で全滅し、金は拾いほうだいとのうわさを信じているのだ〉
いいかげんな説ばかりだが、うそとも断言できぬ。番組に新説コーナーをもうけると、ますます人気が出た。「あの国の気持ちはよくわかります」とくりかえすことしかできぬ文化人よりはるかに面白い。
〈ずばり真相、テレビ局のマッチ・ポンプ陰謀〉という名論卓説もあった。マスコミ関係がひそかに相談し、ニュース欲しさで事件をしくんだとの推測だ。私が視聴者だったら、やはりそう思うだろう。だが私は送り手側だ。こんなのは紹介できぬ。私は検閲で没にした。いまは戦時下なのだ。
新説は続出だが、しかし、どうすべきかとなると、だれもが賢明に口をつぐむ。こしゃくな国だ、むこうが不法なのだ、一発で撃沈してしまえとは言えない。言えばどうなるか、みなさんよくご存じだ。といって、無抵抗で侵略されるままになれとも言えない。これまたよくご存じだ。かんじんなところをぼかそうとするから、ますます新説開発のほうに熱がこもる。珍説が多くなると、いささか不安になる。
どういうことなのか、まるでわからないのだ。ぼろ船二隻では正気のさたとは思えない。しかし、秘密の強力兵器をつんでいるとしたら、正気そのものなのだ。なにかのワナのような気もしてくる。へたにあつかうと、そのとたんにすごいことになるのかもしれぬ。その見当もつかないのだ。疑心暗鬼。どろ沼に足をふみいれたようだ。ことなかれムードがいつまでもつか。
国会を解散して民意に問えとの社説をのせた新聞もあった。しかし、判断の資料はなにもないのだ。いかに文盲率ゼロ、テレビ愛好度抜群、ビタミン消費量最高をほこるわが国有権者も、ちょっと困る。また、選挙をやっているひまもなさそうだった。
番組のアイデアに困った私は、軍事マニアの子供を招き、クイズ・コンクールをやった。いや、すごいのなんの、地雷の掘り出し方から、ミサイルの性能、大砲の掃除法、なんでも知っている。わが国の子供のほうがNATOの参謀総長より優秀なのじゃないのかしらん。あのガキたちは原爆も作りかねない。
アメリカの人工衛星から撮影した写真によると、パギジア連合艦隊はアフリカ南端の喜望峰をまわり、インド洋にさしかかったという。順調に進むと、あと三十日ちょっとで本土に到着する。
宣戦通告書がやっと政府にとどいた。パギジア国のもよりのわが国在外公館は、そんなものを受け取ると責任問題だとばかり、あっちの領事館へとどけろと旅費を渡して追いかえした。そっちはそっちで、べつなところへ押しつけババヌキのジョーカーのごとくたらいまわしされたあげく、パリの在フランス大使館から本国へ送られたのだ。しかし政府はその確認をさける。交戦状態になったことをみとめると、ぐあいが悪いのだ。
私はそのコピーを入手し、テレビの画面にうつした。例によって商社員がひっぱり出される。彼はいささかアル中になっていたが、なんとか注射してしゃんとさせる。すぐに質問。
「妙な文字ですが、日本語に訳すとどうなりますか」
「ええと、パギジア共和国は日本国に対して戦争状態に入ることを通告するものなり。こうなります。方言をこれだけ読めるようになるには、あなた、容易なことじゃないんですよ。それについて面白い話が……」
「そのことはいずれまた。文のあとに×印が五つほど並んでいますが、その意味は……」
「これがむずかしい。このやろうといったような、ナンセンスといったような、さあ殺せといったような、とめてくれるなといったような、笑いごとじゃないといったような。どうも適当な日本語がうかびません」
「つまり、呪いの文句ですか」
「いや、必ずしもそうとは限りません。親愛の情のともなう時もあります。アクセントで区別します。しかし、その記号がついていない。残念です……」
スタジオの背景にはずっと地図がはってあり、連合艦隊の移動のあとが少しずつ前進している。戦争は地理の勉強になるとの原則があり、その効果はたしかにあった。モーリシアス島の位置とか、インド洋の海流とか、いつのまにか覚えこんだ。しかし、カタツムリのような速さとはいえ徐々に近づきつつあるのはいい気持ちとはいえない。人をいらいらさせる。
「政府はアメリカに依頼し、事態の収拾をはかるべきだ。ずっと米国に義理だてしてきたのは、こういう際のためではないのか」
「ごもっともなことで、その努力はいたしております。しかし、日米間には他にもさまざまな懸案があり、その一環として大局的な見地から解決すべきとも……」
話が進展しないのは、米国側も困っているのだ。パギジア国とは中立条約もあり、自国で払下げた艦艇だ。それに、ベトナム以来、へたに口を出してはと小国アレルギーになっている。
「大統領相手じゃ、らちがあくまい。首相はみずから渡米し、もっと権限の強い、しかもこういうことになれているCIA長官に会い、腹をうちわって直接交渉すべきだ」
勢いのいい発言があると、すぐそれを批判するさらに勢いのいい意見が出る。
「とんでもない。この種の事件には裏でCIAがからんでいるにきまっている。そこで本心をさらけだすなど、危険きわまる。わが国の政治家はひとがよすぎ正直すぎて不安だ」
ソ連にたのめと意見が出る。しかし、ソ連も物資を払下げており、いまさら仲介にも入れない。アラブ連合にたのむと、イスラエルと断交して来いと言う。西ドイツやイタリアにたのむと、三国同盟の復活とうわさされそうだからいやだと言う。フランスやイギリスは、アフリカ諸国との利害が微妙だからかんべんしてくれと言う。アルゼンチンにたのむと、お気の毒に、軍艦を貸してあげますからご自分で撃退なさいと言われた。
これらがひとつずつ明らかにされるにつれ、みなはなんとなく心細くなった。いかに外国がつめたいか、自国のことしか考えてないかよくわかる。孤立感がひしひしと迫ってくる。日本がおろおろし、ほうぼうに仲介をたのんでいるうちに、へんな国際世論ができあがる。あんなにあわてているのは、なにかやましい点があるからだろう。また、小さな小さなパギジア国がああふみきったのは、よほど腹にすえかねた事情があったにちがいない。非公式に声援をおくりたいなどと。
私はスポンサーに企画書を出し、こう提案した。国際環境を日本に有利に展開させるには、世界に働きかけなければならぬ。無実を宣伝する民間芸能使節といったものを派遣したらどうでしょう。少女歌劇団、生花の先生、手品師などで「ワンダフル使節団」が編成され、出発していった。その結団式、壮行会で番組が二回ほど埋まった。
使節団は各国である種の成果をあげた。行くさきざきで、日本侵攻予定日のころのホテル予約を大量に依頼されたのだ。見物したいらしい。スポンサーのレジャー会社は、大喜びでその受入れ態勢にとりかかった。外貨がたくさん入る。
上役が私に言った。
「他のテレビ局の企画を耳にした。どこかの国の船と契約し、インド洋航行中のパギジア連合艦隊の実況中継をやるらしい」
「そういうこともあるでしょうな」
「わが局としては負けられぬ。それ以上のことをやらねばならぬ。ヘリコプターで艦の上におり、直接にインタビューをとるのだ」
「名案です。視聴率はがぜん上がります」
「きみが賛成でよかった。さっそく出発してくれんか。あの商社員を通訳に連れてゆけ。すべての手配はしてある」
「やれやれ……」
いやもおうもなかった。撮影機を持ちジェットでインドに飛び、そこでギリシャの貨物船に乗り、ヘリコプターをつんで接近した。
やがて艦影が見えた。まっ白にぬってある。ところどころに赤や黄や緑などの原色で、神秘的な絵がかいてある。魔法医がつける仮面のような、|呪術的《じゅじゅつてき》で、原始エネルギーがあふれ、エキゾチックで、カラフルだ。
白旗を振ると、むこうから了解したとの応答がある。ヘリで飛び移る。しかし、あまりいい気分ではない。機関銃で射撃されたらそれで終りだ。それでも、ぶじに着陸することができた。
まっ白な水兵服の銃を持った若者たちが、きびきびした動作でわれわれを取り囲む。失礼なやつらだと怒りかけたが、よく考えてみたら交戦国だった。
商社員に「司令官に会わせてくれ」と通訳しろと命じると、彼はたちまちぼろを出した。手まね足まねで苦心さんたん。踊っているようだ。私が文句を言うと、彼はべそをかきながらあやまった。テレビで有名になりたいので、つい大げさなことを言ってしまいました、と。私はあきれたが、いまさらとりかえしがつかぬ。こんなことを帰って公表すれば、他局の笑いものだ。
それでも彼は単語を二十ほど知っており、司令官に面会するところまでこぎつけた。驚いたことに司令官なるものは二十歳ぐらいの女性だった。白人の血がまざっているらしく、なかなかの美人。足がすらりとし、スタイルもいい。白い海軍服がよく似合い、髪を潮風になびかせ、写真の被写体として申しぶんない。情熱と健康と使命感にみちている。私は撮影機をまわしながらインタビューをする。少し英語が通じた。
「チャーミングですな」
「ありがとう。あたし、パギジアのジャンヌ・ダルクと呼ばれております」
「マストの旗はなんですか」
「パギジアは将兵が各自の本分をつくすことを望む、との意味です」
「ネルソンの言葉のようですが……」
「わが国は著作権条約に加盟しておりません。だから、どこからも文句は出ません。勝利か死か、これが決意でございますわ」
「宣戦の理由についてご説明を」
「サイは役げられた、の一語につきます」
「日本国民へのメッセージをひとつ」
「無益な抵抗はやめよ、両手をあげて出てこい、でございますわ」
「アメリカの刑事映画のせりふみたいですな。もう少し実のある語はうかがえませんか。作戦はどうだとか、休戦の条件とか、秘密兵器があるかないかとか……」
「なにをおっしゃる。これは遊びではございません。戦争です。もし、あなたがこの艦にとどまり、わが軍とともに日本解放のために戦うとおっしゃるのならべつですが」
私にはテレビ局へ帰るという崇高な義務がある。
「いや、祖国を裏切ることはできません。しかし、なにから日本を解放するのですか」
「どこの国も、戦争の時に使っている言葉じゃありませんか。こっちにつごうのいい状態にする、といったほどの意味ですわ」
「理想の男性のタイプは」
「誠実で生活力のあるかた。しかし、お仕事か結婚かとなると、いまのところはお仕事ですわ」
「コカコーラはお好きですか」
「ええ」
これで広告代がとれる。とれなければ、ふきかえの時にペプシにかえればいい。波が荒くなりはじめ、ヘリを早く飛ばせたほうがよさそうに思えた。
「では、そろそろ失札いたします。で、あなたのお名前は」
「ガボア・ポキン。パギジア海軍、認識番号一三五八八。では、また戦場であいまみえましょう」
「勝利をお祈り申しあげます」
私は恐縮している通訳をのせて離陸した。東南アジアの見物もしたいが、そうもできない。まっすぐに帰国した。番組の視聴率をこれでてこ入れせねばならぬ。
最もなまめかしい声のタレントを連れてきて、ふきかえをやらせた。字幕などだれが読むものか。大時代調のアナウンサーにナレーションをやらせる。
〈ああ、熱帯の陽光ふりそそぐインド洋上、白波をけたてて進むこの艦隊。すんだ目の若き兵士たち。東に待つ運命は花か嵐か。そして、全軍の司令官はパギジアのジャンヌ・ダルク。若くも美しいガボア・ポキン……〉
音楽係はさすがに軍艦マーチを使わなかったが、ほかに知恵もなく「|錨《いかり》を上げて」の曲を使った。米国の大艦隊が出動しているような、大げさな効果をあげた。
小麦色の肌のガボアの美しさは、水ぎわだっていた。視聴者の目をひきつけた。解説のなかで「このりりしさ」とか「なんというりりしさ」の文句を使いすぎ、それがたちまち流行語になった。リリカルとか、リリシズムとか。それはまちがいだといってもまにあわない。|凜《り》|々《り》しいと漢字で書くのだと訂正しても追いつかないこと、いつものごとしであった。リリカル・マーチなどもヒットする。
「敵国を美化するとはなにごとだ」との電話もあったが、表面化しない。敵という語は禁句なのだ。敵と称すると交戦状態をみとめたことになり、さんざんやっつけられる。好戦だとか、軍国主義だとか……。
また、だれにも敵という実感がわかないのだ。敵とは、にくにくしく敵意をかりたて、残忍醜悪、強大で恐怖あるものでなくてはならない。
さすがに政府筋から圧力がかかったらしいが、わが番組のスポンサーの社長も政治献金の有力筋。二つの圧力が筋の上で均衝し、こっちには及んでこなかった。視聴率こそ民衆の圧力。
ガボア・スタイルのファッションが流行した。繊維業界が大喜びしたことはいうまでもない。
まっ白な海軍士官服が街に|氾《はん》|濫《らん》した。なにしろ、りりしく、リリカルなのだ。
純真にして軽率な若い男のなかには、志願兵になりたいと申し出る者もあった。外務省が、ここはおかどちがいだと告げると、パギジア国への志願兵だという。なんたる不心得者と処罰したいが、それができない。政府はまだ交戦状態をみとめておらず、法的に取締りようがないのだ。政府はいやな顔をして弱り、反体制的な若者たちはいい気分になる。
憤激した数名の者が若者たちを襲おうとすると、それを警官隊が制止したりする。その警官隊の行動を、大部分の民衆は是認する。国内での争いは困るのだ。同じ日本人ではないか。暴力はいけません。話しあえばすむことです。しかし、なにをどう話しあえばいいのかとなると、だれひとり知らないのだ。はっきりしない、なまぬるさが好きなのだ。パギジア国支持を叫ぶ者へ心情的な好意は寄せるがいまの平穏も失いたくない。なんにもせず、依然として意見は表明しない。おれの知ったことか、だれかがなんとかしてくれるだろうのムード。
街に千人針を通行人に依頼して立つ婦人があらわれた。日本古来の風習、兵士の無事を祈るために千人の女が白い布に一針ずつ赤い糸で縫い玉を作るのだ。私はさっそく番組のためにスタジオに呼んだ。千人針をはじめて見る若い視聴者は、大喜びしてくれた。「どっちへ送るのです」と婦人に聞いたが、そのへんはうやむや。「なにかをしなければいられなかったのです」と言う。案外、正直な気分かもしれない。なにかをしなければと思ったのだが、どうすべきかだれも告げてくれない。これが現状なのだ。
しかし、あの婦人、テレビ出演をねらった巧妙な作戦だったのかもしれないな。
千人針が流行すると、千人針を一瞬のうちに仕あげる機械を開発したやつがあらわれた。千人針もようのブラウスが量産される。そのファッション・ショーをテレビでやる。「あまりにひどい」と年配者がなげいたが、そのつぎの週には、スタジオに千羽鶴を折る装置を開発して持ちこんだやつがあった。折紙を重ねて入れボタンを押すと、三十分に千羽ずつ量産される。当人は「これで平和の到来も早くなります」と、とくい顔。列席者のひとりは「まったく、戦前も戦後も遠くなりにけりですなあ」と泣き顔になりかけ、あわてて口を押えた。戦時中と口走ったら、えらいことになる。
私の番組は依然として、高視聴率を独走している。スポンサーも気前がよくなり、金もかけられ、視聴者が喜ぶという好循環なのだ。いったい、みなはどんな気分なのだろう。わかりきったことだ。面白いのだ。そして、未知への期待。特等席での混乱見物。安心感。いよいよとなれば、だれかがうまくまとめてくれるのだ。いままですべてそうだった。今回だって同じこと。だまって楽しんでいればいいのだ。楽しむことは基本的人権。解決案など出す義務がどこにある。ひとりでむきになって叫んだって、どうにもならぬ。まじめに叫べば、他人からやぼと思われる。
パギジア国の連合艦隊は、マレーシアとスマトラの間のマラッカ海峡を通過した。日本からの団体観光客が岸で見物している。「がんばれ」とか「くたばれ」とか「ねえちゃん、こっちむけ」とか、勝手なことを叫ぶ。胸がすっとしていい気持ちだが、下品な日本語が付近に流行する。
艦隊はボルネオ海を北上し、南シナ海へとむかっている。あと本土まで十数日だ。途中、いくつかの港へ寄港し、水、食料、燃料の補給をしてゆく。日本政府も在外公館を通じなんとか補給しないように寄港地の国へ要求するが、きめ手がない。当事国としては、補給してやらず自国にとどまられては困るのだ。
アフリカに敵対することもできず、アメリカの顔色をうかがってもはっきりせず、やっと日本の要求をのみましょうとなった時には、出港のあとといったぐあい。外交技術。そのあとで、関係国は日本の在外公館の人に文句を言うのだ。
「こっちもいい迷惑ですよ。そちらは交戦国じゃありませんか。ロケット開発を本当にやっているのなら、パギジア国へ一発ぶちこめばいいことですよ。それができなければ、インド洋あたりで海戦をやればいいのです。ジェネラル・トーゴーの伝統はどうしました。戦うのは交戦国の義務ですよ。ボクシングだって、ファイトとレフェリーに注意されるのは恥でしょう。戦意がなければ、タオルを投げて降伏すべきです。国際ルール。それをやらずに、こっちへ泣きつく。貴国への尊敬の念がうすらぎました。みそこなってた。かつての勇気と信念はどうしました。武士道とヤマトダマシイを売りとばして繁栄にかえたのですか」
「いや、一言もない。うちあけたところ、へんな話だが、私もなぜこうなったのかわからないんだ。米帝国主義の陰謀かもしれない。そうでなければ、共産圏の文化工作の浸透のせいだ」
「いつから、ひとに責任をなすりつける国民性になったんです。しっかりなさい」
「いやあ、面目ない」
日本側は恥ずかしそうに頭を下げるが、内心ではさほどでもないのだ。
そのころになると、パギジア連合艦隊は世界中の話題になっていた。動きは刻々と宇宙中継で放送される。私の番組もその映像を買って流したりした。アメリカではこの戦争のミュージカル化の計画が進み、大衆の人気が集中している。たのみのつなのアメリカで排日的傾向が出てくるとは……。
特使が派遣され、米政府に泣きついた。
「あんまりです。わが国はこれまで貴国を裏切ったことがなかった。ずいぶんむりしてつくしてきたつもりです。ひどい……」
「いい知恵をお貸ししましょう。米国・パギジア中立条約によって、米軍基地は安全です。そこに避難なさい。どうです、いっそのこと全土を米軍基地にしてみませんか。戦争に巻きこまれないですみます」
「にやにやしないで、本気になって相談にのって下さい。助けて下さい」
「申しわけないが、ご存じでしょう。アメリカ建国以来の国是は、負け犬に味方する点です。日露戦争では日本を応援した。第一次大戦では英仏があまりに弱いので手を貸した。日支事変では中国側に力を貸した。ベトナムでは南があまりに情ないので手伝ってやった。唯一の例外は太平洋戦争。だが、それはあなたがたがいけない。ノーモア・パールハーバーです。弱きを助け強きをくじく、国のなかの国一匹。だからこそ、世界のなかの大親分の貫録。わかりますか」
「国際間がこうもきびしいものとは知りませんでした。甘えていた点は反省、自己批判します。お願いです。今回だけでいいから助けて下さい。こっちのほうが弱小国だと思って……」
「だめです。国是にそむくと国内が分裂しちゃいますからね。天はみずから助くる者を助く。いままでおゆずりした武器のたぐいはどうしたのです。外国に横流しして高層ビルにしたのとちがいますか。そうだったら、核ミサイルを一発あげます。それで戦いなさい」
なんの成果もあげず、特使は深刻な表情をおみやげに帰国した。軟弱外交反対と、空港で卵をぶっつけたやつがいた。
パギジア国のことをもっと調べておくんだったと、スパイ網のなかったことを残念がっても手おくれ。他国のスパイ組織に依頼もしてみたのだが、金ばかりかかって、さっぱり収穫はない。すべて報告がちがうのだ。他国のスパイにたのむなんて、人のいいことおびただしい。
もう、あまり日がないのだ。政府は秘密会議を開いた。もはや非常手段に訴える以外にない。なにをおいても国論を統一せねばならぬ。だれか民間人がひとり死ねばいいのだ。事故でも公害でも、犠牲者が出るとみな真剣になる。出なければいけないのだ。出そう。
ある男に因果をふくめ、プロペラ機を操縦させ、艦隊に接近させる。撃墜されるだろう。それを悲痛な調子で宣伝するのだ。不治の病人を説得し、なんとか出発させた。
しかし、当人、途中でこわくなり、不時着し、ソ連船に救助され、シベリアからスウェーデン経由、あっというまにアメリカへ亡命してしまった。そこで事実をすっぱ抜いた。アメリカでくわしい診断を受け、なおると知らされ、だまされたと知ったのだ。七生報国もなにもない。手記を書くと言ってアメリカの大出版社から大金をもらい、その金でスポーツカーを買い、すっとばして事故死した。数奇な人生。
パギジア連合艦隊は沖縄東方海上をすぎた。もはや神風の吹くのを祈る以外にない。吹いてくれさえすれば万事まるくおさまる。必死に祈る人びとがあった。だが、だれかが祈ってくれるだろうという人のほうが多かった。ちょっとした風が吹いただけで、艦に被害はない。
せめて機雷を敷設しようとしたが、漁業会社が補償金をよこせとさわいだ。危険だから、上に旗を立てろ、など。
自発的に集った少年たちが、義勇軍を組織した。日の丸の鉢巻をしめ、竹槍を作り、詩吟をうたう。森蘭丸と天草四郎と侠客と白虎隊をミックスした形。りりしい姿であり数は増加し、相模湾へ集結するとのうわさ。艦隊がそこへ上陸することは、アメリカのテレビ局がインタビューで聞き出し、全世界に知れわたってしまっていた。
警官隊がそれを解散させようとし、争いがあり、双方に負傷者が出た。少年義勇隊員は警官に「非国民め」と叫び、またなぐられる。一方、パギジア支持の学生たちは、歓迎の旗を押したてて集まり、警官隊は「売国奴め」と叫んで押しかえす。警官隊は疲れて言う。
「ばかばかしい。われわれ警官隊は手を引くから、両方で勝手にやって下さい」
すると、「それは困る。お願いだから間にいてくれ、手かげんをするから」と、双方から泣きつかれる。なにがどうなっているのだ。
自衛隊のなかでは「|汨《べき》|羅《ら》の|淵《ふち》に波さわぎ」の歌がおこり軟弱政府打倒、愛国者決起せよとの不穏な動きがある。政府はそれにおびえ、極東在日米軍にひそかに依頼し、万一の事態にそなえてくれと泣きつく。その一方、混乱に乗じて米軍が勝手なことをやると困るからと、在京の外国使臣に監視をたのむ。外国からの見物人が押しよせ、スパイが動きまわり、スリが動きまわり、どさくさまぎれに密輸をたくらむやつらがあらわれ、赤十字が献身的に活躍し、国鉄がストをやり、タバコが値上げになる。物情騒然、まさに開戦前夜。本当はとっくの昔に開戦なのだが。
私はスポンサーや局との会議を開き、終戦後の新番組の打合せをし、そのあいまに上陸にそなえての実況放送の手配をする。
艦隊はついに本土沿岸に接近した。遠い水平線にあらわれ、しだいに大きくなる。大艦隊だ。本物は二隻にすぎないが、あとは全世界のテレビ局がチャーターした船だ。海岸地帯のやじうまはいちおう制圧してあったが、警官隊は安心しなかった。あたりを警戒している。ライフルで暗殺する気ちがいが出たらことなのだ。戦場で敵を殺したりする気ちがいがでたら、大変なことになる。裁判所では新しい判例を作らなければならぬ。
少年義勇軍たちはゲリラとなって徹底抗戦をするのだと山にこもったりした。レジャー会社が開発した別荘地で、いい宣伝にもなった。非理法権天の旗をなびかせ、ゲバラ式つけひげをつけ、コーラを飲み、国を憂えている。
もう少し年上の少年たちは、チェコ式の抵抗をするのだと、道路標識を勝手に書きかえ、勝手に料金徴集所を作り、交通は大混乱。文句を言うと「自由と独立をまもれ、事故ぐらいなんだ」とやりかえされる。
パギジア国の連合艦隊、小さな船二隻は沖でとまり、全軍はボートに乗って上陸してきた。ひるがえっている軍旗。海賊の印のようだが、よく見るとちがっていた。ツボの下にマキが交差している。かつての食人時代からの伝統あるマークらしい。マイクで呼びかけてくる。
〈抵抗しなければ生命は保証する。食べたりもしない。われらは文明人だ〉
なんの抵抗もないので、全員五十名の上陸はぶじに完了した。私の番組のスポンサーは、この日にそなえて財界から軍資金を集めて用意していた。戦うためではない。巧妙に処理するためだ。
「お待ちしていました。進駐軍のみなさま。どうぞこちらへ」
司令官ガボア・ポキンをはじめ、一同を車にのせ、都内へと運びこむ。白バイの厳重な護衛。ホテルでもてなそうとすると、司令官は言う。
「この建物はなんですの」
「かつてマッカーサー元帥もご利用なされた、わが国で最高のホテルでございます。まず、お疲れをなおされたら……」
「いや、第一に、戦争終結の交渉をいたしましょう。敗戦をみとめますか。イエスかノーか」
「まあ、かたいことをおっしゃらずに、こうなったからには、よくおわかりでしょう」
「賠償金をお払いになりますか」
「それはもう、ご相談に応じますとも。いかほど……」
一億ドルが要求されたが、日本の繁栄からすれば苦しくもない。そして、これで一切の片がつくのだ。まさに金銭こそは最強の武器。もったいをつけて払い、そのかわり、文書の表現形式で譲歩してもらった。
平和共同宣言。ホテルのバルコニーから、美女の司令官があいさつをした。
「来たり、見たり、勝てり」
そのシーザーからの盗用の文句を通訳は勝手に訳した。
「両国の永遠の平和と友好ばんざい」
歓声があがる。みなはほっとする。これでいいのだ。だれかがなんとかしてくれると思っていた。はじめから結末がわかっていたような気分。推理小説を読み終え「ふん、想像した通りだ」とつぶやく時のよう。
これでいいのだ。大団円。すべては|恩讐《おんしゅう》の|彼方《かなた》。きのうの敵はきょうの友。あとはもてなし。外国からの客をもてなすのはいい気持ちのものだ。カブキを見せ、能を見せ、サケ、テンプラ、日光、新幹線、京都、エレクトロニクスの工場、おみやげ、真珠、カメラ、ゲイシャのおどり、なれたものだ。洗脳工作。テレビ出演、にこにこ笑い、フリソデ娘の花束贈呈。これでも日本は好戦的か。不満だと首をふってみやがれ、ぶっ殺すぞ。またいらっしゃいね。人情こまやかでしょう。サヨナラ、サヨナラ。めでたし、めでたし。
私は上司に言った。
「少し休暇を下さい。こっちは休みなしでした。ボーナスもはずんで下さい。戦時特別手当ですよ。しかし、これからまた、新番組へのアイデアしぼりの苦労がはじまるんでしょうね」
「ああ……」
上司は言いかけ、鳴り出した電話をとって聞いていたがそれが終ってから言った。
「……そうでもなさそうだよ。パンヤ共和国が米国と中立条約を結び、わが国に宣戦布告をしたそうだ」
「どこです、それは」
「南太平洋の小さな島だそうだ」
「なるほど、わが国は戦争もへたになっちゃいましたが、終戦処理もやはりへたなんですねえ。なんだかいやな予感がします」
「わたしもだ」