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すなおな性格
日期:2017-12-30 17:47  点击:560
 ひとりの若い男がやってきた。占い師はそれを迎えた。神秘的にして、にこやか。やや深刻そうでありながら、あいそがいい。そんな表情と口調とで言った。
「よくいらっしゃいました。さあ、さあ、どうぞ|椅《い》|子《す》へ。まことに現代は迷いの多い世の中。複雑にして、危機をはらんだ時代です。本来はそうじゃないんでしょうが、政治家やマスコミが、複雑だ危機だと、くりかえし叫びつづけてきたので、本当にそうなっちゃった。社会がいけないんです。しかし、社会に文句を言っても、答えはかえってこない。そこに占い師の存在価値があるのです。わたしは占星術が専門です。星占い。よく当りますよ。驚くほどよく当ります」
「そりゃあ、当るでしょう。当るからこそ、占い師のわけでしょう。こう、店をかまえて営業している。そこを信用したからこそ、ぼくはここへやって来たのです」
 人のよさそうな男のようすを見て、占い師はいささかあきれ顔。
「科学にもとづく天気予報さえ疑ってかかる人が多いのに、これは珍しい人だな。あなたは、すなおな性格のようですなあ」
「これはこれは。ぼくのそんな性格を、ずばりと指摘なさるなんて、じつにすばらしい。もしかしたら、あなたは天才的な占い師かもしれない」
「なんとなくくすぐったいが、信用されるということは、悪くない気持ちです。で、どんな悩みごとをお持ちなのでしょうか」
「そこなんです。まもなく大学を卒業するんですが、どんな職業をえらんだものか、それを教えていただきたいので……」
「これはまた、なんと主体性のないこと」
「すごい。またも、ずばりと指摘なさった。ぼくは友人たちから、いつもそう言われているんですよ」
「もう少し、くわしくお話し下さい。とくいな学科はなんであるとか……」
「それがねえ、ないんですよ。頭は悪くないと自分でも思っているし、成績もみな平均点以上。にが手な学科でもあればいいんでしょうが、それもない。ですから、どんな道を選んだものか、見当がつかないんです」
「こんなお客ははじめてだ。全面的に他人まかせとは。新しい世代があらわれたというべきか、あなたが変っているというべきか。まず、大学の先生に相談したらどうなんです」
「相談してみましたよ。すると、それぐらい自分できめられなくて、どうする。そうおこられました。まったく、いまの大学の教授ときたら、無責任というべきか、学生への愛情不足というか……」
「そういう見方もあるわけですな」
「あれこれ考えているうちに、雑誌で|川柳《せんりゅう》を読みました。おちぶれてから占いにすがりつき。そこで決心がついたのです。だれだって、おちぶれたくない。ころばぬ先のつえ。以上が、ぼくのここへやってきた理由のすべてです」
 男は理路整然と説明した。占い師のほうも、これが商売。もっともらしく聞く。
「では、運勢の診断にかかるとしますか。あなたの星座はなんでしょう」
「白鳥座だそうです。うまれた時、まうえにあった。父は天文学者で、その点はたしかです。ちょうど月食がありましてねえ。太陽に大黒点があらわれた年だったとか……」
「あつかいやすいような、あつかいにくいような、変なお客だな。まあ、いいでしょう。星占いをやってあげましょう……」
 占い師は星座表をながめ、意味ありげなカードを並べ、それから言った。
「……なるほど、やはりそうか。あなたが就職先に迷うのも当然です。あなたは企業の一員となるのにふさわしくない性質です。その根拠は、ここに火星があり……」
「くわしい解説はいりません。結論だけわかればいいのです。で、具体的に、どんなことをやったらいいんでしょうか」
「個人でなにかするにしても、資金がいります。まず、歩合制のセールスマンになって、大いにかせいだらいいでしょう」
 占い師としては、この男、世の中の非情さを知らないようだ。考えが甘い。少し苦労させたほうが当人のためだ。そんな気分での、常識的な指示だった。しかし、男はすなおであり、さらに聞く。
「金がたまったら、どうしましょう」
「株をおやりなさい。うまくいきますよ」
 株をやるようになれば、各企業についての調査や研究に身を入れるだろう。そのなかから、自分に合ったものを発見できるという結果になるだろう。
「女性運はどうでしょう」
「当分のあいだ、よくありません。そんなことより、まず仕事にはげみなさい。その努力によって、運命は必ず順調の道をたどります」
 常識的にして妥当な言葉だった。
「やってみましょう。いろいろとお教えいただき、ありがとうございました」
 男は金を払い、帰っていった。
 その指示どおり、男は仕事にはげんだ。これが運命と信じこんでいるので、かなりの失敗にもくじけない。最初は家庭用品のセールスをやった。何度ことわられても、くじけない。ほかに生きる道はないと思っているからだ。したがって、能率もあがり、成績は悪くなかった。
 時どき、占い師をおとずれる。
「おかげさまで順調です。運命の波に乗っているという感じです。たくさんお客がつき、信用もでき、いまは宝石のセールスをやっています。これは利益が大きい」
「まあ、がんばって下さい」
「これはお礼です」
 まとまった額を、男は占い師に渡す。
 しだいに仕事は大がかりになる。つぎに占い師を訪れた時は、こう話した。
「しばしば外国へ出かけています。いまは生産設備をひとそろい売りこむことをやっています。ぼくが出かけてゆくと、たいてい買ってくれる。運命の力は、おそろしいほどですね。これはお礼です」
 それを聞き、占い師は内心、まさかこれほどになろうとはと、むずむずするような気分。しかし、うなずいて言う。
「占いとは、そういうものなのです。ご成功、おめでとう。さらにがんばって下さい」
「そろそろ、この仕事をやめるつもりです」
「なぜ。せっかくうまくいっているのに」
「最初におっしゃったじゃありませんか。資金ができたら株をやれとの運命の指示に従い、その方面へ転身するつもりです」
「そうでしたな……」
 巨額なお礼をもらい、占い師はいささか当惑。この男、でまかせの言葉を信じて、どえらい金をもうけやがった。いまの仕事をつづけていればいいのに、へたに商売がえをすると、失敗するぞ。うしろめたい不安にかられた。このあたりが潮時と、その占い師はだまって引っ越してしまった。損をしたとどなりこまれては、たまったものじゃない。
 男は株の売買をはじめた。これも順調だった。たまに損をすることがあるが、運命の試練だろうと、あきらめない。すぐにその倍ぐらいもうけるのだった。これが運命と信じこんでいるのだから、迷いがない。決断はいつも適切。かなりの財産を作って、三十歳を越えた。
 さて、これからどうしたものか。星占い師を訪れたが、どこへ越したか不明。
 自分ではなにもきめられない性格なのだ。仕方がないので、べつな占い師のところへ行く。
「じつは、悩みごとがありまして……」
「いらっしゃいませ。お見かけしたところ、だいぶ景気がよろしいようで」
「よくわかるな。悩みはそこにある」
「なければ困るが、あればあったで悩み多し。それが金銭というものです。で、問題はどんなことで……」
「そこです。じつは、これから金をどう使ったものか、わからないのだ」
「なんですって。珍しい質問をするかただ。普通はもうけ方を聞きにくる人ばかりなのに。手をお見せ下さい。わたしは手相で占うのです。東洋の方式は、手の筋で運命を見る。西洋の方式は、手のひらの肉のつきぐあいで、性格にふさわしい進路を予知する。その両方の長所をとり入れたのが、わたしのやり方で、よく適中します……」
 ためつすがめつ、手のひらを見つめる。
「どうあらわれていますか」
「旦那はいままで、働きつづけだった」
「よくわかるな。すばらしい占いだ。で、どうしたらいいと出ています」
「遊ばなければいけません。のんきに旅をし、うまいものを食べ、女遊びでも……」
 働きづめは健康のためにもよくない。また、余裕をもって世間をながめる心境になったほうがいいとの意味をこめた、妥当な忠告だった。男は聞く。
「しかし、以前の占い師は、女性運に恵まれてないと言っていた」
「結婚は急がないほうがいい。しかし、女性にはもてますよ。ごらんなさい、手のひらのこの部分が……」
 かなりの財産のある男のようだ。へたに結婚をすすめ、あとで文句をつけられては困る。そう考えて、うまくぼかした。
「占いに出ているのなら、そうなのだろう。しかし、どう遊んだものか。残念なことに、現実によく知らないのだ。どうだろう、謝礼は充分に出す。どんなふうに遊べばいいのか、指導してくれないか。運命にさからいたくないのだ」
「ふしぎなかたですなあ、旦那は。お相手するのは願ってもないことですが、本当なんですか」
「ああ。できれば、すぐにはじめたい」
 こんなうまい話はなかった。占い師は、なんとか考え出す。金をもうける計画なら大変だが、遊ぶほうなら容易なのだ。
「では、旦那。さっそく、美人のたくさんいるナイトクラブへでも……」
 いそいそと案内に立つ。なにしろ金はあるのだ。それを気前よく使うのだから、もてるにきまっている。女性たちは口々に言う。
「あら、すてきなかたねえ。これから、たびたびいらっしゃってね」
 まんざらでもない気分の男に、占い師はささやく。
「旦那いかがです。女性運もそう悪くはないでしょう」
「まったくだ。占いの通りだ」
「大いに楽しむべきです。そうでなかったら、悪運の道にふみ込んでしまうところでした」
 占い師はたちまち、ごきげんとり専門の役に転身した。自分もいっしょに遊べるのだし、謝礼の金も入るのだ。温泉にでも行って、うまいものを食べながら、しばらくのんびりしましょう。ゴルフをはじめませんか、わたしもいっしょに習います。ヨットを買って、美女たちを乗せ、海の旅はいかがでしょう。ひとつ、雄大な計画、猛獣狩りをしに外国へ行きませんか。銃をぶっぱなすと、気分がすっといたしますよ。
 遊ぶ方法はいろいろあり、あくせく働くより楽だった。占い師は言う。
「貫録と申しますか、品位というか、それが旦那の身にそなわってきましたよ。こう申しては失礼だが、最初は、ビジネスしか知らない、金もうけ専門の人物といった外見だった。それがいまや、みちがえるように……」
「おまえの占いのおかげだ」
「わたくしとしても占ったかいがあったというもので……」
 占い師は調子がいい。あと占うことといえば、自分のひき時だけ。男の金がなくなりかけると、占い師はたちまち姿を消した。
 男はどうしていいのかわからず、ひとりとり残されたかっこうだった。もう四十歳ちかい。これから、いかなる運命をたどればいいのか。彼のやったのは、べつな占い師を訪れることだった。
「迷っているのだ。これから、どう人生をすごしたらいいのか、占ってくれ」
「うれいのかげがありますな。いまさら金もうけをする気もない。といって、遊びにもあきた。そんなふうにお見うけ……」
「よくわかるな」
「そこが商売でして。わたしの専門は、姓名判断。くわしいことは、それによってわかります。この紙にお名前を……」
 男はそれに書きながら言う。
「もっともらしい解説はいらない。要領よく方針だけを教えてくれ」
「これはこれは、物わかりのいいお客さま。占いは理屈じゃない。そうこなくてはいけません。結論はですな、あなたはなにか生きがいのある行動をすべきである。いかがでしょう……」
「なるほど、たしかにそんな気分だ。金もうけや遊びより、もっと刺激の強烈なことがしたい。すばらしい占いだ。で、どうしたらいい。代金は払うから教えてくれ」
「二日ほどのあいだに、なにかきっかけがあらわれましょう。その時です。ためらってはいけません」
「うまくゆくかな」
「信念ですよ。それさえあれば必ず……」
「そうだろうな。それに従おう」
 男は謝礼をおいて帰っていった。そのあと、この占い師は電話をかける。
「適当な人物がみつかった。うまく仕事をやってくれそうだ。名前はだな……」
 なんと、この占い師、某国の秘密情報機関とも契約していた。よさそうな人物を選び出して連絡をすると、リベートがもらえる。情報部員は、つぎの日さっそく男を訪問する。
「とつぜん紹介もなしにうかがいましたが、いかがでしょう。外国旅行をなさってみませんか」
「もう旅行はあきた。そんな金もない」
「旅費ばかりでなく、たくさんの謝礼をさしあげます。いささか危険がともないますが」
「危険とは面白い。なにか仕事か」
「重要な極秘書類の運び役です。航空機が離陸しますと、スチュワーデスがあなたに|拳銃《けんじゅう》をお渡しします。それで身をまもって下さい。お使いになれますか」
「猛獣狩りの時に使ったことがある。で、万一その書類が盗まれたらどういうことになる」
「そんなことがおこっては困るのです。書類があなたのからだから十センチ以上はなれると、しかけてある爆薬が作用し、書類もろとも、あなたをふっ飛ばします」
「スリルとサスペンスにみちているな」
「対立国の陣営も必死です。あなたは世界の航空路をどう乗りついでもいい。目的地の本部にとどけて下さい。爆発させずに書類をはずせるのは、そこだけです。いかがでしょう。やっていただけますか」
「やりますとも。まったく、あの占い師はすごい。こんな形で実現するのだから。これが運命というものだろう。信念さえあれば、必ず成功するのだ……」
 男はすぐ承知した。実行にうつる。予期したとおりというべきか、予想した以上にというべきか、この任務にはさまざまな危険がつきまとった。
 あとをつけられ、ホテルの窓に銃弾がうちこまれ、なまめかしい美女が誘惑にあらわれ、間一髪というところで毒入りの酒を飲まなくてすみ……。
 一回だけ、寝ているところをとっつかまった。書類をどこにかくしたのか問いつめられ、胸や腹をぶんなぐられた。しかし、書類はシャツの内側にぬいつけられてあり、さいわい爆発しなかった。
「命だけは助けて下さい。書類はカバンの二重底のなかに……」
 相手がそれをこじあける。しかけてあった催眠ガスが噴出し、そいつはばったり。男はあやうく脱出できた。
 やってみると、けっこう面白い仕事だった。ぞくぞくする。これが運命なのだし、同じことなら、楽しんでやったほうがいい。
 使うほうも、こんな熱心な人材は珍しいと、つぎつぎに仕事を与え、謝礼をはずんだ。書類を運ぶといった簡単なことではなく、どこそこへ潜入し、機密を盗んでこいという、高級な任務を与えられるようにもなった。
 しかし、いつまでもとはいかなかった。男はくびを言い渡された。
「もうやめてもいいぞ。ごくろうだった」
「もっと働かせて下さい。これまで、すべてうまくやりとげてきたでしょう」
「おまえの顔は、対立国にすっかりおぼえられてしまったのだ。第一線では使えない。功績にむくいて昇進させたいが、おまえは一時やといの身分で、情報部の一員ではない。役につけて、内部の秘密を知られては困るのだ。よって免職とする。少しだけ退職金をやる」
 男はお払い箱となった。さて、これからどうしたものか。たよるは占い師しかいなかった。街を歩き、看板をみつけ、入っていって言う。
「これからどうしたものだろう」
「わたしは霊感占いです。あなたはこれまで、波乱にとんだ人生だったようですな」
「その通り。よくわかるな。二十代で金もうけ、三十代で遊びについやし、四十代でスパイの手伝い。そろそろ五十だ……」
 聞きながら、占い師は思念をこらすふりをした。妙な経歴の客が来たものだ。こんなのにふさわしい、まともな職業など、あるわけがない。せいぜい小説家だろうが、そんな素質はなさそうだ。
「どうもこうもないな。こうなったら、非合法なことでもやるほか……」
 思わず、そうつぶやく。男はありがたく、その指示を受ける。
「そういたしましょう」
「なにか、わたしが言いましたか」
「ええ、霊感のお言葉を口になさいましたよ。それが運命なら、熱心にはげむとしましょう。これはお礼です」
「まあ、せいぜい努力なさることですな」
 かなりの額の金をもらい、占い師はきょとんとする。なにをしゃべったのだろう。やがて、非合法、すなわち犯罪をそそのかしてしまったようだと気づき、あわてて引っ越す。巻きぞえはごめんだ。
 しかし、男はその指示にはげんだのだった。ゲーム装置をかねたチューインガムの自動販売機を作り、それをレストランやバーなどに売りこんだ。
 単純ですぐおぼえることができ、はじめたらやめられない面白さのある装置。かつてさまざまな遊びをした時期の経験が、そのヒントとなった。また、売りこむこつも知っている。たちまちのうちに、その自動販売機は普及した。
 そのチューインガムのなかには、少量の弱い麻薬が入れてある。だから、はじめると病みつきになってしまうのだ。麻薬の密輸には、スパイの手先だった時の体験が役に立った。
 黒い組織ができあがってゆく。集金係の子分だの、その監督係だの、用心棒だのがふえる。利益があがり、資金が大きくなる。それをもとに、株主総会でのいやがらせだの、株券の偽造だのをやった。以前に株をやった時の知識が役に立った。
 また、秘密の|賭《と》|博《ばく》場も経営し、さらに発展させていった。これが運命なのだ。忠実に従わなければならぬ。天の指示なのだ。
 あるビルの地下室に、賭博場に適当な一室があるという。なんとかそこを手に入れたいが、なかなか居住者が承知しない。子分からその報告を受け、男はのりこんだ。信念をもって努力すれば、うまくゆくはずだ。
 行ってみると、占い師の看板が出ていた。
「いらっしゃいませ。どんなことでお悩みですか」
 そう言われると、男はつい聞いてしまう。そういう性格なのだった。
「これからどうするかだ」
「あなたは、このところよからぬ仕事をしておいでのようだ」
「まさしく、そうだ。よくわかったな。なんで占った」
「霊気ですよ。わたしは煙占いをやっています。大気こそ、人間になくてはならないもの。その人の運勢は、まわりの大気の微妙な流れの変化となってあらわれる。それをやると、ぴたりと当る。だから、風も吹かない、換気装置のない、静かなこの地下室で営業しているのです」
「ひとつ占ってくれ。礼は前金で払うよ」
 男は金を出した。占い師は何本かの線香に火をつけ、男のまわりに立てた。マスクをし、息をひそめながら、その煙の流れをもっともらしく、じっと観察する。
「ふうん。なるほど……」
「なにかわかったか」
「しかし、どうも、それが……」
「かまわん。なんでも言ってくれ。運命には従わざるをえないのだ」
「お気に召さないかもしれませんが、あなたの悪業も、まもなく終りです。警察に調べられ、なにもかも発覚するでしょう」
「そうか。そういう運命なら、覚悟しなければならぬようだな」
 男の帰ったあと、占い師は警察へ電話をする。秘密の賭博場のためにあけ渡せと、子分におどされていた。そのしかえしのつもりだった。警察は男を呼び出し、取り調べる。
「さあ、なにもかもしゃべってしまえ」
「はい。すべて申しあげます」
「念のために言っておくが、自己に不利なことに関しては、|黙《もく》|秘《ひ》|権《けん》というものがあるのだぞ」
「いえ、運命にさからってはいけないのです……」
 男はあらいざらい説明した。これには警察もびっくりした。こんなに大がかりな犯罪組織があるとは、まったく予想していなかったのだ。|妄《もう》|想《そう》患者かと思いながらも、ためしに名前の出た子分たちを調べてゆくと、事実とわかった。
 裁判となる。男は弁解しなかった。これが占いによる運命なのだから。懲役八年の刑となった。本来ならもっと重刑のはずなのだが、取り調べに当って、きわめて警察に協力的だったため、この程度ですんだ。
 刑務所へ送りこまれる。そこの囚人のひとりに、もと占い師だったというのがいた。男は聞いてみる。
「ここに何年ぐらいいることになるのか」
「足の裏を見せてくれ。そこを見て占うのだ。人間は歩くことで生活している。すなわち大地との接触部分。地磁気の変化が、そこに形となって残っているのだ」
「なるほど、そういうものかもしれぬな」
 男は足の裏を見せる。差入れの品を、その礼として渡し、解答をたのむ。相手はのぞいて言う。
「ずいぶん、いろんな仕事をやってきたな。最後はよからぬことをしでかした」
「すごい、ずばりだ。で、これからは」
「この足の裏のぐあいと、ここの地磁気とは、うまく一致している。だから、ここでまじめにしていれば、五年くらいで出られるだろう……」
「そうか。運命がそうあらわれているのなら、きっとそうなる」
 男は信じて疑わなかった。模範的な囚人として、年月をすごした。たちまち五年がたつ。はたせるかな、仮釈放の許可が出た。刑務所の所長室へ呼ばれる。
「おまえは出所していいことになった。ふたたび悪事をおかすなよ。出ても、すぐ舞い戻ってくるのが多くて困る。もっとも、そのおかげでわたしが給料をもらっているわけだがな」
「はあ」
「出所してから、なにをするつもりだ」
「まったく、あてがありません。なにをしたらいいのか考えつかないのです」
「妙なやつだな。たいていの者は、あれをやりたいこれをやりたいと、一応は考えているはずだが。そうだ、わたしは趣味でトランプ占いをやっている。それで調べてみるかな。よく当るぞ。大きな声では言えぬがね、出所の者について、それぞれ占って統計をとっている。戻るという占いの出たやつは、ほとんどまたここへ舞い戻ってくる」
「すばらしい占いもあるものですね」
「おまえのために、特別にここでやってみせる。さあ、順番に五枚のカードを抜いてくれ」
「はい」
 男はそれをやる。所長は机の上にそれを並べ、ほかのカードをまわりにつなげ、あれこれ指で押さえて考えこむ。
「ううむ……」
「どうなるんでしょう、わたしは……」
「こういう例は珍しい。社会事業につくすと出ている。ここを出所して、そんな人物になるとは信じられぬ……」
「そう占いに出ているのなら、それがわたしの運命なのです。必ず、そうなります。では、さようなら……」
 男は出所した。老人病専門の病院の下働きとなって、献身的に働いた。これが運命と信じこんでいるので、決していやがらない。そのうえ才能もあるし、過去に多くの体験をつんでいる。それらがものをいいはじめる。
 組織を作るこつも知っているし、寄付金を集めるこつも知っている。友人だって、けっこういるのだ。男が本心からまじめになったとわかると、協力者がたくさん出てきた。
 男は、恵まれない人たちのための旅行会社を作り、子供のために遊び場を作り、さまざまな施設を作っていった。悪に強きは善にもといったところだが、事実は、当人がこれこそ運命と信じこんでいるだけのことなのだ。
 大変な活躍ぶりだった。寝食を忘れてといった形。そのせいか、年齢のせいか、男はからだに疲れを感じはじめた。
 ふと目をやったところに、占い師の看板がある。そこへ入ってゆく。
「ひとつ、たのみたい」
「なんでもお答えできますよ。あなた、ご自分の健康が心配なのでしょう」
「その通りだ。せっかくここまで仕上げたものを、いつまでつづけられるか……」
「占いましょう。わたしは数字の占いです。といって、よくあるいいかげんなものではない。コンピューターを導入したものです。ですから、くわしいデータが必要だ。費用と時間がかかります。あなたの過去をくわしくお聞きしたい。それにもとづいて、あなたの運命指数を知る。いや、よくあるような単純な数ではない。うちのは、小数点以下、三十けたまで算出します。さあ、ゆっくりうかがいましょう。データが豊富だと、それだけ未来像が正確になる……」
 男はすべてを話した。これまでやってきたことについて。占い師は、それらをコンピューターに入れながら言う。
「あなたは占いが好きですなあ」
「そんなことまでわかりますか。さすが、最新式だけあって……」
「それぐらい、すぐわかりますよ。ここにまさる占いはない。占い師連盟の会長の役を押しつけられているぐらいです。判断に迷った占い師が、よくここへ聞きにくる」
「そんなにすぐれた占いなんですか。で、あとどれくらい生きられそうですか。正直におっしゃって下さい。決してうらんだりはしませんから」
「まあ、お待ちなさい。そのうち解答が出てきます」
 やがて、金属的な音がし、穴のたくさんあいたテープが流れ出てきた。占い師はそれに目をやり、首をかしげる。
「ふしぎなことも……」
「早く教えて下さい。正確な答がそこに出ているんでしょう」
「そのはずなのだが、あるいは故障したのではなかろうか……」
「故障しているようには見えませんでしたよ。まず、その結果を教えて下さい。あと何時間の命ですか。それとも、わたしはすでに死んでいる……」
「これによるとだな、あなたは当分のあいだ死なないと出ている。十年や二十年どころか、もっとずっと長く……」
 占い師連盟の会長のコンピューターは、正確にその本心を告げたのだった。こういう人に死なれては、占い師たちの損失となる。これこそ、最もいいお客の見本のようなもの。見本はずっと存在しているべきである。
 そこを男は出る。まさに占いへの信仰のかたまりだった。これが運命なのだ。指示は正しい。確信ある足どり。
 一歩あるくと、ひとつ若くなる。二歩あるくと、二つ若くなる。みるみる若がえっていった。これまでずっと、占いの通りだった。だから、今回だって、これが当然のことなのだ……。
 男はふと足をとめる。さすがに、なんとなくおかしいと思う。なぜ自分は、こう若くて、ここにいるのだろう。考えてみる。しかし、考えたってわかることではない。これからどうしたらいいのかも……。
 道ばたに、占い師が店を出していた。男はそこへ行って聞く。
「あの、ぼくはこれからどうしたら……」

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