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条件
日期:2017-12-30 17:49  点击:497
 二十歳をすぎたばかりの、独身の青年があった。ある会社につとめており、なんということもない才能の持主だった。
 まじめで平凡な人間。人柄という点からみれば、そう片づけてしまえる。
 しかし、平凡ならざるところがひとつだけあった。大変な美男子であり、スタイルもよかった。まことにアンバランスなことだが、こういう妙な人間だって世の中には存在するのだ。
 若い者には、だれしもナルシシズムの傾向がある。それにくわえ、この青年、ほかにとりえがないのを自覚しているので、それがとくにいちじるしいこととなった。ハンサムであることに自分の存在価値がある、それ以外にない。そう思いこむ度合いが、しだいに進んだ。
 帰宅してひとりになると、鏡に顔をうつし、あきることなく眺めつづける。異様だともいえるが、テレビをながめつづけのやつだっているわけだし、自分の勝負事への才能にほれこみ、それにひたるやつだっている。なにに生きがいを求めようと、それは当人の勝手というものだ。
 しかし、ハンサムが生きがいとなると、困った点がひとつある。勝負事や趣味なら、年月とともに向上や円熟がともなうが、ハンサムはちがうのだ。としをとるにつれ、低下することはあっても、美しさのますことなど決してない。
 青年もそのことを知っていた。やがては中年にならなければならないことを。それを考えると、いてもたってもいられなくなる。時間の流れを止めたい思いだが、それはむりだ。
 いやおうなしに年月に流され、老醜へ少しずつだが確実に進まねばならないのだ。いやだ、いやだと心のなかで叫ぶ。
 ほかに趣味をさがすべきだと、他人は言うだろう。しかし、当人の心情をこれほど無視した言葉はない。
 青年は思いつめているのだ。ああ、としをとりたくないものだと。
「それができるのなら、悪魔と取引きして、なにもかも渡したって後悔しない」
 ある夜、青年はつぶやいた。その時、うしろにだれかの出現するけはいがした。ふりむくと、黒い服の小柄の男が立っている。青年はいまのつぶやきを聞かれたかと、顔を赤らめながら言った。
「あなたはだれです」
「だれだとは、なんです。あなたのご要望にこたえて出現した悪魔ですよ」
「悪魔ねえ……」
 青年はしげしげと見つめた。その男は、ただものでないムードをまきちらしている。普通だったら、音もなく突然にやってこられるわけがない。
「本物のようだな。なぜ、こうも簡単に出てきたのだ」
「このごろは、だれもが合理的とかいう考え方をするようになってしまった。神秘趣味の人もないわけではないが、それも合理的の裏がえしにすぎない。しかし、あなたはちがう」
「珍しいとでもいうのか」
「そうですよ。理屈もなにもない無茶な願いを、真剣になってとなえた。そこがわたしの気に入った点です。まったく、そういう人が少なくなった。そういう人を相手にするのが、わたしの働きがいなのに。ことが不合理であればあるほど、悪魔のほうもやってて楽しいわけですよ」
「そういうものかな」
「どうです。いつまでも若くハンサムでいたいという、あなたの願い。お手伝いしましょうか」
「それは、ぜひたのみたい。で、うわさに聞く通り、その代償に魂を請求するわけか」
「おいやですか」
「とんでもない。この願いがかなうのなら、魂だって、なんだって……」
「気に入りました。こっちも働きがいがあるというものです。損得を度外視して、ひとはだぬいでみたい。大サービス。代償なしでやってあげましょう。あなたは、なにも失わなくていいのです」
「悪いなあ、有利すぎるみたいで……」
「しかし、条件はつきますよ。ルールをひとつ作らなかったら、わたしだって、やってて面白くない。楽しませてもらわなくちゃ」
「どんな条件だってのみますよ。いまの若さがこのままたもてるなら、ほかのどんなことだって犠牲にしてもいい」
「じゃあ、それを条件にしましょう。なにもかも犠牲にしろとは言わない。幸運だけを犠牲にして下さい。普通以上の幸運は一切、あなたが拒絶する。どうです」
「ええと、いいでしょう。いままでだって、とくに幸運にめぐまれたこともないのだ」
「じゃあ、きめましたよ。あなたが幸運をこばんでいる限り、若くハンサムな特長の失われることはありません……」
 そして、悪魔は消えた。悪魔であることを立証するような消え方だった。
 青年はわれにかえったが、夢だとは思わなかった。かわした会話のすべてが頭に残っている。
 つぎの日、青年が外出すると、道ばたになにかが落ちている。拾いあげてみると封筒で、なかをのぞくと、札束がいっぱい入っている。
 興奮しかけたが、その時、きのうの会話があざやかによみがえった。これを拾ってはいけないのだ。青年はそれをもとの場所におき、急ぎ足で立ち去った。
 しばらくたった、ある日。青年のところへ電話があった。あるメーカーから。
「とりあえずお知らせしますが、わが社の製品につけてある懸賞の葉書をお出しになりましたね。それが特賞に当りました。おめでとうございます」
「そんなの出したかな。そうだ、だいぶ前に出していた。どうせ当らないだろうと、すっかり忘れていた」
「これからおとどけいたします」
「あ、ちょっと待って下さい。いりません。辞退します。そちらで処理に困るのでしたら、気の毒な人の施設に寄付して下さい」
「ご立派ですな。ニュースで話題になり、あなたは時の人になりますよ」
「あ、それも困ります。わたしの名前は絶対に出さないで下さい」
「現代に珍しく、欲のないかたですな」
 欲がないのではない。ひとつの欲のために、幸運を犠牲にしているわけなのだ。しかし、そんな説明をしたって、だれも信用してはくれまい。
 こんなこともあった。青年がある遊園地に入った時、入口で声をかけられた。
「おめでとうございます。あなたは、百万人目の入場者。世界一周の旅行券をさしあげます」
「なんですって、ちがいますよ。みのがして下さい。じつは、自分で偽造した入場券で入ろうとしてたのです」
 青年は入場券を破って、のみこんだ。相手はなんともいえない変な表情だった。そのすきに、青年は逃げ帰る。悪魔のやつ、なかなかやるなあ。しかし、こっちも決して負けないぞ。
 道ばたで声をかけられることもある。
「あなたは俳優になるべきです。わたしが保証する。たちまち人気が出ますよ。コマーシャル・フィルムで金も入る。どうですか」
「だめです。そんな自信はありません」
 会社においても、そのたぐいの目にあう。人事異動で異例の昇進の話があった時、彼はまだ早いと辞退した。
 そのうわさが上に伝わって、青年は重役に呼び出された。
「きみは遠慮ぶかい性質のようだな。なかなか好青年なのに、欲がない。気に入った。どうだ、わたしの娘と結婚してくれないか。十人なみだし、悪いようにはしない」
「いえ、それが困るのです。なにとぞ、お許し下さい」
「ふしぎなやつだな」
 他人には理解できないことなのだ。現代においては、欲がないとかえって目立つ。変人あつかいされ、いづらくなり、そうなった青年はべつな会社に移った。
 会社を移っても、また似たようなことがくりかえされる。そして、やがてまたも会社を変えるということになる。
 年月がたってゆく。青年は毎日のように、鏡をのぞきこむ。気のせいでなく、依然として若々しくハンサムだった。彼は満足だった。
 ぱっとしない日常で、あまりいいこともないのだが、これが彼の生きがいなのだ。他人にどう思われようが。
 幸運の波は、休むことなく押しよせてくる。悪魔のほうもなかなか熱心のようだった。しかし、その手には乗らないぞ。青年はどれも拒絶した。拒絶しつづけている。
 また年月がたった。青年はやはり若々しくハンサムだった。
 ある日、訪問者があった。
「じつは、医学研究所から参りました。科学の発達は、すばらしいワクチンを作りあげました。若さをいつまでもたもつ作用があるものです。すばらしいききめ。しかし、当分のあいだ量産は不可能です。希望者が多すぎて、扱いに困るほどです。値をつけたら、金持ち優先となり不公平がおこる。そこで、抽選をしたところ、あなたが第一号にえらばれました。いまの若さが、ずっとたもてるのですよ。ご幸運、おめでとうございます」
「いえ、まにあってます……」

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