「艇長。あの星ですね。だいぶ近づいたではありませんか」
乗組員たちは、宇宙船の窓の外を指さして口々にさけんだ。
「ああ、まったく長い旅だった。地球を出発してから、なんの変化もない宇宙の旅を、みなよくしんぼうしてくれた。さあ、そろそろ着陸の準備をはじめよう」
艇長はこう言い、宇宙船内は久しぶりに活気があふれた。気密服の点検をする者、調査用の器具を整理する者、武器の手入れをする者。そのうちに、観測室から、いきごんだ声が伝わってきた。
「艇長、スペクトル分析によると、あの星には水も酸素もあるようです」
「そうか、それなら生物もいるかもしれぬ。ことによったら、ある程度の文明をもった生物がいるかもしれない。調査が楽しみだな。われわれも、広い空間を越えてやって来たかいがあったというものだ。まもなく人類にとって、未知の経験に接することができるのだ」
その星は窓の外で大きくひろがり、宇宙船は着陸態勢にはいった。
「よく注意しろ。攻撃を受けることがないとは限らない。レーダー係は警戒をおこたるな」
「はい、充分に注意します」
緊張のうちに高度は下がった。だが、心配した攻撃もうけなかった。
「あっ、艇長、町らしいものと、そこで動いているものが認められます」
「そうか。ある程度の文明が、あるのだな。よし、あまり驚かせては気の毒だ。あの海岸地帯に着陸し、それから町に向かうことにしよう」
宇宙船は艇長の指示した地点をめざし、軽い衝撃とともに着陸が完了した。ほっとした隊員たちに、観測室からのスピーカーの声が流れた。
「ただちに大気を分析しましたが、呼吸可能です。気密服の必要は、ありません」
「しかし、バクテリアや放射能はどうだ」
「いずれも有害な物はありません。よく検査しました」
「そうか。この重い服をつけないですむのは、大助かりだ。さあ、出よう」
艇長の命令のもと、二重ドアは静かに開いた。隊員たちは、つぎつぎに外へ出た。
「赤っぽい砂ですね。それに、海の色が緑色とは変わっていますね」
「おそらく太陽の光のせいか、海草のためだろう。まあ、その調査はあとにして、まず、さっき見た町へ行こう。どんな文明があるかに、最も興味がある」
隊員たちは、小高い丘に進みはじめた。
「気をつけろ。どんな住民か、わからないからな。おい、おまえは偵察だ。先に行け」
「はい」
と、ひとりが熱線銃をかかえて先に進んだ。みなは警戒と好奇心にみちた目をあたりにくばりながら、あとにつづいた。
とつぜん、激しい金属音が響きわたった。熱線銃が発射されたのだ。隊長は聞いた。
「おい、どうした。なにかあったのか」
「はい、住民たちが、大ぜい集まっていたので……」
と丘の上から偵察が答えた。隊長は、それをたしなめた。
「むちゃなことをするな。攻撃もされないうちに撃つとは。それに万一、相手がそれ以上の武器を持っていたらことだ。これをきっかけに、なにをされるかわからんぞ」
「わかっています。もちろん、ねらって撃ったわけではありません。おどしです。ごらんなさい、たいした連中じゃありませんよ。あんなやつらには機先を制して、こちらの実力を示しておくほうがいいでしょう」
この答えは、たしかだった。丘の上にかけ上がった隊員たちは、二本足で立ってはいるが、長いしっぽを持った、人間の半分ぐらいの身長の住民たちのむれを見た。住民たちは、隊員たちと熱線銃にあたって焼けた植物とを見くらべ、おどおどした様子をしていた。
「なるほど、たいした住民ではなさそうだ。だけど、かわいそうに、びっくりしたらしいじゃないか。これから、やつらに心配するなと伝えるのにひと苦労だぞ」
「そうですね。言葉は通じっこないし、身ぶりだって、簡単には通じるとは思えない」
だれにも名案は浮かばず、隊員たちは立ったまま考えこんだ。しかし、その時、住民たちのほうに動きがおこった。
「あっ、なにかを地面におきましたよ。なんでしょう」
隊員たちが見まもるうち、住民たちはぞろぞろとあとにさがった。隊長は双眼鏡をのぞきながら命令した。
「よし、行ってみよう。よくはわからないが、どうせ、そう恐るべきものではないだろう」
みなは、それでも注意しながら近づいた。
「さっき、やつらのひとりが、われわれに見えるように、これをつまんで口に入れていましたから、食べ物かもしれません」
「おそらくそうだろう。われわれがこれを食べてやれば、あるいは親しみをますきっかけになるかもしれない。しかし、毒がはいっていないとも限らぬ。よく調べてみろ」
と言う隊長の注意で、隊員のひとりは携帯用の分析器を操作した。
「よく調べましたが、われわれに害のある成分は含まれていません。大丈夫です」
そして、そのダンゴのようなものを一つつまみ、口に入れ、ほおをたたきながら言った。
「うまい。案外いい味ですよ」
ほかの者も、それを手に取って食べた。
「ああ、こいつはいい味だ」
みなが食べるのを見て、住民たちは歓声をあげた。その歓声には、うれしそうな響きがこもっているように思えた。
「やつらは喜んでいるらしい。われわれをもてなす、つもりだったのだな。熱線銃でおどかして、悪かったかな」
「いや、熱線銃の威力を見て、神が現れたと思ったのだろう。そして、捧げ物が受け入れられたので、喜んでいるのさ」
「そうかな。しかし、神さまへの捧げ物にしては、量が少なすぎるようだぜ」
隊員たちは笑い声をあげた。恐るるに足りない相手とわかり、歓迎されているらしいと知って、いくらか緊張もやわらいだ。
「さて、こっちでも敵意のないことを示してやりたいが、どうでしょう。この熱線銃を捨ててみせたら」
「それは、ちょっと早すぎるだろう」
「しかし、われわれは、たいていの物をはねかえす防御服を下につけているし、まだ麻酔銃もピストルもあるんです。やつらは熱線銃については、その威力を見て知っています」
そこで、熱線銃に厳重な安全装置がかけられ、地面におかれた。それを見て、住民たちは歓声をあげ、さっきのようにまたあとにさがった。
「見ろ。また、捧げ物だぞ」
みなは、またも住民たちのおいた食物に近づいた。
「こっちの友好的な気分が通じたらしい。だが、油断はするな。慎重に検査をするんだ」
検査を終え、隊員たちはそれを口に入れた。前よりも味もよく、量も多かった。みなは、たちまち食べ終えた。
「やつらのほうの警戒心も、少しずつ薄れているのだろう。ああ、うまかった」
それにつづいて、ひとりは笑いながら言った。
「もっと食べたい。どうでしょう、こんどは麻酔銃やピストルも捨てましょうか」
「ばかなことを言うな。やつらにはそれが武器とわからないんだから、そんなことをしても意味がないぞ」
その期待は、まもなくみたされた。住民たちは、またも食物をおいてあとにさがった。
「やつらは食物を出すことで、歓迎の気持ちを示しているつもりなのだろう。われわれはそれを食べることで、敵意のないことを示そう」
「いいですね。ずっと宇宙旅行用の合成食ばかりで、いささか、あきあきしていたところです。食べて親しみがますのなら、おやすいごようです」
もちろん、食べる前の検査はおこたらなかったが、その気づかいも不必要に思えた。味はさらによくなり、量もふえた。
住民たちは、楽しそうなようすで、つぎつぎと食べ物を運び、ひきさがりながら、みなが食べるたびに歓声をあげた。
「あんなに喜んでいますよ」
「いいことだ。この星の住民は、みないい連中のようだ。いずれ、言葉が通じあうようになるだろう。そして、やつらもわれわれの文明の恩恵に、浴するようになるだろう。また、この星の資源も、われわれの報告によって開発されるのだ」
と、隊長は言った。みなは食べながら、こう語りあった。
「ますます味がよくなってくる。これで親善に役立つのなら、それこそ、こんなうまい話はないな」
「だが、心配なのは腹がいっぱいになったら、それから先、どうやって親善を示すかだ」
「おれはまだまだ食えるぞ。おまえが食えないのなら、おれが食ってやるから心配するな」
「なに、おれだってまだまだ食えるさ。さあ、こんどはどんな味だろう」
隊員たちは先を争うように、足並みを早めて、つぎの食物にむかってかけ出した。
とつぜん、地面がくずれ、深い落し穴がみなを迎えた。