ある日、事業家のアール氏は、秘書をつれて海岸を散歩していた。秘書といっても若い女性ではなく、相当な年配の男だった。しかし、忠実な性格の持ち主で、信用できる人物だった。
アール氏は仕事が一段落し、ひまができたので、休養のためにここへやってきたのだ。海は青く遠くまでひろがり、その上を渡ってくる風は、すがすがしいにおいを含んでいた。海水浴の季節にはまだまがあるせいか、人影はほかにはほとんどない。
「ああ、いい気分だ。いそがしい毎日が、どこか遠くへ行ってしまったようだな」
とアール氏はのびをしながらつぶやき、秘書はうなずいた。
「さようでございます」
「しかし、いつまでも休んでいるわけにはいかない。つぎの事業の構想をねり、それにとりかからなければならない」
「さようでございます」
「だが、そのためには資金を集めなければならない。これには、ひと苦労だな」
「さようでございます」
秘書はさからわず、あとに従って歩いていた。やがてアール氏はふと足をとめ、波打ちぎわを指さしながら、
「あれはなんだろう」
と言った。なにかが日光を受けて、キラキラと光っている。
「はい。調べて参ります」
秘書は急ぎ足で歩いていって、その半ば砂に埋もれている品を掘り出した。それはビンだった。古ぼけていて、|栓《せん》がしてある。彼は海水で洗い、持ってきて報告した。
「こんなビンでございました。たいした品ではありません。捨ててしまいましょうか」
アール氏は受け取り、陽にかざしてみた。だが、不透明のため、なかは見えない。彼は手で軽く振ってから言った。
「いや、待て。なかに、なにかが入っているようだ。ちょっと気になる。あけてみろ」
「うすきみわるい感じです。魔神でもでてきたら、どうなさいます」
「それならちょうどいい。金を集めてこいとたのむさ。大丈夫だ。あけてみろ。わたしが責任を持つよ」
たよりない命令だったが。秘書はそれにとりかかった。しかし、きつく栓がしてあって簡単にはとれない。結局、石でビンを割ることにした。なかには紙片が入っていた。秘書はそれを砂の上にひろげ、首をかしげた。
「なんでございましょう」
「うむ。図のようなものが書いてあるな」
と、アール氏ものぞきこんだ。よく見ると、その古ぼけた紙に書いてあるのは、どこかの島の地図らしかった。さらにその一箇所には、意味ありげな十字の印が記されてある。
アール氏は手を叩き、興奮したような声をあげた。
「うむ。これはすごい物が手に入った」
「なんなのでございますか」
「むかし、海賊が宝をかくした場所を、記録したものにちがいない。信じられないような幸運だぞ」
「それは、おめでとうございます」
秘書はあいづちを打った。しかし、アール氏はまもなく落胆したような表情になり、地図を手に、くやしそうに言った。
「しかし、これだけではだめだ。この島の場所がわからない。これだけでは、手のつけようがない」
「あ、お待ち下さい。その紙の裏にも、なにかが書いてあります」
と秘書に注意され、裏返してみると、そこには島の位置を示す海図が書かれていた。アール氏は、喜びをとり戻した声になった。
「これで完全だ。宝への道は、すべて明瞭になったわけだ。あとは、出かけていって手に握るだけでいい。こうなったからには、さっそく準備にとりかかることにしよう。おまえもいっしょに来てくれ」
「しかし……」
「この秘密を知っているのは、わたしとおまえだけだ。ほかの者を参加させると、それにも分け前をやらなければならなくなる。苦労は多いかもしれないが、わたしたち二人で分けたほうが、有利というものだぞ」
「さようでございますな」
分け前にあずかれると知り、秘書も目を輝やかせて承知した。
アール氏は、必要な準備に手をつけた。資金を作り、小型だが優秀な船を買い、燃料や食料や水を積みこんだ。また、それと並行して、秘書とともに船の操縦法を勉強した。すぐに身につくものではないが、二人は想像を絶するような熱心さだった。たちまちのうちに、二人あわせればなんとかなるまでに、こぎつけることができた。
すべては完了。やがて出航の時となり、船は港をはなれ洋上へと進みはじめた。なにもかも二人でやるため、船の仕事は相当に忙しかった。しかし、張り切っているので、苦にもならず、疲れも感じない。アール氏は話しかけた。
「どうだ、順調に進んでいるか」
「はい、いまのところ大丈夫でございます」
「しかしだな、こんなにすばらしい船旅というものは、ちょっとないだろうな。わたしたちは胸を期待でふくらませ、少しずつ近づいているのだ。波の音は、わたしへのお祝いの音楽をかなでているようだし、太陽の光は、祝福の視線をそそいでいるようだ。こんな気分は、普通の船旅では味わうことができない。それだけでも、もうけものだ」
平穏な数日がたち、双眼鏡で眺めていた秘書が報告した。
「前方に島が見えました」
地図と対照してみると、問題の島にまちがいないようだった。小さな島で、接近して双眼鏡で観察すると無人島らしい。
「さっそく上陸しよう。シャベルを忘れるな。不要とは思うが、念のため武器を持っていこう。そうだ、お祝いの乾杯をするため、酒とグラスもだ」
こんな大さわぎをしながら、二人は島に上陸した。地形は地図と一致していて、とまどったり迷ったりすることもなかった。
林は緑の濃い葉の樹が多く、ところどころに熱帯の花が咲いている。そして、やがて印に相当する地点についた。注意して調べると、ほら穴がみつかった。
「なにもかも地図の通りだ。この奥で、宝がわたしたちを待っているのだ。胸がどきどきする。さあ、入ってみよう」
アール氏は照明器具をかざしながら入り、秘書もつづいた。しかし、宝をおさめてあるような箱も袋も見あたらない。また、かつて宝があったような形跡もない。アール氏は、うろたえたような声を出した。
「ふしぎだ。こんなはずはない。どういうわけなのだろう」
「もしかしたら、だれかが先にやってきて、宝を持っていったのかもしれません」
「いや、あのビンの地図を、わたしたちより先に見た者はなかったはずだぞ」
二人はあきらめきれず、ほら穴のなかを調べまわった。そのうち、秘書が言った。
「ごらんなさい、これを」
「なんだ、なにか見つかったか」
「この壁です」
照明をむけてよく見ると、そこには、べつな島の地図が書かれてあった。やはり、その、ある地点に、印がしるされてある。
「なるほど、そうだったのか。用心深い方法というわけだな。まっすぐには行けないようにしてあったらしい。宝をかくすからには、それくらいの慎重さがなければならない」
アール氏は感心し、元気をとりもどし、それを写しとった。秘書はきいた。
「あとで他人に見られないように、壁のほうは消してしまいましょうか」
「いや、そんな必要はない。宝を先に見つけてしまえば、もう価値はなくなるのだからな。さあ、それよりも出発だ」
二人はふたたび希望にあふれ、壁にしるされてあった島へと船を進めた。しかし、到着したその島の印の場所には宝はなく、発見したものといえば、石にきざまれたまたもべつな島の地図だった。
かくして、アール氏の船はいくつかの島をめぐりつづけた。そのあいだには、海流の激しい海を横ぎったり、岩礁の多い個所をも通過した。ときには強い嵐にもであい、船はかなり傷ついてしまった。また、燃料や食料も、残り少なくなってきた。秘書はいささかねをあげた。
「いかがでしょう。もういいかげんにあきらめたら。これではきりがありません」
「なにを言うか。これだけ手がこんでいるというのは、宝がすばらしいことを意味している。ここで投げ出せるものか。つぎの島には宝があるかもしれない。その寸前で引きあげたりしたら、一生をずっと後悔しつづけなければならなくなるぞ」
「そうはいっても、船を修理しなかったら、沈没するかもしれません。それでは、もともこもなくなってしまいます」
「その点だけは、じつはわたしも心配だ。といって、帰って出なおすのも大変だ。どこか近くに、それをやってくれる港があればいいが……」
期待するのは無理のようだった。しかし、なんという幸運。通りがかりの島に、小さな港があるのを見つけた。
双眼鏡で眺めると店があり、船の修理もするという看板がある。二人はほっとし、そこに船を寄せた。
船を修理することもできたし、食料や水を補給することもできた。いくらか値段は高かったが、この際、問題にするほどのことはない。アール氏は、店の主人に感謝の言葉をのべた。
「いや、おかげで助かりました。これで航海をつづけることができます。お礼のいいようもありません」
「いいえ、船の修理などがわたしの商売です。ありがとうと申しあげるのは、こちらのほうでございます」
と主人は愛想がよかった。そのとき、アール氏はふと気がついたことを質問してみた。
「しかし、こんな小さな港だし、このへんは船の通行が多いとも思えない。よく商売が成り立つものだな」
「そこは宣伝ですよ。わたしの考えた名案のおかげで、お客さまはかなり多いのです」
「どんな方法なのだろうか。ぜひ知りたいものだ」
アール氏は好奇心を高めた。
主人はあっさり承知し、店の奥から印刷物の束を持ってきて示した。それはいずれも古ぼけた地図であり、アール氏が拾ったものと同じだった。
「これですよ。こんなものを、大量に印刷しました。ビンに入れて、どんどん海に投げこんでいるのです。おかげで、けっこう繁昌しています。宣伝ビラだったと気がついても、自分の愚かさを他人には話せないらしく、いまだにお客さまはつづいています。いえ、あなたさまはちがうでしょうが。では、どうぞ、いい航海を……」