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夜の音
日期:2017-12-30 18:03  点击:541
 ノックの音がした。
 それで目をさましたエヌ氏は、ベッドに身を起こし、首をかしげた。ここは山奥にある、彼の小さな別荘。静養のために、ひとりで滞在している。しかし、いまはシーズンオフであり、しかも真夜中だ。訪問客とは思えない。
 といって、絶対にないとは断言できない。げんに、いまノックの音を耳にしたではないか。それにしても、ノックの音ばかりで、声のしないのは変だった。こんな時刻に訪問するのなら、理由か用件を告げ、あいさつをすべきだろう。
 エヌ氏は壁の猟銃を手にとり、少しずつドアを開けた。怪しい人物だったら、すぐにしめ出さなければならない。強引に侵入してきたら、撃退しなければならない。
 ドアを開き切ったが、だれもはいってこない。おそるおそる、そとをのぞいてみた。人影どころか、人のけはいすらなかった。冬枯れの林に、青白い月の光が静かに降りそそいでいるばかり。
 エヌ氏は、またも首をかしげた。ノックをしたのは、だれだったのだろう。手のこんだいたずらだったのだろうか。しかし、都会でならいざ知らず、わざわざここまで、そんなことをやりに来る者のあるわけがない。
 彼はもう少し、推理をめぐらせた。木の実が風に吹かれて当った音か、夜の鳥が口ばしで突ついた音かもしれない。だが、この説も怪しいことに気づいた。木の実は落ちつくした季節だし、風も吹いていない。また、このへんで夜の鳥を見かけたこともなかった。あれこれ考えたあげく、エヌ氏は自分の錯覚ときめることにした。最も簡単明瞭な、最も妥当な結論だ。
 これでよし、彼はドアを閉め、銃をもどし、ベッドにもどり、中断された眠りの道をたどろうとした。
 その時。またも、ノックの音を聞いた。
 こうなると、錯覚でもないようだ。エヌ氏は注意しながら、またドアを開けた。やはり、だれもいない。戸外のすべては静止し、動くものは虫の影すらなかった。
 それにもかかわらず、ベッドにもどるとノックの音がはじまる。どこからともなく、なにかをうながすような響きが、くりかえされるのだ。
 エヌ氏は眠いのをがまんし、タバコをくわえ腕組みをし、この原因を考えつづけた。やがて、かつてある本で読んだ記事を思い出した。心霊現象のなかに、ラッピングとかポルターガイストとかいうのがあったことを。前者は超能力者が霊魂に話しかけると、ノックのごとき音によって応答がなされる現象のことだ。後者は、むやみと音をたてる霊魂のことだったようだ。
 きっと、それにちがいない。こうエヌ氏は判断した。目に見えぬ霊魂が相手では、ドアを開いたり、閉めたりしても意味がない。また、相手が霊魂なら、危害を及ぼしてくることもないだろう。彼はかまわず眠りにつこうとした。
 しかし、それがそういかなかった。うとうとしかけると、例のノックの音がおこる。人をせきたてるような、いらだたしい響きだ。なんとかしたいとは思うが、あいにく霊魂の撃退法を知らなかった。読んだ本のなかにも、そのための呪文は書いてなかったようだ。もちろん、銃をぶっぱなしてもだめだろう。
 あいかわらず、音はコツコツとくりかえされる。眠いのとうるさいのとの板ばさみになり、エヌ氏は思わず大声でどなった。
「はいってますよ」
 ノックの音はやみ、もはや二度とおこらなくなった。

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