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死体ばんざい01
日期:2017-12-31 14:27  点击:547
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 ほとんど車の絶えた夜の道路を、一台の|霊柩車《れいきゅうしゃ》が走っていた。都会からはなれた人家のまばらな地方。ながめて楽しくなる光景とはいえない。
 時たますれちがう車も、そのとたん急にスピードをあげて逃げるように走り去る。まあ当然のことといえよう。前方の暗さのなかからあらわれた車を、すれちがう時になにげなく見ると霊柩車なのだ。それ一台だけで、あとにしたがう車もない。つめたい|鞭《むち》で背中をたたかれたような気分になり、速度違反など気にしてはいられなくなるからだ。
 さらに、ごくたまに深夜便のトラックが追い抜いてゆく。トラックの助手席の者が霊柩車にむかい、なんともいいようのない表情で声をかけ、指さしたりする。そして、もちろんスピードをあげるのだ。少しでも早くそれから遠ざかりたいといった感じで。
「なんだい、いまのやつの身ぶりは。まるで、こっちが幻の車かなんかのような顔つきだったぜ。なにか、わけのわからんことを叫んでもいた。しかし、むりもないことかもしれんな」
 運転している男が、となりの席の男に言った。ふたりともまだ若い。
「おれたちだって、あんまりいい気分ではない。商売とはいえ、深夜の道路に霊柩車を走らせ、都会まで行くという仕事ははじめてだ。ひどい仕事を押しつけられてしまったな」
 こんなはめになった原因はこうだった。都会からの旅行者が、地方都市で急死した。葬儀は都会の自宅でやらねばならず、そのためには死体を運ばなければならないのだ。普通ならこんな場合、遺族がつきそっているべきだろう。だが、その遺族は、一足さきに帰って葬儀の準備をしなければならないと、すべてを霊柩車にまかせて、いそがしげにさきに行ってしまった。ドライでビジネスライクな世の中になったせいだろうか。
「いつだったかテレビで見た怪奇映画に、こんなシーンがあったぜ。嵐になり雷鳴がとどろき、そのなかを馬車で走っていると、うしろにつんであった死体がむっくり起きあがり、抱きついてくる……」
「よせ。よけいなことを言うなよ。それでなくてもいやな気分なんだ。ねむけを追い払うために、わざとそんな話をしているのか。それだったら、運転をかわってやるぜ」
「いや、運転していたほうが気がまぎれていい。追い抜いて行くやつらの、妙な顔をながめるのもちょっとした楽しさだ。しかし、さっきから気になってならないことが、ひとつだけある」
「なんだ」
「うしろをのぞいてみてくれないか。なにか変な音がしているようなんだ。えたいのしれない音なんだ」
「まさか、このお荷物のなかみが動きはじめたとでも……」
 ひとりがふるえ声を出したが、運転席の男は強い口調で言った。
「たしかに音がしているんだ。びくびくしていないで、早くたしかめてくれよ。事故でもおこったら、死者が合計三人になってしまうぞ」
「ああ、わかったよ」
 おそるおそるふりかえり、後部との境の窓ごしにのぞきこんだ男の顔は、ふいにこわばった。目は焦点を失い、大きく見開かれたまま。声もすぐには出ない。彼は運転席の男に、手まねでブレーキをかけるよう伝えた。
「おい、どうしたんだ。口をぱくぱくやったりして……」
「た、大変なことになった」
「そうさわぐな。おれを驚かそうとしたって、その手にはのらない。つんであるのは確実に死体なんだ。それ以外のなにものでもない。殺人鬼や強盗じゃないんだ。おちつけ」
「それどころじゃない。見てくれ。ないんだ。なくなっちゃったんだ」
「なんだと……」
 やっと二人の驚きは一致した。車をとめ、うしろをのぞきこむ。なんにもなかった。棺が見あたらない。もちろん、死体だけが残っているわけもない。よく調べると、後部のドアが開きっぱなしになっていた。
「ははあ、これが原因なのだな。坂道をあがる時か、急いで発車させた時に少しずつずれ、落っこちてしまったにちがいない。変な物音がしていたのは、この後部ドアがばたばた開閉していた音だ」
「そういえば、追い越して行くトラックの連中が変な身ぶりをしていたのは、これを教えて注意してくれたのだろう。ドアが開いたままだぜってね。しかし、深夜の霊柩車となると、わざわざ停車してまでは教えてくれない。形容しがたい妙な顔で叫ぶぐらいがせい一杯だったのだろうな」
 二人は顔をみあわせた。事態の重大さがじわじわとわきあがってくる。
「えらいことになってしまった。このままだと、むこうに着いて言い訳のしようがない。すみませんが不注意でおっことしました、ではすまないからな。これが普通の品物なら、なんとでもなる。積荷保険によって弁償もできる。だが、死体には保険がついていないんだ。死体保険の制度も作るべきだなあ」
「ああ、どうしたらいいんだろう。まったく、首でもくくりたくなったよ」
「うむ、いい考えかもしれないぞ、それは。現物賠償だ。どうだ、その気になったついでに、かわりに死んで車のなかに横たわってくれないか。相手に対しておれも弁解しやすくなる。ご不満でしょうが、これでごかんべん下さいと」
「つまらん冗談はよしてくれ。こんなことになって、おれたちの責任はどういうことになるのだろう。おれたちは警察につかまるのだろうか。いや、これは事故なんだから、犯罪にはならないだろうな。しかし、損害をどうしてくれるかとの問題にはなるにちがいないぞ。いったい、死体の賠償金の相場って、いくらぐらいなんだろう。知っているか」
「聞いたこともない。しかし、ここでなげいていても、なんの解決にもならない。やるだけのことはやろう。いまの道をもどってさがすのだ。見つかるかもしれない。すでにだれかに拾われてなければの話だが……」
「もし拾われて交番へ届けられていたら、すぐには渡してくれないかもしれないぜ。これが落した死体だと、どうやって証明しますなんて聞かれたりしてね。時間がかかる。都会では葬儀の準備がととのっていて、弔問者があらわれはじめたというのに、かんじんの主役がまだ来ませんじゃあ、ことだよ。また、拾い主が謝礼を要求してもめたりしたら、どうしたらいいんだ」
「からだの一部分、一割ほどを切って渡せばいいさ。悲観的な想像ばかりするな。なによりもまず、現物をさがすことだ。元気を出せ、きっとあるさ。あんなもの、犬だって食いはしないさ。道をもどろう。こんどは、おまえ運転をしてくれ」
 霊柩車は方向を変え、道をひきかえした。気はあせるが、スピードをあげて見落しをしたら、もともこもない。ゆっくりと進む。だれかが見たら、ぞっとするにちがいない。夜の道をなにかを求めながら、一台だけふらつくように走る霊柩車。手まねきをしたら寄ってきそうな走り方なのだ。
「それらしきものは落ちてないか」
「なんにもない。ネコの死体さえないぞ。どのへんで落ちやがったんだろう。死者をさがすのはやっかいなものだな。いくら叫んでみても、答えてはくれないからな」
 しかし、そのうちひとりが声をあげた。
「あ、道ばたになにかあるぞ。もう少し先の右側だ。車からおりて調べてみよう」
 ヘッドライトでそのあたりを照らすように駐車し、ふたりはおりた。死人でありますようにと祈りながら近づき、のぞきこむ。そして、うれしさの声をあげて飛びはねる。
「あった。万歳だ。こんなところにころがっていやがった。はらはらさせやがったな。手数をかけるやつだぜ」
「このへんは別荘分譲地として最近よく広告されているところだ。別荘生活をしてみたいとの思いが残って、こいつここで飛びおりたのだろうか」
「それはそうと、そのへんに棺はおっこっていないか」
 道の前後をみまわしたが、棺はなかった。べつべつに落ちたのか、それとも、落ちた衝撃でこわれて飛び散ったのかだろう。夜のため、入念にさがすのは不可能だった。しかし、それはまあどうでもいい。問題は中身なのだ、外側はさほど重要でない。都会に入れば棺を買うこともできる。
「よくも車にひかれず、ぶじでいてくれたな。運のいいやつだよ、こいつは。悪運が強い。もしかしたら生前は、殺しても死なないようなやつだったのかもしれん」
「いずれにせよ、こんなおめでたいことはない。さあ、むだ口をたたいてないで、車につもう。こんどはよくドアをしめるんだぞ」
 二人はかかえあげて、つみこむ。月光をあび目をとじている青白い顔。ぐにゃりとした重い感じは、いいものではなかった。しかし、彼らはほっとしており、そんなことを気にするどころではなかった。軽く口笛を吹きたくなるような心境。
 車はふたたびむきを変え、目的地めざして走りつづける。しばらく前とはうって変った陽気なムード。車までが踊っているようだ。追い抜く車にむかっては「楽しくやろうぜ」と声をかけ、手を振り、クラクションにリズムをつけて鳴らす。妙な顔で逃げるのを見て、二人は大笑い。
「祝杯をあげたいところだな。うしろのお客さんもたたき起し、どんちゃんさわぎをやらかしたい。まったく、一時はどうなることかと、生きた心地じゃなかったよ」
「運転中だから酒を飲むわけにはいかないが、どこかで一休みしてコーヒーでも飲むか。もう少し先に深夜営業のドライブインがあった。さっきネオンが出ていたよ」
「そうしよう。とんだことで時間をむだにしてしまった。本社に電話番号を問いあわせ、届け先の家に電話連絡をしておこう。到着がおそいので、途中で不幸な事態が起ったのではと、心配しているといけない。ちょっとおくれますが、確実におとどけできますと伝えておこう」
「そのほうが親切というものだな。しかし、この車をドライブインの駐車場にのりこませては、みながいやな顔をするだろう。塩やコショウをまかれるかもしれない。そばの横道かなんかの、目立たないところへとめたほうがいいぞ」
 二人はそうした。通りすぎて速度を落すと、ちょうどいい横道があった。歩いて少しもどり、ドライブインに入った。軽い食事をし、コーヒーを飲む。時どき顔をみあわせ、ほっとした笑いをうかべる。生きているしあわせ。この安心感は彼ら以外の者にはわからないものだろう。
「空腹もおさまり、コーヒーでねむけも消えた。では、出発前に電話をしておくか」
 ひとりが立って、カウンターのはじの電話のところへ行った。だが、やがて変な顔をしてテーブルにもどってきた。
「わけがわからん」
「電話がかからなかったのか」
「かかることはかかったよ。まずわれわれのガレージに電話をしてみたんだ。そうしたら、さんざん怒られてしまったよ。おまえたちみたいにそそっかしい連中はないってね」
「なんのことなんだ。おれたち深謀遠慮タイプの人間とも思っていないが、怒られるほど軽率でもないはずだ」
「驚くなよ。おれたちは、よろしくお願いしますと頭を下げられ、てっきりつみ込んだものと思って出発した。しかし、その時はまだつみ込んでなかったらしいんだな。つまり、つみ残しさ。だから、あわてて二台目の霊柩車を用意し、出発させたという。早く帰ってこいとさ。車の後部のドアがしまっていなかったのは、そのためだったらしい。はじめからなんにもつんでなかったのだよ。やきもきしながらさがしまわったのは、とんだお笑いさ」
「とすると……」
 事情がわかり、もうひとりはうめいた。途中で落したのではなかったのだ。ばかばかしい思いちがい。しかし、笑うわけにはいかない。
「……それなら、いま車につんであるのは、なんなのだ」
「知るものか」
 とんでもないものを拾ってしまった。拾得物横領になってしまう。どこかへそっと捨ててしまうほうが賢明なのだろうか。しかし、そんなことをして発覚したら、犯罪になるのかもしれない。へたをしたら、おまえたちが車ではね殺し、犯行をかくそうとして運んだのだろうとも言われかねない。
 言語道断の死体だ。なんであんなところにころがっていやがったのだ。おかげで大迷惑だ。殺してやりたいほどだ。さっきはあんなに欲しがっていた死体なのだが、いまやとんだお荷物。
 いままでの安心感と幸福感はどこかに消え、ふたりは口をきわめて文句を言った。警察であれこれ調べられることになるのだろう。容疑をかけられ、誘導尋問でじわじわしめあげられるにちがいない。それを考えると、うんざりだった。しかし、ほかにどうしようもない。警察に届ける以外にないようだ。善良な市民の義務でもある。彼らは覚悟をきめ、警察に電話をした。
「じつは、道ばたで死体を拾いました。拾うつもりはなかったんですが、まちがって拾ってしまったんです。いま、ドライブインまで運んできてしまったのですが、これからどうしましょう」
 電話のむこうの警察官はとまどった口調。
「あなたはどなたです」
「申しおくれましたが、霊柩車の運転をやっている者です。われわれが事故を起したのではありませんよ。霊柩車が人をひいたなんて話はないでしょう」
「そのような申し出ははじめてだ。本当なんでしょうね。考えられないことだ。本当なんでしょうね。からかうための出まかせだったら、ただではすみませんよ」
 信用してくれないのなら勝手にしまつしてしまいますよとも言えない。二人はかわるがわる電話に出て、事実であることを力説した。これが事実でなければ、どんなにありがたいだろう。死体を運ぶのは商売でなれてはいるが、無賃乗車をされたのははじめてだ。この乗り逃げ野郎を警察に引渡しても、金を取り立ててはくれまい。それどころか、ちょうどいい、ついでにどこそこへ運んでくれと使われるのがせきの山だ。あげくのはて帰れば帰ったで、経営者からさんざん油をしぼられるにきまっている。|疫病神《やくびょうがみ》をしょいこんだようなものだ。
 二人はドライブインで、パトカーの来るのを待った。そのあいだに彼らの頭を占めていた思いはただひとつ。さっきつみこんだのが夢であったらどんなにいいだろう。ドアをあけてみたら、煙のように消えている。そうなっていたらいいんだがな。勝手きわまる期待。しかし、念力で消せるものならと、祈りたくもなるのだった。
 

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