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ある医科大学の、解剖学の実習室。教授は学生たちに言った。
「きみたち新入生にとって、はじめての人体解剖の実習である。緊張と好奇心と一種の恐れとが、心のなかで交錯していることと思う。したがって、きょうの体験は頭に刻みつけられ、一生忘れられぬものとなるだろう……」
一息ついて、教授はさらに言う。
「……警察からまわされてきた、みよりのない人の死体である。おかげで、われわれが研究用に使うことができる。いまはエジプト時代とちがい、霊魂の不滅を信じている人はいない。死者の遺族のかたたちが、もっと理解を持って下さるとありがたいのだ。死者のからだは、医学の進歩のために提供する。このつみ重ねがあれば、医学はさらに進み、やがては夢のような話だが、このような死者をよみがえらせることも可能となるかもしれないのだ」
教授はおおいの白布をとりのけた。学生たちの視線が集る。
その時、台の上のからだが身をおこし、声をあげた。
「ああ、ここはどこだ……」
周囲にパニックが発生する。教授はうしろに倒れ、学生たちは押しあいへしあい、少しでも遠くに逃げようとする。ガラスの割れる音。悲鳴。
台の上の男は言った。
「まださわいでいやがる。別荘で秘密パーティをやるからと招待されたが、変な薬を飲むパーティだった。くじでおれに当ったのが、筋肉|弛《し》|緩《かん》剤とかいうやつ。睡眠薬入りの酒といっしょに飲んだはいいが、妙な気分を味わえたのは数分ほど。そとへ歩き出し、どこかで力がつきてばったり倒れ、それっきりだ。いま目がさめ、それだけのことじゃないか。つまらん。なにかほかに、スリルとサスペンスにみちた幻覚でも見られる薬があったはずだ。ああ、おれはくじ運が悪いな。よりによって、いちばん平凡で退屈なやつをひきあてた」