おれは特別捜査部の警部。ある日、なにかぴんとくるうわさを耳にした。
ある病院に関してだ。そこは金持ち相手の高級な病院として有名。入院料がむやみと高いのに、やってくる患者はかなりの人数だという。つまり、そこで治療してもらうと、ほとんど全快してしまうという評判がひろまっている。
しかし、それにしてもおかしいではないか。いくら大金を払っても、なおらない病気だってあるはずだ。だが、その病院だとなんとか助かるらしい。生きるも死ぬも金次第か。おれは不愉快だった。ヒューマニズムに反する。もしその秘密を明らかにできれば、社会のためになるのではなかろうか。
そういう正義感ばかりでなく、おれは好奇心を押さえられなかった。おれのいつもの仕事は、殺人とか傷害とか、ぶっそうなことの担当ばかり。そのためか、死ぬべき病人がみんな全快してしまうというこの現象に、妙に気をひかれたというわけでもある。
「というわけで、この件を調査してみることにする。手分けして聞き込みをしてくれ。まず、あの病院から全快して退院した患者の家族あたりからはじめよう」
おれは部下たちに命じた。はじめてみると、関係者は口が堅くなかなかしゃべろうとしなかったが、そこは警官、おどしたりすかしたりにはなれている。何日かたち、その報告が集まった。
それによると患者たち、胃だの肝臓だの心臓だの、どこの病院からも見放された重症だったのに、あそこで治療を受けると、見ちがえるように元気になったという。いったい、いかなる方法なのだろう。つぎの段階として、その病院の看護婦たちにねらいをつけた。しかし、よほど待遇がいいのか、口の堅さは患者たち以上だった。非常手段を採用せねばなるまい。おれは部下のなかからハンサムなのをえらび、身分をかくして看護婦たちに近づくよう命じた。
数週間がたち、そいつは戻ってきて報告した。
「なんとか手がかりをつかみました。看護婦のひとりと親しくなり、それを聞き出すに至るまでの、わたしの苦心といったら……」
「そうだったろうが、その恋愛術の話を聞いているひまはない。で、どうだったのか」
「ちょっと口をすべらせたところによると、あそこでは臓器移植が行なわれているようなのです」
「なるほど、そうか。だが、移植するからには、他のだれかから臓器を取り出さなくてはならないはずだ。そして、臓器を取られたやつは死ぬだろう。しかるに、あの病院で死者はめったにでない。いやがるやつを病院へむりやりさらってくるのだったら、これまでかくし通せたはずがない。このところ、|失《しっ》|踪《そう》届もあまりないのだ。計算があわない。どういうことなのだろう」
おれが首をかしげ考えこむと、部下は身を乗り出して言った。
「わたしも同様の疑問を持ちました。そこでもう一押しとねばりました。苦心して聞き出したところによると、大変なものの存在が浮かびあがりました」
「なんだ、それは」
「どうやら臓器ブローカーなるものが存在し、そこから買い取っているようです。しかし、看護婦の知ってるのはそこまでで、その秘密組織については、病院の上層部しか知っていないようです」
「ご苦労だった。出現を予想されていたとはいえ、臓器ブローカーとは恐るべき秘密組織だ。許すことのできぬ犯罪行為だ。よし、あそこの院長を逮捕してこい」
やがて連行されてきた院長にむかって、おれは机をたたき、大声で尋問した。
「なんということだ。こちらで調査したところによると、あなたの病院では臓器移植がなされている。非人道的きわまることだ」
「移植手術についてはみとめます。しかしですよ、それによって患者が助かっているのです。人道的ではありませんか。医師として良心に恥じておりません」
「その点を問題にしてるのではない。臓器を取られて死ぬ人についてだ。それをやっているのだろう」
「そんなことはしていません。電話をかけると、注文にぴったりの、健康にして良好なる臓器が配達されるのです。一方、現実に目の前に死にかけた病人がいる。それを見殺しにして、いらないからもとの持主に返してこいともいえませんでしょう」
院長もブローカーの存在をみとめた。
「どこに電話をかけるのだ」
おれは核心に触れた。だが、この質問には院長もなかなか答えなかった。臓器が入手できなくなると、これから患者たちを救えなくなる。そのことを考えてだろう。
しかし、なんとしてでもしゃべらせねばならない。殺人の共犯になるとか、このままだと脱税になるとか、病院に閉鎖命令が出されるだろうとか、おれはさんざんおどかした。院長は青くなり、ふるえはじめ、とうとうその電話番号を口にした。ここまでくれば、あとは簡単だ。その電話の所在地を調べ、捜査令状を用意し、おれは部下たちとともにそこへ乗りこんだ。
郊外の林のなか、空気のきれいなところにある、清潔な感じの、わりと大きな建物だった。〈重要商品流通研究所〉と看板が出ている。所長は不在だったが、令状があるからには、いやもおうもない。おれは建物の内部をひとまわりした。
自分の目が信じられなくなるような光景が、そこにあった。心臓だの肝臓だの、そのほかおれにはわからぬさまざまな臓器が培養液のなかで生きつづけている。相当な数で、こうなると壮観といっていい。まさに人体の部品工場といった感じ。
この培養液の成分を正常に保ち、規則正しく循環させておくのが重要なのだろう。白衣を着た男がつきっきりで、温度計をはじめ各種のメーターを見つめ、装置を微妙な手つきで操作している。おれは聞いてみた。
「すごいものですなあ」
「いかなる臓器もそろっていますが、それぞれの数の多いのがじまんなんですよ。臓器移植においては、拒絶反応が問題。しかし、これだけ数があると、需要者の体質にあった臓器がえらべるわけです。だから手術の成功率がきわめて高い。おたくの病院でも、こんご大いにご利用のほどを……」
おれのことを、どこかの院長とかんちがいしているらしい。おれはうなずきながら質問する。
「このもとを仕入れるのは、さぞ大変でしょうな」
「いいえ、容易ですよ。むしろ、ここで清潔に育て、いつでも注文に応じられるような状態に保っておくほうが苦労ですよ。そこがここの技術陣のすばらしさで。安いからといって、よその粗悪品をお買いにならないほうがいいですよ」
「いったい、どこで入手してるのですか」
「そのへんの仕入帳簿をみて下さい。書き並べてあるはずですから」
おれはその机の上の帳簿をひっつかみ、部下たちを連れ、そこに書かれているひとつに急行した。そこは小さな病院だったが、おれは飛びこんでどなった。
「ここが非人道的なことの発生地だったのだな。やい、院長はどこだ。出てこい」
すると、女医が出てきて言った。
「どなたか存じませんが、失礼なかたですね。非人道的などとおっしゃられては、迷惑ですわ。その反対ですのよ。ここは婦人科の病院。妊娠の人工中絶を主にやってますけど、これは公認されていること。これこそ人道的で進歩的なことだと、公認する国のふえているのが世界の傾向。まだ禁止している国は、時代おくれだと非難されていますわ。人口爆発も防げ、生活向上にもつながる。この病院では、よそより特に安くやっております。みなさんに感謝され、社会のためにつくしているというわけですわ。もっとも、それは中絶させた胎児を高く引き取ってくれるところがあるからですけど、それは違法じゃございませんでしょう」
「うう……」
おれはうなった。こういうことだったのか。となると、あの大病院の患者のなかには、自分では気がつかなくても、どこかで女を妊娠させ中絶させ、それがまわりまわって臓器となって自分のからだに移植され、それで長生きすることになるやつもあるということか。