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日期:2017-12-31 14:52  点击:428
 夕ぐれの部屋のベッドの上。久美子の若々しい肌は白くなめらかで、ほのかな|匂《にお》いと輝きにみちている。窓のそとの静かで深い湖も神秘的だが、彼女のからだの神秘さもそれに劣らない。私はその肌に口づけをくりかえす。すると、そのあとはかすかに色づき、いくつもの花びらが散ったようになる。彼女はかわいらしいハトのような声をもらした。
 すばらしいのは、なにも肌だけではない。肩も腕も、胸から腹にかけても、すべて弾力にみちた微妙な曲線で構成されている。ただよう霧、ゆれつづけるかげろう、春のそよ風のように、やわらかな優雅な動きをみせている。
 いうまでもなく、顔も美しい。長い髪、感情にみちた形のよい唇、きれいな歯。つまり、どこもかしこも魅力的なのだ。私の目にだけそううつるのではない。
 たいていの男は久美子を見ると、一瞬はっとしたような表情になり、それから彼女のからだに好色の視線をそそぐのだ。私のいらだたしい気分をわかっていただけるだろう。久美子をそういういやらしい連中の目にさらしたくない。彼女がもう少しみにくければいいのに。時どき、久美子の顔をめちゃくちゃにしてしまいたい衝動にかられる。だが、いくら激情が高まっても、私はそれほどのばかではない。美しいからこそ彼女は貴重なのだし、私がこうも夢中になる理由もそこにあるのだから。
 久美子には浮気っぽい性格があるようだ。私にかくれて、へんな男とつきあっているのではないだろうか。男ならだれだって、久美子をくどいてみたくなるだろう。そんな時、彼女はどんな応答をしているのだろう。それを空想すると、私の内心は嵐の海のようになる。
 私以外のだれかとつきあっているんじゃないのか。そう聞いてみたいところだが、なんの保証にもなりはしない。「そんなことないわよ。あたしが愛しているのは、あなただけ」との返事がいつもかえってくる。本当なのかどうか、それを確認する方法はない。だが、私はそれを知りたくてならず、久美子の目の奥をのぞきこむ。もしかしたら、そこに見知らぬ男の影が宿っているのではないかと。
 あまり見つめると、久美子は恥ずかしげに笑いながら、まぶたを閉じてしまったりする。かわいらしいしぐさ。私はだきしめる。疑惑があるからこそ愛があるのだろう。私は三十歳、金もあり|容《よう》|貌《ぼう》だって悪くはないつもりだ。だが、たまらなく不安なのだ。
 ここは高原地方の湖のそばにある小さな山小屋。林にかこまれていて、久美子と二人ですごすにはいいところだ。都会のなかとちがって、久美子にふりそそぐ男の視線が少なく、私もそれだけ気が落着く。
「久美子、お酒は……」
 と私が言うと、彼女はうなずいた。
「いただくわ」
 久美子のからだはほんのりと、さらに悩ましげに……。
 
 暗くなりかけた窓のそとで、物音がした。耳なれない音。木や草の葉がこすりあわされるような音。だが、風のたてる音でもない。リスが走りまわる音でもない。といって、人の足音でもない。しかし、なにかが動いている音であることはたしかだった。そして、それはこちらに忍び寄ってくる。
「なんの音なの。あたし、こわい……」
 久美子は小さな声で言い、急いで下着をつけ、私にだきついてきた。からだのふるえと激しい|動《どう》|悸《き》とがはっきり伝わってくる。もちろん私だってこわい。だが、彼女をそのままにして逃げるわけにはいかない。彼女は私の宝であり命なのだから。久美子をだきよせ、私は息づまる緊張のなかで待った。
 そとの物音は、山小屋のすぐそばまで迫った。強い力がドアを内側に押し倒し、なにものかが侵入してきた。
「乱暴なことはよして下さい。警察へ電話しますよ」
 私はせい一杯の声で言った。あくまで久美子をかばわなくてはならず、彼女の前でいくじのない態度はとれない。しかし、そんなことを気にかける必要はなかった。侵入者の姿を一目みて、久美子は私の腕のなかでぐったりとした。気を失ってしまったのだ。
 私もそれをよく見た。あらわれたのが幽霊だったら、どんなにいいだろう。そんな思いが頭をかすめた。白っぽい軟体動物がそこにいた。大型のカタツムリといったところだった。長さは二メートルぐらいあるだろうか。こっちにむかって前半身をもたげている。
 背中には殼をしょっている。長い触角のつき出た頭。それは床をゆっくり滑りながら近づいてくる。私は目をつぶった。目を閉じたからといって消えてくれるわけではない。やがて、そいつが私にさわった。ぬらぬらしたつめたさ。悲鳴をあげながら、私もまた気を失った……。
 
 意識がもどってきた。こわごわ目を開くと、そこはどこかの室内の大型のベッドの上だった。そばには久美子が横たわっており、私はほっとした。彼女はまだ気を失ったままだ。よほどショックが強かったのだろう。
 天井からはほどよい明るさの照明がふりそそぎ、窓にはカーテンがかかっている。もっとよくあたりを見ようと思い身を起すと、部屋のすみにあの大きなカタツムリがいた。
 やはりいい感じではなく異様そのものだが、二度目ともなると気を失うほどの恐怖ではない。それに、私たちに危害を加えないらしいと推察できた。好奇心がめばえる精神的な余裕ができた。なにが起ったのだろう。どういうことになったのだろう。
 室内の家具の色や形や材質など、はっきりと指摘はできないが、どこか普通とちがうものが感じられる。なぜこんなところに運ばれてきたのか見当もつかない。私はつぶやくように言った。
「ここはどこなんだろうな……」
 すると、カタツムリが答えた。
「ここは宇宙空間」
 私はベッドからかけおり、窓のカーテンをあけてのぞいた。星々がいちめんにきらめいている。深い暗黒のなかに散る、またたかぬ星々。ここは宇宙空間に浮ぶ物体の内部らしい。ゆるやかに回転することにより、床に重力が発生しているようだった。カタツムリが口をきいたことより、宇宙にいることの驚きのほうが大きく、私は見つめつづけた。
 回転するにつれ、窓のそとの星々も一巡した。しかし、そこには月も太陽もなく、地球らしい星もなかった。どうやら、太陽系をはなれた宇宙空間のただなからしい。
「なぜ、こんなところへ……」
 私が言うと、カタツムリが答えた。
「わけを話そう。おまえたちはもう逃げられない。いやだと言っても、どうにもならないことなのだ。あきらめてもらおう。われわれはワジャ惑星の者だ。おまえたちとは体形がずいぶんちがう。おまえたちはわれわれを見て不快だろうが、われわれもおまえたちを見ると不快になる。それは主観の相違。客観的なちがいは、われわれのほうがはるかに科学力でまさっている点だろう」
「…………」
「ところで、ワジャ惑星は人口増加で困っている。地球という惑星をいただきたいのだ。いや、いやだと言ってもやめる気はない。その計画達成のため、どのような作戦をとるべきか研究しなければならぬ。地球に接近し観察をつづけた。言葉を話せるようになったのは、その時に受信した電波を分析した結果だ……」
「それにしても、こんなところへ……」
 と私は無意識のうちに久美子をかばいながら抗議の思いを口にした。
「おまえたち、どうされるかと心配なのだろう。しかし、そうこわがることはない。危害を加えるつもりはないのだ。ここで生活をつづけてもらいたい。食料も水も充分に用意してある。地上よりはるかに清浄な空気がここにある。病気になることもないだろうが、万一の時のために万能薬もそなえてある。ほかになにか欲しいものがあったら、申し出てくれ。われわれが作って提供する」
 しだいに事情がわかってきた。私は言う。
「なるほど、くわしく調査するための実験動物というわけなんですね」
「まあ、そう思ってもらいたい。不満か」
「いや……」
 普通の人なら屈辱感で耐えられぬ気分となるかもしれない。しかし、久美子と二人だけでいられるのだと思うと、私にはいくらか救いだった。正直なところ、うれしさもあった。カタツムリはさらに聞く。
「おまえたちは二人とも健康体か」
「肉体的な欠陥はなにもありません」
 その答えを確認するためか、相手は私の顔に霧のようなものを吹きつけ、もう一回聞いた。自白剤かなにかだろう。私が同じ答えをくりかえすと、相手は満足したらしかった。カタツムリはその質問をやめ、私と久美子からそれぞれ下着をはぎとった。
「地球から身につけてきた物品は全部とりあげる。変なものを持っていられては困るのだ。着る物はそこの戸棚のなかに用意してある」
 はだかにされた私と久美子は、X線らしきもので、なにかかくし持っているのではないかとさらに検査された。
「これでよし。まあ、お二人で楽しく暮して下さい。時どき見まわりに来ます。それから、戸棚のなかにはいい飲み物がおいてあります。お飲みになって下さい」
 カタツムリ型のワジャ星人はこう言い残し、小型宇宙船に乗って星々のかなたへと去っていった。
 
 かくして私と久美子との、はだかでの生活がはじまった。戸棚に衣服はあったが、着る必要はなかった。空気は適温だったし、他人の目もなかったからだ。
 あとで意識をとりもどした久美子は、私から事情の説明を聞き、一時は|呆《ぼう》|然《ぜん》とした。しかし、あきらめなければならないと知り、現状に満足するようになった。脱出の方法など、まるでないのだ。生活は保証されている。私たちは|愛《あい》|撫《ぶ》しあい、それは時の流れを忘れるほど楽しかった。少なくとも私にとっては、申しぶんのない世界だった。
 すばらしい発見もあった。ワジャ星人が言い残していった、戸棚のなかのびんの飲み物。好奇心から飲んでみた。性感の高まる作用のものだった。からだがとろけるようで、しかも強烈な刺激。その味をしめると飲むのをやめられなくなる。夢のような日々。いや、いつまでもつづく甘い夜というべきだろう……。
 何週間かの時がたった。ワジャ星人が巡回に訪れてきた。久美子は会いたくないと戸棚のなかにかくれ、私だけが応対した。
「実験動物にされていい気持ちとはいえませんが、いちおうは満足していますよ。だけど、あなたがたワジャ星人たち、いったいなにを知りたいんです。こんなことをして、なにかの役に立っているんですか」
「そうさ。地球人の生殖の実態を知るのが目的なのだ。そうそう、きょう来たのは飲み物の液体の補給のためだ。あれはいかなる生物に対しても、性欲を高める作用を持つ。飲んでみただろう」
 あのびんの薬は、やはりそうだったのか。
「ええ、とてもよくききましたよ。なくなったらどうしようかと、心配していたところです。たくさんおいてって下さい」
「そうこなくてはいかん。そこがつけめなのだ。おまえたちを、いやおうなしに生殖に追いこむ。地球から持参した品はすべて取り上げたから、避妊もできまい。おまえたちは生殖せずにいられなくなる」
「いやに生殖に熱心のようですが、どういうつもりなのです。地球人をふやして、家畜にでもするつもりなんですか」
「とんでもない。地球人は家畜としての価値もない。生殖の実態が判明すれば、それを防止する薬品か電波の開発は容易だ。その完全なのを量産し、地球にばらまく。人類絶滅は時間の問題。待っていれば、あとはわれわれの惑星となってしまう」
「なんというひどいことを……」
「悪く思うなよ。おまえたちは、すでにわなにかかったのだ。反抗のために自殺したってむだだよ。すぐかわりの二人をさらってくる。せいぜい、われわれの目的に協力してくれ。あばよ。そのうちまた巡回に来る……」
 ワジャ星人のカタツムリは帰っていった。
 びんの液体を私は二つのグラスになみなみとつぐ。一杯を自分で飲み、もう一杯は久美子に飲ませる。彼女の目は情熱にうるみはじめ、息づかいが高くなる。私もまた同様。なにもかもバラ色に燃えあがるような気分のなかでの、限りない愛撫……。
 なんという楽しさだろう。久美子はずっと私のものなのだ。久美子を誘惑しようとする男もここにはいないし、久美子が私にかくれて浮気をすることもない。ワジャ星人は自殺を心配していたが、こんな世界で、だれが死を考えたりするものか。
 私に肉体的欠陥はまったくないが、精神的欠陥となるとないとはいえない。こんな楽しいことがなぜ欠陥なのかわからないが、ひとは同性愛と呼んで変な目で見る。
「久美子、楽しいかい」
 私は男っぽい口調で呼びかける。身についてしまった習慣だし、そこがまたいいのだ。久美子はうっとりとした声で言う。
「ええ、とっても……」
 このひそかなる秘密は、ワジャ星人たちにいつ知られてしまうのだろうか。しかし、カタツムリから進化したらしいあの宇宙人、なかなか気がつかないのではないだろうか。カタツムリとは雌雄同体の生物、男女の区別というものを知らないにちがいない。だから、私たちの快楽も地球の安泰も、まだ当分のあいだは心配しなくても……。
 

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