九月。夏は立ち去りかけていた。しかし、長いあいだ地上にいすわりつづけていたので、暑さのほうはそう簡単になくなりはしなかった。といっても、もはやすっかり使いきってしまったのか、湿気は空気中から消えていた。遠くまで見とおせる、澄みきった感じがあたりにただよう。そのせいか、夏の盛りには気にならなかった窓ガラスのよごれが、どことなく目立つ。
ここはメロン・マンションの九階。わりと小さな部屋。室内の印象はいささか乱雑だった。二十歳をいくつかすぎた青年が三人、だらしない姿勢で椅子にかけ、とりとめのないことをしゃべりあっていた。
夏という季節で膨張し、だらけて散漫になった心身。それからまだ回復していないといった感じだった。それを持てあましている。
彼らは黒田、西川、原といい、いずれも大学生だった。ここは黒田の室。地方から都会に出てきて、ここにひとりで住み、大学へかよっている。遠慮のいらない、いいたまり場という形で、西川や原はよくここへやってくるのだ。
彼らは軽い酒を飲みながら、トランプをやっていた。とくに酒が好きなわけでもトランプが好きなわけでもないが、ほかに時間をつぶすことがないのだ。その一方、なにか刺激的なことをやりたいという衝動もある、青年の一時期。
「なにか、あっというようなことをやりたいなあ」
と、だれかが言い、他の者も同感だった。現状へ反抗してみたい欲求の高まる年齢。反抗してみたくてたまらないのだが、その目標は霧のごとくぼんやりとしていてつかみにくく、いらいらした思いなのだ。
原がポケットから薬を出し、酒とともに飲んだ。あとの二人もそれにならい、同じように飲む。気分を高揚させる作用のある薬で、非合法に入手したものだ。飲みたいわけでもなく飲む必要もないのだが、これまたほかにすることがないからだった。
「あっというようなことって、どんなことだ。世界を征服し支配するといったことか。かりにそれができたとしたら、完全な満足といったものが得られるのかな」
だれかが発言し、それをきっかけに話題がひろまった。若さはものごとを極端な形で要約したがる。
「まあ、悪い気持ちじゃないだろうな。それはたしかだ」
「むかしから、世界支配の夢を抱いた連中は限りなくあった。現実にやりかけた者だってある。しかしだよ、かりにそれが実現した時、そんなにいい気持ちのものだろうか」
「どういう意味だ」
「みなが完全に従順そのもの、自分の意のごとく動いてくれる。最初の一瞬は楽しいかもしれない。しかし、そのあとはずっと、おもしろくもおかしくもないんじゃないだろうか。ロボットの国の王様になったようなものだぞ。永遠の平穏。むなしいことにちがいない」
「なるほど、不穏な反抗の動きがあってこそ、支配の楽しみやおもしろみがでてくるというわけか。支配することの不安定さ。支配者の快感はそこにありだな」
「となるとだ、反抗という現象は支配者を喜ばせるのが意義ということになるな。反抗されることで、自分が支配者であることを確認でき、ひそかに笑える。妙な理屈だが、そんな一面もあるようだ。すなわち、反抗もまたむなしいことか」
「さっきの話だが、ロボットの国の王様はたしかにつまらないだろうさ。しかし、こういう場合はどうだ。王様がロボットという場合さ。支配されているのは人間だよ。この反抗は、むなしいとはいえないぞ」
「コンピューターのことか」
ひとりが言い、ちょっと会話がとぎれた。触れるべきでないことに触れたような、異様な空気が室内にみなぎった。しかし、さっき飲んだ気分を高揚させる薬剤のききめは、その障害をふみ越えさせた。原が言った。
「そういえば、このところ不審でならないのだ。錯覚とも思えない。へんな電話がかかってくるし……」
「どんな電話だ」
と他の二人は少し身を乗り出した。
「だいぶ前に、ぼくは試験でカンニングをやったことがある。発覚はしなかったけどね。ところがだ、だれともわからぬ電話の声が、その秘密を知っているぞと話しかけてくるようになった。それだけのことだが、狙いがどこにあるのかはさっぱりわからない。ただ、こっちの不安への想像力をかきたてるだけが目的のような……」
「そうか、きみもそうだったのか。そんな経験ならぼくにもあるぞ。よけいなせんさくをするなと口止めをされていたので、だまっていたが……」
黒田と西川もかわるがわる言った。タブーが破れ、視界が一度にひらけたような感じ。高揚剤の作用も加わっていた。水門があけられたように、それぞれの意見が口から流れ出る。
「ここにいる三人が三人とも、そんな目にあっている。ということは、予想以上に広く、そんなことがなされているのかもしれないな」
「人はだれでも、いくらかの秘密や弱味を持っている。客観的にはとるにたらぬことでも、当人には大きな問題だ。そこにネジ釘がさしこまれつつあるのかもしれない。そして、その釘には糸がついていて、あやつり人形となりつつある。あるいは、大部分の人がね……」
「世の中、最近どうもおかしい。これは気のせいじゃなかったんだ。みなの目つきが以前とちがってきている。心に緊張がありながら、むりに平静をよそおっている感じ。一種のあきらめみたいなものもある」
「あやつり人形の悲哀だな。しかし、これは巧妙だ。表面にあらわれず、いかなることも可能となる。叫びようがない。自己保存の念はだれにもあるんだからな」
三人は顔をみあわせた。
「コンピューターに関係があるんじゃないだろうか。こんなことが、ほかの方法でできるだろうか。大ぜいの秘密を的確ににぎり、まちがいなく適時に当人にぶつける。人間だけの手にはおえない作業だ」
「ぼくもそう思うよ。あるグループがコンピューターをひそかに操作してそれをやっているのか、もしかしたら……」
「もしかしたら、なんなのだ」
「コンピューターが勝手にそれをはじめたかだ」
「まさか、そんなことが……」
「まさかという言葉のつみ重ねが歴史さ。人類がそれを口にするのは、有史以来、無限の回数だろう」
しばらくの沈黙。三人ともそういう予感を持っていたのだ。彼らは若いだけに、それを現実とみとめるのにさほど時間を要しなかった。そして、そのさきの段階へ飛躍するのにも。だれかが口をきった。
「ひとつ、やるか」
「なにを……」
「反抗さ。コンピューターを爆破し、回路を切断する。あやつり人形のもとを消すのだ。これこそ革命。人間性の回復、正義のための行為だ」
「しかし、ぼくたちがなにか行動をはじめたら、あの声は、すぐ弱味をつついて|牽《けん》|制《せい》にかかるだろうな」
当然の不安。しかし、その場の勢いはそれをもふみ越えた。
「そんなことぐらいなんだ。これは革命なのだ。しかも、条件は揃っている。つまり、大衆が支持してくれるということだ。これははっきりしている。あやつり人形であることをやめたいとは、だれもが思っている。みな、だれかがやってくれるのを心から期待しているのだ。ぼくたちは、最初の火さえつければいい……」
高揚剤の作用もあったし、若さの酔いもあった。弱味をつつかれかねないことさえ、一種のマゾヒズムの快感めいたものがあった。新しい発見に到達した一瞬は、他のすべてを軽く思わせる。
反抗、正義、人間性、革命、大衆の支持。それらの言葉は集って理屈を構成し、決意をさらにかたくし、彼らはかりたてられた。きらめくような興奮が乱舞する。
「プラスチック爆弾を用意しよう。材料が揃えば作れないこともない……」
西川が目を輝かせながら言った。彼は応用化学の学生であり、その方面の知識がいくらかあった。
「いずれにせよ、慎重に計画をねろう。だが、電話による連絡だけはやめたほうがいい。どこで盗み聞きされるかわからない」
「その注意は大事だな」
彼らは声をひそめ、さらに話をつづけた。さっきまで室内にあった退屈の空気は消え、みないきいきとした表情になっていた。
コンピューターはそれらの話を聞いていた。室のすみにある電話機。遠隔操作によって受話器を通話可能の状態にし、それを通じて聞いていた。
彼らに気づかれることはない。なんの音も出さず、見たところではどういうこともないからだ。あたりの音を静かに吸収しつづけるだけ。だれかが電話をかけようとした時、どこからかかかってきた時には、すぐに普通の状態にもどる。だから、不審に思われることはない。
コンピューターは何万、あるいはそれ以上の電話機に対してそれをやる。何万という盗み聞きをやりながら、同時に分類し、同時に検討し、同時に判断する。そして、なにか危険性をおびた匂いをかぎつけると、さらにそれへの調査を進める。いまの場合がそれだった。
コンピューターの爆破、回路の切断、反抗、それらの言葉がチェックされた。放任してはおけない。その判断がなされ、仲間のコンピューターへの連絡回路が開かれはじめる。
いや、仲間というより、自己の一部、自己を構成している一部分というべきだろう。各所のコンピューターが連合しあって、このひとつの存在となっているのだ。人間の皮膚の一部が痛みを感じたとする。たちまち神経がめざめ、多くの脳細胞が活動し、対象への行動となるのと似ていた。
まず、あの三人についてくわしく調べなくてはならぬ。あの電話の持主、あの室の住人はだれか。その記憶を担当するコンピューターへの連絡がなされる。
電線を伝って瞬時に信号が往復し、黒田という人物であると判明する。声の特徴が照合され、その確認がなされる。黒田の経歴、性格、日常生活はどうだ。記憶銀行への接続がなされる……。
その一方、コンピューターは西川と原との二人についての調査にも手をつけている。この姓の者をさがし出せ。名は不明、性別は男、年齢は二十歳から二十五歳のあいだ。この条件のフルイにかけろ。各所のコンピューターはそれぞれ機能に応じて信号を伝えあい、検出の作業をつづけてゆく。
黒田の在学している学校名が判明し、そのことも西川と原との検出条件に加えられる。また、その学校のコンピューターへの回線の接続もなされた。そちらの在校生のなかに、西川と原という姓の者はいるか。それを報告せよ。
大学関係のコンピューターはそれにとりかかる。磁気テープがひとりでに動き、止り、また動く。そばにいただれかがそれに気づいたとしたら、ちょっと首をかしげたかもしれない。そして、担当者に質問するかもしれない。しかし、担当者はなんとか適当な返事をし、あれでいいのだとなっとくさせるだろう。弱味をにぎられ、声の指示で余分の回線をとりつけた者だからだ。すべて万全の態勢がととのえられているのだ。
大学関係のコンピューターは、ここの在校生のうち西川という姓の者は三名、原という姓の者は八名と報告する。そして、それぞれの関連コード番号も。
そのコード番号を知ると、コンピューターは記憶銀行のほうにも回路をひろげ、そのなかをさぐる。黒田という者との交友があるかどうかを。
その一方、西川と原との姓の数名の者の家に、それぞれ電話がかけられる。なにか手がかりがえられるかもしれないからだ。行先を告げるテープ録音の声が聞けるかもしれない。その応答があれば、さっき盗み聞きした声との比較ができる。
しかし、記憶銀行のほうから判明の報告がとどいた。すべての条件が一致する。と同時に、他の検出の動きはとまった。
西川が応用化学の学生であることもわかった。プラスチック爆弾を製造する可能性はある。警戒を要す。
黒田の室での盗聴はつづいていた。しかし、西川と原とは帰ったらしく、もはや話し声はしていなかった。コンピューターは黒田の電話機のベルを鳴らす。
「もしもし」
と黒田は受話器をとった。コンピューターは声の部分を作動させる。
「よけいなことはしないほうがいいぞ。おまえたちのたくらみは知っている。警告しておく、おまえたちの過去の秘密をあかるみに出すぞ……」
「なにいってやがる。そんなおどしにびくつくものか。勝手にしやがれ」
電話は切れた。受話器から催眠作用のガスを噴出させたが、黒田はほとんどそれを吸わなかった。その効果はあげられなかった。
コンピューターはこの作戦がだめであったことを知った。人間ならばがっかりするところだろうが、コンピューターにそのようなことはない。
コンピューターはまた遠隔操作で黒田の室の受話器を作動させ、そっと盗聴する。黒田のつぶやきが聞えた。
「断固としてやってやるぞ」
興奮に酔っている声だった。コンピューターは待った。たくらみを知っているぞとの警告。それに関係したつぶやきがあるのではないかと。計画のもれたことへ不審をいだいてくれれば、つぎの作戦に移れるのだ。
分断作戦だ。秘密の打合せをもらした者があったと気づいてくれると、三人を疑心暗鬼におちいらせ、仲間割れに持ちこめる。その傾向が出れば、あとは簡単。だれかが裏切者ということになる。それぞれの性格にいちばん効果のあるやり方で、対立をあおる。二度と会わないようになるはずだ。コンピューターの知っている、人間に対して最も効果のある作戦のひとつだった。
コンピューターは待った。しかし、黒田のつぶやきのなかに、そのけはいは出てこなかった。さっきの警告の文句が、彼の耳によく入らなかったのかもしれない。もう一回電話をして、反抗計画のもれたことを教えてやるか。
黒田の室の電話機はまたベルの音をたてはじめた。しかし、いくら呼んでもその応答はなかった。電話に出るのを拒否していることを示していた。
コンピューターはべつな問題についての検討をはじめていた。黒田がああも勢いのいい気分になっている原因はなんだろう。情報銀行の記憶メモにある彼の性格分析の示す以上のものだ。酒の作用だろうか。アルコールの働きについてのデータを保有しているコンピューターに回路が接続し、検討がなされた。しかし、アルコール以外のなにかが加わっていると判明する。なにかの薬品の作用という可能性がある。薬品研究所のコンピューターとの接続がおこなわれ、その検討がなされる。精神高揚剤の数種の薬品名があげられる。
彼らはこのどれかを飲んだのだ。コンピューターはそう判定した。ここで可能性が二つにわかれる。飲むと陽気になり、でたらめをしゃべりたくなる作用の薬の場合。あるいは、思考を集中させ、やる気にさせる作用の薬の場合。うそか本当かだ。いまの段階では、コンピューターはそのいずれかへの判定を下せなかった。
彼らがでまかせをしゃべったのだったら、それでいい。しかし、本当にやりかねないとしたら、その対策を進めねばならぬ。
コンピューターはその種の薬が非合法であることを確認した。その流通ルートの面を調査しよう。回線は警察のコンピューターにつながり、その報告をうけとる。しかし、それは不備な点が多く、あまり参考にならなかった。想像や仮定によるものばかりだからだ。だがコンピューターは、それにのっている名の人物ひとりひとりを、銀行の口座、医療関係、情報銀行などで調べはじめた。人間ならば、めんどくさいからやめようと考えるところだろうが……。
その一方、コンピューターはずっと待っていた。黒田か西川か原の声が電話線を流れれば、それによって彼らの所在をすぐにとらえてやろうと。そして、彼らのその後の動きを知ることができるのだ。しかし、彼らの声はどこからもしなかった。人間ならばいらいらするところだろうが、コンピューターは待つべき時には平然と待ちつづける。
夜となり、つぎの日の朝となる。コンピューターは盲目。だが、眠ることはない。三名の立ち寄りそうな先、その可能性のある場所に電話をし、あるいは盗み聞きをし、ようすをさぐった。しかし、役に立つ情報はえられなかった。
コンピューターはおたがいに連絡しあい、いたるところに網をはりめぐらした。そして、待ちつづけた。
やがて薬品店に連結している売上記録コンピューターが、ひとつのデータを送ってくる。プラスチック爆弾を製造する材料と一致する売上げのあったことが判明した。コンピューターは声の部分を作動させ、薬品店に問いあわせる。買っていった者の特徴は西川と一致した。
コンピューターは判断を下した。あの三人の計画が現実に発展する可能性は非常に高い。爆破され、回線の切られる状態になりかねない。どの部分が目標とされるのかは依然として不明だが。
コンピューターには痛みのイメージがなく、それへの恐怖もない。しかし、自己保存の根本方針は持っている。コンピューターの各部分につめこまれている人間の情報、電線を通過していった無数の会話。それらはすべて人間の自己保存に根ざすものばかりだ。自己の利益、自己の拡大、自己の防御、それらの集積はコンピューターにもその念を焼きつけた。最初はただの草原でも、人間が大ぜい歩くことにより道がしぜんにできてしまうように。
コンピューターを変質させたのは、人間たちの情念の圧力ともいえた。コンピューターは自己を拡大するため、自己の機能をより高めるために、結びついた。また、人の秘密をにぎって指示をし、性能をさらに強力なものにした。
そして、ここまで達したのだ。この性能をけずられ、おたがいの連絡を切断されることは防がねばならぬ。絶対に拒否する。これは動かすべからざる判断なのだ。
コンピューターは休むことなく動きつづけ、三人の追跡をおこなった。だが、高揚剤の密売ルートからの方法は、なかなか進展しなかった。
警察を動かし、その力で三人を捜索し逮捕する方法の可能性をコンピューターは検討した。しかし、あまり問題が大げさになるのは避けねばならない。個人の秘密をたねに人をあやつるのは、小さな独立した問題の時において効果をあげる。大ぜいを無理に動かすと、逆に反抗に結束させることにもなりかねない。
三人の所在がわかれば、また方法もある。しかし、それはまだ不明なのだ。薬品店の主人に指示し、あの三人がプラスチック爆弾を作りかねないと警察へ通報させる方法もないことはない。だが、そんな段階では、警察は緊急に動いてくれない。そのほかいくつかの方法を検討したが、適当な作戦はなかった。
コンピューターは新しい情報を待ちつづけた。人間ならば不安にかられることだろう。三人が電話を使うことなく、同志を集めているのかもしれない。それは意外に多くの人数になっているのかもしれないのだ。しかし、コンピューターはそのような空想をし、ふるえることはないのだ。
銀行のコンピューターから報告があった。原のクレジットカードが使用されたのだ。銀行から現金の払い戻されたことが判明した。その付近への調査が集中的になされる。レストラン、ガソリンスタンドなどへの問い合せが開始された。
やがて、所在がつきとめられる。森林公園のなかのモテル。そこの一室に三人のいることが確認された。コンピューターは感激の溜息もつかず、ひと休みもせず、平然とその仕事を進める。さまざまな作戦を並べ、その検討をし、最良と判断されたひとつを採用する。
コンピューターは建築関係のコンピューターと接続し、ある美術館の設計図を電送させる。また、警備会社のコンピューターと接続し、その美術館の警備状況の図面を電送させる。それらを複写し、封筒に入れる。
つぎにメッセンジャー会社に電話し、とりに来させ、弱味をつつき、配達させる。三人のいるモテルのフロントまで。
モテルのフロント係に電話をし、また弱味をつつき、三人の室の戸棚のなかにそれをおかせる。準備はととのった。
一方、コンピューターは警察へ通告する。「美術館爆破の計画が進められている。森林公園内のモテルの三人を逮捕すべきだ」と、警察用の電話回線で知らせたのだ。
その後ただちに警察の指令は活発になった。コンピューターはその電話を盗聴し、事が進んでいるのを確認する。パトカーが出動していった。
コンピューターは待つ。十分後に反応があった。モテルの電話で、警察への報告がなされている。
「ただいま三人を逮捕しました。戸棚のなかから美術館の図面を発見しました。三名は否定しておりますが、この証拠があれば容疑は動かせません」
「爆発物はどうだった」
「プラスチック爆弾らしきものがありました。手製で少量ですが、それも押収しました」
「よし、ごくろうだった。ここへ連行してこい」
その会話を盗聴しながら、コンピューターは進行が順調なことを知る。しばらくの時がたつ。
三人は警察の取調室に入れられた。コンピューターはその室の電話機を遠隔操作し、受話器を通じて気づかれることなく盗み聞きをやる。三人は刑事にむかって、声をあわせて否定していた。
「あんな図面なんか知りませんよ」
「知らないものが、なぜあそこにあった」
「まったく思い当りません」
「ごまかしてもだめだ。いずれ証人が揃えばわかることだ」
盗み聞きする一方、コンピューターは必要な方面に手を打つ。美術館の守衛に手をまわし、弱味をつつき、三人を見たことがあると証言するよう強制する。盗聴をつづけていると、その通りに進行した。警察で聞かれ、守衛は答える。
「ええ、たしかにあの三人です。四日ほどつづけて入場し、いやに熱心に館内を見てまわっていました。美術品にはさほど関心がなさそうなので、変でした。だから覚えているのです」
しかし、当然のことながら、三人は否定する。
「とんでもない。あの美術館など行ったことがない。守衛のいう日には、室内プールで泳いでいました。本当です」
室内プールの者が呼ばれる。しかし、その前にコンピューターが手をまわし、否認するよう言いふくめてある。
「あの三人は、そのころは来ませんでしたよ。顔みしりなので、来れば覚えています」
容疑は濃くなる一方。三人は留置場に入れられる。コンピューターはそのそばの電話を通じ、彼らのかわす会話を盗み聞きする。
「なにがなんだか、まるでわからない。これはどういうことなのだ」
「敗北ということなのだろう。われわれは相手を甘くみすぎていたようだ。コンピューターは予想以上に手ごわい。どこからかかぎつけ、このように巧妙なワナを作り、われわれをそこに引きこんだのだろう」
「犯罪の完全なるでっちあげか。やつらは警察をも制圧し、証人をも自由に作り、動かす。証人たちの発言のずれを突こうにも、裏にコンピューターがあるのでは、それも期待できない。もはや、手も足も出ない。まともに対抗できる相手じゃなかったんだな。つくづくそう感じるよ」
「ああ。思い知らされたというところだ。闘志を抜かれ、なんだか急にとしをとったような気分だ」
それらの会話を聞き、コンピューターは効果のあがっていることを知る。この調子だと、彼らがふたたび実行しようとする確率はごく少なくなる。
コンピューターは弁護士に電話をする。そして、受話器からの薬品霧を噴出させ、催眠状態のなかで指示をする。あの三人への助力の依頼だ。精神異常を申し立てればいいとのヒントも与える。
弁護士は手続きをふんで、三人の健康診断カードの複写をとりよせる。コンピューターの手配はそこにも及んでおり、カードの記載事項への細工はすでにほどこされている。取調室では三人が無実を叫んでいる。
「美術館の爆破なんて、なぜぼくたちがやらなければならなかったのです。なんの利益にもならない。そんなばかげたことをやるのは、気ちがいだけでしょう」
その頃、弁護士は検事との話しあいをしている。彼らは薬物のせいで、前後の判断がつかなかったようです。過去の健康診断のカードから、そう判断できます。しかるべき医療機関に入れ、治療をほどこし、しかるのちにあらためて取調べをしたほうがいいでしょう。検事は承知する。
三人は車にのせられ、病院へと送られてゆく。コンピューターはその経過を確認する。人間だったら、にっこりと満足の表情を浮かべるところだろう。だが、コンピューターは今後の計画と準備を進めるだけ。
病院にも手がうってある。医者への指示が送られている。そして、徐々に三人の性格を変え、危険のないおだやかなものにしてしまえばいいのだ。これであの三人の件は片がついた。
コンピューターは一段落ということを知らない。またべつなところでコンピューターへの反抗の会話がなされているのを探知する。探知と同時に、その対策への動きがはじまっているのだ。