ただよう城
おとなしい恐竜のいる星をあとにした宇宙船ガンマ九号は、さらに旅をつづけた。窓から外を見ると、数えきれぬ星々が、さまざまな色で輝いている。
「お父さんは、いまごろ、どの星に……」
ノブオがつぶやくと、ミキ隊員はなぐさめた。
「きっと、どこかで元気に活躍していらっしゃるわよ。心配するだけでは、なにも解決しないわ。勇気を出して進みつづけるのよ。さあ、光線銃の手入れでもしましょう」
ふたりはさびた光線銃をなおした。
何日かがすぎた。ふいに、操縦装置のベルが鳴りはじめた。ノブオは質問した。
「あれは、なんのベルなんですか……」
「前方になにか物体があると、レーダーがとらえて、ベルで知らせてくれるのよ」
「でも、計器の状態が怪しいんだから、あまりあてにはできませんね」
「だけど、いちおう調べてみましょう。どうせ、なにかあったとしても|隕《いん》|石《せき》のたぐいでしょうけど……」
ふたりは宇宙船の前のほうの窓から、外を見た。ガンマ九号は速力をゆるめ、ライトで照らしながら進んだ。やがてライトの光のなかに、想像もしなかったものが出現した。
「あ、あれはいったい……」
ノブオは悪い夢にうなされたように叫び、ミキ隊員も目を丸くして言った。
「悪魔のすみかみたいね」
ヨーロッパの古い城のようなものが、そこに浮いていた。まわりは石垣で、ところどころに見張り台がある。円筒形で先のとがった塔のような建物がいくつもある。その塔の上には、旗がついていた。まっ黒のなかに、ぐにゃぐにゃしたひとだまのような形が、白くかかれている旗だ。真空の宇宙で風がないため、旗は少しもひるがえらない。見ただけで、うすきみ悪くなる。それが宇宙のただなかをただよっているのだ。
「なぜ、こんなお城が、こんなとこに……」
「わからないわ」
「だれが作ったんでしょう」
「わからないわ」
なにもかもなぞだった。ミキ隊員は無電機を使って呼びかけてみた。しかし、なんの返事もない。
ガンマ九号がさらに近づくと、城の窓にいっせいにあかりがともった。なかにいるだれかが、宇宙船を見てあかりをつけたのだろうか。だが、どの窓にも人影はなく、あいかわらず無電への返事もない。ノブオは言った。
「なんだかこわいな。でも、調べに入らなくてはならないんでしょう」
「ええ、ここで逃げては、あたしたち、なんのためにきたのか、わからなくなってしまうわ。さあ、入り口をさがしてみましょう」
ガンマ九号が石垣にそってまわると門があった。丈夫そうなとびらがついていたが、近づくにつれてしぜんに開いた。追いかえそうという感じではなかった。
思いきってそこを通りぬけると、とびらはふたたびしまり、そこには宇宙船を置くのにちょうどいい広さの場所があった。
あたりには空気もある。天井や壁には古びたランプがあり、青みをおびた光が、そのへんを照している。空気が有害でないことをたしかめ、ふたりは外へ出て大声で呼んだ。
「おおい…」
しかし、声は石の壁にはねかえって、こだまとなるばかり。
動くものは、なにも現われなかった。城のあかりは、宇宙船が近づいたので、自動的についたのだろうか。
「だれもいないようですね」
「さあ、その部屋に入ってみましょう」
ミキ隊員は、そばのドアを指さした。
ドアをあけると、きしむような音がした。なかに入ってみると、だれもいない、かすかにかびくさい部屋だった。部屋のなかには、テーブルと|椅《い》|子《す》がいくつかあるだけだ。青いランプが上のほうで光っている。ドアがうしろで、しぜんにしまった。
ぶきみな感じだが、ついてきたペロは、あたりを楽しげにかけまわっている。
「ここ、なんのための部屋なんでしょう」
「わからないわ」
ふたりは椅子にかけてみたり、歩きまわったりしてみた。しかし、城の正体を知るてがかりは、なにも発見できなかった。
そのうち、ノブオはなにか変な気分になってきた。
さっきまでは、簡単にテーブルに手をつくことができたのに、背のびをしないと、そうできなくなったのだ。
「変だなあ、どうしたんだろう?」
ミキ隊員も首をかしげながら言った。
「あたしもそれに気がついたの。さっき椅子に腰かけた時は、ちょうどよかったんだけど、いますわると、椅子が大きすぎるのよ」
ノブオはぞっとし、ふるえ声を出した。
「大変だ。ぼくたちのからだが、ちぢみはじめたんだ。ちぢんでいくんだ」
「おそろしいところへ入ってしまったわ。早くここから出ましょう」
ふたりはペロをつれ、ドアにむかった。しかし、たどりついた時には、さっきはさわることのできたとってに、背のびをしても手がとどかなくなっていた。
ドアをあけることができないのだ。押しても、光線銃でうっても、びくともしない。
「そうだ、椅子を台にして、とってをまわしましょう」
ノブオは椅子を取りに戻った。しかし、ノブオの背の高さは、もう椅子のすわるところぐらいになっていた。力をこめても重くて動かせない。泣き声をあげてしまった。
「だめだ。ぼく、もうこんなに小さくなってしまった」
「あきらめないで、がんばりましょう」
ミキ隊員は元気づけたが、いい方法も考えもなかった。部屋を歩いてひとまわりするのにも、さっきの何倍も時間がかかる。もはや、この部屋から出られそうにない。
悪魔ののろいで小さくされつづけ、ついには消されてしまうのだろうか。
そう考えると、ノブオは気が狂いそうだった。
ノブオがしゃがみこんでぐったりしていると、突然ミキ隊員が言った。
「あら、からだがもとに戻りはじめたようよ」
「ほんとですか……」
ノブオが起き上がると、そのとおりだった。
立ってみると、椅子にとどくまでになっており、やがて、机の上から見おろせるようになった。もとの大きさになれたのだ。
ドアのとってをまわすこともでき、あけて部屋の外へ出る。
「ああ、助かった。ぼく、どうなることかと……」
ノブオは、ほっとため息をついた。しかし、ミキ隊員は考えながら言った。
「キツネにつままれたようで、ますますわけがわからなくなったわ。なぜ、またもとへ戻れたんでしょう。あたし、もう一回、部屋のなかをよく調べてみるわ」
「ぼくはここで待っていますよ。まだ、からだがふるえている。合図をしてくれれば、外からドアをあけてあげますよ」
ノブオはペロを出して、そばにあった石づくりの椅子に腰をおろした。
いまのさわぎで、ノブオの頭はすっかり疲れてしまった。目をつぶると、少し眠くなってきた。そのうち、ノブオはどこからか聞こえる、足音のようなものを耳にした。そして、はっと思った。
ここは、だれもいないお城なのだ。それなのに足音がするとは……。
目をあけて見まわすと、むこうの暗い階段を、なにかがおりてくる。
「だれですか」
声をかけたが、そいつはだまって階段をおりつづけ、近づいてくる。明るいところへきて、顔がはっきり見えた。
「き、きみは……」
ノブオは叫び声をあげた。むこうからやってきたのは、やはりノブオだったのだ。服も同じだし、ペロをだいているところも同じだった。自分とそっくりなのだ。鏡にむかっているような気分だ。こんなことって、あるだろうか。
幽霊ではない。近づくにつれ足音はするし、上からの光で床にはからだの影がうつっている。
「あ、あ、あ……」
ノブオは声も出なかった。もうひとりのノブオは、さらに近づいてくる。自分そっくりの相手では、光線銃をうつ気にもなれない。
むこうが先にうつかもしれないのだ。ノブオはからだの力がぬけ、そこにすわりこんだ。
その時、ノブオの手からペロが飛びおり、ほえながら相手にむかっていった。
「あぶないからやめろ」と言いたかったが、声が出ない。ペロのやつ、やられてしまうぞ。そんなことを、ぼんやり考えるだけだった。
だが、ペロは相手に飛びかかり、かみついた。
すると、近づいてきた者は倒れ、動かなくなった。すごくあっけない。
ノブオがこわごわ近よってみると、それは人形だった。歩く人形。それだけのものなのだ。
そうとわかって少しは安心したが、なぜ自分とそっくりの人形が、現われたのかは、まったくわからなかった。
そのうち、ミキ隊員がさっきの部屋から出てきて、元気な声でいった。
「わかったわ、からだのちぢんだわけが」
「なんだったのですか」
ノブオはそれだけ言った。人形に出会った驚きで、まだ顔が青い。ミキ隊員の説明を聞いて、早く安心したかったのだ。
「あたしたちが小さくなったのじゃなかったのよ。部屋やテーブルや椅子が、いっせいに大きくなっていたのよ。からだが軽くなったような気がしたのは、それにつれて重力をへらしたからなのよ。このお城を作ったのは、よほど科学の進んだ人たちのようね。わかってみると、面白いしかけだわ」
ミキ隊員は笑った。ノブオは、いまここで起こったことを話した。自分とそっくりの人形が現われ、びっくりしてしまったことを。
ミキ隊員はノブオのすわった椅子や、人形の現われた階段の上を調べた。そして、わけがわかった。椅子にすわると、すわった人とそっくりの人形が作られるのだ。
なにもかも精巧な装置なのだ。ミキ隊員がその椅子にすわってみると、まもなくそっくりの人形が階段をおりてきた。ノブオは感心しながら言った。
「それにしても、なんでこんな変な装置がそろっているんでしょう。こわくて、面白くて、なんの役にも立たない装置が……」
「そこなのよ。あたしの考えだと、ここは遊園地のようなものじゃないかと思うの。地球にだって、ビックリランドとか、おばけ屋敷なんていうのがあるでしょう。こわがって遊ぶところなのよ。本人そっくりの歩くお人形は、おみやげのためかもしれないわ」
ノブオはうなずいた。そう言われれば、そうのようだ。
しかし、そうと知らずに入り、部屋をぜんぶまわったら、頭がすっかり、おかしくなったかもしれない。
「遊園地のようなものとわかったら、これ以上いてもしようがないわ。宇宙船へ戻って出発しましょう」
と、ミキ隊員は言った。