二、姫の望み
相手にしてくれないので、近くをうろついても、どうにもならない。姫の家の手伝いの人に、取り次いでほしいと話しかけても、いい返事はない。
それでも、生活に余裕のある男たちは、夜も昼も、手がかりを求めて、そのあたりで何日もすごした。
「これは、だめらしいな。こんなことに時間をかけるのは、どういうものか」
帰ってゆく人も、少しずつふえていった。原文では彼らを「おろかなる人」と形容しているが、賢明な人と呼ぶべきかもしれない。しかし、想像力の点では不足ぎみか。
幻の美女に、会えもせず、話もせずに帰れるか。人生は、なんのためにある。いかなる方法を使っても、わがものとしてみせる。自分はいままで、どの女性にももててきた。ここだけ例外のはずはない。
熱意あふれるというべきか、うぬぼれの強い自信家というべきか、最後に五人が残った。あきらめることなく、夜昼かまわず、通いつめる。
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|石作《いしづくり》の|皇《み》|子《こ》。
|庫《くら》|持《もち》の|皇《み》|子《こ》。
右大臣の|阿《あ》|部《べ》の|御《み》|主《う》|人《し》。
|大《だい》|納《な》|言《ごん》の|大《おお》|伴《とも》の|御《み》|行《ゆき》。
|中納言《ちゅうなごん》の|石上《いそのかみ》の|麻《ま》|呂《ろ》|足《たり》。
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皇子とは、|帝《みかど》の親類のこと。あとの官職名の説明は省く。要は、身分のいい人たちばかり。生活を心配することなく、恋に熱中出来る立場というわけだ。
だれも、美女がいるとの話を耳にしただけで、かけつけて、くどきたくなる。さほどでもない場合であっても。そういう人も、いるんだね。
最後の五人。この分野の実力者たち。ここであきらめては、過去の名声に傷がつく。なにしろ、いま最高の女性、かぐや姫だ。なにしろ、まず実物を見なくては。
食欲はなくても、感情は高まる一方。姫の家へ日参し、たたずんだり、歩いたり。なんの進展もない。手紙を出しても、返事はない。恋しさを和歌にあらわし、送ってみても手ごたえがない。
むだと思っても、出かけてしまう。冬の水が凍り、雪の降る季節。夏は熱い日光が、照りつけ、雷も鳴る。京都のあたりの冬と夏は一段とひどいのだ。
この五人、抜けがけは無理と知った。最後は実力としても、とりあえずは共同戦線。竹取りじいさんを呼びだして申し出た。
「娘さんを、ぜひ、わたくしに」
一同、頭を下げ、手を合わせてたのんでみた。じいさん、首を振る。
「わたしたち夫婦の、実の子ではありませんので、あれこれ、さしずめいたことも言いにくいのです。おわかり下さい」
こんな返事では、どうしようもない。変化のないまま、月日がすぎてゆく。
日参する一方、神仏に祈って加護を求める人もいる。逆に、いっそ姫へのあこがれを忘れさせてほしいとの祈願をする人もいたが、心はおさまらない。
「どういうことなのだ。いつまでも、ひとりのままにしておくのか。なぜ成人の会をやり、大ぜいの人を呼んだのだ。それは、絶対にだめではないからだろう」
つぶやき、それをはげましとし、かよいつめる。熱意をみとめてもらうには、これをつづけるしかない。
こうなると、ただごとではない。竹取りじいさん、考えたあげく、かぐや姫に話しかけた。
「おまえは、わが|家《や》の宝、いや大切な仏さまだよ……」
姫がこの家に来てから、豊かになり、心までなごやかになったのだ。口調にだって、それがあらわれる。
「……神か仏が姿を変えて、この世においでになったのでしょう。わたしは父親ではありませんが、なにかのご縁で、ここにお連れし、お育てし、いまに至りました。病気にかかってはと、心配したりもしました。このあたりもお察しいただいて、わたしの申し上げることを、いちおうは聞いてはいただけませんか」
かぐや姫は、軽くうなずく。
「どうぞ、なんでもおっしゃって下さい。親子のあいだではありませんか。ずっと、そのような気持ちでおりました。自分のことを、神や仏のなにかなど、考えたこともありません」
じいさん、少しほっとして言う。
「それは、ありがたい。わたしも五十歳をかなり過ぎました。長いあいだ働いて、疲れもたまっております。この先、どれぐらい生きられるかわからない。あとのことが、心配なのです」
「なんのことなの……」
「ある年ごろになると、男は女のかたと結婚し、女は男のかたと結婚する。これが、世のならわしです。それによって、子も出来、一族が栄えることになります。わたしは生きているうちに、そのお世話をすませたい。どうでしょう、男のかたをお選びになりませんか」
すると、かぐや姫は表情も変えずに言った。
「そうしなければならないって、なぜですの。わかりませんわ」
あまりのことに、竹取りじいさん、口ごもった。理由など、考えたこともない。しかし、だまったままでもいられない。
「やはり、なにかの生れかわりかもしれませんな。奇妙なことを、お聞きになる。しかし、それはどうであろうと、あなたは人間の女性の姿だ。それらしく、ふるまわなければいけません」
「そういうものですか」
「はい。わたしの生きているうちは、いまのままでもいいでしょう。身のまわりのお手つだいを、してあげられます。しかし、女ひとりでの生活となると、不可能です。その相手がいないわけではない。長い年月、何人もの男が、姫をめざし、ここへ通いつづけています。それは、ご存知でしょう。熱意があります。そのなかの、おひとりの愛をお受けになったらいかがでしょう」
姫も答えなければならない。
「わたし自身、それほどの美人と思っておりません。ですから、軽々しくきめたくないのです。その人の本心がよくわからず、いっしょになる。あとになって、ほかの女性を好きになったりされたら、後悔することになります。世の中での地位が高い人だからといって、心の奥まではわからない。そこで、ためらってしまうのです」
じいさん、それも一理あると感心した。
「それは、ごもっともです。わたしも、そう思います。しかし、女の立場で考えたことがないので、わたしには見わけようがない。どんなかたをお好みですか。あの五人の男、どなたも愛情の深い性格と思いますが。なにか、いい案がありましょうか」
「心の底は、外見だけではわかりません。熱心さでは、どのかたも同じようです。どなたとも申せません」
「では……」
「五人のかたに、それぞれ、見たいものを告げましょう。それをやって下さったかたを、最も好意のあるかたとして、おつかえいたすことにしましょう。みなさんに、そうお伝え下さい」
「それで満足なさるのでしたら、けっこうでしょう」
これで、いくらかの進展がみられるだろう。
そとでは、いつものように五人の男が集まっていた。それぞれ、なにかやっている。笛を吹く者。作った和歌を読みあげる者。曲をつけて歌う者。口笛を吹く者。扇子でなにかをたたき、拍子をとる者。
てんでんばらばら、しかも本気。このおかしな眺めも、やっと終りになるわけかと、竹取りじいさん、門から出ていって、みなを集めて話した。
「みなさん、ご立派なかたがた。このようなつまらぬ家のそばに、長い年月、おいでいただいて恐縮でございます。まずは、ありがたいことと、お礼を申します」
「ご返事があるとは、珍しいことですね」
「姫に申し上げたのだ。あなたがたのことでね。わたしの寿命も、いつまでもつか保証できない。いまなら、熱意のある五人のかたがおいでになる。どなたかを選んで、おつかえなさるのがいいでしょうと」
「よく、申し上げて下さった。で、それについて姫は」
「すぐ断わられるかと思っていたが、そこがわたしの持ちかけかただ。姫は答えてくれた。どなたさまもいいかたで、きめるのに迷ってしまいます。じつは、見たいと望んでいる品があるので、それぞれの方に申します。持ってきてくださったかたが、最も好意を持っているといたします、とのことだ」
「うむ」
「仕方ないし、公平と思える。力が不足だった人は、あきらめもつくだろう」
「それもそうだな」
五人もなっとくした。竹取りじいさんは、その品を聞いてくるからと、ひとり家に戻って、かぐや姫に言った。
「やってみるそうです。その品物をおっしゃって下さい」
「|石作《いしづくり》の|皇《み》|子《こ》には、み仏の石の|鉢《はち》という品を、持ってきていただきたいのです」
「はあ」
お|釈《しゃ》|迦《か》さまが悟りを開いた時、石で作られた鉢をお使いになっていたとされている。石作の名からの連想だろうか。|天《てん》|竺《じく》にあるという。インドのことだが、なぜか竹カンムリの字。
「|庫《くら》|持《もち》の|皇《み》|子《こ》には、東の海に|蓬《ほう》|莱《らい》という山があります。そこに生えている木で、根は|銀《しろがね》、幹や枝は黄金、実は白い|玉《たま》。それの枝をひとつ持ってきていただきたい」
「はあ」
蓬莱山には仙人が住み、夢のようなところ。このような木を、だれも貴重だとは思わない。
「阿部とかいう右大臣には、|唐《から》の国にある火ねずみの皮でできた|衣《ころも》をお願いします」
「はあ」
唐とは、中国。火ねずみの皮は、燃えることがなく、火によって、よごれが消え、さらに美しくなる。
「|大《だい》|納《な》|言《ごん》の大伴さんには、|龍《りゅう》の首についている五色に光る玉をお願いします」
「はあ」
中国の古い書物の『|荘《そう》|子《じ》』にのっているという。
「中納言の|石上《いそのかみ》さんには、つばめの持っている|子《こ》|安《やす》|貝《がい》。それをひとつ、おたのみします」
「はあ」
子安貝は安産の力を持つ。つばめはいい季節になると出現し、飛ぶのも速い。どこか神秘さがある。
「わかりました」
「それにしても、むずかしい問題ですね。この国のなかに、あるかどうかだ。あの人たちに話して、本気にしてくれるでしょうか」
竹取りじいさんは困ったが、かぐや姫は言った。
「やってみることです。むずかしいとは思わないわ」
と平然としている。常識が通用しないみたいだ。しかし、竹のなかから出てきた姫だ。あの五人のなかにも、常識以上の人がいるかもしれない。
「とにかく、いちおう話してみます」
じいさんは門を出て、姫の望みの品々を告げて、最後にこう言った。
「そういうわけです。ご成功なさるといいんですが」
おえらがたの男性五人、ため息をついた。
「夢にも考えなかった品々だ。いっそのこと、もう近づくなと、はっきり言ってくれればいいのに」
うんざりした足どりで、だれも帰っていった。
また、ひと息つく。
ゆっくりと読み、現代風の文に訳してゆくと、この物語が長く読まれ、現代に伝わってきた理由もわかる気がする。
かくも昔に、なぜ結婚しなければならないかと、答えようもない質問をした。かなりの驚きだったろう。常識を越えた思考は、物語に必要だし、聞いた人に忘れられない印象を残す。
大ぜいの男性。最後には五人の上流階級の男が残るが、女性にとっては、夢のような話。女性にも面白い話なのだ。
恋に恋するという言葉があるが、この五人は、それにひたっていた。気持ちよく、酔っていた。実在はすれど、まだ会えない幻の美女。想像はふくらむ一方。日参するぐらい、苦しくはない。その苦しさが、また想像をひろげるのだ。第三者には、奇異な行為と思われても。
だから、条件が示されると、ことは具体的になる。無限の想像が、有限となる。五人の思考も一変し、物語の進展も一転する。
なお。結婚と訳し、原文でも婚の字が使われているが、この五人、それぞれ正妻、さらには側室がいるはずだ。生活と、さらには、いくらかの楽しみを保証してくれる男性が、女性の望みだった時代だったのだ。
また、さすが平安時代。実力行使に訴えないのがいい。やったら、みもふたもない。そこも物語の魅力のひとつである。
では、話のつづきを。