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竹取物語(口語訳)06
日期:2018-01-06 17:31  点击:337
六、|龍《りゅう》の首の玉
 
 
 |大《だい》|納《な》|言《ごん》の|大《おお》|伴《とも》の|御《み》|行《ゆき》は、望まれた品を、どうやって手に入れるかを考えた。そして、まさに単純な方法をとった。
 自分の家にいる部下の男たちを、みな集めて言った。
「龍の首のあたりに、光る玉がついているそうだ。虹のように、五色に輝きを変える。それを取ってきた者には、願いどおり、どんなお礼もする。やってもらいたい」
 しかし、男たちは、おたがいに話し合う。
「おつかえする主君のご命令ですし、やるべきなのでしょうがね」
「そうなのです。これは、なかなかむずかしい仕事ですよ」
「龍とは、どこに住んでいて、どうやれば首の玉を取れるのだろうか」
「いつものご命令とは、ようすがちがいますからね」
 勢いのない者ばかりで、大納言は言葉を強めた。
「おまえたちは、わたしの部下。それで生活しているのだし、そこを考えろ。命がけでも、やりとげる気になってくれ。龍とは、唐の国や|天《てん》|竺《じく》だけにいるわけではない。日本でも、海や山の水中から、天にのぼり、また、水に戻ったりしているらしい。見たという話もある。やれないことはないだろう」
 こうなると、ことわれない。
「いかに強くお望みか、よくわかりました。大変な作業のようですが、ご命令です。玉を求めて出発いたします」
 それを聞いて、大納言は満足。
「さすがだ。そうでなくてはならぬ。わが大伴の家は、昔から武力にすぐれていることで、知られている。いかに勇ましく任務をはたすか、世に示してくれ」
「はい」
 部下たちの出発を、はげまし、大納言は必要な品を手渡す。旅行中の食品をいろいろ。さらに|綿《わた》、|銭《ぜに》、|絹《きぬ》など。絹は売れば銭になる。家にあるものを、みんな出してしまった。
「それまで、わたしが遊んでいるのではないぞ。身を清め、酒も飲まず、神仏に祈っている。だから、ぜひ取って来い。それまで、ここに帰ってくるな」
 勇ましく出かけたはいいが、男たち、またも、ぶつくさ。
「玉を取れなかったら、帰るなとはね。やりにくいなあ」
「あっちを攻めろ、こっちを守れというのなら、力の見せようもあるけど」
「主君は親と同じといっても、わけのわからない命令ではね。いつもは、いいかたなのに」
「どちらへ行ったらいいのか。自分の足にまかせるか」
 もらった品物を、不平のないよう分配し、勝手な行動をとりはじめた。わが家に帰って、寝そべってしまう者。こういう時に好きな旅をと、歩きはじめる者。
 部下の男たちが、いなくなった。大納言は、つぎの準備についての計画を立てた。
「玉が手に入ったとなると、かぐや姫がここに住むことになる。この程度の家では、ふさわしくないな」
 工事を急がせ、立派な家を建てた。うるしをぬった壁を作り、その上に金や銀で絵やもようを描いた。
 屋根の上には、色とりどりの造花を飾る。室内の飾りも、たとえようもない美しさ。高価な布に絵を描き、はりめぐらせる。
 奥方や側室たちに、出ていってもらう。|大《だい》|納《な》|言《ごん》は、そこでひとり暮して、玉を待つ。
 派手で、目立つ家。なかにひとり。おかしな眺めといえるだろう。
 しかし、出発していった部下からは、なんの連絡もない。夜も門をたたく音を聞きもらさないよう、注意していた。しかし、翌年になっても、うわさも伝わってこない。
 待ちかねて、いらいらしている。大納言は、あとに残っていたとしよりの部下の二人を連れて、そまつな衣服で|難《なに》|波《わ》の港へ出かけていった。舟をこぐ人をみつけ聞いてみる。
「大伴の大納言の部下と称する人たちが、船を出させ、龍を殺し、その首の玉を取ったという話を、耳にしたことはないか」
 |舟《ふな》|人《びと》は、大笑い。
「なにかの冗談ですか」
「いや、本気だ」
「海を知らないかたですな。そんなことで船を出す者など、あるわけがない」
「それでも、おまえは船乗りか。いくじなしめ。わたしが、武門のほまれの高い、その大伴だぞ」
「はあ」
「とくに弓の腕前にすぐれている。|龍《りゅう》をみつけさえすれば、矢を命中させ、殺し、首から玉をもぎとってみせる。まだ部下のひとりも、船で出ていないとは。ぐずぐずしている者は、ほっておくぞ」
 その場で船を買い上げ、その船乗りをやとって、出航させた。しかし、どの方角がいいのかは、わからない。
 あちらへ寄り、こちらへ進んで、そのうち|筑《つく》|紫《し》の沖らしい海へやってきた。都から、はるかに遠い。
 その時、なにか意味ありげに、強い風が吹きはじめた。黒い雲がひろがり、暗くなる。日の位置がわからなければ、東西も南北も見当がつかない。
 暴風で高まった波に、船は巻き込まれ、いつ海中に沈むかわからない。雷の音がひびき、イナズマが光る。
 さすがの大納言も、どうしたものか迷って、大声をあげた。
「こんなひどい目に、まだ会ったことがない。陸地での戦いなら、自信もあるが、海でとなると見当もつかない。これから、どうなるのだろう」
 船乗りは答えた。
「わたしだって、長いあいだ、船での体験をしてきましたが、こんなひどいのは、はじめてです。ただごとではない」
「どうなのか」
「このままでは、船が沈む。そうでなかったら、ここに雷が当って、ばらばらになる。運よく神の助けで船が沈まないですんだとしても、はるか南の海に流されてしまうでしょう。気がすすまないのに、あなたにやとわれて船を出した。なさけない結果をたどることになって、ばかばかしい」
 船乗りは泣き出した。
「元気を出せ。海の上での、おまえの能力をみこんで、信用し、ここまで来たのだ。そんな|弱《よわ》|音《ね》をはくなよ」
 大納言は、船酔いで胃のなかのものを海に吐きながら、呼びかけた。船乗りは青ざめて答える。
「神さまじゃないのですから、わたしに出来ることは限られています。強い風で波が荒れるぐらいなら、それへの手段ぐらいは知っています。しかし、雷雲からイナズマとなると、これは普通ではない」
「申してみよ」
「どうやら、龍を殺そうなどとの目的で船を出したから、こうなったのでしょう。この、妙に強い風は、龍が吹きかけているのでしょう。お心を変えて、神に祈って下さい。早く早く」
「よし、わかった……」
 大納言は、天にむかって言った。
「……海と船をつかさどる神さま。お聞きとり下さい。おろかなわたくしは、善悪をわきまえず、龍を殺そうと思って、船を出してしまいました。申しわけございません。これからは、決していたしません。さわろうとさえ、考えません。お助け下さい」
 祈願の言葉を大声でくりかえし、立ち上っては天に叫び、身を伏せて海に叫ぶ。ここで誠意を示さなくてはならない。
 それを千回ほどくりかえすと、神のお耳にとどいたのか、とどろく雷の音も遠ざかっていった。しかし、イナズマは時たま光り、風の強さはそのまま。
 船乗りは、落ち着きをとりもどした。
「危機は越えたようですよ。やはり、龍の起した異変でした。お許しが出たのでしょう。少し明るくなってきた。この風は強いけれど、よい方向へと吹いている。その区別ぐらいは、わたしにもつけられます。ご安心を。なんとか帰りつけるでしょう」
 そう呼びかけられても、大納言は龍のたたりの恐ろしさが消えず、耳に入らない。
 その風は、三日か四日も吹きつづけて、船は出航地あたりへと戻され、海岸へたどりついた。船乗りは、どうやら|播《はり》|磨《ま》(兵庫県)の|明石《あかし》の浜らしいと思った。
 大納言は頭をかかえてうずくまり、あえぎながら声を出した。
「南の海の、どこともわからぬ島にたどりついたようだな」
 船乗りは、明石にある役所にとどけ出た。船に乗せた人物、身なりは地味だったが、地位のある者のようなことを言っていた。ほっておかないほうがいいだろうと。
 役所の人たちが、船を調べに来た。大納言は、船の底にかがみこみ、目はつむったまま。そとを見るのが、こわいのだ。
 みなでかつぎあげて、海ぞいの松林のそばにむしろを敷き、その上におろした。役人たちは、あいさつをした。
「やはり、大伴の大納言さまでしたか。浜に着きましたよ。もう大丈夫です。ご気分はいかがですか」
 名を呼ばれ、言葉もわかるので、南の島でないらしいと知った。身を起し、あたりを眺める。
「ぶじに帰れたわけか」
 船がゆれて体調にわるかったのか、腹がふくれあがっている。大納言は病気の症状が大げさに出る人なので、今回はオタフクカゼにかかったのか、左右の目のあたりが、大きくはれあがっている。
 スモモを二つ、くっつけたようだ。おかしな顔つきなので、役人たちは、失礼とは思いつつも、くすくす笑い出してしまった。
 ひと休みしたあと、大納言は|輿《こし》を作らせた。人を乗せて、かついで運ぶもの。このへんでは、貴人の乗り物は用意してなかったのだ。その上でうめきながら、なんとか京の家へと帰りついた。
 その話をききつけて、命令を受けて出発し、好きなことをしていた部下たちが、つぎつぎとお|屋《や》|敷《しき》へ帰ってきた。
「お元気で、お祝い申し上げます。わたくしたち、龍の玉を取れなかったので、戻るに戻れませんでした。しかし、それをご自身でやってごらんになり、いかに大変で困難なことか、おわかりになったのではありませんか。手ぶらで帰っても、もう、おとがめはないでしょうと、参上したわけでございます。やはり、こちらにおつかえしたい」
 横たわって休んでいた大納言は、起きあがって男たちに言った。
「おまえたち、それでよかったのだ。龍にたちむかったりしてみろ。あれは雷さまの仲間か、それ以上の力を持っているかの、どちらかだ。みな、死んでいただろう。わたしは、よくない命令を出してしまった」
「おそれ入ります」
「おまえたちが、龍をつかまえたとしよう。それは、逆に、つかまったことだ。だれが命じたか、答えさせられ、そのあげく、わたしまで殺されることになったろう」
「おかげで、だれも助かりました」
 しかし、大納言は不快そうに言う。
「帰って休みながら、こわかった旅を思い出してみた。そもそも、こんな目に会い、死にかけたのも、もとはといえば、かぐや姫のせいだ。たちの悪いこと、泥棒以上だ。わたしを殺そうとして、こんな話を持ちかけたのだ」
「そうかもしれませんね」
「きっと、そうだ。ひとの死など、なんとも思わない女だ。あの家のほうには、わたしは二度と近づかない。おまえたちも、気をつけたほうがいいぞ」
 なにか、すっきりした気分。とにかく、命は助かったのだ。|大《だい》|納《な》|言《ごん》は、戻ってきた男たちに、|龍《りゅう》の玉を取ってこなかったことをほめ、いい部下だと、家に残っていた品物をわけて与えた。
 おかしな理屈で、その話を聞いて、別居中の奥方は、大笑い。笑いすぎて死ぬかもしれないと、そばの者が心配するほど。
 新築した派手な家。その屋根に飾った造花は、トビ、カラスなどが、巣を作る材料にと、くわえていってなくなっていた。
「大伴の大納言は、龍の玉を取っておいでになったのか」
「いや、だめだった。しかし、両目のまわりに一つずつ、大きな玉をつけてお帰りになった。スモモのようだが、かじってみるか」
「食べがたし」
 それから、思うようにならないことを〈食べがたし〉つまり“|堪《た》へがたい”と言うようになった。「たえがたい」である。
 |妙《たえ》なる玉をと、海の旅。たえまもなしに台風が。食べるどころか、息もたえだえ。たち悪の女にたぶらかされた。まあ、こんなとこか。
 
 
 ここでひと息。
 今回も、うまくいきませんな。この物語、はじめて聞いたとして、五人のうち三人までだめとなると、四人目も同様と、ほぼ見当がついてしまう。
 作者としては、趣向をこらさなければならない。そこで、主人公を現実に海へ出した。|蓬《ほう》|莱《らい》へ向かった人のは作り話だったが。
 育ちがいいので、世間しらず。その面白さは、当時の人にとっては、たまらなかったろう。『ドン・キホーテ』の書かれる、はるか以前の作なのだ。
 身分の高い人の苦難の旅となると、ひとつのテーマであり、長編で書かれることが多い。その元祖はここにあって、短く、お笑い仕立てなのだからなあ。
 しかし、主人公にとっては、深刻な結末なのだ。さんざんにいじめられた。それは、かわいさあまって憎さ百倍との、感想となる。最近は使われないようだが、日本語はうまい表現をする。
 太宰治『お|伽《とぎ》|草《ぞう》|紙《し》』のなかの「カチカチ山」という作品を思い出した。もとのお話はご存知だろうが、太宰はウサギを美少女の残酷さのあらわれと見て、タヌキは中年のぶさいくな男とした。
 まんまとウサギにだまされ、背中に火をつけられるわ、ひりひりする薬をぬりつけられるわ、泥の舟で沈めさせられるわ、さんざんな目に会わされる。美しいが、やさしさがない。ギリシャ神話の三日月の女神まで持ち出すが、私の調べでは少し誤解があるようなので、その名は出さない。
 さらに、好色のいましめか、美少女に手を出すなか、くどく言いよるなかと、教訓をさぐっている。第三者には、こっけいな話さと。また、善悪よりも、感覚優先の世の中とも書いている。太宰の結論を、原文の引用でここにのせる。
 
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 |曰《いわ》く、|惚《ほ》れたが悪いか。
 古来、世界中の文芸の哀話の主題は、一にここにかかっていると言っても過言ではあるまい。女性にはすべて、この無慈悲な|兎《うさぎ》が一匹住んでいるし、男性には、あの善良な|狸《たぬき》がいつも|溺《おぼ》れかかってあがいている。作者の、それこそ三十何年来の、|頗《すこぶ》る不振の経歴に徴してみても、それは明々白々であった。おそらくは、また、君に|於《お》いても。後略。
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 後略で終るなんて珍しいが、太宰の「カチカチ山」についての新説である。「竹取」は、それより昔のお話。文芸の原点なら、こっちですよ。
「かぐや姫は悪女だ」
 大納言の発言は、新鮮だ。そういえばと、はじめて気づくわけだ。もともと、悪女とは不美人の女のこと。「悪女の深情け」は、不美人ほど、つきまとうの意味。私は知った上で書いているのだ。
 美人だが悪質という意味になったのは、ごく新しい。しかし、たちまち定着した。つまり、大衆の好みなのだ。その原形が、かぐや姫とはね。
 しかし、それも、もとはといえば男の勝手な思い込み。読者や聞き手にとっては、だからこそ面白いのだ。
 いよいよ、ラストバッター。

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