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竹取物語(口語訳)09
日期:2018-01-06 17:34  点击:557
九、|天《あま》の|羽衣《はごろも》
 
 
 そんなことで、手紙で歌のやりとりをし、表むき会えないが、内心の親しさをかわしあった。三年ほどたったろうか。
 その年の春のはじめのころから、姫は晴れて月の美しい夜に、普通の時にくらべ、考え込むようすだった。心も深く沈んでゆくようだ。
 そばで世話をしている人が、やめさせようとした。
「月を見るのは、およしになって下さい。あれは夜の暗さのなかにあって、細くなったりもする。からだや心に悪いとされていることです」
 しかし、ひまがあり、人がそぱにいないと、月を見て悲しそうに泣いている。
 七月十五日の夜の月。なお、これは旧暦であり、十五夜は満月。この次の満月が、中秋の名月で、とくに明るいとされている。
 それを眺めるかぐや姫は、悲しがって泣くのが、かなりはげしくなった。そばの人が、竹取りじいさんに、そのことを報告した。
「姫は以前から、月を気になさるようすでしたが、最近は普通ではありません。心配です。なにか、よほど思いつめて悩んでおいでのようです。よくない変化があるといけませんので、ご注意なさって下さい」
 じいさんも思い当ることがあるので、かぐや姫に聞いた。
「月を見て、そんなに深く悲しがるのは、どういう気分からですか。生活が苦しいわけでもないし、男の人たちには思いを寄せられている。楽しがっていいのではありませんか」
 姫はそれに答えた。
「べつに、悲しがってはおりません。うまく話せませんが、月を見ていると、なんとなく、この世で生きていることに、むなしいような、さびしいような感じがするのです。やめようとしても、押さえられません」
 かまわないで欲しいらしい。それから何日かして、じいさんが姫のようすを見ると、やはり元気がない。もの思いにふけり、前よりよくなったようすもない。
「なあ、わたしの宝である姫よ。いったい、なにを考えて、さびしがっているのです。心配ごとなら、打ちあけて下さい。できるだけのことはしますよ。それには、話してもらわなければ」
「どうしてなのか、わたしにもわからない。どうしたらいいのか、落ち着かないのです。もう少し、待って下さい」
「いっそのこと、月を見なければいいのではないかな。おやめなさい、それで悲しくなるのなら」
 じいさんの考えは、それぐらいしかなかった。姫は答える。
「そうもいきません。夜になると、月は空に出ます。つい、見てしまいます。目がそちらをむいてしまうのです」
 それは、だれにもやめさせられない。月の出のおそい時期には、しばらくおさまっていたが、それも限りがある。旧暦の三日、三日月を見ることができるようになり、月が少しずつふくらみはじめると、悲しさをこらえきれず、ため息をつき、泣いたりする。
 そばの人たちは、話しあう。
「なにかなかったら、あんなに涙を押さえたりはなさらぬはずだ。しかし、だまったままでは、どうしようもない」
 じいさん夫婦に告げても、それへの案はなにもなく、おろおろするばかり。
 
 八月の十五夜にあと何日と迫った晩。かぐや姫は、|半《はん》|月《げつ》をすぎてさらにふくらみかけた月を見て、これまでになく激しく泣いた。
 これまでは、悲しみをこらえてという感じだったが、いまはあたりかまわず泣いている。竹取の夫婦や、そば仕えの人びとも、驚いて聞いた。
「どうしました。わけを話して下さい」
 かぐや姫は、泣きながら言った。
「ずっと以前から、いつ本当のことを申しましょうか、何回も考えました。けれど、それを知ると、おじいさん、おばあさんが、どんなに悩み、悲しむかと思って、口をつぐんでしまいました。それで、ここまできてしまいました。もう、だまりつづけではいられません。いま、なにもかもお話しいたします」
「どういうことか」
「じつは、わたくしは、この世の者ではないのです。しかし、妖怪でも、なにかが化けているのでもありません。ここでない場所、月から来た者なのです」
「あの、空の月か」
「はい。そのかなたから、月を|経《へ》て送られてきました。なにかわけがあって、この国へと来ることになってしまいました。くわしいことは、おぼえていません」
「そうとはなあ」
「それが今や、もとの場所へと帰らなければならなくなりました。月の方角から、そのことが伝わってくるのです。この十五日の夜がその時です」
「なんと」
「その夜に、むこうの国から、迎えの人たちが来るのです。このことは、どうにも変えようがありません。このお話をしたら、さぞ、おなげきになるだろうと、ことしの春から思い悩んでいたのです」
 姫は泣き、涙にむせんだ。あまりのことに、竹取りじいさんは、息をのんだ。やがて、考えをまとめるように言った。
「まさかといったお話だ。涙ながらのそのようすは、でまかせとは思えない。そもそもですよ、わたしは姫を、竹のなかから見つけた。その時には、草の種ほど、小さな小さな姿だった……」
 当時を思い出しながら、つづける。
「……ここでお育てし、いまは普通の人と同じような大きさになりました。わが子ときめて、悪いわけがない。それを連れ去りに来るなど、だれに許されます。そんなことが、この世にあっていいことでしょうか……」
 不満や怒りがこみあげてくる。
「……そうか、この世のことではないのだったな。ああ、姫がいなくなるのなら、死ぬのは、わたしのほうだ。生きている気力もなくなってしまう」
 じいさんも、泣きながら叫んだ。心の乱れを、押さえきれないらしかった。それにむかって、かぐや姫は言う。
「月のかなたの都には、わたくしの父と母がいるはずです。この国には、ほんのしばらくということで、送られてきたようです。それが、こんな長い年月、お世話になってしまいました。むこうとこちらでは、時の流れがちがうのでしょうか、時の感じ方がちがうのでしょうか……」
 姫は、ひと息ついてつづけた。
「……じつの父や母のことは、なにもおぼえていません。長くここにいたので、ここの国の人という気持ちになってしまいました。自分の国へ帰れるとなっても、うれしいなど少しも思いません。悲しさだけしかありません。それでも、帰らなければならないようです。わたくしのからだの、なかかそとか知りませんが、見えない力でそうさせられてしまうようです」
 と姫も、じいさんたちとともに、声を高めて泣く。そばで身の回りのことを手伝っている人びとも、同じようになげき悲しんだ。ずっと親しく、身ぢかにいたのだ。姫の性格は美しく上品だった。あらためて、そのことを感じさせられた。
 それが急に、別れなければならなくなったとは。見なれていたとはいえ、なにごとにもかえられない存在だった。そうなると、食事ものどを通らなくなるだろう。またも、涙がこみあげてくる。
 竹取の家の人たちが困っているらしいとの話を、ミカドはお聞きになった。使いの者がやってきたが、出迎えたじいさんは、泣きつづけるだけ。
 使いの者には、じいさんが心配のあまり、ひどくふけたように見えた。ひげの白さもふえ、しわも深く多くなり、腰もまがり、涙で目がただれている。驚きと悲しみは、人を弱まらせる。
 役目として、じいさんに聞いた。
「なにか、ひどく思い悩み、悲しんでいるというが、どうなのか。ミカドはたしかめてくるようにと、おっしゃった」
 そこで、じいさんは泣きながら、いきさつを申し上げた。
「ミカドもお気にかけて下さるとは、ありがたいことです。姫の話によると、この十五日の夜、月のかなたの都から、連れ帰る人たちが来るのです。もし、お力を貸していただけるのでしたら、多くの武士を、よこしていただきたいものです。迎えにやって来た人たちを、つかまえて下さい。お願いです」
「そうミカドに報告しましょう」
 使いの者は宮中へ帰って話した。じいさんは疲れはて、急に年をとったような外見になっている。空から十五夜に来る人たちを、防いでいただきたいとのこと。
 ミカドは、うなずいて言った。
「わたしは、一目かぐや姫を見ただけで、忘れられない思いにとらわれてしまった。じいさんはじめ竹取の家の人たちとなると、朝から夕方まで、長いあいだ姫と暮していた。それがいなくなるのだから、いかに悲しがるか、わかるよ。できるだけのことはしよう」
 
 その、十五日となった。
 すでに、ほうぼうの役所にミカドの命令が伝えられていた。武士たちも人数がそろえられ、やるべきこともしらされていた。
 さしずする|係《かかり》として、中将の|高《たか》|野《の》の|大《おお》|国《くに》が当てられた。もともとは宮中を護るのが役目の武士たち、二千人。それらが、竹取の家へと、さしむけられた。
 竹取の家の各所で、守りにつく。まわりの土を盛ったかこいの上、そとや内側などに千人。家や倉や小屋の屋根の上、庭、木のかげなどに千人。
 すきまもなしに人がいるのだ。そのほかに、家にやとわれている人たちもいる。弓矢は、その人それぞれに行き渡っている。家のなかでは、女性たちも、姫のために働こうと身がまえている。
 で、かぐや姫。厚い壁の倉のなかで、おばあさんが姫を抱いている。じいさんは、きびしく戸締りをした。
「これだけ、守りをかためているのだ。天からやって来る人に負けるわけがない……」
 窓からそとをのぞき、屋根の上にいる人に声をかける。
「……なにかが空のほうで動いたら、どんな小さなものでも、矢でしとめて下さい」
 その人は答えた。
「やりますとも。われわれは、そのために来たのです。夕方に飛ぶ一匹のコウモリでも、うちおとします。それを、さらしものにしますか」
 じいさんは、たのもしく思って喜んだが、かぐや姫は言う。
「わたしのために、このようにたてこもり、戦いのための用意をととのえても、あちらから来る人にはかなわないでしょう。忘れていたことが、少しずつ心によみがえってきます」
「しかし、これだけの守りだ」
「弓矢も、なんの役にも立たないでしょう。いかにとじこもっても、むこうは、たやすく|開《あ》けてしまいます。いまは激しく戦おうと思っていても、いざとなると、その勢いは消えてしまうと思いますよ」
 じいさんは、せっかく姫のために人びとが来てくれたのにと、自分をはげますように言った。
「力のかぎり、やってみます。連れに来た人がここへ来たら、わたしが飛びかかる。目をこの|爪《つめ》で突いてやる。髪の毛をつかんで、引き倒してやる。着物を引きさき、|尻《しり》を出して、ひっぱたく。みなにそれを見せて、恥をかかせてやる」
 かぐや姫は、じいさんの気を静めようと、ゆっくりと話しはじめた。
「そんな大声を、お出しにならないで下さい。屋根の上の人たちにも聞かれてしまいます。お気持ちはわかるのですが、あまり取り乱しては、みっともないでしょう。お別れの時なのですから……」
 姫は思い出をふりかえる。
「……わたくしとしても、これまでのご恩のありがたさに、ゆっくりお礼も申し上げるひまもない。このまま行かなくてはならないのは、心残りでなりません。長くいてもいいきまりだったら、どんなにうれしいことでしょう。それが、そうでないのですから、残念でなりません……」
 ため息をつき、つづける。
「……育てていただいたのに、なにもむくいてさしあげることができない。むこうの国へ行くのも、そのことを気にし、苦しい気持ちでの旅になりましょう。春ごろから、月の出る夜はそれにむかい、わたくしの願いを伝えようとしました。帰るのを一年、せめて半年でも、あとにしていただきたいと……」
 おわびの言葉でもあった。
「……それは許されませんでした。そのため、なげいた姿をお見せしてしまいました。ここへきて、大変なご心配をかけ、たくさんのお手数もおかけしました。もう、胸のつまる思いです……」
 どうにもならない運命なのだ。
「……月のかなたの、あの都では、だれもが美しく、そこでは年をとるということがない。また、心を悩ますようなことも決して起らない。はっきりと思い出せるようになりました。それなのに、帰れるのがうれしくありません。ここの人たちに、親しみを持ってしまったからでしょう。それに、育ての親のお二人を、そのままにして帰るのです。余生のお世話もできないまま。心残りですし、こんな悲しいことはありません」
 またも、泣くのが激しくなった。じいさんは、なぐさめて言った。
「そう、なにもかも悪い方へと考えたりしないで、元気をお出し下さい。どんなに美しく強い人が来ても、大丈夫ですよ。武士たちがこんなに集まったのは、いままで見たこともない」
 防げないわけがないと思っている。
 
 そのうち、夕暮れが過ぎ、夜となる。満月がのぼった。中秋であり、空気も澄んでいる。
 時刻は、真夜中ごろになった。
 竹取の家のあたりが明るくなり、満月の光が十倍になったようだ。その明るさが、さらに増し、昼かと思えるほど。そばの人の髪の毛も一本ずつ、見わけられる。
 その光のなかを、高い空から、何人かの人が雲に乗って、おりてきた。そして、地面から人間の高さあたりの場所に、浮かんだまま並んだ。
 これを見ると、家にたてこもった人たちも、そとにいた人たちも、なにかの力で勢いを押さえられたようになった。戦おうという気持ちが、うすれる。
 このままではと、なんとか弓矢を手にしようとしても、にぎる力が出ない。いつも勇ましいのがとりえの者が、やっとのことで、矢をはなった。しかし、ちがった方向へ、少し飛んだだけ。
 そんなわけで、だれも、さっきまでの心はどこかへ消え、からだも考えも自分のものでないようになり、ぼんやりと顔を見あわせるだけ。
 その、地面から浮いて立ち並んだ人たち。身につけている衣服は、たとえようもなくすばらしい。そばに、空を飛べる乗り物も浮かんでいる。その屋根は、絹の|傘《かさ》のようだった。
 その人たちのなかの、とくに地位の高いらしい人が、家にむかって言う。
「ミヤツコという者、ここへ出てきなさい」
 本名を呼ばれ、竹取りのじいさんも、さっきまでの気持ちを失っている。なにかに酔ったような感じで、前へ出る。ひざまずき頭を下げた。
 天からのその人は、告げる。
「よく聞くのだ。おまえは、とくにすぐれた人でも、とくに世につくした人でもない。しかし、善良な人であり、小さなことで、多くの人びとを手助けした。そのため、姫をしばらくのあいだ、そちらに預けたのだ。それによって、竹のなかから黄金を手に出来、昔とくらべようのないほど、豊かになった。わかったな」
「はあ」
「そもそも、かぐや姫はだな、われわれの国で、してはいけないことをなさった。ここの言葉では、罪をおかしたとでも言うのかな。そのむくいとして、この、つまらない国へと送られたのだ。もともと、おまえたちとは、つきあえない立場なのに。姫も、それなりに苦しまれたはずだ。もうよかろうと、迎えに来た。めでたいことだ。悲しむべきことではない。おまえには、どうしようもないことだ。早く姫を出しなさい」
 思いもよらぬ話で、じいさんは答えて言った。
「かぐや姫は、ここでお育ていたしました。二十年ちかくになりましょう。しばらくのあいだとの話ですから、年月がちがうのではありませんか。おさがしのかぐや姫は、うちにいる姫ではなく、別なところにおいでのかたではございませんか……」
 じいさんは、無理らしいと知っても、できるだけのことは言った。
「……ここにいるかぐや姫は、いま重い病気でございます。出かけることなど、できないでしょう」
 相手は、そんなことには答えようともせず、家のほうへと、飛ぶ乗り物を近よせる。
「さあ、かぐや姫よ。帰れる時が来たのです。このようにけがれた地、おろかな人の多いところに、とどまっていなくてもよくなったのです。お出になって下さい。どうぞ」
 と大声。
 たちまちのうちに、|締《し》めてあった戸がひとりでに開く。各所の|格《こう》|子《し》|戸《ど》も、人がさわりもしないのに、みな開いた。
 かぐや姫は、おばあさんに抱きしめられていたが、外に出てきた。どうにも防ぎようがない。じいさんは、地面にすわったまま、姫を見つめて泣いている。
 かぐや姫は、どうしようもなく泣きつづけている、竹取りじいさんのそばへ寄って言う。
「わたくしだって、帰りたくて帰るのではありません。望むようにできないのです。せめて、高い空で姿が見えなくなるまで、見送って下さい」
 しかし、そんな気分にはなれない。
「そう言われても、見送るというのは別れです。悲しみがつのるだけ。わたしは年寄りだ。このあと、どう生きればいいのです。連れていってもらうわけには、いかないのか」
 じいさん、泣くのをやめない。姫も、気の毒と思うが、いい方法も思いつかない。
「それでは、手紙を書いて、それを残しておきましょう。わたくしを思い出したら、お読みになって下さい。声を聞くような気持ちに、なれるかもしれません」
 そして、泣きながら文を書いた。
 
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 わたくしも、この国に生れた普通の人でしたら、こんな別れはいたしません。父や母を嘆かせ、悲しませながら行ってしまうようなことは。
 ずっとおそばにいて、いつまでもお世話をしたいのです。それは、心残りでなりませんが、やむをえないのです。
 これまで着ていた着物をぬぎますので、思い出の品となさって下さい。また、月の出る夜は、それを眺めて下さい。わたくしも、そうして悩んだのです。
 わがままなお別れなので、気がとがめます。かなたの国へ帰るのではなく、空のなかへ落ちてゆくような気持ちでございます。
[#ここで字下げ終わり]
 
 それを、そばに置く。
 天からの人たちは、二つの箱をここに運んできていた。ひとつには|羽衣《はごろも》が入っている。もうひとつには、不死の霊薬が入っている。ひとりが姫に言った。
「さあ、|壺《つぼ》のなかの、貴い薬をお飲みになって下さい。この地は、けがれた好ましくない場所です。ご気分も悪くなっていましょう。この薬で身も心も清めて下さい」
 さし出す薬を、姫は少しなめて、ぬいで残してゆくつもりの着物のたもとに、残りを入れようとした。年をとったじいさん、ばあさんの役に立てばと。
 しかし、そばの天からの人は、それをさせなかった。羽衣を取り出して、姫に早く着せようとする。
「もうしばらく、待って下さい……」
 と押しとどめて言った。
「……それを身につければ、ここの人とわかりあう気持ちが、なくなってしまう。すべてを忘れてしまいます。その前に、もうひとりのかたに、手紙を残したいのです」
 書きはじめた姫に、天からの人が言う。
「そう、ゆっくりしてはいられません」
 ここは、いごこちがよくないのだろうか。
「そんな、いたわりのないことを言わないで下さい。ここの人の心を持つわたしとも、別れるのですから」
 静かだが、強い声。そして、ミカドへの手紙を書いた。落ち着いてて、急がされているのを気にしないで。
 
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 この家へ、多くの武士たちを、わたくしのためによこしていただきました。お気持ちは、ありがとうございます。しかし、迎えを防ぐことも、ことわることもできません。悲しい思いですし、心残りでもございます。
 このあいだ、宮仕えしないかとのお話がありましたが、おことわりいたしました。それも、このようになる運命でしたので、強い言葉を使ってしまいました。
 わがままとお思いになり、お|怒《いか》りになり、ふしぎがられたことでしょう。お会いして、おわびするひまの残されていないのが、気になっております。
 今はとて|天《あま》の|羽衣《はごろも》着るをりぞ
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 君をあはれと思ひ出でける
 
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 この和歌は、かけ言葉もなく、そのまま受け取るだけ。もう今となっては、羽衣を身につけなくてはなりません。すべてとお別れです。ここでの思い出も消えてしまうでしょう。いろいろのことがありましたが、あなたへの親しさは忘れたくございません。
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 その手紙に、壺に残っている薬をそえて、武士たちをひきいる者、高野の中将に差し出した。だれも身動きできないので、天からの人が、取りついだ。
 そこで、|羽衣《はごろも》が着せられた。
 すぐに、心が変った。竹取りのじいさんたちへの、気の毒だ、悲しいことだとの思いは、なくなった。この国への心残りも消えた。羽衣とは、そういう力をそなえている。
 姫が乗り物に移ると、それは上へと浮かび、そばの天からの人たちも、ともに空へとむかって、遠ざかっていった。
 
 あとに残された、竹取りのじいさん、ばあさん。泣きつづけ、涙に血がまざるのではと思われるほどだったが、もはやすべてが終ってしまったのだ。
 そばの人が、かぐや姫の残した手紙を読んできかせたが、なぐさめの役に立たない。
「姫は、いなくなってしまった。もっと生きていたいなど、少しも思わない。なんのために生きるのか。つまらない世の中だ」
 気力もおとろえ、すすめられても薬も飲まず、寝たままになり、起きてなにかをしようともしなかった。
 中将は、武士たちをひきつれて、宮中へ戻ってきた。ミカドに申し上げる。
「天から迎えがやってきました。かぐや姫を守ろうと、戦うつもりでしたが……」
 うまくいかなかったようすを、くわしく話した。別れぎわに渡された薬の壺と、手紙とをさし出した。
 ミカドはそれをお読みになり、そうであったか、いやで断わったのではなかったのかと、あらためて姫をなつかしがった。なにも食べたくなくなり、音楽や舞いで楽しむこともなさらなくなった。
 ある日、ミカドは地位の高い人たちを呼んで、聞いた。
「最も天に近いのは、どこの山か」
 ものごとにくわしい人が答えた。
「|駿《する》|河《が》の国(静岡県)にある山でしょう。|唐《から》や|天《てん》|竺《じく》は知りませんが、この都から行けるところとなると」
 そこで、ミカドは歌を作られた。
 
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 |逢《あ》ふことも涙にうかぶわが身には
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 死なぬ薬もなににかはせむ
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 もう、二度と会うことがない。そう思うと涙が流れ、その海に浮かぶような、さびしさだ。べつに長生きしようとも望まない。いただいた不死の薬も、使う気にならない。
 
 役目にふさわしいだろうと、|調《つき》の|岩《いわ》|笠《かさ》という者を呼んだ。月にも竹にも縁のある名前だ。
「この歌をかいた手紙と、壺とを持って、|駿《する》|河《が》の山へ登ってくれ。そして、火をたいて、手紙と壺とを燃やしてくれ。思いがとどくかもしれない。ききめがあったとしたら、この国がいつまでもつづく役に立つかもしれない」
 その命令で、武士たちを連れて、山の上へむかった。|士《さむらい》に|富《と》むで、富士の山と書くようになった。それは不死の山であり、不二の山でもある。
 煙は雲のなかへ立ち昇り、いまも|頂《いただき》に煙のような雲のかかることが多い。

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