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翌日、三原紀一は東京駅に行った。昨夜は熟睡したせいか、頭がすっきりして気分がよかった。疲労が一晩でなおるのも、やはり若さのせいだった。
彼は十三番ホームにたたずんで、八重洲口の方向を眺めていた。さも人を待っているというふうに、一時間以上も突ったっていた。
眺めているというのは当たらなかった。たえず視界が眼前の列車の障害(しようがい)にさまたげられて、遠くを見ることができなかったからである。十三番線は横須賀線で、長く連結した電車の発着が激しい。その向こうの十四番線は、これまた列車の出入りがしきりである。この二つが重なりあって、十三番ホームに立って十五番ホームを見通して眺めることはできなかった。電車が出て行っても、十四番線には汽車が停止している。始発だからこの停止は長いのだ。それがやっと動きだすころには、こちら側の横須賀線の電車がホームにすべりこんでくるというわけである。要するに、十三番線と十五番線との空間は、絶えずこういう電車、汽車に埋められて、見通しの視界は不可能であった。
三原は、博多駅のホームで、鳥飼刑事が吐いた一言で暗示めいたものをうけ、その直感から出発して、この実験(ヽヽ)を試みたのだ。
(なるほど)
と彼はうなった。一時間以上もこうして突っ立ってのぞいているが、ついぞ十五番線がのぞけなかった。
(すると、どうなるのだ。佐山とお時とが《あさかぜ》に乗りこんだのを見た目撃者は、たしかに横須賀線のこの十三番ホームからだった。《あさかぜ》は十五番から発車する。彼らが見た(ヽヽ)間だけ、見通しがきいたのであろうか?)
三原はしばらく考えていたが、ゆっくりとホームを歩いて階段をおり、構内の建物の方に向かった。
助役に会って身分を打ち明けたうえ、
「つかぬことをうかがうようですが、十八時三十分の《あさかぜ》が十五番線から出発する前に、十三番線ホームに立って、それを見ることができるでしょうか?」
ときいた。
頭に白髪のまじりかけた助役は、妙な顔をして三原を見た。
「十三番線から十五番線の《あさかぜ》が見える、というと、ああ、間に列車がはいっていない時があるか、という意味ですね?」
「そうなんです」
「さあ、たいてい、どれか列車が邪魔して見えないと思いますが、念のために調べてみます。少しお待ちください」
助役はそう言って、運行表(ダイヤグラム)を机にひろげた。無数の線が錯綜している紙の上を、助役は指でたどっていたが、
「あっ、ありますよ。わずかな時間ですが、十三番線にも十四番線にも列車がなくて、十五番線にはいっている《あさかぜ》が見える時がありますね。なるほど、こんな時もあるんだなあ」
と、助役は、めずらしいものを発見したように言った。
「ありますか? じゃ、見通しは可能ですね」
三原は、どこか落胆を感じたが、つぎの助役の言葉でまた耳が緊張した。
「可能です。ですが、たった四分間ですよ」
「四分間?」
三原は目をむいた。心が急に騒いだ。
「それを、もう少しくわしく教えてください」
「つまりですね」
と助役は説明しだした。
「《あさかぜ》が十五番線のホームにはいってくるのは、十七時四十九分で、発車は十八時三十分です。四十一分間ホームに停車しているわけです。この間の、十三、十四番線の列車の出入りをみますと、十三番線の横須賀行一七〇三電車が十七時四十六分に到着し、十七時五十七分に発車します。それが出たあと、すぐに一八〇一電車が十八時〇一分に同じホームに到着し、十八時十二分に発車します。しかし、その電車が出ても、十四番線には静岡行普通の三四一列車が十八時〇五分にはいって、十八時三十五分まで停車していますから、となりの十五番線の《あさかぜ》の姿をかくして見えないわけです」
三原は手帳を出した。一度聞いただけでは、よくのみこめなかった。
助役は、その様子を見て、
「口でいっただけでは、よくわからないかもしれませんね。では、ちょっと、要点を書いてあげましょう」
と言って、その時刻を、表のように紙に書いてくれた。