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まじめ半分23
日期:2018-03-31 09:58  点击:261
 小説の題名
 
 
 小説の題名をつける仕事は、思いのほか苦労の多いものである。
 他人様《ひとさま》はどのように思案しているのか、くわしい事情はわからないけれど、伝記小説、歴史小説のたぐいは、比較的楽なような気がする。�宮本武蔵��佐々木小次郎��榎本武揚��マリー・アントワネット��項羽と劉邦《りゆうほう》�などなど、まことに単純明快であり、さほどご苦心があったとは思えない。
 同じ伝記小説でも城山三郎さんの�落日燃ゆ�、角田房子さんの�一死、大罪を謝す�あるいは塩野|七生《ななみ》さんの�チェザーレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷�などとなると、
 ——ああ、やっぱりストレートな題名じゃおもしろくないと思ったんだな——
 と想像し、それぞれの作者が思案している様子がわがことのように脳裏に浮かんで来る。
 小説を書く前に、まず題名がパッと浮かび、それを手がかりにしてイマジネーションを広げるという手法もあるらしい。つまり�初めに題名ありき�というわけだ。水上勉さんの名作、�飢餓海峡�は、そうした例の一つだと聞いたことがある。この場合は、当然のことながら、題名と内容とはほどよく一致しているだろうし、書き終わったあとであれこれ思い悩む必要もあるまい。
 しかし、私自身の場合は、こうしたケースは皆無に近い。まず作品を書きあげ、それから題名、この順序が一般である。
 小説を書き出して間もない頃には、脱稿したとたんに精力を使い果たしたような心境になってしまい、もう題名を熱心に考える気力がなかった。さほどの思慮もないままに適当な題名をつけることが多かった。
 親しい編集者から、
「とにかく題名は大切です。短篇一つ書きあげる労力を十とすれば、題名のために三くらい使っても惜しくない。それくらい題名のよしあしは決定的です」
 と教えられ、それからは題名にもずいぶんと気を遣うようになった。
 この編集者の言は正しい。
 自分が読者になって考えてみればすぐにわかることだ。やはりなにかしらおもしろそうな題名の作品をまず読む。読まれなければ、名作も駄作もありゃしない。どんな題名をつけるかは作者の技量の一つであり、名作であれば一層のこと�画龍点睛《がりようてんせい》を欠く�の愚をおかしてはなるまい。
 ごく一般的に言うならば、作品の内容を巧みに抽象化したり、概略化したり、比喩《ひゆ》化したりして、しかもそれ自体美しい、含みのある表現であるものが望ましいのだろうが、ミステリー小説の場合はそれほど単純ではない。
 つまり、作品の内容とあまりにも密接に結びついているものは、読者に結末を教えることにもなりかねない。これではミステリーの醍醐味《だいごみ》は大きくそこなわれてしまう。
 つい最近、式貴士《しきたかし》さんの�カンタン刑�という短篇を読んだのだが、私は�カンタン�と記されているのを見て�邯鄲之夢《かんたんのゆめ》�という故事を連想するのに、そう多くの時間がかからなかった。
 立身出世を願って都に登る男が旅の途中で昼寝をし、栄華の夢を見る。起きてみれば、かまどの枯草が燃え尽きるまでの、ほんのひとときのこと。富貴栄達のむなしさを伝える、あの有名な話である。�カンタン刑�の�カンタン�は、私の予想通りこれにちなんだものであり、小説の読者は故事にうとい若年層ばかりではないのだから�ネタ割れにならなければいいが�と思わないでもなかった。
 逆に�みごとだな�と思った例の一つとしては、リチャード・マディスンの名作 "Sorry, right number" がある。この題名は短篇集にまとめるときに、どういう理由からかわからないが "Long distance call" と改題された。日本語訳でもこちらの題名を採って�長距離電話�と訳されている場合が多いのだが、どう考えてみても初めの題名のほうがすばらしい。
 ご存知の通り英語では、間違い電話をかけたときには "Sorry, wrong number" と言ってあやまるのが、決まり文句である。
 マディスンの作品は、その "wrong" の部分が "right" になっているところが、まずおもしろい。
 正しい番号ならば、あやまる必要もあるまいに、と思うのだが、作品を読んでみればわかるように、正しい番号であればこそかえって "Sorry" と言ってあやまらなければいけない事情がある。
 だが、このへんのニュアンスを日本語に訳出するのはむつかしい。日本語としては�長距離電話�くらいが適当なのかもしれない。
 私自身の作品では�恋は思案の外《ほか》�が気に入っている。事件の発端も理性では御しきれない恋の不始末から始まっているし、結末もまた�思案の外�の恋で終わっている。作品を読み終わったあとで、もう一度題名の寓意性《ぐういせい》に気がつき�なるほど、うまくやられたな�と唸《うな》っていただく趣向になっている。
 以上のようなエッセイを書いたのは、ほかでもない。目下作品を一つ書きあげ、その命名に四苦八苦している最中なのである。

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