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三角のあたま19
日期:2018-03-31 13:10  点击:307
 薄《うす》闇《やみ》の目くばせ
 
 
 
 何年か前、あるテレビ局のクイズ番組に出場した。
 
「ジュディ・オングさんは、中国語、英語、日本語を自由に使えますが、彼女が日記を書くときは何語でしょうか」
 
 という問題が提出され、私は、
 
 ——なるほど——
 
 と納得した。
 
 ジュディ・オングさんが蝶のような華麗な衣《い》裳《しよう》でヒット曲を歌っていた頃のことである。私は配られたボードに〓“英語〓”と記し、これが正解であった。
 
 テレビのクイズ番組には、たいていものすごく的中率の高いレギュラー・メンバーがいて、あまりによく当たるものだから、
 
 ——答を教えられているのではあるまいか——
 
 そんな勘ぐりがよく囁《ささや》かれている。
 
 たしかに番組を見ていると、
 
 ——これは答を教えてもらっていないと、とても正解は出せないなあ——
 
 と感ずるケースもなくはない。
 
 それに、テレビの制作現場というものは、必要とあればそのくらいの演出を平気でやってしまうムードを持っている。
 
 早い話、魚屋の店頭が画面に映り、なにげなく作業をしているご主人にマイクが近づいて来て、
 
「おじさん、今日はなにがおいしいの?」
 
「うん? 鯖《さば》だねえ、鯖がいい」
 
 とご主人は顔をあげて答える。
 
 いかにも店頭でいきなり問いかけたように見えるけれど、テレビ・カメラにはライトも必要だし、音声も一緒につけなければいけない。カメラアングルも考慮しなければいけないし、いきなりカメラをつきつけたら、どんな答が返って来るかわからない。事前にリハーサルとまではいかないが、
 
「カメラがこのへんをずーっと通って行ってここでマイクが横から〓“今日はなにがおいしいの〓”って聞きますから……〓“鯖です〓”って答えてください。リラックスしてね」
 
 ライトがあかあかと照らしたところで、キューが出て始まるわけである。うちあわせがなければテレビはほとんど映せないし、うちあわせがあるということは、そこに演出の入りこむ余地がかならずある。
 
 クイズ番組にもなんらかの演出はあるだろう。
 
 とはいえ、逆の立場からも一つ指摘しておくと、クイズ番組のレギュラー・メンバーになったりすると、毎日の見聞がそれにそうようになる。本や新聞雑誌を読むときも、
 
 ——こんなこと、出題されるんじゃあるまいか——
 
 いつもその気持ちが働く。結果として常人以上によく答えられるというケースもなくはない。出題者のほうも、同じ情報の海の中から問題を拾っているのだから。
 
 話がすっかり横道にそれてしまったが、冒頭のジュディ・オングさんの日記のこと。私がなぜ〓“なるほど〓”と思ったか……。
 
 このクイズ番組に出場する数週間前に私はある週刊誌の対談でジュディ・オングさんに会っている。そして、その中で私自身が、
 
「あなたは五カ国語をしゃべるそうですけど、日記をつけるとしたら何語ですか」
 
 と尋ね、
 
「英語でつけます」
 
 と、答をちゃんと得ているのである。よほどもの忘れがひどくない限り、これは正解が出せる。
 
 おそらくこの問題を作った人も、この対談からソースを得ているだろう。そして、さらに出題者側に、
 
 ——招いておいて一題も答えられなかったら気の毒だ。阿刀田さんに一つサービスをしてあげよう——
 
 と、その意図があって、これが出題されたのだろう。けっして偶然ではあるまい。
 
 私にこれをやってくれたということは、ほかの人にも同じことをやっているだろう。このサービスは、いきな計らいとも言えるし、ちょっとこわいところもある。
 
 
 
 こんなことを今ふと思い出したのは、同じような構造を、江《え》副《ぞえ》浩正アンド・アザーズが演じたリクルート疑惑に感じたからである。
 
 ずいぶん広範囲に渡る疑惑だから、全《ぜん》貌《ぼう》を一つのパターンでくくることはもちろんむつかしい。贈収賄事件の典型的なパターンは、
 
「これこれの金額をあなたに贈りますから、これこれの便宜を図ってください」
 
 と、約束があって実行されるケースだろうけれど、みんなそれとは限らない。江副さんはもっとべつな方法も混ぜていたような気がする。
 
 はっきりとした約束もないままに、未公開株の購入を斡旋したりする。しかも相手が秘書であったりする。
 
 未公開株を購入すること自体はなんの罪でもない。たいていは公開後にその株は値上りするけれど、これだって〓“絶対に〓”とは言いきれない。金利やリスクを考えれば、現金を受け取るのと比べて意味あいが相当に異なる。
 
 やがてその株が公開され、値上りし、売却して利ざやを稼ぎ、この段階に至って、
 
 ——うん、なかなか味なことをやってくれるじゃないか——
 
 と受け取った側は感ずる。そこで贈り主に対して、
 
 ——なにか便宜を図ってやらにゃあならんなあ——
 
 となる。
 
 大物の秘書ともなれば、親方の資金プールを豊かにするために独自の判断で(まったく独自とは考えにくいが、ある程度まで彼自身の裁量で)後日値上りが充分に予測される未公開株を斡旋されて、それを買うこともあるだろう。後日、値上りしたところで親方に、
 
「やっぱり値上りしましたよ。味なことをやってくれますな」
 
 と報告する。
 
「うん、私のほうの資金にまわしておいてくれ」
 
 そんな会話となることもあるだろう。
 
 先ほどのクイズの答について、
 
 ——教えてくれたんだな——
 
 と感づくのは私だけと言ってよい。出題者のほうは知らん顔をしており、たとえ追及する人が現われたとしても、
 
「へえー、そうなんですか。偶然の一致ですよ。問題を作る人はいちいちその週のゲスト解答者がだれかなんて知りませんからね」
 
 と答えればよい。
 
 目くばせのごとく関係者だけが、そこに秘められている意味がわかる。ア・ウンの呼吸のようなものでもある。これをやられると手がつけられないし、リクルート疑惑にはそんな匂いがたしかにある。

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