カメラとかつら
わが家を新築してたとき、警備会社に頼んでいくばくかの防犯装置を備えてもらった。
どんな装置?
うーん、ここでそれを明らかにするわけにはいかない。言っちゃあわるいけれど、読者諸賢の中にも……つまり、その、他人の家に侵入することを生業とするかたが、いないとは限らない。
話をもとに戻して、わが家の工事を終えたところで警備会社の責任者が、
「これを玄関の目立つところに貼《は》っておいてください」
と、小さな金属製のプレートをさし出す。
犬の登録証やNHKテレビの契約証のたぐい。つまり、見る人が見れば〓“この家に防犯設備あり〓”とわかる仕かけになっているステッカーだ。
私は驚いた。
「どうして?」
と言い淀《よど》んだ。
私の考えではドロボウが〓“ここはただの家だろう〓”と思って侵入する。ところがドッコイ、防犯装置が作動して……不意打ちを食らわせてこそ効果があるのではなかろうか。わざわざ目立つところにステッカーなんかを貼っておこうものなら、むこうだってプロかセミプロなんだから、
——ふん、ふん。そうか——
対策を立てたうえで侵入して来るにちがいない。
私の説明を聞き、防犯会社の責任者は、
「それが素《しろ》人《うと》のあさはかさ」
とまでは言わなかったけれど、その種の表情で一つ笑ってから、
「ドロボウはスポーツをやっているのとちがいますよ。困難なものにわざわざ挑戦してみようって、そういう気持ちで人の家に入って来るわけじゃないんですから。防備のしてある家と、してない家とがあれば、なにも好き好んでむつかしい家のほうを選んだりしませんよ」
とまた笑う。
言われてみれば、ごもっとも。
心のどこかに芸術家気質《かたぎ》を宿しているドロボウもいないではあるまいが、そういう人はきっと美術品や宝石を狙《ねら》うだろう。小説や映画の世界にこそそんなドロボウもいるけれど、現実にはそう多くはあるまい。
「そうかなあ。やっぱり無難な家のほうを狙うものですか」
「もちろんです」
「ふーん」
私はもう一つ、あらたな不安を抱かねばならなかった。
同じ頃、わが家からほんの数十メートル離れたところに日本ボクシング界の英雄具志堅用高さんが新居を建てていた。
ここに一人のドロボウありて、
——新築の家は、すきがあって狙いやすいんだよな——
と、これは統計的な事実である。
道を歩きながら様子をさぐり、
——新築が二つあるけどどっちを狙うかな——
表札を見れば、かたやボクシングの元チャンピオン、こなた小説家、どっちが無難かと考えれば、考えるまでもなく答はきまっている。
——見つかって殴られたときがちがうもんなあ——
きっと私の家に入って来るだろう。
しかし、まあ、警備会社のステッカーのせいかどうか、これまでのところ厭《いや》な思いをすることもなく、わが家はもはや新築のレベルではなくなってしまった。ステッカーのみならず、やたらに吠《ほ》える犬がいるし、私か子どもか、だれかしら夜通しで起きているし、わが家はドロボウには都合のわるい家だろう。
それはともかく、警備会社のステッカーの件、目立つところに貼るべきか否か、多分警備会社の言い分が正しいのだろうけれど……読者諸賢はどう思われるだろうか。
こんな思案をめぐらしているうちに、すてきなアイデアに思い至った。
——防犯カメラを作って売り出してみたらどうかな——
屋根の上からドロボウの侵入して来そうなところを狙って四六時中二、三台のカメラが眼を光らせている……。
「そんなもの、もうとっくにあるよ。銀行とか大使館とか」
いや、いや、私のアイデアは少しちがう。
警備会社のステッカーを見ただけでドロボウが警戒して入って来ないものならば、防犯カメラならもっと驚くだろう。
タネをあかせば、私の発明は屋根の上にカメラらしいものが据えてあるだけ。写しもしなければ四六時中見張っているわけでもない。ただのお飾り……。こけおどしのたぐい。
しかし、それがお飾りであるか、本物であるか、外にいるドロボウにわかるはずがない。ずっと廉価で、同じ効果を期待することができるのではあるまいか。
「自分で作ってつけるのならともかく大量生産は無理だろう。みんなに知れちゃうから」
と友人のN君は私のアイデアに反対する。
「そうとも言えない。アデランスとか、アートネイチャーとか……あるだろ」
「えっ?」
N君は怪《け》訝《げん》な顔で私を見た。
屋根の上の防犯カメラと昨今はやりのかつらと、どう関係するのか。
「かつらだって本来はこっそり作って売るべきものだろう。ああ大々的に宣伝してちゃ〓“あっ、アデランスやってるな〓”ってわかってしまう。それでも、大量に作って宣伝して……商売になっているらしい。イミテーションの防犯カメラだって……」
「それとこれとはちがうよ」
「どうちがう」
友人と私はしばらく二つの差異について語りあった。おひまなむきはご一考いただきたい。
防犯については、私はもう一つ秀逸のアイデアを持っている。
名づけて防犯レコーダー。
十分おきに回転して声を出すテープ・レコーダーを用意する。夜間の利用が効果的だろう。
ドロボウというものは、かならず周囲の様子をうかがってから侵入する。子どもみたいに走って来て、いきなり飛び込んだりはしない。
夜間、垣根のかげなどにうずくまって様子をうかがっているとき、
「そこにいるの、だれ?」
声をかけられたら、さぞかしびっくりするだろう。尻《しつ》尾《ぽ》をまいて逃げて行くにちがいない。ほかに、
「あなたなの?」
「なんの音、今の……」
などなど十分おきに家人の声が外に漏れる仕かけになっている。これもやっぱり大量販売は無理かなあ。