第一話 動物あわせ
信彦が家族と一緒に天現寺に着いたのは、午後の四時すぎだった。日射しは明るいが、風はもう夕べの気配を帯びて冷たい。天現寺には妻の愛子の実家がある。
「相変らずコンピュータ相手の翻訳かね」
信彦が挨拶《あいさつ》をすませて炬燵《こたつ》に足を入れると義父が尋ねた。
「はい。いったん始めたら十年や二十年かかる仕事ですから」
「ご苦労さんだね」
信彦は大学の国文科に入り、学校の教師にでもなるつもりでいたが、勧められてコンピュータ会社に就職し、自動翻訳機の開発部にまわされた。もちろん一人でやる仕事ではない。
とりあえずは日本語文から英語文への翻訳。そのためには日本語の分析的な研究が必要である。そのあたりが信彦の主な役割だった。
「もともとちがう言葉ですから……」
「そりゃそうだ」
「たとえば�伊豆の踊り子��日劇の踊り子��美人の踊り子� この三つをコンピュータに翻訳させますと……」
「うん?」
義父はこの種の話題に興味を示す人だ。
「ダンサー・イン・イズ。ダンサー・オブ・ニチゲキ。ビューティフル・ダンサー。つまり日本語の�の�の扱いがこれだけちがってるんですね」
「なるほど」
玄関のあたりが騒がしくなり、義兄たちの家族が到着したらしい。
正月にはそれぞれの家に事情があって集まることができなかった。その埋めあわせに二月の土曜日を選んで天現寺の家に集合することになった。
天現寺の家には義父と義母がいる。長男が慎一郎、長女が愛子。二人とも結婚して両親とはべつに住んでいる。慎一郎の妻が芳美、愛子の夫が信彦。つまり信彦にとっては、慎一郎が義兄、芳美は年齢は下だが、義理の姉になる。子どもはどちらの夫婦にも二人ずついて、天現寺の義父母は四人の孫を持っていることになるわけだ。小学二年生から幼稚園まで、年齢が近いから一緒に遊ぶにはいい。家族関係というものは、当事者たちにとっては自明なことだが、他人に説明するとなると、一つ一つ図でもかくようにして言わなければわかりにくい。
子どもたちは、祖父母の家に来てまず庭へ。居間の炬燵には慎一郎も加わって、しばらくは男たちだけの話が続いた。
「すみません。動物の絵をかいてくれません? 信彦さん、お上手なんでしょ。あなたもよ」
子どもたちの世話をやいていた芳美が厚紙とクレヨンを持って入って来た。
「なにをするんだ」
と義兄が聞く。
「動物あわせ。どうせ男のかたはひまなんだから。子どもたちも喜ぶわ」
「子どもたちにかかせたら、いいだろ」
「駄目、駄目。やっぱりそれなりにいい絵じゃなきゃ、ゲームにならないもの。協力してくださいな。今日は子どもたちにサービスをしてあげる約束でしょ。ここに図案の本もありますから。ね、信彦さんもお願い」
文庫本ほどの厚紙を横長にして、そこに動物の絵をかき、色を塗り、そのうえで頭、胴、尻尾《しつぽ》の三部分に切る。それがお願いの中身である。
「二十種類くらい作らなきゃ話にならんだろ」
「そうね、なんにしようかしら。牛、馬、犬、猫、虎、ライオン、らくだ、象、鯨、しま馬、わに、蛇、燕《つばめ》、亀、金魚、鯛《たい》……」
芳美はあらかじめ考えておいたらしく、次々に名前をあげて紙に記した。
「三つに切ったとき、どの動物の、どの部分か、はっきりわからんようじゃ困るな」
「よろしくお願いします」
義父も笑いながら、
「まあ、やってやれよ。子どもたちが喜ぶだろうから」
と勧める。
「じゃあ、やりますか」
おかしな仕事を押しつけられ、慎一郎と信彦は話を続けながら手だけ動かした。
二人とも絵はうまい。図案の本を参考にしてかく。そして色を塗る。
「蛇なんか、むつかしいな」
「燕も結構やっかいですね」
ゲームのやり方はおおよそ見当がつく。おそらく頭と胴と尻尾をバラバラにしておいて、それを組み合わせるのだろう。カードを一枚見ただけで、それが、どの動物の、どの部分であるか、すぐにわからなければいけないらしい。頭はやさしい。尻尾のあたりも特徴がある。厄介なのは、まん中の部分。はっきりとした模様のある動物はいいけれど、ライオンの胴なんか茶色ばかりでわかりにくい。信彦は一工夫をして、たてがみの一部分が見えるようにした。
「うまいじゃない。ご苦労さまでした」
二十匹の動物がそろったあたりで芳美が顔を出し、夕食の用意も整った。
「わっ、すごい」
「お父さんが作ったの? 信彦叔父さんもうまいなあ」
子どもたちの喜ぶまいことか。バラバラに切られたのを三枚ずつ集めて、畳の上に動物園ができあがった。
「これで遊ぶの?」
「そう。動物あわせ」
「今すぐ?」
「ううん。御飯が終ってからね」
「みんな一緒に?」
「お祖父ちゃんやお祖母ちゃんにもお願いしなさい」
「ねえ、やってくれる?」
「ああ、いいとも」
食事のあとは、みんなそろって動物あわせをすることになった。
二十種類の動物の体を三つに分け、合計六十枚のカード。裏返しにしてカットして、みんなの前に分配する。そして最後に自分の前に何匹ちゃんとした姿の動物をそろえるか、その数を争うゲームである。
牛の頭と尻尾があれば、だれが胴体を持っているか、狙いをつける。
「信彦叔父さん、牛の胴体をください」
そう言われて持っていなければ、
「ありません」
と答えて、今度は信彦がだれかに請求をする権利を得る。
持っていれば、そのカードをさし出すのだが、このとき受け取ったほうは、かならず、
「ありがとうございます」
と言わなければいけない。これを忘れると今もらったカードを返し、しかも請求権もそのカードの元の持ち主のほうへ移ってしまう。
たあいのないゲームだが、子どもたちは求めているカードを得たうれしさのあまり、ついつい「ありがとうございます」を忘れてしまう。そうなると逆に取り返されてしまう。
「こりゃ、いいゲームだ」
義父も上機嫌だ。
大人の中にも、ついうっかり「ありがとうございます」を忘れてしまう者がいる。子どもたちは固唾《かたず》をのんで待ちかまえていて、
「ほら、言わなかった」
と指をさす。
「これ、なーに。亀の腹?」
「ひどいじゃない、これ。どこが燕なのよ」
女たちは夫の絵の腕前をからかう。
あちこちで笑いが起こる。子どもたちは夢中である。四回、五回と同じ遊びを続けたがる。こんな簡単なゲームでひときわにぎやかに遊べたのは、手作りのカードのせいだったかもしれない。
「芳美さんのアイデアかな、これは。さ、あとはおまえたちだけで遊びなさい」
義父が芳美をねぎらい、子どもたちに命じて動物あわせは終った。
子どもたちはお菓子を食べながら、双六《すごろく》のようなゲームをやっている。
大人たちは炬燵に集まって、蜜柑《みかん》の皮をむく。
「芳美さんのお家じゃ、よくやっていらしたんですか、動物あわせ」
と義母が茶碗を手で包みながら尋ねた。
「ええ。私、得意だったんです。ありがとうございます、ありがとうございます、みんなからもらって一人で全部集めちゃったりして」
この人は、いつも人あたりがやわらかくて明るい。如才《じよさい》なく、人づきあいがうまい。
「芳美は、ありがとうございますだけはうまいんだ」
と芳美の夫が半畳を入れる。
「だけはってところが気に入らないけど」
と睨《にら》む。
「あっただろ、結婚したばかりの頃」
「ええ……?」
「あのね、新婚の頃、月給袋を渡すと、芳美はいつも�ありがとうございます�って丁寧に言って受け取るんですよ」
慎一郎が一同に披露した。
「なにせ、大切なご主人様のお稼ぎですから」
「みんなそうなんじゃない」
と、これは義母である。
「いや、そうでもない。いちじ職場で話題になってね。仲間の一人がぼやくんだ。奥さんに月給袋を渡してもなんの愛想もない。�ありがとうくらい言え�って言ったら、奥さんが�なんで? これはあなた一人の稼ぎじゃないのよ。私もいろいろ協力して、それでこれをいただいたわけじゃない。主婦の労働も、りっぱに夫の稼ぎの一部として認められているのよ�って……。ひどいもんだってことになってね。それで注意して見てたら、芳美は絶対に�ありがとうございます�を忘れない」
「ゲームで慣れてたからだ」
と、今度は信彦が笑いながら半畳を入れた。
「日ごろからみなさんに感謝して生きているからです」
と芳美も笑う。
「いや、いいことだ。子どもの頃のゲームがそういう形で実を結べば……」
「信彦さんはなにをして遊んでましたの?」
義母に尋ねられ、
「いやあ、僕はごく月並な遊びばかりだったなあ」
と信彦は頭をかきながら答えた。
その夜、信彦は家族たちと一緒に義父の家に泊った。布団が変ったので、すぐには寝つかれない。少し神経質のところがある。
——子どもの頃は、なにをして遊んでいたかなあ——
義母に聞かれたことを思い返した。
信彦は一人っ子だった。父は出張がちで、母と二人きりでひっそりと家にいることが多かった。本を読んだりテレビを見たり、プラモデルを組み立てたり……。仲間と一緒に外で遊ぶことはあったが、今夜のような一家|団欒《だんらん》はなかった。
——ああ、そうか——
おもしろくてたまらない遊びが一つあった。それを思い出した。
あれも寒い頃だった。友だちの家に招かれて遊びに行った。親戚の多い家らしく同じ年恰好の子どもが大勢来ていた。すぐにはうちとけられなかったけれど、一緒に遊んでいるうちに違和感が少しずつなくなった。みんな遊び慣れている。信彦を仲間に引きこむ。
「�いつ、だれが、どこで�をやろう」
そんな遊びは知らなかったが、誘われるままに参加した。
「まず�いつ�だよ」
カードと鉛筆が配られ、見よう見まねで書いた。�時�を表わす言葉を……たとえば�一月元旦に�とか�大雨の日に�とか書けばよいらしい。
「今度は�だれが�ね」
たとえば�田中君が�とか�聖徳太子が�とか書けばいいのである。
�どこで�のときには�便所の中で�とか�海の底で�とか、思いのままに書く。
同じように�だれと��なにをした�を、みんなが勝手に書く。
書き終えたところで、五枚のカードを当てずっぽうに選び出す。
「大雨の日に、正雄ちゃんが、屋根の上で、校長先生と、ウンコをした」
「運動会の日に、王選手が、便所の中で、マリリン・モンローと、さか立ちをした」
だれかが吹き出す。そうなると、もうおかしくて、おかしくて我慢ができない。大笑いのあまり苦しくて、ゴロゴロ転げだし、それでもまだ笑っている子どもがいる。
もちろん信彦も笑った。あれほど笑ったことは、ほかにないかもしれない。
——なにがそんなにおかしかったのか——
たしかに、おかしいことはおかしい。それを目的にした遊びである。笑って当然だ。
だが、信彦が大笑いをしたのは、あの日の気配が、一家団欒の雰囲気がうれしくてうれしくてたまらなかったせいかもしれない。自分が仲間に入っていることのうれしさだっただろう。
しばらくは�いつ、だれが、どこで�というゲームが、忘れられなかった。もう一度みんなでやってみたいと思った。当然のことながらこのゲームは自分一人でやってみても、おもしろくない。それでも時おり自分一人でカードを作り、いろいろな文句を書き連ねた。
——もし今度チャンスがあったら、うまい文句を書くぞ——
人を笑わせるにふさわしい文句をあれこれと考えたこともあった。
そんな昔が……しばらく忘れていたことが忽然《こつぜん》と心に戻って来た。
——あれをやってみるか——
もう少し子どもが大きくなってから……。今のところは動物あわせくらいが適当かもしれない。
——芳美さんは�ありがとうございます�を言うのが得意だと言ってたけど——
幼い頃の体験は、当人も気づかない部分に影響を与え、思いのほか頭の中に長く残るものなのかもしれない。
——不思議だな——
�いつ、だれが、どこで�は、日本語の分析にほかならない。信彦はコンピュータを相手に、ここ数年ずっとそれをやっている。これからも、また……。
——どこかで繋《つなが》っているのかな——
信彦は訝《いぶか》りながらも、眠りがやって来るまで、幼い日の歓喜を心に呼び戻していた。