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今日からマ王3-11
日期:2018-04-29 21:47  点击:373
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 法石の採掘《さいくつ》現場を破壊《はかい》して、地中に潜《もぐ》る穴を塞《ふさ》いだのは、どうやらおれの手柄《てがら》らしい。こんな身長でどうやって岩山を崩《くず》したのだろう。ブルドーザーとか使っていたら、それこそ無|免許《めんきょ》で逮捕《たいほ》される。
 コンラッドにもヴォルフラムにも|訊《き》いてみたが、目も合わせずに口を閉《と》ざすばかり。よほど恥《は》ずかしい魔術を披露《ひろう》してしまったのだろう。全裸《ぜんら》でいきなり踊《おど》るとか。
 スヴェレラ軍が態勢を整えて|討伐《とうばつ》隊を差し向けてくる前に、現地を離《はな》れてしまおうと、おれたちは往路の倍の大所帯となり国境の|砂丘《さきゅう》へと出立した。
 長い年月、理不尽《りふじん》な労働に従属させられてきた女性達は、第二の人生を開拓《かいたく》するべく、脱走《だっそう》実行を決意した。|騎乗《きじょう》する特権を譲《ゆず》ったところ、我々魔族側の兵は徒歩ということになってしまった。まあここはファースト・レディーの考え方で行こう。
「陛下、それはレディー・ファーストっていうんじゃないかな」
「なんにしろおれだけ馬車だなんて気が咎《とが》めるよう」
「馬車じゃなくて、ソリだ。ソリ」
 ニコラとヴォルフラムとおれは四人乗りの馬ゾリで、オリエント急行さながらの優《ゆうが》雅な旅だ。当初はグウェンダルも車中の人だったのだが、本人の強い意志で乗馬班となった。|肋骨《ろっこつ》が二本、折れているのに。
 その上、おれは二人がけの座席に横たえられ、頭部を柔《やわ》らかい場所に載《の》せられている。
 フォンビーレフェルト|卿《きょう》ヴォルフラムの、膝《ひざ》に。
「ううう、なんで男に膝枕《ひざまくら》?」
「お前は大魔術を使った後に、いつも二、三日は寝《ね》込むだろう。なのに今回は二時間しか眠《ねむ》らなかった。いいか、二時間だぞ? あれだけおぞましい術を見せつけて、二時間てことはないだろう。それで一応、大事をとって、ソリ班の一人に入れたのだ」
「……だからって、どうしてお前に膝枕!?」
「嬉《うれ》しいだろ」
「嬉しいもんかッ」
「あのー」
 ヒューブに会えなかったと聞いて、大声をあげて泣いたニコラだが、彼氏の故郷に住めると知った途端《とたん》にすっかり元気を取り戻《もど》した。元々が単純な前向き思考で、楽観的な部分もあるらしい。誰《だれ》もがつられて笑ってしまいそうな、にっこり強化月間で尋《たず》ねてくる。
「とっても仲が良さそうに見えるんだけど、結局ユーリはお兄様と弟さんの、どちらと結ばれることにしたの?」
「むす……結ばれねぇよっ、どっちともッ」
「え、じゃあわざわざ何のために駆け落ち紛《まが》いのことまで……」
「おれはしてな……」
「こいつは不貞《ふてい》で尻軽《しりがる》だからな」
 頭突《ずつ》きをお見舞《みま》いしてやろうと勢いをつけて起き上がるがどんなツボを押さえた技《わざ》なのか額を一押しで戻されてしまう。
 引き戸代わりの幕を持ち上げて脇《わき》を進みながら、コンラッドが朗《ほが》らかに口を挟《はさ》んだ。
「じきに国境の街なんですけど……陛下? あ、そこですか。膝の上なんかにいるから判りませんでしたよ」
「助けてコンラッド! あんたの後ろでタンデムでいいから、おれも馬に乗せてくれ!」
「そう言われましても、怪我《けが》人|扱《あつか》いですからね」
「じゃあ車|酔《よ》い。おれ馬車酔いで、外の風にガンガン当たりたいからっ、連れ出して、こっからどうにか連れ出してくれよーっ」
 苦笑《くしょう》混じりの次男の活躍《かつやく》で、どうにか外には出られたものの、今度は朝の日射しの眩《まぶ》しさに、面と向かって太陽の方角を向けない始末。
 遠慮《えんりょ》もなく腹に腕《うで》を回しながら、彼の身体《からだ》で陽《ひ》を避《さ》ける。しがみつく背中の大きさも、きっと兄弟で似ているのだろう。
「そういえばさあ、あんたとグウェンって、意外と似てるとこがあんのな」
「意外と、ですか?」
「うん。ぜんっぜん共通点ないと思ってたから」
 しかも長兄の笑うところなど、一度として拝めていなかったので。リズミカルに揺《ゆ》れる日向《ひなた》の旅に、徐々《じょじょ》に|睡魔《すいま》が忍《しの》び寄る。適度に低くさざめく声が、耳をなぞって心地いい。
「俺は怒《おこ》られてしまいましたよ」
「怒られたぁ? 誰に何を」
「グウェンダルに。あの手は何だ、ってね」
 左手はすっかり自由で軽い。赤くひりつく擦《す》り傷と、筋肉痛が残るだけだ。だが、相棒のほうはそう簡単には終わらなかった。強い魔力を持ったまま、法術のかかった|手錠《てじょう》で繋がれていたのだ。軽度とはいえ広範囲《こうはんい》の|火傷《やけど》と、最初のトラブルで折った肋《あばら》二本。
 満身創痍《まんしんそうい》の生きた見本だ。おれならしくしく泣いている。
「手が、なに」
「利《き》き腕の掌《てのひら》に触《さわ》ったところ、タコがあるのに気付いたらしい。毎日の素振《すぶ》りの成果だと感心したのも束《つか》の間、剣《けん》ダコと微妙《びみょう》に位置が違《ちが》うし」
「そりゃそうだ、振ってるもんが違うよ」
 毎晩確実に百スイング。最近は木製のバットに変えたりもしている。中学野球をクビになったブレーヤーとしては、異様に前向きなプロ志向。
「それで俺に、お前は何を教えているんだと、剣の正しい握《にざ》り方なんて、初歩中の初歩、基本中の基本だろうというお叱《しか》りが」
「責任|転嫁《てんか》だー」
「そう言ってやってください」
 おれみたいな小心者が、フォンヴォルテール卿に意見することなど、かなりの助走でもつけない限り不可能だ。たまにその場の勢いで、命知らずな発言をしてしまうこともあるけど。
「かなり打ち解《と》けたみたいじゃないですか」
「そっかなー」
 ずっと前をゆく長男の、後ろ姿を盗《ぬす》み見る。背筋を伸《の》ばして騎乗している様子は、とても怪我人とは思えない。その精神力は尊敬に値《あたい》する。
「まあ、もしかして嫌《きら》われてるわけじゃないのかなー、ってくらいにはなったけど」
「言ったじゃないですか、彼がユーリを嫌いなわけがないって」
 出会いも相性《あいしょう》も最悪だったんだから、信じろといわれても到底《とうてい》無理だ。
「でもなー、おれの我が|儘《まま》のせいで、あんな怪我までさせちゃったわけだから、ますます株が下がったかもね。けど」
 グウェンダルが実はいい奴《やつ》なのだと、最初に教えてくれたのはコンラッドだ。だから彼の評価が変わったことは、きちんと報告するべきだろう。おれと長男の距離《きょり》が近付くのを、誰より喜んでくれるはずだ。
「こんなこと聞かれたら殴《なぐ》られそうだけど、結果的には得したかなーとも思うんだ。やっぱ一緒《いっしょ》にやってく人とは、親しくなっておきたいだろ。少なくともグウェンにも人並みに弱点があって、感情的になったりごくまれに笑うこともあるんだって、おれ初めて知ったからさ」
「……ですね」
「え?」
 わざわざ首を捻《ひね》ってこちらを向き、もう一度|繰《く》り返してくれる。その時にはいつもどおりの笑《え》みだった。
「悔《くや》しいね。後《おく》れをとったようで」
「なーに言ってんだよ。あんたたち兄弟なんだからさ、おれなんかよりもこの先ずっと時間があるじゃん。星でも眺《なが》めて語り合ってみなよ。おにーちゃんがどんな人か解るってェ」
 後方を見た彼が、不意に険しい表情になる。遥《はる》か遠くにちらりとだが、砂煙《すなけむり》が立つのを確認《かくにん》したからだ。
「追っ手ですよ。早いな……あれだけ恐怖《きょうふ》心を植え付けたのに」
「すげえ、どうやって恐怖体験なんかさせたわけ? あの悪代官と手下どもに」
 こちらは徒歩の者もいるし、乗り慣れない馬で苦心している女性も多い。このままではいずれ、追いつかれてしまう。
 近くにいた兵を先頭集団に走らせてから、コンラッドはおれをソリヘと戻そうとした。
「弓兵が多くいる場合は、布一枚で命拾いすることもあるから」
「ちょっと待てよ、だったら一人でも多くの女の人を、馬車ん中に避難《ひなん》させるのが先なんじゃねーの!?」
「また物分かりの悪いことを。言ったでしょう、陛下の生命が最優先だって」
「けど……」
 言い募《つの》ろうとしたおれの視線の先に、|不吉《ふきつ》な物が飛び込んできた。
 見覚えのある可愛《かわい》い姿が、|砂丘《さきゅう》の中央でじたばたしている。両手を広げて上下させ、藁《わら》をも掴《つか》みたそうな名演技だ。あれが溺《おぼ》れているのでないことは、往路の経験で身に染《し》みている。
「あいたー……あそこに砂熊《すなくま》が居るよ」
「どこにですっ!?」
 おれ以外の者には見えないらしい。初対面の時もそうだった。何らかの法術的トラップが仕掛《しか》けてあると、グウェンダルも言っていた。進行方向を変えたとしても、その間に|追撃《ついげき》を喰《く》らうことになる。しかもご婦人方に気付かれれば、まず間違いなくパニックだ。かなりのレベルの危機的|状況《じょうきょう》。
 いわゆる前門のパンダ、後門のモヒカン。
「せめて追っ手を足止めできれば」
 少々の焦《あせ》りをにじませた声で、コンラッドが剣の柄《つか》に手をかけながら言った。こんな時、仲間内に猫《ねこ》型ロボットがいてくれれば、便利なグッズを出してもらえるのに。ポケットに何か入っていないかと、何気なく腰《こし》に指をやる。
 他の皆《みな》が剣を帯びている位置に、おれも細長い物を挿《さ》していた。
 オフホワイトと焦《こ》げ茶のツートンカラー。目をつぶっても指の置ける絶妙《ぜつみょう》の穴|間隔《かんかく》。
「……そぷらのりこーだー、とか?」
 外犬が半ば本能でするように、|所詮《しょせん》は地中に埋《う》められていた宝物だ。駄目《だめ》で元々、本物ならめっけもん。おれさまの笛を聞け! とばかりに、野球で鍛《きた》えた肺活量をご披露《ひろう》した。
 ふひぃぃぃぃ。
 強く吹《ふ》きすぎて老婆《ろうば》の悲鳴みたいな音になり、一行の視線はおれに釘《くぎ》付《づ》けだ。砂丘は暑く乾《かわ》いたまま、雨の降りそうな気配もない。けれど、ファーストストライクで|諦《あきら》めたら男が廃《すた》る。
 バットをリコーダーに持ち替《か》えて、吹き慣れた曲に再|挑戦《ちょうせん》。
 日本の小中学生なら殆《ほとん》どが演奏できるという、超《ちょう》有名楽曲『茶色の|小瓶《こびん》』だ。音楽のテストでは満点をとった。兵士達がお世辞で拍手《はくしゅ》をくれる。
「陛下、お上手ですが……」
 次の曲いってみよう! その間にもコンラッドは追っ手の数を予測し、先頭のグウェンダルに指でサインを送っていた。ちょっと見、インハイに緩《ゆる》めの変化球って感じ。
 おれは西武ライオンズ応援歌《おうえんか》を吹き、新応援歌を吹き、球団歌を吹いて小林《こばやし》亜星《あせい》に祈《いの》った。レパートリーが尽《つ》きかけてジャングル大帝《たいてい》も吹き、レオのレの音で息切れした。
 迎撃《げいげき》のために陣形《じんけい》を整えようと、周囲の動きも慌《あわ》ただしくなり、ど素人《しろうと》のソロ・リサイタルに耳を傾《かたむ》ける人も少なくなった頃《ころ》には、数少ないレパートリーも尽きかけていた。もはや完奏できそうなのは、とても短い一曲しか残されていない。
 前方のパンダ舎から、|大柄《おおがら》な人影《ひとかげ》が走ってくる。コンラッドが目を|眇《すが》めて呟《つぶや》いた。
「……ライアン?」
 どのライアン? プライベート・ライアンとメグ・ライアンとメジロライアンのどれよ? 悩《なや》みつつも伊東勤《いとうつとむ》マーチを演奏中。調子っ外れな高音を出す。
「あ」
 この非常時に腹が鳴った。いやしい系キャラすぎてお恥《は》ずかしい。皆がざわめきだす。
「雷《かみなり》だ」
「あっごめん今のおれのハラ……」
 黄色かった砂がどんどん灰色になり、首筋を焼いていた陽光がなくなった。見上げると黒雲が空の|全《すべ》てを覆《おお》い、顔に最初の一滴《ひとしずく》が落ちてくる。
「まさか、雨男?」
 |水滴《すいてき》はすぐに痛いくらいの豪雨《ごうう》に変わり、馬にも人にも容赦《ようしゃ》なく襲《おそ》いかかった。|稲妻《いなずま》と雷鳴《らいめい》が天を走る。
 雨どころか嵐《あらし》を呼ぶ男だったようだ。こんな時になんだが、さすがに砂地。信じられないくらい水捌《みずは》けがいい。
 女達が口々に叫《さけ》んだ。
「雨将軍よ、雨将軍だわ!」
 どこの国にもあるらしい。気象関係を司《つかさど》る将軍職が。
 
 
「ではライアンはわずか五日足らずで、あの|凶暴《きょうぼう》な砂熊を手懐《てなず》けたというのですか!?」
 教育係は大げさに|眉《まゆ》を上げてみせた。迂闊《うかつ》に指紋《しもん》を付けないようにと、|魔笛《まてき》を布でくるんで捧《ささ》げ持っている。よりによって墓地の片隅《かたすみ》に、死体代わりに埋められていたと知ったら、嘆《なげ》き声が城中に|響《ひび》き渡《わた》りそう。
「らしいな、俺も驚《おどろ》いた。無類の動物好きだとは聞いていたが」
「|凶悪《きょうあく》パンダをしつけちゃうとは思わないよなー」
 豪雨で足止めされた敵軍を後目《しりめ》に、おれたちはライアンさんの先導で、すっかり人慣れした砂熊の巣に避難させてもらった。そこから先は概《おおむ》ね快適な旅で、日照り続きだったのが嘘《うそ》みたいに、スヴェレラの砂丘には雨が降った。
 久々に王都に帰還《きかん》してみると、何やらギュンターが怯《おび》えていた。人の心を持たぬ魔女に、実験台にされたらしい。カーベルニコフ地方は通過しただけで、直接王城に戻《もど》って来たため、男達が恐《おそ》れるアニシナ嬢《じょう》には結局会えず仕舞《じま》いだった。
 この分だと会わないほうが幸せかもしれない。
 ゲーゲンヒューバーの行方《ゆくえ》が知れず、ニコラは泣いたり笑ったりを何度も繰り返したが結局はグリーセラ家に嫁《よめ》入《い》りすることで自分と子供の家を持った。二十年近くも嫡子《ちゃくし》が戻らなかったので、グリーセラ家の当主は殊《こと》のほか喜んだ。諦めかけていたところへ、突然《とつぜん》、孫ができるのだ。おれの名前を頂戴《ちょうだい》するとか言っている。漢字じゃなければ大丈夫《だいじょうぶ》だろう。
 驚いたのはギュンターの服のセンスが、ガラリと変わっていたことだ。
 灰色の髪《かみ》を後ろできっちりまとめ、縁《ふち》の細く華奢《きゃしゃ》な眼鏡《めがね》をかけているのだが身に着けているのはオフホワイトの僧衣《そうい》ではなく、おれの着てきたTシャツの模造品だった。
「陛下とお気持ちを共にするべく、お召《め》し物を誂《あつら》えさせていただきました。これでもう離《はな》れていても心はひとつ、いつでもお側《そば》にいられます! 如何《いかが》です?」
「そんな、森の音楽家みたいに訊《き》かれても……ていうか、|随分《ずいぶん》ぴちぴちじゃねえ?」
 黒地にプリントのTシャツは、サイズまで正確に再現されていた。肩《かた》も胸も非常に|窮屈《きゅうくつ》そうで、下手をすれば臍《へそ》までのぞきそう。しかもアルファベットのEが逆さまだ。村田健に言わせるとおれの服選びは最悪だそうだが、これが国中に流行《はや》っちゃったらどうしよう。
「それにしても初めて手にした魔笛を吹きこなされるとは、さすがは陛下。音楽にも並々ならぬ才能をお持ちです!」
「日本の子供は殆《ほとん》ど吹けるけどね」
「なんという高尚《こうしょう》な音楽教育でしょう! 魔笛の奏者を養成するのが目的ですか?」
 そんなばかな。
 ニコラの保証人としてグリーセラ家に出向いていたグウェンダルからは、バンドウくんキーホルダーのお返しのつもりなのか、三十センチ程のあみぐるみが届けられた。あの長くてごつい十本の指先から、こんな繊細《せんさい》な物が生まれるわけか。
「へえ、かわいいシロブタちゃんだな」
 含《ふく》み笑いでコンラッドが言った。
「どうやらそれは白いライオンらしいですよ」
「えっ? だって、鬣《たてがみ》がないからさっ。じゃあ雌《めす》ってこと? レオちゃんじゃなくてレオ子ちゃん?」
 かなり個性的なライナちゃんだった。
 

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