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横たわる超絶《ちょうぜつ》美形を前にして、誰《だれ》もが沈黙《ちんもく》を守っていた。
頬《ほお》は蝋《ろう》のように白く、薔薇《ばら》色《いろ》の唇も血の気をなくしていた。瞼は長い睫毛《まつげ》に彩《いろど》られ、愁《うれ》いをたたえる瞳《ひとみ》を隠《かく》している。
胸の上で両手の指を組む姿は、|眠《ねむ》れる美女そのものだ。フォンクライスト|卿《きょう》ギュンターは立派に男だったが。
これほど美しく|完璧《かんぺき》に近い亡骸《なきがら》は、世界中を探しても存在するまい。ただ一つ、重大な欠点を挙げるとすれば。
「残念ながら、死んでいないことです。これじゃ内部《なか》が見られやしない」
その場に居合わせた者全員が、なんということを! と震《ふる》え上がった。さすがに|眞魔《しんま》国三大悪夢、怖《こわ》がらせることに関しては右にでる者がいない。
フォンカーベルニコフ卿アニシナ嬢《じょう》は、腰《こし》に手を当てて偉そうに言った。
「まあこれで毒素の進行は止められるでしょう。本人が作り出した仮死状態では些《いささ》か心許《こころもと》ないですからね。わたくしの腕《うで》と知識にかかれば、この程度のことは実験前《あさめしまえ》です」
一に実験、二に実験、三、四が不明で五に実験、のマッドマジカリスト・アニシナだからこそ、他国の毒にも対処できるのだ。ギュンターは氷の|棺《ひつぎ》に横たえられ、粉雪で周囲を固められている。魚の鮮度《せんど》を保つため、市場で目にする光景だ。
「どうです、芸術的でしょう? 雪ギュンター」
「ゆ、雪ギュンター……」
陛下が浮気《うわき》でもしようものなら、地の果てまでも追い縋《すが》り、冷たい息を吹《ふ》きかけつつ号泣しそうだ。
「だが、全裸《ぜんら》にする必要はあったのか?」
「単に絵面《えづら》の問題です。服を着たまま眠っているよりも、剥《む》き出しのほうが標本らしく感じるので。ご覧のとおり、わたくしは形式を重んじますからね」
「標本……」
「何を|些末《さまつ》なことにこだわっているのですか。あなたがたの恥《は》じらいの元はほら、こうして」
アニシナは雪を盛った部分を指差した。|天辺《てっぺん》に無花果《いちじく》の葉でも載《の》せたそうな|口振《くちぶ》りだ。
「隠してあげているでしょうに。グウェンダル、何をしているのです?」
フォンヴォルテール卿は無意識に雪ウサギを作り、ギュンターの股間《こかん》に置いてやろうと手を伸《の》ばしていた。友情というよりも、騎士《きし》の情けだ。
服こそきちんと整ってはいるが、燃える赤毛は解かれたままで、肩《かた》や背中に優雅《ゆうが》に流れている。|淑女《しゅくじょ》とは言い難《がた》い足取りも、本日は少々おとなしめだ。それもそのはず、実験明けの|爆睡《ばくすい》中に叩《たた》き起こされ、大至急これをどうにかしろと仮死男を押しつけられたのだ。それから丸一日|不眠《ふみん》不休で作業を続け、やっと現状に辿《たど》り着いたというところだ。
その間に施《ほどこ》した処置は以下のとおり。総合|解毒《げどく》剤の使用(無効)、胃洗浄《いせんじょう》(|大惨事《だいさんじ》)、虫下し(効果不明)。どれが連鎖《れんさ》して進行が止まったのかは定かでないが、胃の内容物からは色々と興味深い事実が判明した。
フォンクライスト卿の昨日の夕食は海老《えび》料理。硬《かた》い尻尾《しっぽ》まで食べたらしい。人目のないところでは、案外、ものぐさなようだ。
その甲斐《かい》あって、使われた毒のおおよその種類と、解毒法の見当はようやくついた。
らしくなく疲労《ひろう》の色の濃《こ》いアニシナだが、知性をたたえた水色の瞳は、|好奇《こうき》心《しん》と使命感で輝《かがや》いている。こういうときの彼女はぞっとするほど美しいが、腰抜《こしぬ》けな男達は誰一人として近づこうとしない。
「|恐《おそ》らくこれはウィンコットの毒でしょう」
「ウィンコットの毒?」
反射的に聞き返してしまい、グウェンダルはきまり悪そうに|咳払《せきばら》いをした。だが、もとより|幼馴染《おさななじ》みが物知りだなどと思ったこともないアニシナには、わざわざ取り繕《つくろ》う必要などどこにもなかった。
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「|今更《いまさら》あなたの浅学を改めさせるつもりもありませんが、それなりの地位に就く者の|覚悟《かくご》として、『毒殺便覧《どくさつびんらん》』くらいは読んでおくものです。さすればいついかなる場合に命を狙《ねら》われても、毒によって乱され自分を失うことも避《さ》けられましょう」
「毒殺便覧とやらまで読んでいるのか?」
「当然です! 古今東西の毒と|症状《しょうじょう》、殺害された人物や|状況《じょうきょう》などが事細かに記録されているのですよ。読み物としても非常に楽しめます」
卓上《たくじょう》に置かれた分厚い紫《むらさき》の書物を、アニシナは愛《いと》おしそうに指で辿った。
「寝《ね》る前に少しだけ読もうとして、気付いたら朝ということも何度もありました」
|普通《ふつう》の神経の持ち主なら、ここは怖くて眠れなくもなるところだろう。
「ウィンコットの毒は第二百五十七|項《こう》……ありました。過去には|魔族《まぞく》ばかりか人間の王族にまで使われています。有名どころではゴドレンの悪妃《あくひ》、キシリスの海藻《かいそう》王。しかし基本的に精製の難しい薬剤《やくざい》なので、三百年|程《ほど》前からは|発祥地《はっしょうち》以外では所蔵されていないとか」
「我が国のフォンウィンコット卿とは関係があるのか?」
「ありますとも」
「まさか」
フォンヴォルテール卿の|不《ふ》|機嫌《きげん》そうな青い瞳に、|冷徹《れいてつ》無比な一面がちらりと覗《のぞ》いた。
「ウィンコット家が、|刺客《しかく》を」
「いいえ。ひとの話はよくお聞きなさい。発祥地以外には所蔵されていないのです。この地に流れてきてからのウィンコット家は、|謀殺《ぼうさつ》などとは無縁《むえん》の暮らしを送ってきました。彼《か》の地では国にも民《たみ》にも裏切られ、土地も財も|全《すべ》て|奪《うば》われたというのに。恩知らずな人間達を恨《うら》むこともなくね」
「……我々は皆《みな》、同じようなものだ」
「ええ、そうでしょうとも」
アニシナは分厚い便覧を片手で軽々と掴《つか》み、棺の端《はし》に腰を載せる。組んだ両脚《りょうあし》が微《かす》かに揺《ゆ》れているのは、何かに苛《いら》ついているせいだろうか。
「だから、わたくしは一つでも多く取り戻《もど》したいのです。我々が魔族と呼ばれる以前から、この手に持っていたあらゆる力を」
頬にかかりそうな髪《かみ》を勢いよく払《はら》う。
「置き忘れてきた智恵《ちえ》や技術をね……。ウィンコット発祥の地は今やシマロン領です。つまり、あの国が仕掛《しか》けてきたと考えるのが妥当《だとう》でしょう」
「確かに。まず|間違《まちが》いないだろうな」
「|治療《ちりょう》のことはわたくしに任せて」
アニシナは幼馴染みの胸を突《つ》き、よろめく様子に|微笑《ほほえ》んだ。
「グウェン、あなたはヴォルフラムを説得なさい。あの様子では単独でシマロンに乗り込みかねない。陛下のこととなると頭に血が上りますからね、あの子は」
「お前も少し休……」
「絶好の検体を前にしてですか!? これだからあなたの|脳《のう》味噌《みそ》活動は向上しないのですよ。せっかく知的好奇心を満たす機会を得たというのに、|睡眠《すいみん》ごときで台無しにしろとは、愚《おろ》かなことを!」
午後いっぱいは、何も考えずにただ荷を運んだ。
季節も土地も違うから、頭が|朦朧《もうろう》とするほど暑くなったりはしないのだが、こうして無心に肉体を酷使《こくし》していると、自分はちゃんと真夏のグラウンドにいて、走り込みでもしているんじゃないかと|錯覚《さっかく》してしまう。
それも十六歳の夏休みではなく、まだ中学三年の野球部時代の光景だ。おれは監督《かんとく》をぶん殴《なぐ》って首になったりしてなくて、中学野球最後のシーズンの情熱を、後輩《こうはい》達と分かち合ってる。県大会の準決勝で|惜敗《せきはい》し、代打でしか使われなかったけど悔《くや》し泣きして、来年は頼《たの》むぞと二年の代表者の肩を叩くのだ。
でもその夏は、すべて夢。
実際のおれは夏休みよりも前に退部して、クーラーの中でダラダラと過ごした。
それから普通に受験して普通の高校に入り、野球部の練習には故意に背を向けて見ないようにしていた。未練がましくて惨《みじ》めっぽい。
あのとき、短気を起こさなければ、おれは今、高校球児でいたのだろうか。春先から暗くなるまで居残り練習をしていれば、公園からこの世界まで流されることもなかったのか。
そうすれば|今頃《いまごろ》は、仲間を失う|恐怖《きょうふ》と闘《たたか》うことも、異国で助けのない不安に苛《さいな》まれることもなかっただろうに。
「……しぶやっ」
「あ? ん、ああ何」
「列に並ぼうっていってんの。でないといつまでたってもバイト代もらえないだろ」
気付けば周囲の温度は下がっていて、夕陽《ゆうひ》が波に反射して揺れていた。海がオレンジで空が薄《うす》い紫だった。
労働に見合うだけの賃金を受け取り、おれたちは閉まりかけた店で服を買った。日が暮れてから急激に冷えることも予想して、上着やシャツもそれぞれ手に入れた。
制服から解放された荷客達は、ある者は食材を手に家に帰り、ある者は先程の食堂へと吸い込まれていった。おそらく夜には酒場になり、おかみさんたちもそれなりの変身を遂《と》げるのだろう。
おれと村田は港を背にして、大雑把《おおざっぱ》な石畳《いしだたみ》の道を歩いた。
|両脇《りょうわき》には色褪《いろあ》せた黄壁《おうへき》の家々が並ぶ。戸口前の石段には、痩《や》せた犬と子供が必ず座っていた。
髪や目の色に多少の差こそあるが、どの子もそれなりに健康そうで、ほっとする。
「すみません、日本領事館ってどっちですか?」
村田は何度も住人に質問したが、誰《だれ》にも答えは教えられない。正解は、この国に日本の領事館はなく、この世界に日本という場所はない、だ。いつ、どういうタイミグで切り出そうかと、おれは暗い気持ちで様子を窺《うかが》っていた。
「こっちだってさ!」
どんな気休めを教えられたのか、友人が嬉々《きき》として分かれ道を指差す。
「もしかしてとは思ってたんだけどさ、どうもやっぱ日本領事館はないらしいや。そりゃそうだよな、地図でも見たことない小国だもん。在留邦人がいないのも頷《うなず》けるよ。だからこの際、アメリカでもイギリスでもドイツでもいいから、とにかく保護してもらおうぜ」
「保護かぁー」
「なによその|浮《う》かない、|諦《あきら》め顔は」
「なあ村田」
「んー?」
「もしそこでも全然話とか通じなくてさ、結局なんの解決にならなくてもヘコむなよ」
中二中三とクラスが|一緒《いっしょ》の眼鏡くんは、|呆《あき》れて鼻で|溜息《ためいき》をついた。
「何言ってんだよ、ヘコみまくってんのはそっちだろ。別に親身になってもらえなくたって、日本関係者に連絡《れんらく》くらいはしてくれるさ。もし断られたら自分達でやればいいし、電話も貸さなかったらそれこそ国際問題だろ?」
「電話ないかも」
一〇〇%、ない。
「じゃあ電報打ってもらう。それもなければ手紙書いて送ってもらう。迎《むか》えが来るまで仕方がないから港で働く。夏休みが終わる頃《ころ》にはモデル体型のブチマッチョ。おまけに漂流記《ひょうりゅうき》出版で|一躍《いちやく》スター、時の人。十代二十代の女の子人気、独り占《じ》め」
「独り占めかよ!?」
失笑《しっしょう》しつつ教えられた分かれ道を左に行くと、家も店も犬も子供も次第《しだい》になくなった。空はすっかり暗くなり、日暮れの暖かい海風も吹《ふ》いてこない。辺りは広がる草原と畑だけで、障害物は何もない。
半分欠けた月だけが街灯代わりで、轍《わだち》の残る一本道を照らしている。
「あ、ちらっと人工的な明かりが」
「ほんと?」
遠くで小さな灯《ひ》が無数に揺れている。
最初はビルの窓かと思ったが、近づくにつれて洋館の輪郭《りんかく》が見えてきた。館《やかた》と城の中間サイズの大きさだ。光が複数揺れていたのは、窓の他に門番や警備も|松明《たいまつ》を掲《かか》げていたからだった。
現代日本から流れ流れて来た身には、百万ドルの夜景よりも心強い。
「|遭難《そうなん》した先で見つけた洋館ってさ、だいたい昔、惨殺《ざんさつ》事件とかあった場所なんだよね。そんで主人公達が一晩だけって避難《ひなん》すると、必ず事件が再現されて……ま、それはサウンドノベルの定番だけどさ。実際には、そんなこと|滅多《めった》に……」
|冗談《じょうだん》とも本気ともつかない口調で、村田はズボンのポケットに手を突っ込もうとした。でもそこには余分な布は使われておらず、いつもの服と違うんだと改めて気付く。
「……ありゃしないけど」
「村田、お前『かまいたちの夜』やりこみすぎ」
「自分でもちょっとそう思った」
塀《へい》の外まで来てみると、館は予想外の広さだった。
家紋《かもん》を象《かたど》ったらしい門から玄関《げんかん》までは、全速力で三十秒はかかるだろう。つまり四百メートルトラック一周以上だ。
左右でデザインの異なる鉄格子《てつごうし》を、両手で掴んで|呆然《ぼうぜん》としていたら、偉《えら》そうな門番に手首を|握《にぎ》られた。
「おい」
「はい」
「領主様に何の用だ?」
「ここが領事館だって聞いたもんで」
兵士はおれから答えを聞きたい様子だったが、村田がすかさず低姿勢で答えてくれた。
「僕等は日本人なんですが、実は遭難、漂流しまして。流れ着いたのがギルビットの港だったんです。そこで母国に帰るために、領事のお力を借りられないかと……」
「領事だと? なんだそれは。ここは小シマロン領力ロリア自治区ギルビット領主ノーマン・ギルビット様のお|屋敷《やしき》だぞ」
「えとそれは引きこもりの偉い人ですよね。でももっと|普通《ふつう》の事務やってる職員さんでかまいませんので、とりあえず館内で話聞いてもらえませんかね」
「ノーマン様は誰ともお会いにならない。オマエらのような下々の者とは尚更《なおさら》だ」
松明の光で照らされた頬《ほお》は、まだ髭《ひげ》も生えそろっていない若い肌《はだ》だった。身長はおれたちよりやや高そうだが、昼間一緒に働いた筋肉老人達と比べると、頑強《がんきょう》さでは格段の差がある。
荷客達が嘆《なげ》いていた若者達は、こんなところでも|兵役《へいえき》に就《つ》いているわけだ。
「領主様は誰ともお会いにならない。叩《たた》き出される前にとっとと街に戻《もど》れ!」
「だーかーらー、下《した》っ端《ぱ》職員でいいっつってんじゃん」
「村田っ」
真実を説明すべきときがきたようだ。おれは友人の腕《うで》を抱《かか》えて、門番の松明から逃《のが》れようとした。さて、どんな言葉から始めるか。オーソドックスかつ直球で真っ向勝負か?
「今まで言えなかったけど、実はここは異世界なんだッ1」
「……ドボルザークは新世界よりだね」
高尚《こうしょう》な|駄酒落《だじゃれ》で返されても困る。
自らのボキャブラリーの少なさに、草の上で地団駄《じだんだ》を踏《ふ》んでしまう。ずっと一緒の青い石が、跳《は》ねるたびに軽く胸を叩く。宥《なだ》めてくれてるみたいだった。
「お?」
塀の内側を巡回《じゅんかい》していた警備兵が、おれの魔石《ませき》に目を留めた。まずい。やらねーぞという意味を込《こ》めて、隠《かく》すように握り締《し》める。門番よりも|幾分《いくぶん》年上そうな警備兵は、おれたちに向かって手招きをする。
「二人ナ、うん、ちょっと来いヤー、うん」
方言で話しかけられると、こちらの|緊張《きんちょう》も少し緩《ゆる》む。彼は鉄格子の間から手を突《つ》きだし、一言断ってから石を掌《てのひら》に載《の》せた。
「盗《と》ったりしネーからちょと見せてくれナ、うん。おまイさんこれをどこで手に入れたネ、ああん? この外側のナ銀細工ナ、うん、重要な紋《もん》にすっごい似てるンでナ、うん」
「これは……」
「これは彼の家の宝なんですよ!」
村田がいきなりデタラメを。
「ご先祖様から代々伝わる家宝でして、長男が必ず|譲《ゆず》り受けることになってるんです」
だったらうちの兄貴が持ってただろうよ。だいたいこれはお守りがわりに貰《もら》っただけで、本来の持ち主はコンラッドの元恋人《こいびと》で、フォンウィンコット|卿《きょう》スザナ・ジュリアというモテモテな女性の……。
「じゃアあんた、ウィンコット家の末裔《まつえい》かね、ああん!?」
こんな外国でジュリアさんの苗字《みょうじ》を耳にしようとは。末裔どころかフォンウィンコット家の当主とは、|挨拶《あいさつ》を交《か》わしたくらいの|記憶《きおく》しかない。確かジュリアの兄だという男で、下ばかり向いていたせいか顔はろくに見えなかった。もっともあのときのおれの身分は、|壇上《だんじょう》の新前魔王《しんまいまおう》陛下だ。ほとんどの貴族が|膝《ひざ》をつき、|頭《こうべ》を垂れて畏《かしこ》まったのも頷ける。
警備兵は血相を変えて門を開き、おれと村田を|敷地《しきち》内に引き入れた。
「大変だイ、ウィンコット家の末裔さまとはナ、うん。どど、どうか先のご無礼をお許しくださいですガ、う……はい」
前に立って歩くのも畏《おそ》れ多いと思ったのか、一歩下がって腰《こし》を屈《かが》めてついてくる。さりげなく右手で進行方向を示す辺りは、旅館の仲居《なかい》さんみたいな動きだった。
「渋谷、そんな価値のあるものどこで手に入れたんだよ。帰ったら絶対に鑑定《かんてい》団だなっ。ナマ紳助《しんすけ》だよナマ紳助」
小声で笑いかけながら、頻《しき》りに肩《かた》で小突《こづ》いてくる。そんなに島田《しまだ》紳助に会いたいか。
「言っておくけどな村田、領事じゃなくて領主様なんだから、帰国の役に立つとは限らないからな」
「そこんとこはちゃんと判《わか》ってるよ。でもさ、お前、ウィン……何だっけ、ウィン山さんち? 聞いた感じじゃ名門の旧家みたいじゃない? せっかく勘違《かんちが》いしてくれてるんだし、このまま末裔で通しちゃえ! 接待ですげー豪遊《ごうゆう》させてくれるかもしれないぞ」
逆のパターンもあるということを、日本人はなかなか想像しないものだ。