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おれの中ではその間ずっと、ベサメムーチョが流れていた。
しかも、咽《むせ》ぶアルトサックスでムード満点。歌詞は一部しか解《わか》らないが。
「……うぅ……耳痛ぇ……吐《は》きそう……」
「耳に紅茶が入ったんだな、きっと」
もう何度目かの感触《かんしょく》なので、目を開ける前にこれは|膝枕《ひざまくら》状態だと気付いた。でもヴォルフラムは|一緒《いっしょ》じゃないし、村田はもう少し骨張って硬《かた》そう。この|絶妙《ぜつみょう》な弾力《だんりょく》は。
「メイドさ……ぎょえっ!?」
おれは坂道での丸太のように転がって、「枕」からなるべく遠くへ離《はな》れた。服が紅茶でびしょ濡れになるが、安物なので気にしない。
「ど、どどどどうしてアメフトマッチョが膝枕!?」
「せっかくの親切を……失礼な奴《やつ》だな」
おれの頭がなくなると、アーダルベルトは膝を伸《の》ばして立ち上がった。それにしても、うう、絶妙な男色、じゃなかった弾力。
起こったことを確かめて我が身の天災ぶりを受け入れなくてはならない。ホワイトおれがミュージックを楽しんでいる間に、ブラックおれは街を大破壊《だいはかい》しているのだ。どちらもやっぱり自分なので、否定するわけにもいかなかった。
「実は前回から……わりと覚えてるんだよねー……」
真っ白な闇の中から抜け出すと、もうすでに上様モードで啖呵《たんか》を切っている。
ああっ、そんなこと言っちゃってとか思っても、もうどうにも止まらない(リンダ)。
それまで密《ひそ》かに助けてくれていた、あの女性の声も聞かなくなった。もしかしてお試《ため》し期間が過ぎて、いよいよ本採用なのかもしれない。果たして魔王にもお試し期間があるのだろうか。
部屋の有様は惨憺《さんたん》たるものだったが、自由を奪われていたメイドさんは助かっていた。ヒゲ執事《しつじ》ベイカーの胸にすがり、声を上げて泣いている。そういう趣味か。
村田がのんびりと歩いてきて、テーブルクロスを差しだした。中央には薄茶《うすちゃ》で大きく「正義」の染《し》みが。
「ほい、完成品」
「ムラケン……」
ここまで大胆《だいたん》に異世界しちゃったものを、|今更《いまさら》どうやって言い訳するか。それともこれをいい機会とみて、一気にここが地球ではないことを説明するか。
「あのな、村田」
「やーすっごいイリュージョンだったよなー! こんな近くでサルティンバンコられたの初めてだからさ、あまりの迫力《はくりょく》にトイレ行きたくなっちゃったよ。にしても渋谷、お前いったいいつ、誰に弟子入りしてたわけ? |生涯《しょうがい》一|捕手《ほしゅ》とか捕手は野球のすべてとか言っておきながら、実はマジシャン志望かよ」
「は〜あ。ああんーえーとマジックはー……趣味、趣味どまりかなー」
「とかいっちゃって。野球よりずっと、玄人《くろうと》はだしじゃん」
それもショックな言われようだ。
これだけ非現実的なことが立て続けに起こっているのに、マジックや異国文化で整理できる村田はすごい。再会当初はガリ勉くんでイヂメテくんだと思っていたのだが、最近では|認識《にんしき》を改めつつある。
「かっこいいなー、マジックで女の子を助けちゃうイリュージョニスト。胸毛《むなげ》がない分カッパーフィールドより好印象」
「そりゃあまだおれが十代だからであって、二十代になったらバストヘアーくらいは生えてくるかもよ?」
と言いつつおれは三六〇度ぐるりと見回し、被害状況をこっそりと確認した。
フリン・ギルビットの|晩餐《ばんさん》室は滅茶苦茶《めちやくちゃ》で、壁《かべ》も天井も|窓枠《まどわく》も全部、濡れていた。部屋中が紅茶の|匂《にお》いに包まれている。
何かボロ布が床《ゆか》を這っていると思ったら、切り刻まれたナイジェル・ワイズ・マキシーンだった。壁を伝ってようやく立ち上がり、血だらけの顔でおれを見下ろす。
「すげえ血……」
「来るな」
右手で制して壁に後頭部を|擦《こす》りつけ、天に向かって目を閉じた。
「……致命傷《ちめいしょう》も骨折もない。見事なまでに細かい切り傷だけだ……いったいお前は何者なんだ? アーダルベルトとは知り合いのようだが」
「髪《かみ》と目ぇ見りゃあ判《わか》んだろ」
元気そうなアメフトマッチョに指摘《してき》され、初めて|帽子《ぼうし》が吹《ふ》っ飛んでいるのに気が付いた。
村田が部屋の隅《すみ》から拾ってきて、無理やりおれの頭に載《の》せる。
「野球|小僧《こぞう》がキャップ忘れちゃだめだろうに」
「おれ捕手だからさ、メット|被《かぶ》ってる時間のほうが長いのよ」
「……黒髪、黒瞳、か」
マキシーンは独白みたいに|呟《つぶや》いて、それきり視線を逸《そ》らしてしまった。
やんなっちゃったらしかった。
「よう」
アーダルベルトはわざと親しげに片手を挙げた。
おれは|黙《だま》って背中を向けたが、歩こうにも肩《かた》を掴《つか》まれて進めない。下半身だけがこの場から逃げようと同じ所で足踏み状態だ。
新前《しんまい》魔王を殺したがっていた男は、初対面の時と同じように、おれの慌《あわ》てぶりを面白《おもしろ》がっている。
「お前には|訊《き》くことが山ほどあるぜ、クルーソー大佐《たいさ》とやら?」
何も知らない村田健が、無邪気な笑顔で割り込んできた。
「あれ、なんだ、渋谷知り合いだったのか。そうならそうと早めに教えてくれればいいのに」
「おれはあんたには近づきたくない。ギュンターにもコンラッドにもそう言われてるしっ」
「その二人はどうした? それから三男|坊《ぼう》は。なんで不慣れなお前さんが、もっともっと不慣れそうなお供ォ連れて、国からこんなに離れた地域を旅してんだ?」
自分の話題が出たので、愛想のよさそうな喋りで応《こた》えた。
「あ、ども初めまして。ロビンソンです。クルーソーとは中二、中三とクラスが一緒で」
「お前も|魔族《まぞく》なのか」
「はい? 僕はどっちかというと魔族よりマザコンかなー」
「……村田……お前ってほんとは|駄洒落《だじゃれ》帝王?」
それにつけても日本のブリーチ剤の|優秀《ゆうしゅう》さよ。イメチェンくんは自力で染めたのに、元が黒毛だとはなかなか気取《けど》られない。けど村田、そいつとあまり親しくならないでくれ。奴は母国を裏切って、おれを殺そうとしてる反対勢力なんだから。
「あ、あ、あ、あんたこそどうしてそんな|凶悪《きょうあく》そうな奴とツルんでんだっ?」
「凶悪? こいつがか? ははあ、こいつの場合は趣味が悪《わり》ィだけの気がするがな」
「趣味って何だよ、どのシュミだよ! そうやってそっちだって真剣《しんけん》には答えないんだから、おれも本気で答える必要はないね」
村田はしばらくニコニコと両者を見較べていたが、やがて両方の肩を叩いて言った。
「なんだろ。世代を超《こ》えて楽しそうだね。歳《とし》も|国籍《こくせき》も違《ちが》う二人が、異国でこうして再会するなんて、二人ともよほど強い縁《えん》があるんだよ。前世ではチームメイトとかだったのかもねっ」
「……む、むらた」
全セはどうだか知らないが、おれは全パにしか入る予定ないし。
アメフトマッチョはいきなりおれの首を掴み、襟元《えりもと》に指を突《つ》っ込んだ。こっちはまたしてもロングパスされるのではないかと、思わず小さく丸くなりかける。
けれどアーダルベルトが触《さわ》ったのは、彼の元|婚約《こんやく》者の魔石だった。
銀の細工の縁取《ふちど》りに、空より濃《こ》くて強い青。ライオンズブルーのお守りは、掌《てのひら》の熱で僅《わず》かに色を変える。彼自身のトルキッシュブルーの瞳にも、同じ色が含《ふく》まれているに違《ちが》いない。
「……もうお前の色になっているな……」
「おれの? 貰《もら》ったときから同じ色だったはずだけど」
「いや」
そっと指を離された石は、おれの胸にことりと還《かえ》ってきた。
「……以前はもう少し、白が勝っていた。貰ったといったな、これを、どこで誰《だれ》から手に入れたんだ?」
彼等の関係を考えると、果たして本当のことを言ってもいいものかどうか、一瞬《いっしゅん》だけ迷いがあった。でも、|嘘《うそ》をつかなければならない理由も確定しないので、正直に事実を教えてやる。
「こっちに来るようになってすぐに、お守りがわりだって……コンラッドがくれた」
「……なるほど」
「あっ、だからってコンラッドに八つ当たりすんなよ!? あっちも今……すげえ大変なことに、なってるんだから……」
ストレスと疲労《ひろう》で再び吐《は》きそうになりながらも、おれは自分の中の絶望感を必死になって否定した。|大丈夫《だいじょうぶ》だ。死んでない、生きてるって、絶対に!
「ウェラー|卿《きょう》がどうかしたのか」
「別に。どうも」
不自然な返事で八割方は悟《さと》られたろう。しかしアーダルベルトはそれ以上追及せずに、最後に一つ、と訊いてきた。
「お前がウィンコットの末裔《まつえい》で、スザナ・ジュリアの|息子《むすこ》だというのは本当か?」
本当なわけがないでしょう。
「そりゃロビンソンのでっち上げたデタラメだよ。まさか信じる人がいるなんて思いもしなかった。特にあんたは、ジュリアさん本人と知り合いだったんだろ? だったらおれと似てるかくらい、すぐに判りそうなもんじゃねえ?」
「そうだな……そうだろうな」
言い聞かせるように繰《く》り返す。おまけにおれの顔をまじまじと眺《なが》め、二回くらい|頷《うなず》いてからやっと|納得《なっとく》した。
「それが気にかかってお前さんを殺せずにいたんだ」
「なに!? じゃあ今後は心おきなくってことか?」
「まあそうだな」
外の廊下《ろうか》が|騒《さわ》がしくなった。開きっぱなしの|扉《とびら》の向こうから、団体さんの靴音《くつおと》が近づいてくる。フリン・ギルビットが若い兵士達を連れてきたのだろう。
「しかし今日のところは時間がなさそうだ。良かったな、へなちょこ陛下、命拾いだ」
おれをそう呼ぶのはあんたじゃないだろ。急に涙腺《るいせん》が弛《ゆる》みそうになる。
おれは慌てて、いっぱいに広げた掌で、口と鼻と左目を覆《おお》った。何が原因でそんな衝動《しょうどう》がきたのかは、自分自身でも判らない。
グランツは連れをバルコニーに押しだし、自分も窓枠に足をかけた。
「違うな……ここの兵士じゃない。あの軍靴《ぐんか》は大シマロンの連中だ。おいマキシーン、ぼーっとしてんじゃねえぞ。早く降りろって……おっと」
手を貸すというより乱暴に抱《かか》え上げたために、ナイジェル・ワイズ・マキシーンは、|尾《お》を引く悲鳴を残して落ちていった。
「急ぎすぎだぜナイジェル」
「あんたのせいじゃん……。ここ何階だろ。大丈夫なんだろうか」
「いや、あいつ絶対に死なないから」
怖《こわ》い自信を覗《のぞ》かせる。
アーダルベルトがバルコニーの鉄柵《てつさく》を乗り越え、向こう側にぶら下がろうとした時だった。
「渋谷っ!」
半歩後ろにいた村田が、悲鳴みたいにおれを呼んだ。
「あいつら銃《じゅう》を持ってる!」
「銃!? この世界にそんな……」
開け放った扉から、十数人が駆《か》け込んでくる。
そのうちの数人は|小脇《こわき》に何か……。
「銃だろ?」
一気に血が下がって、立ち眩《くら》みに|襲《おそ》われた。あのときの恐《おそ》ろしい光景が、否定しても否定しても蘇《よみがえ》ってくる。
通販《つうはん》番組でよく見かける、超《ちょう》強力小型|掃除機《そうじき》みたいな外観の機械を、腰《こし》に抱えた数人の兵士。
布で覆われた全身も、赤と緑で|隈取《くまど》られた仮面の下も、どこの国の誰なのか教えてくれない。
長いヘッドが一回震《ふる》えると、燃え盛《さか》る炎《ほのむ》の球を吐き出す。
バスケットボールよりも大きいそれは、|過《あやま》たず標的に|激突《げきとつ》し……。
あのとき、おれの前にいたコンラッドは。
「……お前等か?」
連中は、記憶と同じ火器を肩から提《さ》げ、腰の脇で抱えている。
今は赤と緑の仮面もなく、まとわりつく灰色の布もない。ごく|普通《ふつう》の軍服と、どこにでもいるような人間の顔。
あたりまえの兵士と、あたりまえの指揮官。背後で見守るフリン・ギルビット。
でも、独特で凶悪な、同じ武器。
「お前等だったのかっ?」
おれの言葉に一瞬注意を奪われるが、すぐに向き直った右端の男の火器が、一回震えて炎を吐く。
この標的はおれではない。それは感覚で判っている。
それでもその兵器が許せないんだ!
「渋谷ッ」
タックルでもする勢いで、村田がおれの腰に腕《うで》を回した。
大丈夫、避《よ》けなくてもいい。標的はおれじゃない。たとえおれでも。
当たらない。
悲鳴をあげている。
どこもかしこも痛くて、手も足もちぎれるほど引っ張られて、指先からは血が噴《ふ》きだして、爪《つめ》が全部|剥《は》がれそうで、背骨は反り返りすぎて、首は抜《ぬ》けそうに仰向《あおむ》いて、髪《かみ》は後ろに掴《つか》まれ、喉《のど》を気管を内臓を熱く冷たいものが駆け上り、心臓を鷲掴《わしづか》みにされ、脳を焼かれるような。
けれど、|叫《さけ》んでいるのは痛みのせいではない。
これは多分、|怒《いか》りだ。
視界は一方で真っ白、一方でクリアだ。
スコープが四つついているような、それとも頭上にカメラでもあるような。
まるで大波の真ん中にいるみたいに、怒濤《どとう》の水圧で周囲を水が通ってゆく。
何もかも折り、砕《くだ》き、押し流すのに、おれの周りには身体《からだ》と同じサイズの、柔《やわ》らかく透明《とうめい》な壁《かべ》がある。壁というより|膜《まく》かもしれない。
腰の当たりに何か……誰かがしがみついているので、それがおれのシェルターの中に入れるように、少し気をつけてやらなければならない。
でないとそれ……彼はすぐに激流に呑《の》まれ、どこかに叩《たた》きつけられて砕けてしまう。
また、彼がおれから離《はな》れてしまうと、おれは叫ぶことができなくなる。
叫ぶことができなければ怒りはなくなるが、怒りがなくなれば自分ではなくなってしまう。
自分ではない、ただの水に戻《もど》ってしまえば、痛みも悲しみも感じなくなる。
何も感じなくなった静かな水は、流れることを繰り返すだけだ。
彼女は裸足《はだし》で歩いていた。
三階部分のほとんどは破壊《はかい》され、窓も壁も突《つ》き破られていた。
辛《かろ》うじて残った|天井《てんじょう》からも、絶え間なく|水滴《すいてき》が落ちてくる。
まるで百年に一度の大水で、館《やかた》ごと浸水《しんすい》した時のようだ。いや確か、あのときだって一階までしか水はこなかったし、石造りの壁も天井も問題はなかった。ガラスや|木枠《きわく》が壊《こわ》れただけで、今、目の前に広がっている|惨状《さんじょう》とは、とても比べられるものではない。
何よりあれだけの水はいったいどこから生まれたのだろう。近くに大きな河川があるわけでも、海からすぐというわけでもなかった。
たちまちのうちに宙から発生し、館の三階部分だけを破壊した。山も滝《たき》も存在しないのに、鉄砲水《てっぽうみず》のように横切った。
フリン・ギルビットは服の裾《すそ》を持ち上げ、白い足首を露《あら》わにした。
水たまりの中を歩いてゆく。幼女の頃《ころ》の雨の日みたいに。
「……これが、ウィンコット一族の力?」
世界を危《あや》うくさせた『創主』達、その存在を封《ふう》じたのは十の血族だという。だが、彼等の強大な力に怯《おぴ》えた人間は、同じ種族であるにもかかわらず、彼等を迫害《はくがい》し土地を追った。
ウィンコット家もこのカロリアから西へ逃《のが》れ、安住の地を見つけて国家を建てた。
水を蹴散《けち》らして走ってきた若い兵士に、フリンは不快そうに|眉《まゆ》を顰《ひそ》めた。もっと静かに。ここに|眠《ねむ》る『何か』を起こさないように。
「一、二階はほとんど無傷です。深刻なのは水漏《みずも》れだけで。今のところは兵士も、誰《だれ》も……」
これが、魔族の力?
人間達が恐れるのも頷《うなず》ける。
唯一《ゆいいつ》残ったバルコニーの鉄柵に寄りかかり、虚《うつ》ろな目の少年が座り込んでいた。髪も瞳《ひとみ》も|漆黒《しっこく》だったことは、今の今まで知らずにいた。彼の肩《かた》に腕を回すようにして、もう一人の少年が寄り添《そ》っている。
こちらはまだ意識も眼も生きていた。生きて周囲に抗《あらが》っていた。
「何故《なぜ》、服が濡《ぬ》れていないの?」
二人は水流の直中《ただなか》に、発生する脅威《きょうい》を背に受けていたはずなのに。
「僕等を避けて通るから」
|金髪《きんぱつ》のほうが答える、もう一人は言葉に反応しない。
名前を聞いた気もするが、どうせどちらも|偽名《ぎめい》だろう。そう、クルーソーとロビンソンだったか。力を持つ者らしからぬ名だ。まるで子供の絵本みたいな。
フリンは|屈強《くっきょう》そうな部下を呼び、彼等を運ぶように命じた。
「どんなに抵抗《ていこう》しても、|一緒《いっしょ》の部屋に入れては|駄目《だめ》。同じ場所に置いてはだめよ。ああ、絶対に傷つけないように、人数を割《さ》いてかかりなさい。あと四、五人は必要よ」
「ですが……ノーマン様……」
「ああ、そういうこと」
彼等が何故、|妙《みょう》にきまりの悪い顔をしているのかと思ったら、フリン・ギルビットは仮面を外していたのだ。
銀の仮面を着けて執事《しつじ》を従え、自分の口からは何も言わないこと。
それが仮面の領主、ノーマン・ギルビットだったのだから。
「……領主の座が欲しかったんだろ?」
黒髪《くろかみ》の少年の頭を抱《だ》いたまま、金髪のほうが|呟《つぶや》いた。見透かすような視線を向けられたフリンは、わずかにひるんだ。
「悪事に利用させたりはしないよ」
「悪事になど使わないわ」
「……多くの人間は、力を得れば|傲慢《ごうまん》になる。けれどそれが、自らの身の内から発せられるものでない場合は、その力を使って得た『物』で、満足するしかない」
「彼の力を使うのは、私の仕事のうちじゃないわ」
「……あんたたちはどれだけの物を欲しがってる? 土地か、人か、金か、油か」
彼の瞳は、右が青で左が漆黒だ。
きっと偽物《になもの》なのだろう。髪や瞳に黒を宿す者が、そう何人もいるはずがない。
「それとも世界を手に入れたいのか?」
世界を手に入れるためには、|邪魔《じゃま》なものがいくらでもあった。