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今日からマ王8-7
日期:2018-04-29 22:32  点击:326
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 アイコ十六歳、羊十六頭、そして江夏《えなつ》の二十一球。
 最後のは野球|小僧《こぞう》にとって非常に参考になる教材だが、前の二つはどうだろうか。特に羊十六頭は、慣れない者には手に追えない可能性が高い。
 馬も牛もマッチョもレンタル済みで、他《ほか》に手頃《てごろ》な動物が残されていなかったため、おれたちカロリア選手団は、やむを得ず羊に車を牽かせることにした。この世界の羊は四頭で一馬力、四頭立ての馬車にスピードで対抗《たいこう》するには、十六頭まで繋《つな》いでいいことになっている。
 我等がシープマスター・メリーちゃんは、温かくも厳しくおれたちを教育してくれた。だが期間は|僅《わず》かに丸一日だし、生徒は|家畜《かちく》などと触《ふ》れ合ったこともないような貴族の三男|坊《ぼう》と、ラム肉のグリエ(グリル)大好き肉食ヨザック。それと、ウールマーク製品さえ|滅多《めった》に着ないおれだ。そう簡単に彼等をコントロールできるはずもなく、訓練は朝から困難を極《きわ》めた。
 非魔動簡易戦車……見たところ小型の馬車と大して変わらないが、素材だけは軽くて|丈夫《じょうぶ》らしい……も大急ぎで運んできたのだが、|肝心《かんじん》の牽引動物が命令どおりに動いてくれない。隊列を組んできちんと並ばなければ、ベルトの着用などとても無理だ。
「……|駄目《だめ》だ、このもっさもっさした動き。見てるだけで眠くなってきた。それに車を牽く羊なんてとても想像できない。お手紙食べちゃうイメージしかないよ」
「渋谷、それは黒ヤギさんだ」
「なにいってんのサ、シツジは走るものと決まってるんサー、うん」
 六三三制なら中学一年生くらいのメリーちゃんは、スパルタ教育学級の委員長風に、太いお下げを振り回した。一段高い岩を教壇《きょうだん》に、木の蔓《つる》で編んだ鞭《むち》をピシピシと鳴らす。きっと羊用、多分羊用、|恐《おそ》らく家畜用だよね!?
「走らないシツジはただのシツジサー、うん。草を喰《く》っちゃあ太って毛を刈《か》られるだけヨ」
「そうはいっても羊の価値は毛だと思うんだよねメリーちゃん。あ、男の価値は毛じゃないけどね。だいたいこの細い足が砂地を走るのに向いてないというか……うっ」
 手近な灰色ちゃんの太股《ふともも》を揉《も》んでみた。ムッキリムキムキ。
「……き、筋肉質」
 全身を覆《おお》うウール一〇〇%に隠されていたのは、見事なまでの筋肉体型だ。
「どーヨ」
「すみませんでした、委員長」
 幼いながらも羊マスターは、腕《うで》を腰《こし》に当てて|自慢《じまん》げだ。五頭ほどに取り囲まれたヴォルフラムは、金髪《きんぱつ》を食《は》まれて悲鳴をあげている。離れて見守っている母親が、大らかな笑顔《えがお》でフリンに謝っていた。
「すいませんねえ、昔ッからやんちゃな娘《むすめ》でしたんヨ、ええ。特にあれはメリーが初めて自分で世話した子達なもんでしてネ、はい。説明にも力が入るんヨ、はあ。この大会でいい順位にくい込めば、車|牽《ひ》きのシツジとしての格も上がるんヨ、ええ。そしたら肉にされることもなく、走るシツジとして競羊にも出られるんヨ、ええ」
 いや親御《おやご》さん、彼女はもうやんちゃの域を超えていると思うのだが。
 ヨザックが蹴《け》られた。
「他人《ひと》の小道を|邪魔《じゃま》する者はシツジに蹴られて砂の中ってくらいだからネ、うん。競争中は内側じゃなく、外側から追い越《こ》せって教訓サ、うん」
「難しい……難しすぎるぞシープレース」
「大丈夫《だいじょうぶ》よきっと! 終着点のランベールまでは四十万|馬脚《ばきゃく》あるわ。それまでにこつが掴《つか》めるわよ」
「馬脚って……」
 それまでに伝説のゴボウ抜《ぬ》かれをしていたら、ゴール近くで免許皆伝《めんきょかいでん》しても遅《おそ》い。なんとか今日一日で基本を学び、最低限の羊操縦術を身につけなければ。
 おれは焦《あせ》り始めていた。明日はもう本番だというのに、一晩|寝《ね》ても体調不良は治らないし、出走準備もままならない。おまけにここは家畜の臭《にお》いよりも、灯油|臭《くさ》さのほうが鼻につく。
「くそっ、頭|痛《いて》ェなっ」
「渋谷、歌ってみるのはどうかなあ。映画で豚《ぶた》がやってたろ。羊を操《あやつ》る呪文《じゅもん》だよ。ラムチョップラムチョップ、ラームラムラムラムチョップ、マトントントン、とか」
「げひょーん!」
「わーヴォルフが蹴られたーっ! 村田、歌が、歌が違《ちが》ーう!」
「うーん思いだせない。どんなんだっけ、豚の。デイブ?」
「大久ぼ……やめてくれ、スペクターのがずっと好きだ。デイブじゃねーよデーブじゃ」
「べーブ?」
 ルース。人名ゲームじゃないんだから。
 動物に関して大賢者の知恵《ちえ》を借りるのはよそう。|所詮《しょせん》あいつはマンション住まいだ、アンゴラモルモットと電子ペットしか飼っていない。駄犬《だけん》二|匹《ひき》を狼《おおかみ》の子孫と考えるならば、|猛獣《もうじゅう》使いとしてはおれのほうに一日《いちじつ》の長《ちょう》がある。
「ンモっ」
 おれの傍《かたわ》らで成り行きを見守っていたTぞうが、おもむろに四肢《しし》を踏《ふ》ん張った。鼻の上の和毛《にこげ》を逆立てて、天に向かって|雄叫《おたけ》びをあげる。
「ンモシモーっンモシモーっ……ンモシモーっシカーメーェェヨォォォー」
 Tぞうは新曲を覚えた! レパートリーがひとつ増えた。
「世界のうちで……ええーっ!?」
 十五頭の羊が足並みを|揃《そろ》え、|黙々《もくもく》と横に移動していた。|高速艇《こうそくてい》から運び出したばかりの、非|魔動《まどう》簡易戦車「軽くて夢みたーい」号の前に、一糸乱れぬ隊列を作る。
「お、|驚《おどろ》いた。なんだこりゃ。Tぞう、お前って本当は何羊? メリノ?」
 薄茶《うすちゃ》の顔の中央に白抜きされたTゾーン。偶蹄目《ぐうていもく》はいつでも笑っているように見える。メリーちゃんが岩から飛び降りて、先頭に立つチームリーダーを撫《な》で繰《く》りまわした。
「すごい! おまいすごいヨ、ああ! おまいったら伝説のシツジの女王なんだネ!? うん!」
 クイーン・オブ・ザ・シープは、えっへんとばかりに鼻を鳴らした。
「信じられないヨ、シツジの女王がホントにいるなんてサ! 物語の中だけの|奇跡《きせき》かと思ってたヨ、うん!」
 物語でも知らないよ。口には出せずに胸の内ツッコミ。
 レジェンド・オブ・ヒツジに巡《めぐ》り会えた興雷に、メリーちゃんは感きわまっていた。
「おまいがいれば絶対に優勝だヨー、うん! シツジが馬なんかに負けるわきゃないさネ、うん。もう大丈夫だヨあんたたち、走行訓練はここまで。あとは何もかもこの子に任せりゃ安心だヨー、うん」
「やったー」
 微妙《びみょう》な意味合いの修了《しゅうりょう》宣言に、歓喜《かんき》の声にも力がはいらない。複雑な気分だ。餅《もち》は餅屋というけれど、何もかも羊任せでいいのだろうか。ムツゴロウよろしくTぞうを褒めてから、シープマスターはすっくと立ち上がった。
「さ、次は縦列|駐車《ちゅうしゃ》だヨ。競争中は道も混《こ》み合うかんネー、うん」
「えっ!?」
 十六頭の羊で縦列駐車。考えるだけでも恐ろしい。
 
 
 
 よい子のみんな、テレビを見るときは、部屋を明るくして画面から離《はな》れて見てね。それから羊は一日一時間。家畜との度を超《こ》した|接触《せっしょく》は、まれに筋肉痛等を起こすことがあります。
「うう……戯《たわむ》れすぎた……」
 翌朝早くに目を覚ますと、手足は凝《こ》り固まっていた。日々の腹筋、スクワットで、運動不足ではなかったつもりなのに、身体が強《こわ》ばって起きあがれない。羊車でレースをするには、野球では使わない筋肉が重要らしい。
 微妙な中腰《ちゅうごし》で朝飯を摂《と》るおれを、村田は筆記競技の代表者に指名した。三人のうち一人がエントリーするのだ。
「はあ!? だっておれ現国の成績最悪だし、この国の過剰装飾《かじょうそうしょく》文字じゃ、ろくに問題文も読めないんだぜ!?」
「時間をかければ読めるだろ」
「それでも! 書くのもすんげえ苦手だぞ。ナメクジの這《は》い跡《あと》みたいになっちまうんだって。ヴォルフのほうが字もずっと|綺麗《きれい》だし、それにもし出題がシマロン文学だったら、十二まで住んでたヨザックのが適任だろう」
「フォンビーレフェルト卿《きょう》は神経質そうな一面があるからね。確かに綺麗な字を書きそうだ。でも渋谷、カロリア代表でエントリーしてる人が、高等魔族文字とか使ってたらどうよ? いくら二人までは国籍《こくせき》を問わないとはいえ、採点者の心証悪くないか?」
「あー、そーれーは」
 ヴォルフラムの黄金色の後頭部を見た。美少年にありがちな低血圧で、さっきからテーブルに突《つ》っ伏《ぷ》したままだ。
「な? きみの個性的な筆跡《ひっせき》なら、良くいえば無国籍で通るだろ」
 悪くいえば、ドヘタだ。
「じゃあヨザ……」
「陛下、非常に申し上げづらいんですが、オレはこの国にいる間、教育というもんを|一切《いっさい》受けさせてもらえませんでした。従ってオレの知識は|眞魔《しんま》国の兵学校のもので、最近読んだ本は毒女アニシナです。大人なのに怖くて便所に行けなくなっちゃったけど」
 ね? と得意げな友人に促《うなが》されて、おれは知・速・技・総合競技、勝ち抜き! 天下一|武闘会《ぶとうかい》の知力部門会場へ向かった。関係者以外立ち入り禁止の直前までついてきて、受験生の親みたいに見送ってくれる。
 決勝である「技」つまり武闘会のことを考えれば、第記試験といえども単なる秀才《しゅうさい》くんを送り込むわけにはいかない。もちろん文武両道も多数|含《ふく》まれるのだろうが、筋肉率は割と高かった、|雰囲気《ふんいき》としては体育大学の入試とか、運動部の部長会議という感じだ。
 着席者を目で追ってみたところ、ざっと五十人弱はいた。これが出場チーム総数なら、勝ち抜くのは甲子園《こうしえん》なみに難しそう。フリンは今回がチャンスだなんて言っていたが、一攫《いっかく》千金《せんきん》主義者は予想外に多い様子。
「おーい! おーいちょっと聞いとけー!」
 振《ふ》り返ると入り口のすぐ前で、村田が口に両手を当てて叫《さけ》んでいた。
「いいかーぁ!? どんなことがあってもー、自分の国の文化や教育に誇《ほこ》りを持てー! いっかーぁ、誇りを忘れんなよーっ!?」
「はいはい」
 村田の声は会場中に|響《ひび》き渡《わた》った。その場にいた全員が決意も新たに|頷《うなず》いている。そういう役に立ちそうなアドバイスを、手メガホンで強調するのはやめてくれ。できれば二人きりのときに、こそっと囁《ささや》いて欲しいもんだ。
 適当な場所に席を取ると、男が一人、音もなく机の脇《わき》に立った。腕組《うでぐ》みをした黄色と白の軍服と、ふわりと長い柔《やわ》らかな髪《かみ》。シマロン軍人だ。驚いて周囲を見回すと、どの席にももれなくお一人ずつ付いてきている。カンニング防止の試験官にしても、マンツーマンとは手厳しい。
 予定の時刻を過ぎてすぐに、質の悪い用紙が配られた。上の方に一行だけ、短い文章が印刷されている。案の定、すぐには読めなかった。
 おれはそっと目を閉じて、指先で問題文を辿《たど》ってみた。印刷技術が未熟なお陰《かげ》で、文字が微《かす》かに盛り上がっている。よかった、どうやら解読できそうだ。超能力《ちょうのうりょく》または特技禁止というルールはなかったから、不正|行為《こうい》には当たらないだろう。
『我等が偉大《いだい》なるシマロン王国の歴史について、以下の解答|欄《らん》に文章で記せ』
「……ヒストリーィ?」
 英語で言っても意味は同じ。読めたはいいが途方《とほう》に暮れてしまう。
 世界史で赤点とったとか、そういうレベルの問題じゃなかった。シマロンの歴史なんか知っているわけがない。ていうか、知るか! 自国……この際、日本も眞魔国も両方だ……の歴史だってあやふやなのに、余所《よそ》の国の謂《い》われなんか学んでいるものか。|自慢《じまん》じゃないが大統領の名前さえ知らないぞ。えーと、大統領制ではないんだっけ? 眼球だけを動かして盗《ぬす》み見ると、周囲の連中は|猛然《もうぜん》とペンを動かしている。|畜生《ちくしょう》、山を張ってやがったな。お前等みんな口では「全然勉強してこなかったー」とか言いながら、実はがっちり家庭学習するタイプだろ。ああ果てしない|孤独感《こどくかん》。無限に広がる大宇宙で、シマロン史に疎《うと》いのはおれだけなのか。
「……宇宙、それは人類に残された最後のフロンティア……」
 一国の歴史の説明としては、些《いささ》かスケールが大きすぎる導入部。
 村田の助言はどうだったろう。自分の国の文化や歴史に自信を持て、だ。役に立たない、クソの、訂正《ていせい》、|排泄物《はいせつぶつ》の役にも立たない。
 おれが習った歴史の表舞台《おもてぶたい》には、シマロンは姿を現していないようだ。当然だろう、地球のどの大陸にも、それとおぼしき国家はない。もっともらしい説をでっち上げて、少しでも|一致《いっち》しているのを祈《いの》ってみようか。大陸全土を征服《せいふく》したのなら、ナポレオンをモデルに固有名詞だけ入れ替《か》えるのはどうだろう。もしくはアレキサンダー大王とか……。
「|駄目《だめ》だ……スタローンに似てる顔しか思い出せない……」
 おれのバカ野郎《やろう》。
 もうこうなったら最後の手段だ。策に窮《きゅう》した多くの大学生が、これまで何百回と通じてきた道。兄貴曰く、答えが頭の中になかったら、せめてこれだけでも書いておけ。
「おいしいカレーの作り方……と。まず玉葱《たまねぎ》は小指の幅《はば》に櫛切《くしぎ》りにし…油を引いたフライパンで飴色《あめいろ》になるまでじっくりと炒《いた》めます……」
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 嘘《うそ》か本当か兄貴の大学では、これで単位を取得した学生もいるらしい。ただし教授がニンジン嫌《ぎら》いだと、レシピに入っているだけで読んでもらえない。宗教学の試験の場合には、使う肉の種類に要注意だ。
 広大な解答欄をどうにか埋《う》めようと、知識の限りを書き尽《つ》くした。ガラムマサラやらナツメグやらターメリックやら、ナンやらチャパティやら福神漬《ふくじんづ》けやら。隠《かく》し味のチョコレートやインスタントコーヒー。インドカレーと欧風《おうふう》カレーの違《ちが》いと|美味《おい》しさ。二日目のまろやかさの科学的理論から、ジャガイモを入れた場合の温め方、残ったルーの活用法と保存法、犬には絶対に食べさせちゃいかん理由まで。十六年間の食生活で培《つちか》ったありとあらゆるカレー豆知識を、ここぞとばかりに披露《ひろう》した。
 解答用紙が真っ黒に埋まったときには、ペンを握《にぎ》る右手にじっとりと汗《あせ》をかいていた。凝視《ぎょうし》しすぎて両方の目が痛い。馬鹿《ばか》馬鹿しいほどの達成感。
「ふー」
 鼻息も荒《あら》い。責任者らしきシマロン兵が鐘《かね》を鳴らすと、脇に立つ試験官が解答用紙を取り上げた。採点役も兼《か》ねているのか、そのままざっと目を通す。おれの答えを読んでいる男は、複雑な声で|唸《うな》っている。
「……むー……ふー……うー……これはー……文字も独特であるなー」
「おいしいよ?」
 小声で言ってみた。
「我が国の解放と統合の歴史、また異文化の流入と混合化によって、より高度な文明が築かれる様子を、名物料理に喩《たと》えて記したというのか……」
 予想もしなかった好意的な解釈《かいしゃく》。そんなご大層なものではありませんが、是非《ぜひ》一度ご家庭でお試《ため》しください。
「うむ、見事だ! 待機時間無しで出発するがいい」
「まじスか!? まじこれ合格スか!?」
「まじである!」
 |椅子《いす》を蹴《け》って席から立ち上がり、上着を掴《つか》んで駆《か》けだした。不思議なことに場を離《はな》れるのは数人で、大半は苛ついた顔で座ったままだ。
「なんでだろ」
「あやつらは偉大なるシマロン王国の歴史を羨《うらや》み、愚《おろ》かにも穿《うが》った見方をしたのだ。自地域の正義ばかりを妄信《もうしん》的に|訴《うった》え、我等の与《あた》えた|恩恵《おんけい》への感謝や畏敬《いけい》がまったくといっていいほど記されていない」
「ははあ、なるほどね」
 ご機嫌《きげん》をうかがい損《そこ》ねたんだな。しかし彼等の気持ちも充分《じゅうぶん》理解できる。征服され|占領《せんりょう》されている相手を褒《ほ》めろといわれても、急にはできるもんじゃない。大切なレースの前なのだから、事前に心構えはできていたろうが、鬱積《うっせき》された恨《うら》みつらみは、ちょっとした切っ掛《か》けで噴出《ふんしゅつ》するものだ。たとえば些細《ささい》な一言で……。
「あっ」
 村田の台詞《せりふ》がゆっくりと再生された。
 自分の国の文化や歴史に誇りを持て。続けてもう一回。じぃぅぃーぶぅーうんのぉおうくぅうにぃいーのぉおぅう……エコー付き。
 あの人達が熱くなり、シマロン批判を展開しちゃったのは、まさかとは思うが村田のせい?
「いやそんな、まさかまさか」
 そもそもこの世界の歴史を|殆《ほとん》ど知らないおれに対して、誇《ほこ》りを持てというアドバイス自体、意味がないし……まさかあれは、おれへの助言ではなく、他《ほか》の連中を熱くするため?
「い、いやそんなそんな、まさかまっさかさま」
 とにかく自分は運がいい。殆ど事情を知らないお陰で、出題者の気に入る解答が書けたのだ。決して後味のいい作戦ではないが、郷《ごう》に入っては郷に従え。カレーのレシピは暗記しとけ。
 |曇天《どんてん》の外に駆け出すと、辺りは縦列|駐車《ちゅうしゃ》中の競技車でいっぱいだった。各チーム様々な牽引《けんいん》役が繋《つな》がれている。馬、牛、犬、猪《いのしし》、マッチョメン。
「おーい」
 おれは防寒具を振《ふ》り回し、癒《いや》し系動物の群れに走った。
「凄《すげ》ぇぞ、おれ。おれスゴーイ……何してんのフリン」
 カロリアの気丈《きじょう》な女領主は、銀の髪《かみ》をきっちりと結《ゆ》い上げて、地味なキャップで覆《おお》っていた。幼きシープマスター、メリーちゃんを従えて、手には|巨大《きょだい》な糸切り鋏《ばさみ》を握っている。裁縫箱《さいほうばこ》の住民の中で、最も危険な香《かお》りのするブツだ。
「待て早まるな、とりあえず話し合おう」
「Tぞうの毛を刈《か》ろうとしていたのよ。古くから平原組に伝わる勝負|化粧《けしょう》なの。ほら、顔も」
 鼻を掴まれてこちらを向いた顔には、くっきりと|眉《まゆ》が描《か》かれていた。眉毛犬ならぬ眉毛羊だ。そのオヤジ臭《くさ》くなった風貌《ふうぼう》に、思わず|脱力《だつりょく》してしまう。
「毛も刈ろうっての? 確かに羊はウールとってなんぼだけど。よせよー、こんな寒空に、プードルみたいになっちゃったら悲しすぎる」
 おれは豊かな羊毛を掻き分けてみた。
「なあTぞ……うっ」
 薄桃色《うすもむいろ》の温かい肌《はだ》に、浮《う》かび上がる|不吉《ふきつ》な三つの数字。
 666。
「やっぱ刈るのなし! なしなしなし!」
「ええー? とても|縁起《えんぎ》がいいのよー?」
「ありのままの羊でいいんだよ。じゃあフリン、ランベールまでひとっ走り行って来るわ。女子は観戦もできなくて気の毒だけど、ドゥーガルドの船なら安心だからそっちで待ってろ」
「ええ」
 足を引っ掛けて戦車によじ登る。フリンは軽く首を曲げ、こちらに向かって手を伸《の》ばした。
「うまいことノーマン・ギルビット演《や》ってくるからな。そしたら|旦那《だんな》の名声も上がる。カロリアの地位も少しは向上するだろ」
「……どうしてそこまでしてくれるの」
 互《たが》いの冷たい指先が触《ふ》れそうになり、ほんの数ミリですれ違う。
 国のことを語るときとは打って変わり、自信のなさそうな細い声になる。自信がないのはおれも同じだ。その質問にはうまく答えられそうにない。
「さあ……なんでだろう」
 なんでだなんでだろう。
「おい!」
 制服の胸がはち切れそうな係員が、言い掛かりをつける気満々で寄ってきた。背まで伸びた巻き毛だけは可愛《かわい》いらしい。
「ヨザック、|御者台《ぎょしゃだい》に」
「おいそこのシツジ車、ちょっと待て! どう見ても重量に難があるぞ、錘《おもり》を積まなければ平等|違反《いはん》だ」
 名前からして「軽くて夢みたーい」号だから、他の競技車よりは相当軽いだろう。でも規定に車体の重量制限は設けていなかったし、乗組員の総体重も申告させられなかったのだ。
 この場をどうやって切り抜《ぬ》けようかと、手綱《たづな》を握ったまま低く呻る。その間にも数台の競技車が、次々とスタートを切ってゆく。脇《わき》を通り過ぎた馬車の中に、マキシーンと美少女|双子《ふたご》の姿があった。気ばかりが急《せ》いていい案が浮かばない。
「じゃあ何かハンディになる荷物を積むから……ぎゃあ」
「村田!?」
 振り返ると、係員|兼《けん》兵士が、友人を毛布で簣巻《すま》きにして荷台に放《ほう》り込んでいた。自分の|行為《こうい》がツボにはまったのか、腹を抱《かか》えて豪快《ごうかい》に笑っている。衝撃《しょうげき》と下品な声に驚《おどろ》いて、羊が一斉《いっせい》に駆けだした。
「うぉぉっ!? こいつらどこっ、どっち行くつもりだッ!? そっちじゃない、右曲がりじゃなくて真っ直ぐ走れよっ?」
「言い忘れてたヨ、うん。シツジはちょっと方向|音痴《おんち》だかんネー、うん! うまいこと|御者《ぎょしゃ》役が操《あやつ》ってやってヨ、ねえ」
 羊が激しく方向音痴!? そんな特筆|事項《じこう》は契約《けいやく》時に教えてくれよ!
「仕方ないよ渋谷、仔羊《こひつじ》は迷えるものと相場が決まってるんだ。二千年以上前から聖書にも書いてあるぞ」
「おれ仏教徒だから知らねえもーん!」
 渾身《こんしん》の力で手綱を引っ張ると、気付いたTぞうが|一瞬《いっしゅん》だけ振り返った。
「ンモシカシテ(方向|間違《まちが》ってる)?」
 親分が角度を修正すると、たちまち正しいコースに戻《もど》った、良かった、さすが伝説の羊、の中の羊、クイーン・オブ・羊、背中に666を持つ羊。
 おれの賛辞に村田が水を差す。
「はあ? けどそれ999かもしれないんじゃないの? 銀河鉄道シツジーナイン」
 777ならコインもしくは糞《ふん》が、ザックザク。

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