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今日からマ王9-3
日期:2018-04-30 20:26  点击:395
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 押しても引いても鉄格子はビクともしなかった。
 ここからではとても届かないだろうが、それでも構わず村田は友人の名を呼んだ。
「渋谷ッ! 駄目だ、危険すぎる、早く気づけーっ!」
「何だ、何が駄目なんだ?」
 フォンビーレフェルト|卿《きょう》は村田よりかなり冷静で、特に取り乱してはいないようだ。ユーリの爆裂《ばくれつ》魔術《まじゅつ》に何度も遭遇《そうぐう》しているので、多少は免疫《めんえき》ができているのだろう。
「いつもの上様形態だろう。確かに強大で……傍迷惑《はためいわく》な魔術だが、しばらく物陰《ものかげ》でじっとしていれば、そのうち自然と正気に戻る。倒れた後の疲労困憊《ひろうこんぱい》ぶりは不安だが、その|症状《しょうじょう》ともこれまでどうにか折り合いをつけてきている。言ってみれば小規模な台風みたいなものだ。ぼくらが大騒《おおさわ》ぎすることでもないだろうに」
「そうじゃない、これまでとは違うんだ」
 ヴォルフラムは母親似の顔を曇《くも》らせ、|舞台《ぶたい》に立つユーリと村田を|交互《こうご》に見比べた。
「どこか違うか?」
「とにかく違うんだ、魔力の質や条件が異なるんだよ……まず、彼はもう|随分《ずいぶん》長いこと地球に戻っていない。これまでもそういうことはあっただろうが、戻らないまま何度も魔力を使い続けてはいないはずだ。それから、きみも見たろう? 船で。まるで渋谷らしくない[#「渋谷らしくない」に傍点]ことを言ってたじゃないか……僕はあれが不安なんだ……何か止めようのないことが、渋谷の中で起こってなければいいんだが……それに」
「猊下《げいか》、壊《こわ》しますか?」
 村田の|焦燥《しょうそう》を見て取って、ヨザックが格子を曲げにかかる。常人の力では広がらないと知ると、斧《おの》で金属を抉《えぐ》り始める。
「……それに僕がいる……最も危険だ」
「なに?」
「僕は彼の力を増幅《ぞうふく》させる。倍にも、下手をすれば数倍にも。|恐《おそ》らく魔力の質も変えるだろう。より|攻撃《こうげき》的に、破壊《はかい》的になる、かもしれない。破壊するために作られた関係だからね。熟練の術者なら自力でコントロールできるだろうが、王となって日の浅い、それどころか魔力に目覚めて間がない渋谷には、|制御《せいぎょ》するのは難しい」
 ヴォルフラムは一瞬、なんとも|不愉快《ふゆかい》そうな顔をした。だがすぐに王の知己《ちき》としての自信を取り戻し、畏《おそ》れ多くも双黒《そうこく》の|大賢者《だいけんじゃ》に、新参者を見るような視線を向けた。
「近くに行けば制御できるのか」
「きみが? だってフォンビーレフェルト卿、腰《こし》は」
「腰はどうでもいい! ユーリの近くに行けば、あいつの暴走を制御する助けになるのか?」
「確かではないけど、まあ多少は」
「来い!」
 入り口の|扉《とびら》を|蹴破《けやぶ》る。|両脇《りょうわき》に立つ兵士が不意をつかれているうちに、稍《さや》に収めたままの武具で|一撃《いちげき》を食《く》らわす。
「どこかに通用口があるはずだ。グリエの仕事を待つより早い」
「傷つくこと仰《おっしゃ》いますねェ、|坊《ぼっ》ちゃん」
 腰がいかれてモテなくなっても知りませんよ、と軽口を叩《たた》きつつ、ヨザックも後に従った。
 
 観客席を埋《う》め尽《つ》くす男達は、全員|揃《そろ》って上を向いていた。中にはだらしなく口を開いている者もいる。戦場に行ったことのない人間は、|魔術《まじゅつ》など目にする機会はないのだ。
 黒い空に雪で描《えが》かれる模様は、まるで生きているように滑《なめ》らかに動き、主《あるじ》の思惑《おもわく》どおりに姿を変えた。まず鳥、続いて犬、ネズ……いや、赤リス。
 ちょっとした一人雪祭りだ。
 バケツらしき形状をとった雪の塊《かたまり》は、観衆が「アーダルベルト、後ろ後ろ」と教える間もなく急降下し、円形|舞台《ぶたい》で|戦闘《せんとう》中の男に|襲《おそ》いかかった。
「ごぐ」
 後頭部を強《したた》かに打つ。
 がっちりホールドしていた腕《うで》が緩《ゆる》む。すかさずユーリは身を沈《しず》め、筋肉地獄から逃《のが》れて濡《ぬ》れた地面を転がった。
「……おい何だよ……通常戦闘で勝負じゃなかったのかよ。芸術|音痴《おんち》な魔術もありだってんなら、最初から言っといてくれねえと……あーあ、頭の形が変わっちまうだろ」
 アーダルベルトは瘤《こぶ》を確認《かくにん》するよう触《さわ》ってみている。
 ユーリも自分の喉《のど》に手を持っていくと、|汗《あせ》でも水でもないもので指が濡れた。血だ。無言のまま|掌《てのひら》を見詰《みつ》めるが、やがてそれを雪に|擦《こす》りつけた。
 じわりと白が朱《しゅ》に染まる。
 おもむろに顔を上げたときには、|瞳《ひとみ》の光は常とは異なっていた。
 斜《はす》に構え、腕組みをした立ち姿で、ひとを見下すよう僅《わず》かに顎《あご》を上げている。爛々《らんらん》と黒く輝《かがや》く眼《め》は、ただ一点、アーダルベルトに向けられていた。
「……己の出自に従わぬばかりか、あの幼き日、|純粋《じゅんすい》なる精神を決意に震《ふる》わせ、成人の|儀《ぎ》に|誓《ちか》った魔族への忠誠まで捨てるとは……」
 低音で響《ひび》きのいい声と、まわりくどく、不必要に難解な言葉《ことば》遣《づか》い。中途半端《ちゅうとはんぱ》な文語体で、時代劇|枠《わく》でしか聞けない役者口調。
 |間違《まちが》いない、久々のスーパー魔王モードだ。
「身勝手な恨《うら》みつらみを並べて|詭弁《きべん》を弄《ろう》し、故郷に背を向けての放浪《ほうろう》暮らし。それだけならまだしも、逆恨みとしか思えぬ愚《おろ》かな理由で、故国の騒擾《そうじょう》を望むとは! どこまで愚かで貧困な|魂《たましい》か。情けなさに余も鼻水を禁じ得ぬ」
 目より先に鼻から水が漏《も》れるタイプだ。
「しかぁもォ」
 宙に浮《う》かぶ|巨大《きょだい》なスモウ・レスラーの雪像が、台詞《せりふ》に合わせて片腕を振《ふ》り回した。突《つ》きだした五本の指を広げ、ストッブ・ザ・口応《くちごた》えの決めポーズ。生み出されたみぞれ混じりの寒風は、|容赦《ようしゃ》なく観客の全身を打つ。
 アーダルベルトはちょうど、こんな説教聞き飽《あ》きたしもう|攻撃《こうげき》しちゃっていいかなと思ったところを止められた。いいタイミングだ。
「……自らの権利ばかりを主張し、他《ほか》の者へ|譲《ゆず》ることを知らぬ……鳴呼《ああ》、古き良き慣習の、譲り合いの精神、お裾分《すそわ》けの心は何処《いずこ》へか」
 ものすごい悲劇に|見舞《みま》われたかのごとく、額に手を当て、天を|仰《あお》ぎみる。
 それに合わせて夜空で形を成す雪像が、ああんというように身をよじった。不気味だ。
「一つの勝利で満足せず、次の戦士の試合まで|奪《うば》おうとは何事か。フォングランツ、機会均等政策の敵め! おぬしのような不埒《ふらち》な男は、この言葉をこそ|弁《わきま》えるぺきであろう。いいか、そのでかい鼻の穴かっぽじってよーく聞くがよい。肝《きも》に銘《めい》じよ! 謙譲《けんじょう》の美徳!」
 会場中の何人かが、え? と小首を傾《かし》げた。それは無理だろう、しかも不衛生だろう。しかし大半の民衆は、何やらもっともらしい単語の羅列《られつ》に感心している。集団|催眠《さいみん》気味だ。
「最早《もはや》ぬしなど我等の|同胞《どうほう》にあらず。先代魔王もこう言っておる『戻《もど》ろうったって許さなくってよん』とな!」
 そこだけ口まねで言われても。
「なあ、へーカ」
 アーダルベルトは太刀魚《たちうお》状の剣《けん》の腹で肩《かた》を叩き、音を立てて首の筋をほぐした。
「その|眠気《ねむけ》を|誘《さそ》う説教、いつごろ終わる?」
 出番なく地上で主を見守るだけだったコンラッドは元より、ユーリの身分や立場を把握《はあく》できていないはずの|審判《しんぱん》や観客までもが、男の剛胆《ごうたん》さに|呆気《あっけ》にとられた。スーパー魔王を前にしての傍若無人《ぼうじゃくぶじん》っぷり。それこそ鼻でもほじ……掃除《そうじ》し始めそうだ。
 |握《にぎ》り締《し》めたユーリの|拳《こぶし》が、怒《いか》りのせいか微《かす》かに震えた。
「……むう、マッスルにつける薬なし……やはり|脳《のう》味噌《みそ》まで筋肉に侵蝕《しんしょく》されているか」
「そう言うが、ヘーカ。筋肉はいいぜー? ピクピクさせれば退屈《たいくつ》しのぎにもなる」
「|黙《だま》れ! 国内に無駄《むだ》な混乱を起こし、余の権力|失墜《しっつい》を望む謀反《むほん》者めが! フォングランツ、その存在は余の完全無欠絶対統治、名付けて『わが銅像《ドウゾー》』計画の道程における大きな障害である。同族といえど造反、|出奔《しゅっぽん》は国家の大罪。この際、血を流すことも厭《いと》わぬ……!」
 天を指した右腕を派手に振り下ろし、食指が真っ直《す》ぐにアーダルベルトを狙《ねら》う。死刑宣告三秒前。
「やむを得ぬ、おぬしを|斬《き》るッ! 正義の刃《やいぱ》を身に浴びて、福本清三の如《ごと》く|倒《たお》れるがよい!」
「|誰《だれ》だそりゃ」
「成敗《せいばい》ッ」
 雪の積もったユーリの足元には、紅《くれない》に染まった「正義」の二文字。彼の頭上だけにはらはらと舞《ま》い落ちる、薄桃色《うすももいろ》の桜吹雪《さくらふぶき》(でも雪)。
 地上に残されたコンラッドは、不穏《ふおん》な単語の連続に言い知れない不安を感じていた。
 ここからでは、はるか上方の舞台の様子は判《わか》らない。だが、声しか聞こえないにもかかわらず、いつもの彼との違いに|戸惑《とまど》う。
 何かが違う。これまでのユーリとは、どこかが大きく異なっている。取り越《こ》し苦労《ぐろう》であればいいのだが。
 とりあえず、斬るといっておきながら、ユーリの攻撃方法が剣ではない点は通常どおりだ。
「くそっ」
 ウェラー卿は|装飾《そうしょく》用の短剣を引き抜《ぬ》き、舞台の土台ともいえる円柱に突き立てた。次いで長剣を上に刺《さ》し、腕の力で身体《からだ》を引き上げる。まずその二つを足掛《あしが》かりに、一歩ずつ登るしカない。
「うおおっ、雪が」
 誰かが|恐怖《きょうふ》のあまり|叫《さけ》んだ。
 大雑把《おおざっぱ》な女体の形をとっていた雪|溜《だ》まりが、|突如《とつじょ》として表情を変え、アーダルベルト目がけて急降下してくる。
 落ち窪《くぼ》んだ眼窩《がんか》と怒りに広がった口。ちなみに縦長。音声をつければ「あおぅ」だろう。
 場内に高音のラッパが流れた。避難《ひなん》警報発令だ。
 上空は紋様《もんよう》を描く雪風が荒《あ》れ狂い、超《ちょう》局地的な悪天候となっている。ピンポイント吹雪《ふぶき》だ。だが、魔術に従う自然現象の余波で叩きのめされても、席を立つ客は|皆無《かいむ》に等しかった。
 こんな闘《たたか》いは一生の内にそう何度も見られるものではない。皆《みな》、爆裂《ばくれつ》とうきび粒《つぶ》を持つ手も止め、|膝《ひざ》に零《こぼ》した酒もそのままだ。飛ばそうとした急上昇風船に吹《ふ》き込んだ息が、口の中に逆流している者もいる。振り上げた拳を下ろすのも忘れている者、開いた口が塞《ふさ》がらない者。中には逃《に》げたくても恐怖のあまり動けず、今夜うなされることが確定した者達もいた。
 こんなに凄《すご》いものが見物できるのなら、流れ雪に当たって被害《ひがい》を受けてもかまわない。女房《にょうぼう》に実家に帰られても、今晩ばかりは門限破りだ。
 勇敢《ゆうかん》というよりも|享楽《きょうらく》的。意外に砕《くだ》けたシマロンの国民性。
 白い魔像《まぞう》に襲いかかられ、アーダルベルトは短く舌打ちした。僅かに怯《ひる》み後方によろめくが、すぐに冷静さを取り戻す。指を擦りほんの一滴の血を刃先《はさき》に残すと、何事か|呟《つぶや》いて顔の前に剛直《ごうちょく》な武器を翳《かざ》す。
 |一瞬《いっしゅん》にして剣が真っ赤に染まり、鋳造途中《ちゅうぞうとちゅう》の鉄のような熱と輝きを放つ。突っ込んでくる雪像が、真っ二つに割かれて蒸気となった。
「なに!?」
 初めての経験に魔術の使い手は動揺《どうよう》を隠《かく》しきれない。これまで誰一人《だれひとり》として|抵抗《ていこう》する敵はいなかったのだ。決して同族だからと手加減したわけではなかった。本当だ。あのちょっととぼけた冷たい鬼女《きじょ》だって、雪ギュンターよりも数倍|怖《こわ》い。
「……ははあ。人間の地で、その上|隣《となり》に|神殿《しんでん》まであるってな素晴らしい|環境《かんきょう》で、これだけ魔術が使えるたぁたいしたもんだ。さすがは王になるべく生まれた魂、並みの魔族とは違うってとこか」
 蒸発した水分はすぐに|冷却《れいきゃく》され|結晶《けっしょう》と化し、再び魔王の忠実な要素として攻撃に備える。白い蜂《はち》が群をなすみたいに、空は雪粒で埋《う》められた。
「凄《すげ》ぇな、ハエの大群」
 なんという不潔なことを。発想からして汗くさい男は、嘲笑《ちょうしょう》ともとれる形に唇《くちびる》を歪《ゆが》ませた。
「だが、あまり調子に乗るなよ。相手が必ず無抵抗で、お前の足元に|跪《ひざまず》くとは限らんぞ」
 |煙《けむり》を上げていた熱の剣が、|徐々《じょじょ》に元の色を取り戻す。
「忘れたか? オレは魔族としての自分を捨てた。地位も身分も名も……魔力もな。だが代わりに得たものも多くある。人間の使う法術もそのひとつだ」
 腿《もも》から離《はな》した左手を軽く開く。五本の指先に、青い染《し》みが広がった。
「ここは法力に従う要素に満ちている。さすがに大国シマロンの神殿だけあるな。もっともこんな空気の変調など、偉大《いだい》なる陛下には|些細《ささい》なことかもしれんがね。だが、オレが法術を操《あゆつ》るには絶好の場所だ」
 青銅色の染《し》みは炎《ほのお》となり、指を離れ宙を漂《ただよ》った。墓場の燐《りん》によく似ている。
「しかも相手は当代魔王ときた。いいねえ、痺《しび》れるね。こんな好機は二度とないだろうよ」
「……余の成敗に逆らうか」
 |漆黒《しっこく》の|瞳《ひとみ》が、冷酷《れいこく》に|煌《きら》めく。平素の彼を知る人が見れば、別人かと思うほどだ。
「よかろう、フォングランツ・アーダルベルト。おぬしとその血族はたった今、余の粛清《しゅくせい》目録の頂点に記された。第二十七代魔王の名において、グランツ家の|末裔《まつえい》までの排除《はいじょ》を宣言する」
「待て! 親族は関係がないだろうが」
「王に仇《あだ》をなす一族など、余の治世には|邪魔《じゃま》なばかりだ。ああ、だがフォングランツ、おぬしが気に病《や》むことはないぞ。ただ辿《たど》り着く先で待つがよい。今この小雪|舞《ま》う|舞台《ぶたい》上で、グランツの血を引く者のうち、誰より先に|地獄《じごく》へと送ってやろう」
「おいおい、何か人格が変わってきてねえか? お株《かぶ》を奪われてるような気がするぜ」
 ふと目線を下げると足元の血染めの文字が、いつもの形と少々違う。「正義」ではなく「止義」だ……一本足りない!
「問答無用ッ、|覚悟《かくご》せいアーダルベルト! 割れ顎《あご》をいっそう割ってくれるわ!」
「ちっ」
 |巨大《きょだい》な雪像が細かな塊《かたまり》に分解した。親指程度の小さな飛行物体が、アーダルベルトをぐるりと取り囲む。歯を剥《む》き出して標的に向かう姿は、雪の|妖精《ようせい》に囲まれているというよりも、肉食|昆虫《こんちゅう》が集団で獲物《えもの》を|襲《おそ》うようだ。
 青い鬼火《おにび》が目にも留まらぬ速さで飛び回り、次々と敵を融《と》かしてゆく。蒸発しても湯気はすぐに冷やされ氷粒になり、魔術の使い手の元へと戻っていった。
 埒《らち》があかない。
 ユーリは焦《じ》れて唇を噛《か》み、頭上で吹雪を一度だけうねらせた。思いどおりに動くのを確かめると、右手を高々と挙げて指を鳴らす。氷を含《ふく》む風は強力な刃となり、倒すべき男に斬りかかる。
「……うっ」
 アーダルベルトは赤々と透《す》き通る剣を翳《かざ》し風刃を避《よ》けたが、頬《ほお》と両の肩を深く裂《さ》かれた。温かなものが顎まで伝う。その血に群がるようにして、奇怪《きかい》な雪の精が飛びかかった。
 いつにもましてグロテスクだ。
 どの角度からどう見ても、ユーリが悪でアーダルベルトが善人に見える。場内に沸《わ》き起こる熱いフォングランツコール。今、|闘技《とうぎ》場は一体となった。
「うるせえぞ、虫みてーにブンブンブンブンと……ッ!」
 新巻鮭《あらまきざけ》を大きく振《ふ》り回す。たかっていた白い連中が分散し、再び上空の吹雪と合流する。アーダルベルトは氷の刃を切り裂きながら、十歩ほど走って間合いを詰《つ》めた。元々そう広くもない円舞《えんぶ》台だ。すぐに斬り合える|距離《きょり》になる。
「お前の魔術がオレを殺すよりも、オレの剣《けん》がお前の喉《のど》を突《つ》くほうが先だろうよ。さあ魔王、早く試《ため》してみろ。その指で、雪球でも何でもぶつけて見せろ」
「……いいだろう」
 ユーリが指を鳴らすのと、アーダルベルトが下から剣を突き上げるのとは同時だった。だがその数|拍《はく》前にコンラッドが、|乏《とぼ》しい足場でどうにか頂上へと登り着いた。
「やめろアーダルベルト!」
 遅《おそ》い。魔族を捨てた男の一連の動作は、既《すで》に止められる段階ではなかった。コンラッドの言葉が聞こえたとしてもだ。
「ユーリの|魂《たましい》はジュリアのものだ!」
 切っ先は、皮膚《ひふ》一枚を|斬《き》っただけでぎりぎり左に逸《そ》れた。
「なに……?」
 つんのめって前に|倒《たお》れ込んだアーダルベルトの上に、|容赦《ようしゃ》ない|豪雪《ごうせつ》が|雪崩《なだ》れてきた。武器を|握《にぎ》る|右腕《みぎうで》の肘《ひじ》から先を残し、雪山の下敷《したじ》きとなって動きが止まる。
 数秒間静まり返った客達が、バネ仕掛《じか》けみたいに|一斉《いっせい》に立って|歓声《かんせい》をあげる。
 勝者は振り返った。
「……だ……」
 |誰《だれ》だと問いかけそうになりながらも、コンラッドは口を噤《つぐ》んだ。冷たく、人を引きつけて離さない眼《め》をしている。
 だが|優《やさ》しさは、欠片《かけら》もない。
 

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