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今日からマ王10-4
日期:2018-04-30 20:39  点击:262
      4 オスト
 
 天候に問題があるとは思えなかった。
 レジャンが憤《いきどお》りも露《あら》わにフロントから戻《もど》ってくる。昨夜、朝一番の便を予約したにもかかわらず、もう四時間も待たされているのだ。
「飛ばないそうだ」
「え、この程度の天気で!?」
 ベンチで靴《くつ》先を見詰《みつ》めていたエイプリルは、空港側の返事に腰《こし》を浮《う》かせた。同時にレジャンらしくない焦《あせ》った様子にも、気付かれないように|驚《おどろ》いてしまった。
 灰色の雲が空を覆《おお》ってはいるが、ベルリンの気候は一年中そんなものだ。フライト時刻に雨も雷《かみなり》もないのに欠航していたら、飛べる日が数えるほどになってしまう。
「なにしろ春の天気と男心とも言いますからね、なーんて、カウンターのご婦人に言われちゃったよ。彼女を責めてもどうにもならないけど、嫌《いや》がらせかいって|訊《き》きたくなったね」
「へーえ」
 大小一つずつの荷物を足下に置いて、DTが頓狂《とんきょう》な声をあげる。
「ドイツじゃ男心のが変わりやすいんだなぁ!」
「……あんたはホント、気楽でいいわね」
 レジャンは自分の旅行|鞄《かばん》を持ち上げると、エイプリルに手を差しだした。立つのに助けが必要だと思ったのだろう。彼女は医師の指を軽く|握《にぎ》ったが、力を借りることはしなかった。この程度の、しかも自分の愚《おろ》かさのせいで負った傷で、いつまでも他人の助力を当てにしてはいけない。
 それにしても何故あんな|馬鹿《ばか》な|真似《まね》をしてしまったのか。思い出す度《たび》に耳まで熱くなる。
「仕方がない、汽車で行こう。時間的には三倍以上かかるけど、粘《ねば》ったところで欠航が変わるわけでもないし。ただでさえ後《おく》れを取っているんだ。明朝まで待ってはいられないよ」
「汽車では直接行けないんじゃなかったの?」
「それは空路でも同じだよ。どのみちフランクフルトからは列車と車で乗り継《つ》ぎだ。それもうまく捕《つか》まればいいけれど、最悪の場合は民家から乗り物を買い取るしかない」
 馬で山道を行く姿を想像し、エイプリルは頭を抱《かか》えたくなった。蹄《ひづめ》を持つ動物にはいやな思い出がある。五年程前、エジプトで暴れラクダに吐瀉《としゃ》物をかけられ……。
「……まるで|誰《だれ》かに|邪魔《じゃま》をされているみたいだな」
 タクシーに乗り込むレジャンの|呟《つぶや》きで、エイプリルははっと我に返った。
「あたしたちが箱を探しに移動するのを、誰かが見越《みこ》して手を回してるってこと?」
「いや、そう疑いたくもなるって程度の話だよ。フランクフルトまでの国内便は飛ばないのに、パリ行きの国際便は飛ぶなんて言うからね」
 彼女達がベルリンを発《た》つのを知っているのは、例によってヘルムート・お世話係・ケルナーくらいだ。だがあのいけ好かない将校にしたって、目的地までは予想できないはずだ。昨夜のレジャンの大|活躍《かつやく》を見ていれば、堂々の凱旋《がいせん》帰国と考えるのが|普通《ふつう》だろう。彼は多くの絵画を落札しまくり、進行役のドイツ人に嫌味《いやみ》まで言われたのだ。今晩は退廃《たいはい》的な作品のコレクターがいらっしゃるようです、と。
「でもどれもまともな額じゃなかったよ、非常識なほど低かった」
 祖母に連れられて何度も足を運んだが、あんな不快なオークションは初めてだ。主催者《しゅさいしゃ》は海外からの客を見下し、作品には必ず愚弄《ぐろう》の言葉がついてくる。
「賢《かしこ》い作戦とはいえないね。外貨の獲得《かくとく》を狙《ねら》うのなら、もっと作品を賛美して値段を釣《つ》り上げるべきだ。心にもない言葉を並べ立ててでも。いずれにしろあれだけ派手に落としたんだから、僕の立場としては一刻も早く帰国するのが普通だろうな。ボスに褒《ほ》めてもらいたいし」
「ケルナーがあたしたちの本当の目的を知っていれば別だけど……まさか」
 エイプリルは相棒をジロリと見た。
「な、何よ」
 アジア人の真っ直《す》ぐな|黒髪《くろかみ》が跳《は》ね上がる。
「DT、あいつに|喋《しゃべ》っちゃったりしてないでしょうね」
「なっ、なななないないないないないっ!」
「だって昨日、いやに打ち解けてたじゃないの」
「それはお前さんがオレを無理やりッ」
「あたしが無理やり何したっていうの?」
「あのヤバい男と二人きりにー……ううーん……」
 助手席でレジャンが短く笑った。
「昨日の午後はまだ目的地が決まっていなかったよ」
「そーだぞエイプリル! 知らないもんは喋りようがねえよ」
「じゃあなんでそんなに慌《あわ》てたのよ」
 内心、慌てているのはエイプリルのほうだった。自分には一人だけ心当たりがある。
 デューターだ。
 リヒャルト・デューターは彼女達のお目当てが絵画などではなく、強大な力を封《ふう》じた「鏡の水底」であることを知っている。次の目的地こそ悟《さと》られてはいなかろうが、箱を探しだし取り戻すまでは、帰国しないものと思われているだろう。
 指先にあの感触が甦《よみがえ》る。石膏《せっこう》でも金属でもゴムでもない、動物の革《かわ》の上に|特殊《とくしゅ》な蝋《ろう》を引いたような。
 彼は|何故《なぜ》、自らも属する親衛隊の目を盗《ぬす》み、「腕《うで》」を|奪《うば》って行ったのか。
「あの将校のことを考えてるね」
「……ええ、そう。不思議でならないのよ。どうして『腕』を強奪しに来た奴《やつ》が、ボストンであたしたちを脅したのか。だってそうでしょう、箱を得《え》るのが誰であろうと、あいつには関係ないはずじゃない?」
「それについては話していないことがある。列車内でゆっくり説明するよ。時間だけはたっぷりとあるし。それにしても彼はついに奴呼ばわりか。昨日ちらりと見た感じでは、きみと気が合うように思えたんだが。随分《ずいぶん》嫌《きら》われたもんだねー」
 エイプリルの話でしか聞いていないレジャンは、デューターがどんな人間か判《わか》っていないのだ。無表情で高圧的で、どこか他人を見下している。頑《かたく》なで自分以外の人間を信じないくせに、|逃走《とうそう》手段を忘れるような初歩的なミスをやらかす。|同僚《どうりょう》との間にも一線を引き、決して打ち解けようとしない。一人きりで生きているみたいな顔をして、そのくせ「先祖」なんて言葉に縛《しば》られている……。
「話を聞いた限りでは、きみたちはとてもよく似ているみたいだね」
「あたしが!? リチャードと!?」
「リチャードぉ?」
 ここぞとばかりにDTが冷やかす。
「なんだよ人のこと疑っておいて。打ち解けてるのはオレじゃなくてお前さんだろー」
「単に言いやすくしているだけよ!」
「とにかく、敵なのかそうじゃないのかがはっきりするまで、|慎重《しんちょう》に接する必要がある。僕達の行き先に勘《かん》付いているのかもしれないし。まあ行き先といったって、箱が本当にアール……そこに向かったのか、確信があるわけじゃないんだけどね」
 タクシーの運転手に聞かれないよう、三人は英語での会話を続けていた。だがドイツの地名を口にする際は、少々注意が必要だ。
「ただ、箱の蓋《ふた》を開こうと|躍起《やっき》になってる連中が……|装飾《そうしょく》部の文字を解読していたら、おのずと目的地は限定されてくるはずなんだが」
「結局、何て書いてあったの」
「さあねえ。僕も紀元前のバビロニアに住んだことはないからね。迂闊《うかつ》に箱を開けよう、門を開こうとして災難に遭《あ》った人々が、後世のために書き記したんだろうけど」
 レジャンは腕《うで》時計に目をやった。フランクフルト行きの発車時刻まで、そう間がない。
「バープ氏が一部は解読していたわね。『|鍵《かぎ》』は、清らかなる水であるって一節」
「うん。まあ|恐《おそ》らく残りの部分は、開けるな注意とか危険とか書かれているんだと思う。そういう重要な部分こそ読んで欲しいものだよ。総統の下僕の皆《みな》さんにも」
「清らかなる水……」
 エイプリルは人差し指で顎《あご》に触《ふ》れた。この言葉から想像できるのは、河川の水源か雪解け水、あるいは銀の杯《さかずき》に注がれた聖水か。ああ、レジャンの話では、宗教性はないということだった。
「どっちにしろ、本来の箱の性質さえ知っていれば、特にあの文字を解読する必要はないんだけど」
 フランス人医師がぽつりと漏《も》らした一言に、エイプリルは助手席の革を掴《つか》む。
「知ってるの!?」
「知ってるよ。非常に幽《かす》かで|朧気《おぼろげ》な|記憶《きおく》だけど」
「じゃあ、清らかなる水が何を指すのかも知ってるのね?」
「もちろん……そんなに|訊《き》きたそうな顔をしないでくれ。眼《め》までキラキラさせちゃってさ……判ったよ、教える、教えるから」
 降参の印に両手を顔の脇《わき》に上げて、レジャンは一つの単語を口にした。
「血だ」
「……血……って、誰の。清らかと称《しょう》されるのは……まさか赤《あか》ん坊《だう》を生贄《いけにえ》にするわけじゃないでしょうね。宗教的どころかそれでは悪魔《あくま》信仰《しんこう》よ」
「今のところ、誰でもない。こちらの世界にはまだ存在しない子供だ。どういう意味かは追及《ついきゅう》しないでくれ。おっと」
 車は駅舎からかなり離《はな》れた場所で止まった。乗り付けたタクシーと人の波が多すぎて、それ以上近くに寄せられないのだ。
 駅前の広場の石畳《いしだたみ》は、ベルリンを発つ人々で溢《あふ》れかえっていた。
 
 あの|穏《おだ》やかなレジャンが|切符《きっぷ》売り場の女性に向かい、何度も声を荒《あら》げた結果、ようやく二等の切符を手にして戻《もど》って来た。聞くところによると国内線の空路ばかりか、国際線の半分以上が欠航になったため、そちらの利用客が|一斉《いっせい》に駅へと押し寄せたらしい。
「それだけかしら」
 ホームはおろかカフェにもバーにも溢れかえる人々を見回して、エイプリルは首を傾《かし》げた。この時期の平日にしてはやけに家族連れが多い。母親は幼児を胸に抱《だ》き、年長の子供は弟妹の手を引いている。父親達はいずれも持てる限りの荷を背負い、両手にまで大きな旅行|鞄《かばん》を提げていた。
「なんだか皆、長いバカンスにでも出掛《でか》けるみたいね」
「バカンスだか大移動だか知らねえけど、オレこんな混んでる駅見るの初めて」
「|脱出《だっしゅつ》しようとしてるんだよ。とにかく早くドイツから逃《に》げなきゃいけない、飛行機がなければ鉄道でも。ベルリンから国際線が出なくても、フランクフルトまで行けばまだ乗れる便があるかもしれない」
「逃げる? なんでまた自分の国から。植民地に移民でもするのかい?」
 アジア系アメリカ人にはピンとこないようだ。
 申し訳ない思いで大人や子供を掻《か》き分け、フランクフルト行きホームヘの通路を進む。実際の|距離《きょり》よりもずっと遠く感じたのは、人々の視線のせいかもしれない。
「|畜生《ちくしょう》、時間がないのに!」
 前を行くレジャンがいきなり立ち止まった。踵《かかと》に不必要な力が掛《か》かり、昨日の傷が刺《さ》すように痛む。
「どうしたの?」
 |肩越《かたご》しに前方を窺《うかが》うと、ただでさえ混雑しているホームの入り口で、何人もの兵士が乗客を堰《せ》き止めていた。子供の分まで身分証を提示させ、一人ずつ馬鹿《ばか》丁寧《ていねい》に調べている。それでも客達が不満を言って|騒《さわ》ぎださないのは、兵士達が武装しているからだ。
 しかも無事に通過して客車に向かう者よりも、旅券を突《つ》き返され押《お》し戻される者のほうがずっと多い。切符がありながら列車に乗れない人達は、|沈《しず》んだ顔で別の列に並び直している。
「よりによってこんな時に、検問だなんて」
「どうしてかしら、|殆《ほとん》どの人が乗れないみたい。パスポートに何か不備でもあ……」
 視界の端《はし》に黒い影《かげ》がちらついた。二つ向こうの列を掻き分けて、長身の男が兵士の前まで歩いてゆく。昨日一日で見慣れてしまった親衛隊の制服だ。鉤十字《かぎじゅうじ》を描《えが》いた赤い腕章《わんしょう》と、軍帽《ぐんぼう》の中央に光る悪趣味《あくしゅみ》な髑髏《どくろ》。
 バネ仕掛《じか》けみたいに敬礼する兵に向かって、右手に持った革のケースを軽く上げてみせる。
 ざわめきの中、彼の声だけが耳に届いた。
「シュルツ|大佐《たいさ》の元へ、この中身を届けに行くところだ」
「どうぞ中尉《ちゅうい》、お通りください。お見苦しいところを……楽器ですか?」
「ああ。御前《ごぜん》での|晩餐会《ばんさんかい》でどうしてもお聞かせしたいそうだ」
 あの肩には覚えがある。あの声にも聞き覚えがある。そしてあの、トランペットには長すぎる革《かわ》トランクの中身にも、確かに心当たりがあった。
 居並ぶ客の横をすり抜《ぬ》け、リヒャルト・デューターは客車の|最後尾《さいこうび》へと歩いていった。憎《にく》しみと絶望の混じり合った冷たい視線で、人々は親衛隊将校の背中を見送る。
「……エイプリル!」
「はい?」
 レジャンに二の腕を掴まれていた。
「聞いてなかったのか? いいかいエイプリル、もしも言い掛《が》かりをつけられて、三人のうち|誰《だれ》かが引き留められた場合だ。そうなったら通過できた者だけでも列車に乗るんだ。発車時刻はもう過ぎてる。三人|揃《そろ》うのを待っている時間はない。残った者はすぐに追いかけて、最終的にはアールバイラーで落ち合おう。いいね? これ以上|遅《おく》れをとりたくない。誰か一人でも行くべきだ」
「そうね、わかった。判ってる」
 焦《あせ》った人々の列に押され、三人はすぐに離れてしまう。やっと順番が回ってきた時には、汽車は蒸気を吹《ふ》き始めていた。無理もない、もう定刻を|随分《ずいぶん》過ぎている。
 自分の荷物をしっかりと|握《にぎ》り、開いたパスポートを兵士に差し出す。二十歳を過ぎたばかりの若い男は、見慣れぬ身分証に|戸惑《とまど》った。合衆国の旅券が初めてなのか、隣《となり》の列の上官らしき男に声をかける。しかしそちらの混雑も凄《すさ》まじいので、振《ふ》り向いてさえもらえない。
「ぼーやったら、どこに目ェつけてるのかしら。それは正真|正銘《しょうめい》の本物なのよー。早くしないとアンタを蹴倒《けたお》して、問答無用で|突破《とっぱ》するわよー?」
 にっこりと|優雅《ゆうが》に|微笑《ほほえ》みながら、英語で|呟《つぶや》く。
 一つおいた古参兵の前の列では、DTが同じように止められていた。レジャンは通れたかと首を回すが、あと一人という位置で待たされている。医師が苦い顔で舌打ちした。控《ひか》えめな汽笛を一度だけ鳴らし、列車がゆっくりと動きだしたのだ。
 このままでは誰もフランクフルト行きに乗れない。
 若い兵士を蹴倒すべく、痛む右脚《みぎあし》を後ろに引いた時だった。
「乗せてくれ!」
 取り乱した中年の男が、検問官を突き飛ばして駆《か》けだした。
「乗せてくれ! カッセルで|親戚《しんせき》が待ってるんだ」
 その悲痛な|叫《さけ》びを皮切りに、人々が一斉に騒ぎ始めた。エイプリルは背中を強く押され、前のめりに倒れかかる。若い兵士が反射的に避《よ》けたため、踏《ふ》みとどまれず、冷たい地面へと無様に転んだ。
 顔の|両脇《りょうわき》には誰の足もない。押された拍子《ひょうし》に列を抜けてしまったのだ。
「っじょーだんじゃねーぞ!? これは本物のアメリカ合衆国のパスポートだっつーの!」
 聞き慣れた英語で誰かが叫んだ。抜群《ばつぐん》のタイミングでDTが古参兵に掴みかかっている。
「見ろよホラ、ここに|偉《えら》い人のサインがちゃんとあんだよ! |嘘《うそ》だと思うなら大統領に電話しろよ、お前んとこのチョビヒゲに電話で文句言ってくれるからよっ」
 通じてないと思っていい加減なこと言っちゃって。エイプリルは痛む足を堪《こら》えて立ち上がった。金皮はレジャンがフランス語で何か叫びだした。口汚《くちぎたな》い|罵倒《ばとう》かと思いきや、人権宣言を詠唱《えいしょう》している。文節の間に短く言葉が入って、彼女の脚《あし》はそれを合図に地面を|蹴《け》った。
「行け!」
 動き始めている列車のタラップ目指して、エイプリルは振り向かず走った。なんとかあの赤い手摺《てす》りを掴めれば。
 騒乱《そうらん》に巻き込まれた兵士達が|発砲《はっぽう》し、左脚の脇で二発の銃弾《じゅうだん》が跳《は》ねる。自分と同じように客車目指して走っていた男が、弾《はじ》かれたように反り返って倒れた。斜《なな》め後ろにいた女性も、|諦《あきら》めたように|膝《ひざ》をつく。
 止まっちゃいけない。止まって両手を挙げているときではない。
 頬《ほお》のすぐ横を熱い風が過ぎるが、それが何なのかは考えない。何発もの銃声が背中から追ってくるが、当たるはずがないと自分に言い聞かせる。
 右手の指先までを必死で伸《の》ばして、エイプリルは赤い手摺りを掴《つか》もうとする。だがあとほんの一歩というところで、汽車が力強い|煙《けむり》を吐《は》いてスピードを上げた。
 届かない。
 絶望した|瞬間《しゅんかん》に、がくりと視線が下がり、視界から赤い鉄が消えた。
 すぐに傷の痛みが甦《よみがえ》るだろう。そうなったらもう走れない。
「グレイブス!」
 反射的に顔を上げると、最後尾の|扉《とびら》を人がこじ開けたところだった。
 見覚えのある黒い制服の男が、荒っぽく白|手袋《てぶくろ》を外し、上半身を折るようにして身を乗り出す。
「手を伸ばせ!」
「リチャード!?」
「リチャードでは……こんなときにっ」
 将校の姿が目に入ったのか、後方からの発砲は止《や》んでいた。
 エイプリルはリヒャルト・デューターの手を掴む。
 あの腕とは|違《ちが》う。
 温かかった。
 

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