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今日からマ王14-6
日期:2018-04-30 21:22  点击:390
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「皇帝《こうてい》!?」
 話が違う。聖砂国は王制国家ではなく、帝政国家だったのか。
 宮殿《きゅうでん》の奥深くへと招き入れられ、国主の謁見《えっけん》の間に通されてから、通詞のアチラはおれたちに告げた。イェルシー皇帝陛下の御出座《おでま》しまで、こちらでお待ちを? と。
 ここに至っておれは初めて、首脳会談の相手の名と、彼が王ではなく皇帝である事実を知らされたのだ。
「お、おいおい、そんなこと誰も教えてくれなかったじゃないか。だったら最初から聖砂帝国って名乗ってくれよ」
「何を弱気になってんですか、坊《ぼっ》ちゃん。王様陛下も皇帝陛下も大して変わりゃしませんってぇ。呼び方がちょいと違うだけ。場合によっちゃ世襲《せしゅう》色が薄《うす》いとこなんか、寧《むし》ろうちの国に近いくらいですよ」
 ヨザックは気楽だ。
「そのちょっとが微妙《びみょう》なんだよー」
「微妙といえばこの服ですよ」
 お仕着せの上着の布を摘《つま》んで顔を顰《しか》める。
「坊ちゃんのもです。こんなぼんやりした色、全然似合わない。グリ江にしてみれば、もっさい服で余所《よそ》の国の君主に目通りしなくちゃならないことのほうが、よっぽど重大な問題よ。ああん、もういっそ全部|脱《ぬ》いでしまいたい!」
「よせよ、身《み》悶《もだ》えるなよ。そんなことしたら裸の王様になっちゃうだろ」
 裸の王様というと弱くて愚《おろ》かなイメージがあるが、下の部分を皇帝に入れ替《か》えただけで、傷だらけのローラっぽい格好良さを感じるのは何故《なぜ》だろう。
 もちろんアレキサンダー大王を始めとする称号・王様連合だって凄《すご》いのだが、童話に登場しすぎたせいか、一方ではにこやかな好々《こうこう》爺《や》の姿も想像できる。ところが皇帝と言われると、ナポレオンやらネロやらの大人物が次々と現れて、優《やさ》しそうな様子がさっぱり浮《う》かんでこない。戦争上手だったり圧政を敷《し》いたりと、あくまで恐怖の絶対権力者という先入観があるのだ。
 ペンギンだって皇帝と呼ばれていたときとキングと呼ばれていたときでは、前者の方が強そうに感じる。
 もっとも村田あたりに言わせれば、ベッケンバウアーとかプラティニとか、おれの知らない名前が幾つも挙がるだろう。どちらかは将軍だったかもしれない。
 ともあれ、おれの些細《ささい》な拘《こだわ》りをよそに、聖砂国皇帝は謁見の間へとやって来た。部屋は縦に長く、金色に塗《ぬ》られた天井《てんじょう》は、船底みたいに円《まる》くなっていた。床と壁《かべ》には精巧《せいこう》なモザイクで、神族の歴史が年代に沿って描かれている。踏《ふ》んではいけないお約束の画があるらしく、おれたちは全員カエルみたいに跳《は》ねながら移動させられた。泥汚《どろよご》れ厳禁の貴重な絵なら、端《はな》から床になど飾《かざ》らなければいいのに。
 出座を告げる従者の声に続き、正面の緞帳《どんちょう》がゆっくりと上がる。薄絹《うすぎぬ》のカーテン一枚|隔《へだ》てた向こう側に、人が入ってくる気配があった。
 ストレス性の動悸《どうき》息切れ、胃痛、頭痛、胸焼けのゲージが一気に上がる。
 イェルシー陛下は、薄絹のカーテンの向こうから話し掛けてきた。
「ぷすけぶ?」
 何とも気の抜《ぬ》ける皇帝のお言葉だ。しかしこんな場合でも省略話法は生きている。語尾《ごび》は確実に疑問形だ。おれの超《ちょう》訳では「苦しうない、近う寄れ」だったが、流石《さすが》に専門家の仕事は一味|違《ちが》った。
「長旅を?」
 簡潔だ。
「あ、お気遣《きづか》いありがとうございます」
 どう答えたものか判らずに、サラレギーをそっと窺《うかが》った。彼のほうが就任日数に於《お》いてはおれより先輩《せんぱい》である。だが若き小シマロン王は特に挨拶《あいさつ》をするでもなく、口元に微《かす》かな笑《え》みを浮かべたままだった。
 ああそうか。一応こっちだって国を代表する立場なのだから、あんまり卑屈《ひくつ》な態度に出てはまずいのか。おれみたいに経験の少ない新前魔王《しんまいまおう》は、実戦で学んでいくしかない。
 聖砂国皇帝は次に先程《さきほど》よりずっと長い台詞《せりふ》を口にした。あらゆる事態を野球に喩《たと》えて説明しては周囲に嫌《いや》がられてばかりいるおれだが、聞いたこともない言語の長台詞ときては、得意のベースボールロジックも役には立たない。アニシナさんご自慢《じまん》の魔動珍《まどうちん》メカを借りてくるべきだった。
「この度《たび》はお二方の訪問、非情に嬉《うれ》しく思います。ところで何か飲み物を?」
 通訳が真剣《しんけん》な顔で訳すと、不意にサラレギーは両肩《りょうかた》の力を抜き、相好《そうごう》を崩《くず》した。
「ねえ、イェルシー」
 白い指で髪を耳に掛ける。そんな些細な仕種《しぐさ》まで優雅《ゆうが》だ。
「イェルシー、他人|行儀《ぎょうぎ》なことはやめよう。十三年ぶりの再会じゃないか」
 小シマロン王サラレギーは陽気にそう言うと、呆気《あっけ》にとられる周囲の者を後目《しりめ》に、おれたちと皇帝陛下を隔てる幕に手を掛けた。
「お、お待ちください」
 制止の声も聞かず、まるで自分の髪《かみ》でも払《はら》うように、淡《あわ》い緑の薄絹をさっと引く。
「ちょっと、サ……え?」
 一段高い位置に設《しつら》えられた玉座には、サラレギーがもう一人座っていた。いや正確には少し違う。肩までの髪はサラより短かったし、光に弱いという口実をつけて、薄い色の眼鏡《めがね》をかけてもいなかった。それでも彼等は、よく似ているで済まされるレベルではない。
 まるで双子《ふたご》だ。
「……そ……っ」
 喉《のど》の途中《とちゅう》で声が嗄《か》れた。
 そうだったのか! 振《ふ》り返るとヨザックもウェラー卿《きょう》も少なからず驚《おどろ》かされた顔をしている。部屋の両脇《りょうわき》に控《ひか》えた十人以上の従者達でさえ、動揺《どうよう》の色を隠《かく》せない。表情を変えないのは年齢《ねんれい》のいった数人だけだ。
 サラレギーはずっと身に着けていた眼鏡を外し、聖砂国皇帝に向かって両腕《りょううで》を開いた。
「久し振《ぶ》りだね、イェルシー。随分《ずいぶん》大きくなった。無理もない、もうお互《たが》い子供ではないのだから」
 そして壇上《だんじょう》の若き国主に駆《か》け寄り、華奢《きゃしゃ》な身体《からだ》を抱擁《ほうよう》した。同じ細さの腕で。
「ずっと離《はな》れて暮らしてきたから、わたしたちはもうあまり似ていないかもしれない。ねえ、ユーリ、どうだろう」
 二組の同じ眼《め》がこちらを見詰《みつ》めている。一人は感情を滲《にじ》ませず、逆にもう一人は嬉しさに満ちた様子で、黄金色の瞳《ひとみ》を輝《かがや》かせて。
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「わたしたちはまだ、似ているかな」
 応《こた》える余裕《よゆう》はとてもなかった。
 そうだ、知っていたはずじゃないか。
 神族には双子が多いのだと。

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