ゼンマイ仕掛《じか》け
朗読の時間が終ったとき、大岡先生が、トットを呼びとめた。よびとめた拍子《ひようし》に、先生の靴《くつ》は床《ゆか》ですべって、三十センチほど横すべりして、止った。従って、先生の体も、三十センチ、思いがけない方向まで行って止った。どうやら、そんなことは、大岡先生は平気らしく、いつものように、手の甲《こう》で口をかくすようにすると、いった。
「あなたの朗読ね、ゼンマイ仕掛けのお人形! 始めは、いきおいがいいけど、少しずつ、ゆっくりになっちゃって。で、アレアレ、と思ってると、また、突然《とつぜん》、急に早くなるんでございます。それが、あなたさまのリズムかとも存じますが。聞く人が、おどろきましょう? どうしたものでしょうねえ。ゼンマイのほう」
トットは、なんと返事をしたらいいかわからなかった。自分の朗読が、そんな風だなんて考えてもみなかったし、また、どうしたら直るものやら、わからなかった。トットが困ったようにして立っていると、大岡先生は笑い声でいった。
「わたくしも、随分《ずいぶん》、いろんな朗読を伺《うかが》いましたけど、あなたさまのようなリズムは、初めてでね。でも、馴《な》れれば、また、ゼンマイ仕掛けも、よいものかも知れません」
いうだけいうと、大岡先生は、いつものように、体を半身にして、本読室を出ていった。
(ゼンマイ仕掛けのお人形……)
少し悲しい気がしたけど、考えてみれば、絵本や童話を自分の子供に上手に読んでやる、お母さんになるんだもの……。(ゼンマイでも、子供は、聞いてくれるんじゃない?)トットは、自分にいいきかせるようにして、部屋を出た。
三ヶ月の養成も、終りに近づいていた。