怪談《かいだん》
今日という今日は、トットにしても、テレビのスタッフにしても、冷汗《ひやあせ》ビッショリだった。今日の本番で、トットは、お琴《こと》を弾《ひ》くことになっていた。しかも、怪談の中で。原作が小泉八雲《ラフカデイオ・ハーン》で、トットは新妻《にいづま》の役だった。何しろ、こわい話で、かなり地位のある、そしてお金持の、さむらいのところに、トットが後妻に来た。ところが、昼間はいいんだけど、夜、ひとりで寝《ね》ていると、にわかに、恐《おそ》ろしい音がして、前妻の亡霊《ぼうれい》が現れる。でも、夫が家にいる時は、決して出て来ない。新妻が目当てなのだった。そして、夫が、夜、お城かなんかに行ってて留守だとなると、ドドドド……と、音がして、現れる。いってみれば、それのくり返しなんだけど、こわがりのトットは、ドドド……が聞こえると、
「キャア〜〜出るう!!」
と、本気で逃《に》げ出したくなってしまうのだった。そして、お琴、というのは、日中、旦那《だんな》さまが庭などを散策していると、お座敷《ざしき》で新妻が、お琴を弾く、といった、のどかな風景を現すシーンに必要なのだった。
ところで、自分で演奏の出来る人は別として、テレビで楽器を弾くというのは、本当に大変なことだった。勿論《もちろん》、音は、専門家の人の演奏したテープが流れるから、それに合わせるんだけど、さわったこともない楽器を、上手に演奏してるように見せるのは、至難の技《わざ》だった。比較《ひかく》的、うまく胡麻化《ごまか》せるのは、ピアノで、手許《てもと》を写さないで貰《もら》えば、なんとか恰好《かつこう》はつく。でも、たいがいの楽器は、指とか、こまかい所が、丸見えになるので、苦労の種だった。しかも、ふつう、配役が決まってから、楽器を演奏する、ということがわかるので、ずーっと前から練習しておく、ということは、よほどのことでない限り出来ないので、大変なのだった。
で、お琴がある、となると、NHKが頼《たの》んだお琴の先生が、リハーサル室に、お琴を持って来て下さる。そのときによって、個人的に、その先生のお稽古場《けいこば》に伺《うかが》うときもあるけど、このときは、来て下さった。女の先生だった。まず、すわりかたから始まって、お琴の爪《つめ》の、つけかた。そして、絃《げん》に、どんな風に指を、ふれるかの練習。右手は、どう。左手は、どう……。そして、音階の説明。それから、トットの演奏する曲にとりかかる、という、やりかただった。でも、いくら、音はテープから出る、といっても、テンポや、音の高い低いは、きっちり、合わせなければ、ならない。右手の指に爪をつけて、コロリンシャンとやり、左手は、長い絃を、押《お》したり、はなしたり、ゆり動かしたりして、音の高さを変えたり、音色を変化させたりする。それでも、三日目ぐらいには、なんとか、形がついて来た。
ところが、大変なのは、お琴だけではなかった。ナマ放送だから、着物の着換《きが》えの時間は、なかった。おばけは、夜になると出るので、必ず新妻は、寝るときは、ちゃんと、ねまきを、着ていなくちゃならなかった。おばけが出ると、
「あれえ——」
みたいな声を出して、ガバッ!! と、ふとんの上に起き上るので、ねまきが見えるからだった。そして、すぐ朝になると、お城から帰って来た夫に、
「また、ゆうべも……」
と報告をし、そのときは、もう、金持の新妻らしい着物を着ていなくては、ならなかった。そして、また夜……。
そんなわけで、ひきぬき的に、ぬいでいくしかない、ということになり、トットは、着物と、ねまきを交互《こうご》に、合計、六枚着て、帯をしめた。これは、もう異常な見もので、これに、かつらを、かぶってるんだから、小泉八雲が生きていなくて、本当に良かった、と、トットは、ひそかに思った。冷汗は、本番のとき、やって来た。
それは、いよいよ、お琴のシーンになった時だった。トットは、先生のおっしゃった事を、すべて頭に叩《たた》きこみ、スピーカーから流れて来るテープに合わせ、新妻らしく、弾き始めた。突然《とつぜん》、親指のお琴の爪が、絃に引っかかって、絃の間から、指が抜《ぬ》けなくなった。
(どうしよう)
必死で、ひっぱったら、はずみで、今度は、中指までが、ズルッと、絃と絃の間に、もぐってしまった。そして、そのとき、人さし指に、はめてた爪が、スポン! と取れて、お琴の向こう側に飛んでしまった。トットは逆上して、とにかく、手を、絃の間から抜こうと、もがいた。
困ったことは、そうやってる間にも、コロリンシャン、と美しい音《テープ》は、続けて、出ているのだった。(とにかく、右手を、なるべく、かくすことだ!)トットは、上半身を、少し前に、つき出した。ところが、こういうとき、着ぶくれている、というのは、自由がきかなくて、これまた、仕方のないもので、その時、かつらが、どういうわけか、目のところまで、かぶさってしまった。それは、もう、前妻とくらべて、どっちが、おばけか、わからない様子に、違《ちが》いなかった。その後、どうなったか、「終」のマークが出るまで、トットは、無我夢中《むがむちゆう》だった。おかしいことに、この怪談は、
「とても、こわかった」
と、評判が良かった、という話だった。