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不夜城(37)
日期:2018-05-31 22:27  点击:291
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「本気なの?」
 夏美が口を開いた。おれたちは〈バイユー〉を出て、早稲田《わせだ》通りを歩いていた。夏美はおれの左腕に自分の腕を絡ませ、寄り添うようにおれに従っていた。
「なにがだ?」
「富春に元成貴を殺させるって」
「ああ、本気だ。それ以外に手はない」
「うまくいくかしら……」
「うまくいくさ。富春は元成貴がおまえを捕まえてると思ってる。おれが元成貴の側に誘導してやれば……あとは考えるまでもない」
 後ろの方で自転車のベルが鳴らされた。買い物袋をかごにいれた中年女が、歩いた方が速いんじゃないかと思えるスピードでおれたちの横をのたのたと通り過ぎていった。おれたちは歩道の端に身を寄せ合うようにして、ファミリーレストランが角にある交差点を右に曲がった。
「でも、元成貴の手下が黙ってないんじゃない?」
「元成貴の後釜《あとがま》を狙ってるやつは腐るほどいるんだ。すぐに権力争いが始まるだけだ。犯人の富春が死体で見つかれば、それ以上|詮索《せんさく》するやつはいない」
 孫淳のナイフのような目が脳裏に浮かんだが、首を振ってそれを追い払った。
「……場合によっちゃ、天文に泥をかぶせる」
 夏美が息をのんで立ち止まった。
「どうした?」
「嘘でしょ?」
「本気だよ」
「あなた、どういう人間なのよ?」
「おまえにそんなことをいわれるとは思ってもみなかったな」
「あの人、弟なんでしょ? 可愛がってたんでしょ? 弱点って、可愛くてしょうがないってことなんでしょう?」
「血はつながってない。あいつが勝手におれを兄さんと呼んでるだけだ」
「本当の弟だったら?」
 夏美の声は地の底からわきおこってきた呪詛《じゅそ》のようにおれの耳に響いた。
「なんだって?」
「周天文が健一の本当の血を分けた弟だったとしても、同じことを考える?」
 夏美は足をとめていた。唇の端がかすかに震えていたが、目は真っ直ぐにおれを見据えていた。
 煙草を取り出して火をつけた。目はそらさなかった。それでも、夏美がなにを怖れているのかは見当もつかなかった。ただ、夏美が期待しているらしいことだけはなんとなく察しがついた。煙を深く吸い込み、吐きだし、いってやった。
「そんなことを考えるのは無意味だが……天文が本当の弟だとしても、おれは同じようにものを考える。ほかのやり方は知らないんだ」
「血のつながりとかは考えない?」
「親も兄弟も関係ない。おれ以外の人間は、みんな他人だ」
「そう……」
 夏美はうつむきながら小さな吐息を洩らした。その直前、夏美の目になにかから解放されたとでもいうような色が宿ったのを、おれは見逃さなかった。
「なにかあるのか?」
「なんでもない。わたしにも兄弟はいたけど、捨てちゃったから。それだけ」
 おれはなにもいわなかった。夏美の腰に手を回しゆっくり歩きはじめながら、たったいま頭に引っ掛かったものはなんだろうと考えつづけた。

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