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夏美のマンションへは原宿でタクシーを拾って戻った。夏美のことを——あいつがおれについた嘘の裏にあることを考えなきゃならなかった。歩きながらそれをやるには、くたびれすぎていた。
夏美は腹をすかせた小犬のようにおれを迎えた。
「戻ってきてくれたんだ」
「そういっただろう」
フローリングの床にへたりこんだ。夏美が少しぬるくなったビールの缶を渡してよこした。まずいビールを喉の奥へ流し込み、煙草に火をつけた。なんの味もしなかった。
「どうだったの?」
「富春は掛け値なしの馬鹿だ。おまえが元成貴に捕まってると信じてる。おれが助けてくれると信じてる。救いようがない」
「富春は深くものを考えたことがないもの」
「だから心配だったんだな?」
飲みかけの缶ビールの中に煙草の吸いさしを放り込んだ。
「なんのこと?」
夏美の演技は堂に入ったものだった。世の中の仕組みなんてこれから学ぶのよとでもいいたげな、小娘のような顔を向けてきた。
「おまえは黒竜江省の生まれじゃない。富春とはガキの頃からの顔見知りだ。たぶん、同じ村の出身だろう」
「まあね」
夏美はあっさりといった。膝《ひざ》を崩しておれの横に座り、どこかなげやりな感じで話しはじめた。
「富春とは家が隣同士だったの。わたしの母さんも富春のお母さんも残留孤児でしょう、わたしたちは知らなかったけど、なにかと助け合ってたみたいで、わたしたちもよく行き来してたのよ。ただ、富春は昔から乱暴もので、わたしは好きじゃなかった。日本に行くんだって決まったときは、嬉しくて舞い上がっちゃったけど、富春たちの一家も行くって聞いて目の前が暗くなったのを覚えてる。日本の同じ村に行くんだと思ってたのよ。取り越し苦労だったけど」
話を聞きながら、ずっと夏美の顔を見つめていた。だが、表情はちっとも助かなかった。これで夏美が嘘をついているのなら、とんでもない役者だってことになる。たぶん夏美はとんでもない役者なのだ。そしておれは、夏美のそんな演技にすっかり魅了されていた。
「でも、それは子供のころの話で、名古屋でばったり出くわしたときは懐かしくって思わずわたしから声をかけちゃった。富春はぜんぜん変わってなかったから。それで……こんなことになっちゃったってわけ」
夏美は顔をあげ、目に映ったものにおののいた。おれの表情はすっかり強張っていた。
「信じてないのね?」
「おまえのいうことなんか、一言だって信じられない」
夏美の手を掴み、引き寄せた。
「おまえと富春が幼馴染みだってことは信じてやってもいい。だが、それだけじゃないはずだ。おまえと富春の間になにがあったんだ?」
「なにいってるのよ。健一になにがわかるのよ。わたしたちが育った村のこと知ってるの? なんにもないところよ。時間がとまってるの。そんなところでなにかがあるわけないじゃない」
おれはさらに夏美を引き寄せ、腕の中に抱いた。夏美は歯を食いしばり、今にも火が吹き出そうなほど激しい視線でおれを睨んだ。視線に射抜かれた皮膚が脳味噌《のうみそ》に食い込んできたような気がした。それでもおれはガードをくずさなかった。
「いえ。なにがあった?」
夏美はおれから顔を背けた。顎をつかんで、逃げようとする夏美の顔をこっちに向けた。
「いえ」
「……犯されたのよ。十二のときに」
「それで?」
「それで? よくそんなことがいえるわね」
「続けろ」
「……いつものように畑仕事をしてたのよ。そしたら、いきなり……事情を知った父さんが富春の家に殴り込みにいった……そして、逆に富春に殴られて起き上がれなくなったの。それ以来、わたしの家と富春の家は憎みあってきたのよ。これで全部。満足した?」
まだ納得がいかなかった。代々木公園で見た富春の表情がひっかかっていた。あれは暴力だけで女を縛り付けている男の顔じゃなかった。まだ何かがあるはずなのだ。その何かを、切実に知りたかった。だが、それを知る方法を、今のおれは持っていなかった。
夏美を解放してやった。
「すまなかったな」
「謝らなくたっていいわよ。隠し事してたのはわたしなんだから」
「おれはいろいろと知らなきゃならないんだ」
「それが健一のルールなんでしょ。いいわよ、いちいち断らなくたって」
おれは立ち上がった。
「どこ行くの?」
「電話をしてくる」
「だめ。わたしとの約束を守ってからにして」
「約束?」
「わたしとしたいっていったじゃない」
「……いまか?」
「いま。ずっと待ってたんだから。それなのにいきなり、なにがあった?」
夏美は顔をしかめた。悲劇を演じる女優のように、どこかに悲しみを引きずった表情だった。
「わたし、もう待たないよ。抱いて。わたしを健一の女にして。そして二度と変なことを聞かないで」
「抱いたからっておまえがおれの女になるわけじゃない。たとえおれの女になったとしても、それがおまえを無条件に信じる証明になるわけでもない。たぶん、どこまでいってもおれはおまえを信じないだろう。信じてやりたいが、信じられないんだ」
「嘘つき。わたしを抱きたいっていったくせに。健一は意気地なしよ」
夏美の目が燃え上がった。瞳の奥にお馴染みの憎悪と怯えが核になった炎がちろちろと燃えていた。その目をみた瞬間、おれの中でなにかが弾け、おれは夏美に腕を伸ばしていた。
「け、健一!?」
夏美のブラウスのボタンを引きちぎった。布の裂け目から大きくはないが張りがあり形のいい乳房がこぼれ出た。おれはその乳房を思いきり握りしめた。
「いたい……痛いよ、健一。優しくして……」
乳房を握り締めながら、夏美を四つんばいにさせた。喘ぎながらジーンズを引き下ろした。限界だった。ペニスをもどかしい手つきで引っぱりだし、夏美のパンティの隙間から押し込んだ。腰にさしていた黒星が固い音を立てて転がった。
夏美の顔に苦痛とも歓喜ともいえない表情が浮かんだ。獲物に食らいついた獣のように激しい息を吐き出しながら、何度も腰を夏美の尻に打ちつけた。すぐに視界がぼやけ、おれは爆《は》ぜた。痺れるような快感が肛門から脳天に向けて走りぬけた。下半身から力が抜け、床にへたった。スポンという間抜けな音がして陰茎が膣からぬけ落ちた。夏美は横顔を床に押しつけ、虚脱したように目を閉じていた。荒い息をつきながら、夏美の女陰から白濁したおれの体液が溢れてくるのを眺めた。
どれぐらい時間が経っただろうか。いつのまにか、夏美がおれの上に覆いかぶさっていた。
「健一、可愛い。ほんとにわたしとしたかったのね」
「悪いな。自分勝手に終わっちまった」
「謝らなくていいの。わたし、乱暴にされるのそんなに嫌いじゃないし……でも、今度は優しくしてね」
夏美は身体の向きをかえた。力を失ったペニスが、生暖かく湿ったものに優しく包まれ、すぐに力を取り戻した。
おれの目の前には夏美の尻と太股があった。膣から溢れたおれの精液が太股に透明な跡をつけていた。なんとも心が安らぎ、そしてエロティックな光景だった。頭を持ち上げ、かすかに濡れ光る夏美の女陰に口を押しつけた。
「あん……健一、汚れてるからいいよ」
「そんなことはない、奇麗なもんさ」
おれはいって、小さな突起を舌で転がした。おれの精液とは別の透明な粘液が肉襞の奥から滲みでてきて、きらりと光った。