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床の上で三回交わった。終わったときには息も絶え絶えだった。おれのペニスはふやけ、夏美のそこは自らの体液とおれの精液とで溢れかえっていた。
おれは夏美のヴィトンからポケットティッシュを取り出し、夏美の股間と床に散らばった粘液の滴を丹念にぬぐった。夏美は糸のきれた操り人形のように床に手足を投げ出して横たわったまま、気怠《けだる》い目でおれの作業を見つめていた。
「健一」
「なんだ?」
「これからどうするの?」
そいつはおれも考えていたことだった。富春に元成貴を殺させるのはいい。その富春を孫淳あたりに殺させるというのも決まった話だ。要は、段取りをどうつけるかだ。元成貴からボディガードをひっぺがすのは、悪魔をちょろまかすより難しい。
「富春と元成貴にくたばってもらう。それだけだ」
「違うよ。そんなことじゃなくって、わたしたちのこと……これからどうするの」
汚れたティッシュを手の中で握り潰し、ゆっくり顔を夏美に向けた。頭の中じゃ、代々木公園で聞いた富春の声が谺《こだま》していた。
「なるようになるだけだ。違うか?」
「そう……」
「富春はおまえを誰に渡すつもりもないらしい。まず、やつをバラさなきゃなにもはじまらない」
「あんなやつ……早く死んじゃえばいいのに」
夏美の目が一瞬のうちに燃え上がった。激しい憎悪と呪いを裡に秘めた魔女の目だった。だが、その目つきも長続きはしなかった。なにかに思い当たったかのように表情がふとうつろになり、新しい玩具を手に入れた女の子のような顔をおれに向けた。
「それって、言い換えれば、健一はわたしを自分の女にする気になったってこと?」
床に散らばった服の中から煙草を取り出し、火をつけた。膝を抱えて床に座り、ゆっくり煙草をふかした。それから、口から吐きだした煙を目で追いながらいった。
「おれは一週間から先のことを考えたことはない。おれみたいな暮らしをしてる人間にはそんなことを考えても無意味だからだ。おれが把握できる時間はいまだけのことだしな。明日になれば状況がどう変わってるかなんてだれにもわからない。とりあえず今日を生き延びる。おれがやってきたのはそういうことなんだ。だから、おれはなにも約束はしない」
「どうしてそんなふうに難しくいわなくちゃならないのよ」
夏美は腕をついて上体を起こした。乳房が軽くはずんだが、形はこれっぽっちも崩れなかった。
「もっとわたしとしたい? それともしたくない? それだけでいいのよ。そうでしょう?」
おれは笑った。それだけなんてとんでもない。おれは夏美のすべてをのみこんでしまいたかった。
おれの気分を察知したのか、夏美がにじり寄ってきておれの股間に顔を埋め、おれのものを口にふくんだ。とたんにおれのものは力を取り戻し、根元のあたりが鈍く痛みはじめた。
「今日はもういい……」
おれが伸ばした手を、夏美はうるさそうに振り払った。
「飲んであげる……健一のを飲みたいの。じっとしてて」
いわれた通りにした。いくらなんでも四回目じゃそう簡単にはいかないだろうと思っていたが、間違いだった。五分も経たないうちに夏美の口の中に思いきりぶちまけていた。
腕時計で時間を確認すると、十二時を回っていた。おままごとの時間は終わり。服をかき集め身支度を整えはじめた。
「どこかへ行くの?」
夏美は全裸のままだった。唇の端におれの残滓《ざんし》がかすかにこびりついていた。
「電話だ。その後出かけることになると思う」
「携帯電話じゃだめなの?」
「おまえが最初に電話をかけてきたときのおれの反応を覚えてるか」
夏美は何かを思い出そうとしているかのように目を細め、それからうなずいた。
「東京には盗聴マニアがうようよいるんだ。秋葉原に行けば、いくらでも見つけることができる。携帯電話なんてあいつらのいい標的だ。無駄話ならかまわないが、仕事の話を携帯電話でするやつは馬鹿だ」
「じゃ、どうして携帯電話なんか持ってるの?」
「ステイタス・シンボルってやつだ。中国人は携帯電話を持ってないやつとは仕事をしたがらないからな」
夏美は興味を失ったという顔で視線を落とし、のろのろと衣服をかき集めた。
「お風呂に入りたいな」
「シャワーなら使えるだろう」
「あったかいお風呂。すっかり汚れちゃったから、きれいに洗いたい。お水じゃあ……」
「そういやがるもんでもないさ」
夏美に顔を近づけ、鼻をひくひくさせた。
「刺激的でいい匂いがするぜ」
夏美はおれの顔をひっぱたく真似をした。まんざらでもない顔つきだった。
「おれが戻るまでに支度をしておけよ」
黒星を拾い上げ、部屋を出た。