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天文はすぐにつかまった。最初は不機嫌な声だったが、電話の相手がおれだとわかるとさらに不機嫌な声になった。
「今度はなんの用だ? 二度と顔を見たくないといったのをもう忘れたのか」
「ついさっき富春とあった」
「なんだって!?」
「状況が変わった。元成貴に圧力をかけるのはやめてくれ」
「もう遅い。さっき電話しちまったよ」
「それならそれでかまわない……明日、富春に元成貴を殺させるつもりだ」
電話の向こうで天文が息をのむのがわかった。
「……どうやって? 元成貴が一人で呉富春にあうとでも思ってるのか」
おれは受話器から口を離し、煙草に火をつけた。
「聞いてるのか、兄さん?」
おれはにやりと笑った。その言葉を聞きたかったのだ。
「まだおれのことを兄さんって呼んでくれるのか」
「……しかたないだろう」
「ありがとうよ、小文。考えがあるんだ。そのためにはおまえの助けがいる」
「なんだよ?」
「楊偉民を立会人にしようと思ってるんだ」
再び天文は息をのんだ。
「楊偉民を立会人にして、おまえの店であう段取りをつける。そうすりゃ、いくら元成貴でもボディガードをうじゃうじゃ連れてこようって気にはならないだろう」
「気は確かかよ、兄さん。偉民爺さんがそんなことを引き受けるわけがないだろう」
「引き受けるさ。まず、楊偉民は今度の件でおれに借りがある。それに……おまえが説得するんだからな」
「説得って……おれになにをやらせる気だ?」
「頼むよ、小文。おまえだけが頼りなんだ」
「…………」
「おまえがおれに力を貸すように説得すれば、あの爺さんはきっと折れる。おまえのことが可愛くてしようがないんだ」
「わかった。やってみる。だけど、偉民爺さんには本当のことを話さないと……」
「わかってる。なにもおまえ一人であいつを説得しろといってるわけじゃない。その場にはおれも行く。おまえはおれの後押しをしてくれればいい」
「偉民爺さんに話してみる。五分後にもう一度電話してくれ」
「助かる」
電話を切った。半分ほどの長さになっていた煙草を根元まで吸い、新しい煙草に火をつけた。その煙草をゆっくりふかし、吸いおわったときには五分が経っていた。受話器を持ち上げ、スリットにカードを差し込んでボタンをプッシュした。
「はい、桃源酒家でございます」
天文の声だった。
「おれだ」
「オーケイだ。一時間後に、おれの店で。いいかい?」
「わかった。恩に着るよ、小文」
「兄さん」
「なんだ?」
「これが最後だぞ。今後、あんたはただの流氓だ。おれとはなんの関係もない」
「小文、おれはおまえが羨《うらや》ましいよ」
天文がなにかをいう前に、電話を切った。