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不夜城(54)
日期:2018-05-31 22:38  点击:343
 54
 
 
 夏美は一時間ほどして目覚めた。俯《うつぶ》せになったままで目だけを動かしておれを見た。
「どうしたの?」
「なにも」
「怖い目だよ」
「心配事がありすぎるからだろう」
「話して」
 夏美は体操選手のように身軽に起きあがった。両手を上にあげて背筋を伸ばし、腹をすかした小犬みたいな仕種でおれのベッドに飛び込んできた。おれの腹の上に顎《あご》をのせ、いたわるように股間をまさぐった。
「こっちも元気ないね。ずっと起きてたの?」
「ああ」
「元気にしてほしい?」
 夏美の手の中で、おれのものは少しずつ力を蘇らせつつあった。
「いや、後でいい」
「わかった。今日のことがうまくいくかどうか、心配なのね」
「そうだな……」
「わたしに話してみてよ。力にはなれないと思うけど、考えをまとめる役には立つかも」
「まず元成貴と楊偉民に電話をいれなきゃならない。時間を決めるんだ」
「楊偉民にも?」
「ああ、元成貴は必ず楊偉民の動きに目を光らせてる。爺さんが約束の時間になっても天文の店にいかないとしたら、なにかがあると感じるだろう。楊偉民には約束の時間に〈桃源酒家〉にいてもらわなきゃならない」
「それから?」
「今度は富春だ。まず、おまえの声を聞かせてやる……うまく騙《だま》してくれよ。それから、元成貴を殺《や》る手はずをおれが説明する」
「うまくいくかしら?」
 夏美の口調で、おれの計画じゃなく富春がドジを踏まないかと尋ねているのがわかった。
「大丈夫だ。富春がしくじったとしても、崔虎の手のやつがバックアップしてるだろうからな。崔虎にはうってつけの状況なんだ。あいつはなにもしないといったが、必ず手下をよこす。しくじったときの保険にな」
「でも、元成貴って人が約束を破ってたくさんボディガードを連れてきたら?」
「それはない。今日は六合彩《リウホーツァイ》の抽選の日だ。賭け金の回収で手一杯だろう。連れてきたとしても、せいぜい五、六人だ」
 六合彩と聞いて、夏美は目を開いた。名古屋でも六合彩は人気なのだろう。
「だいたいわかったけど、崔虎ってやつ、なにか企んでないかな」
「保険をかけた」
「保険?」
「おまえは知らなくてもいい」
「ふーん……話を聞いてるだけじゃ心配なことなんかなさそうじゃない」
「緊急事態だからな、計画が杜撰《ずさん》すぎるんだ。普段なら、おれはもうちょっとましなことを考える。人を殺さなきゃならないなら、富春なんかじゃなくちゃんとプロに渡りをつける。きちんと根回しをして、どこからも後ろ指をさされないように気を使う。今回はそれができてない——どこかに落とし穴があるような気がするんだ」
「でも、しかたないじゃない」
「それに——」
 サイドボードの煙草に手を伸ばし、火をつけた。
「おれにはまだおまえの本質がつかめない。おまえと富春の仲がどうだったのかがわからない」
「なによそれ。まだわたしのこと信用してくれないってこと?」
「ああ」
 おれは煙草を吸った。
「おまえは天性の女優だ。おれを信用させるためならなんだってやってみせるだろう。だが、殺しはどうだ?」
 丹念におれの股間をまさぐっていた夏美の手がとまった。まるで瞬間冷凍されたかのように、それまでの温もりがさっと消え冷たい掌がおれに伝わる唯一の感触になった。
「どういうこと?」
「襲撃のときに富春が殺されれば問題はない。そうじゃないときは、おまえが富春を殺すんだ」
「どういうことよ?」
「殺しの直後であいつは気が高ぶってる。知ってるんだ、あいつがどうなるかは。ただのゴリラになっちまう。おれだって近づけない。だが、おまえなら話は別だ」
「わかったわよ」
 夏美はおれの上に馬乗りになった。下唇を噛んでいた。歯が当たる部分が血の気を失っていた。あともう少し力を加えただけで皮膚が裂けそうだった。そして、あの目でおれを睨んでいた。憎悪と怯えがごちゃまぜになった目で。
「富春を殺さなきゃ信じてくれないんでしょう。だったら、やる」
「いい子だ」
 煙草をつまんでない方の手で夏美の頭を撫でた。夏美はその手を振り払った。視線で焼き殺してやるとでもいうようにおれを睨みつけ、北京語でおれを罵った。それから、ぷいとおれから顔を背け、バスルームに姿を消した。

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