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アンバランスな放課後15
日期:2018-06-26 11:36  点击:227
15 立候補
 
 何だか妙だな、って気はしていた。
 朝、学校へ行く途中で、当然のことながら、知った子にも出会う。
「おはよう」
 と、声をかけると、
「おはよう」
 と、返事をしてくれて——。
 ここまでは同じだったのだが、それきり、何だか向うは目をそらして、足を速めて行ってしまったのだ。
 いつもなら、いくら取り澄ました「お嬢様学校」だって、何やかやと話ぐらいはするのに。今朝はどうして……。
 それも、一人だけなら、向うが話したくない気分だってこともあるだろうが、三人声をかけて、三人とも、全く同じ反応を見せたのである。
 これにはこっちも、少々気が滅入ってしまった。——何よ。私が何をしたっていうのよ!
 少々ふてくされながら、学校へ着く。
 ——どうやら、ただごとじゃない、と気付いたのは、教室へ入って行った時だった。
 私が入って行くと、教室の、ほぼ半分くらいは、もう席に着いたり、仲のいい同士で固まったりしていたのだが、ぴたりと話をやめ、私の方へ顔を向けた。
 そして、私が自分の席へ歩いて行くのを、じっと目で追っていたと思うと、やがて、何か合図でもあったように、ワーッと話を再開したのだ。
 どうなってんの、これ?
 山中久枝は、まだ来ていない。誰かをつかまえて訊《き》いてみたかったが、どうも、まともに答えてくれないだろうという気がした。
 しかし、こんな状態で、今日一日過ごすなんて、とんでもない!
 私は、教室の中を見回してから、立ち上ると、大きく息を吸い込んで、
「ワーッ!」
 と、思いきり大きな声を出した。
 もちろん、教室中が、シーンと静まり返った。
「結構」
 と、私は腰に手を当てて、「お話があるのなら、うかがいます。どなたでも構いませんけど」
「——芝《しば》さん」
 入口の所に、久枝が立っていた。
「来てたの? じゃ、教えてよ。私が一体何をしたの? クラス中の人から、つまはじきにされるようなこと、した?」
「そうじゃないわよ、芝さん」
「奈々子って呼んでくれないの?」
「学校の中よ」
「そうだったわね」
 と、私は肩をすくめた。
「あなたが立候補したから、みんなびっくりしてるのよ。それだけだわ」
「立候補?」
 私は訊《き》き返していた。「何の話、それ?」
「生徒会長に決ってるじゃないの」
「私が?——立候補なんてしないわよ」
「ちゃんと貼《は》り出してあるわよ」
 と、他の子が言った。
「そうよ」
 と、いくつか声が上った。
「待ってよ。——どこに貼り出してあるって?」
「生徒会の掲示板」
 私は、教室から、ほとんど走るような勢いで廊下へ出た。
「——ねえ、待って」
 久枝が追いかけて来る。
「どうなってんのよ、この学校は!」
 と、私は、歩きながら、「本《ヽ》人《ヽ》の知らない内に生徒会長の立候補届が出てるなんて!」
「本当に知らないの?」
「当り前でしょ! 何度も言ったじゃないの。そんなものに出る気はないって」
「でも、それじゃ——」
 掲示板の前には、十人ほどの生徒が固まっていた。私が来るのに一人が気付いて、周囲の子をつつくと、サッと散る。
「どうも」
 と、私は言った。
 ——事実だった。そこには、〈今日までの立候補者〉という紙があって、そこに、私の名が書かれていたのである。
〈芝奈々子〉。——まるでその名は、見も知らない他人のもののように見えた……。
 
「確かに」
 と、担任の吉田浩代は肯《うなず》いて、「昨日、お昼休みが終って、ここへ戻ってみると、立候補の届が、机の上に置いてあったのよ」
「私、出していないんです」
「妙ね。それじゃ、一体誰が出したのかしら?」
「分りません。でも、ともかく届は私が出したものじゃないんです。取り消して下さい」
 職員室へ行って、その話をしている間も、私は何となく妙な気分だった。
 他の先生たちも、顔こそ向けないが、私の話に耳を傾けているような気が、私にはした。
「困ったわね」
 と、吉田浩代は首を振って、「ともかく、もう正式に受け付けられてしまったのよ。それを、なかったことにするのは、簡単じゃないわ」
 私は唖《あ》然《ぜん》とした。
「でも、先生……。本人が知らないと言ってるんですから——」
「分ってます。ともかく、一応、教務主任の先生に話しておきます。選挙の担当は、教務主任ですからね」
 ただのいたずらかどうかはともかく、本人が知らない内に出た届を、取り消すこともできないのだろうか?
 私は、少々馬鹿らしい気持になったが、ともかく、
「よろしくお願いします」
 と、頭を下げて、職員室を出た。
「——どうだった?」
 廊下で待っていた久枝が訊《き》く。
「何だかくどくど言ってたわ」
 と、私は言った。「ともかく、こんな無茶な話って、ないわよ」
「分るけど……。どうなるかしらね。あと締切まで一週間よ」
「矢神さんは、まだ届を出してないのね」
「そう。ぎりぎりに出すんでしょ、きっと」
「他に出るかしら?」
「どうかしらね。今年はもう、矢神さんで決り、だものね」
 教室へと戻りながら、私は、
「ね、あの、副会長の候補になってたのは、どんな子?」
「知らないでしょ。一年生よ」
「一年生でも、なれるの?」
「副会長はね」
「ふーん、全然知らない子と組んで立候補? 誰のいたずらだろ」
 ——私と組んだ副会長は竹《たけ》沢《ざわ》千《ち》恵《え》という名だった。もちろん、私は顔も知らない。
「いたずら、かしらね」
 と、久枝は言った。
「何のこと?——ね、何か知ってるなら、教えて」
「私は何も知らないわ」
 と、久枝が言った。
 本当だろうか? 問い詰めて、久枝を怒らせるのも気が進まないので、やめておいた。
「——芝さん」
 と、呼び止められる。
 振り向く前に、相手は分っていた。
「矢神さん」
「立候補したのね。お互い、頑張りましょう」
「私じゃないわ。誰かが勝手に出したの」
「あら、そう」
 と、矢神貴子は微《ほほ》笑《え》んで、「でも、あなたに出てほしい、って人がいたということじゃないの。立つべきだわ」
「そんな——」
 と首を振って、ふと思い出した。
 昨日会った永倉重夫の話。——矢神貴子が、私の立候補のことを話していたということだ。
 つまり……矢神貴子は、立候補の届が出る前に、そのことを承知していたのだ。
「他にも立ってくれる人がいるといいのにね」
 と、矢神貴子は言った。「その方が盛り上るわ」
 私は、何も言わずにいるのが精一杯だった。矢神貴子は、
「それじゃ」
 と、軽く会釈して、歩いて行ってしまった……。

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